10 誰かに見られている。
「小坂さん、もう大丈夫ですか」
裁判員裁判の初日を無事終え、控室に全員で戻ってくると岡田裁判長が声をかけてくれた。
「はい。平気です。ご迷惑をおかけしました」
「元気になられたのなら、何よりです。なにかあったら遠慮なく申し出てください」
岡田裁判長は裁判員全員の方を向いた。
「では本日の裁判は、これで終わります。明日は、論告・求刑と最終弁論です。その後に評議に入ります。検察官のご意見と弁護人のご意見を踏まえて、皆さんと、被告人が有罪かどうか、そして量刑をどうするかについて話し合いをして決めます。結論がその日のうちに出ない場合は続行します。ですので、明日は丸一日かかるということで予定しておいて下さい。ではお疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
私は時計を見た。もう午後五時だった。夜にはライブ配信がある。早く帰らねばならなかった。
帰りは裁判官専用のエレベーターではなく、通常のエレベーターで一階まで降りた。エレベーターで一緒だった他の裁判員に軽く会釈をして別れると出口に向かった。
(何だろう)
私は裁判所を出たところで視線を感じた。
(誰なの?)
振り向いた。
知った顔はいなかった。私のことを見つめている人もいなかった。ちょうど帰宅時間なので裁判所からは人が大勢出てきていて誰の視線かはわからなかった。
地下鉄の入り口の階段を降りた。
(明日もここに来るのね)
私は明日の裁判のことを考えた。
検察官の求刑と弁護人の最終弁論が終わった後、評議をして被告人が有罪か無罪か、そして刑をどうするかを決めるのだと裁判長は言っていた。
あゆみちゃんは私から声を奪い、アイドルの仕事を奪った。
明日、そのあゆみちゃんの命を奪った犯人の刑罰を私が決めるのだ。
不思議な運命の巡り合わせに私は震えた。
すると背後から視線を感じた。
(まただわ、誰なの?)
後ろを振り返った。
帰宅ラッシュ時の霞が関駅の雑踏しか見えなかった。
♠ ♠ ♠ ♠
(そ、そんな馬鹿な……)
心臓の鼓動が法廷に響き渡っているのではないかと危惧した。
それほどの衝撃だった。
若い女性の裁判員が刺殺された被害者の写真を見て吐瀉し、裁判は一時中断することになった。裁判員が戻って来て裁判が再開すると、その裁判員は自分のせいで裁判を中断させたことについて謝った。
謝罪する声を聞いて自分の耳を疑った。
あの声を間違えることはない。
仮面舞踏会のメンバーの秋奈だった。
(何故、秋奈があゆみ殺害の事件の裁判員をしている)
あまりのめぐり逢わせに体が震えた。
秋奈が、声が出なくなったことを理由に仮面舞踏会を突然辞めた時はショックだった。
そして、その後の秋奈の消息はまったく分からなかった。
(ずっと君を探していた。そして、ついに見つけたよ)
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