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ゴースト・ハンターズ  作者: (仮説)
三章 ゴースト・ハンターズ・ハンターズ
47/48

8.アンチ・ゴースト・フィールド2

 

 ◎


 散弾のように撃ち出されるレーザーを掻い潜りながら、皇戯は器用に着替えを行っていた。

 天井に糸で張り付き、時にはターザンのように掴まって避けてみせる。

 依然として際どい水着を纏いながら光線を放つ女――アンチ・ゴースト・フィールドに所属する霊能力者――白縫蘭子は、他の組織と同様に、雪代桜子の暗殺を目的として、他の二人――に加えて、一人の子供を連れてホテルに潜入していた。


 ――まず、凄腕の護衛を削る。

 彼らの統率者であるアロハシャツを着た野郎がそう言った。

 実際、一人をこの世界から追い出すことには成功している。ゴースト・ハンターズの戦力は大幅に削られていた。


「――っ、何なのよ、あの女!」


 皇戯を狙った〈アイズ・レーザー〉は悉く空を切る。

 完全に見切られていた。致命的な弱点を看破されたことは想像に難くなかった。

 ――視線を読まれてる。

 目線の方向に光線を放つ以上、先読みは確かに可能である。それでも、完全に避けてみせる反射速度は異常だった。護衛に選ばれるだけの実力はある。


「まともに戦えば勝てない。だけど、私が正々堂々と戦うと思ったら大間違いよ」


 あたかも自棄になったかのようにレーザーを乱れ撃った。当然のように避けられるが構わない。最後にとどめを刺すためたの霊力だけを残し、ホテルを破壊し尽くす勢いで放った。

 ひとしきり撃ち込んだ後、砲撃を止める。白縫は一呼吸して、肩を下ろす。


「直撃はないにしろ、多少はダメージはあったでしょ」


 片側の壁は完全に溶けて、首都の道路が剥き出しになっている。

 自分の都合の悪いことを全て他人のせいにするこの女でも、流石にやり過ぎた、と反省するくらいの蛮行ではあった。

 煙霧が晴れ、視界は広がる。

 どこにも皇戯の姿はなかった。


「もしかして、倒しちゃった?」


 頬がひくついていた。

 邪悪な笑みが隠しきれていない。


「私をあんな馬鹿にしたのに、これで死んじゃった!? 何それ最高過ぎるんだけど!」


 ――自分を馬鹿にする全てが嫌い。

 ――劣等感を抱かせる全てが消え去れば良い。

 ――優れてる人なんて死んでしまえ。笑い者にする奴なんて頭を吹き飛ばして殺してやる。


 そんな狂気を秘めた彼女だからこそ、暗殺の任務を任された。

 狂気、というものは時には実力差さえも覆す力がある。雪代の霊力の支配という驚異的な能力を前にしても、人間性まで支配はできない。


 本来なら制御不能な霊能力者を重要な任務に就かせることはないが、この件に関してだけは適任だった。無敵相手でも感情を押し付け、狂気を伝染させる。

 捨て駒されている、ということを彼女自身が知らなければ最高のパフォーマンスを発揮する。


 ――天井に無数の線が刻まれた。天井が鋭利にくり貫かれ、瓦礫が落ちてくる。

 その影から腕が白縫に伸びた。


「――その手には掛からないわよ!」

「うわっ」


 伸ばされた手を逆に掴み返し、霊力強化で持ってプールに叩き込んだ。人一人分の水飛沫が浴びる。

 すぐにプールから出ようと身を乗り出すのは皇戯。


「っ、ふぁあ、反射速度ヤバいって」

「終わりよ」


 白縫はずぶ濡れの少女の手を踏みつけながら、右目を覆い、左目で睨めつけた。瞳が瞬き、霊力が集約する。〈アイズ・レーザー〉が放たれる――よりも早く糸が飛び出した。

 糸が白縫に巻き付くと、皇戯は凄まじい力で引っ張る。転んでしまえば視線も上へ上がる、という公算だった。


「〈アイズ・フラッシュ〉!」

「――あっ…………!?」


 瞬間、閃光が皇戯の目を潰した。

 これが白縫の一度限りの切り札――ほんの一瞬、皇戯に致命的な隙が生まれた。

 驚愕のあまり身動きを止めた皇戯は気づいていない――白縫が塞いでいた片目を解放した瞬間を。視線は目を塞ぐ皇戯に向けられていることを。

 殺意と悪意を込めて白縫が見下ろした。


「〈アイズ・レーザー――」


 結果的に、光線が放たれることはなかった。


「――ッ、が、あッ…………!?」


 白縫は首を掻き毟り、目玉を飛び出さんばかりに苦しんでいる。理由は単純、首に糸が巻かれて足が地面から離れているからだ。

 糸は穴の空いた先に繋がっていた。


「うわぁ、最初からこうしてれば水に濡れなかったのに」


 目頭を抑えながら、皇戯はプールサイドに上がると足をばたたかせて苦しむ女を興味深げに眺めた。


「その能力、って触れたものだけを溶かすんだよね? あんだけ撃っても水は全然蒸発してないし。この熱気は外とコンクリートが溶けただけ」

「…………ぐ、かッー――ッ!」


 首筋を爪先で掻き毟るも、白縫が抵抗すればするほど糸は食い込んだ。

 瓦礫と共に落ちてきた時に細工は完了していた。閃光弾は予想外ではあったが、既に詰んでいたことには変わりない。


「油断した油断した。次からはちゃんとすぐに確殺しないと」

「やッ――や、めッ…………!!!」

「はい、終わり」


 小指に巻かれた糸を軽く揺らす。

 白縫の最期は、言葉で表せられない悍ましいものだった。圧迫していたのは気道。自殺する時、この方法を選ぶと苦しんで死ぬことで有名だ。

 さて、皇戯がわざとそのような方法を選んだのかどうかは今のところは不明である。


「さてと、桜子ちゃんを迎えに行くとしますか」


 少なくともわかったのは、人一人を殺しても顔色一つ変えないことだけだろう。



 ◎


 ――広がっていたのは一面真っ白な世界だった。境界すらない地平線、地面があるかもわからない床、悠久よりも遠い天井。悍ましい思考実験の行われる空間。


「不思議なこともあるもんだな。あの寝ていた子供の能力なのか? にしては変わってるな」


 今のところ空間に干渉する霊能力は見たことがない。

 希少なスキルなのか、それとも霊能力とは異なる源流を持つのか。どうしても地獄をそれを思い出しまう。

 と、冷静に分析してみたもののヤバいよな。

 出られる確証もなければ、生活できそうな物品もない。地獄では家があったから滞在はできたが、ここは本当に何にもない。


 飢え死ぬしかないのか?

 餓死、というのはかなり苦しい死に方だと聞いたことがある。想像するだけで背筋が冷たくなった。

 そうなる可能性の方が高い。

 だって、本当に何もないから。


 もう一度ゲートが開いた時、便乗して戻れたりするのか?

 タイミングがわからない以上、無茶で無謀だ。それにあの沼とここがどうやって繋がっているかもわからない。単純に異界接続されてる訳ではなかったらそもそも不可能。


 幸い霊的エネルギーは使える。最悪、自殺することもできる。


「そう考えたら頑張ろう、と思えるな」


 手元に人生を終わらせるスイッチがある。

 それなら、死ぬ程の苦労一歩本手前までは進める気がしてくる。

 適当に散策してみるが、景色は僅かも変わらなかった。

 精神と時の部屋にも寝泊まりできる家財はあると言うのに。


「そう言えば出入口を壊されても外に出ていく奴がいたな」


 その後、チョコを食べてたあいつは怒りの力で空間を捻じ曲げて外に出ていた。

 それが自分にはできるとは思えないが、似たようなことならできるかもしれない。

 異界接続――どんな原理で、どんな場所に辿り着くのか不明だが、一つだけわかる。


「霊的エネルギーで成立している。ならば――俺はそれを無視できる」


 地獄に行った時にはこんなこと考える余裕はなかった。鳳と戦うくらいの勢いだったし、オフにする理由もなかったからだ。

 ここに精神攻撃の作用はない。


「オフ」


 ――瞬間、ブレーカーを落としたかのように白色が消失した。白い世界とは全てが対極の黒色の世界。境界も、地平も、床も、天井もわからない。悍ましい思考実験でも行われそうな空間。

 だが、不思議なことに自分の手ははっきり見えた。真っ暗だが光源がどこにある。


「ゲームみたいだ。白にしろ、黒にしろ頭がおかしくなるのは確かだが――」


 こんな世界だから、黒以外のものは一際目立つ。

 例えば、幼い子供が倒れてたりすれば特に。


「この子供は…………あれだよな? あそこにいた…………それがどうして…………」


 うろ覚えではあるが、彼女はアロハシャツの男達と一緒にいてベッドに寝かされていた幼女だろう。

 それがどうしてこんなところに寝ている。

 いや、寝ているどころじゃないのか?


「そもそも生きているのか?」


 首元に指を添える。温かいし、血も流れている。ただ安らかに寝ているようにしか見えなかった。

 こんな場所だ昏睡状態と考えるのが妥当か。


「――――」


 霊的エネルギーによって作られた隔絶空間から、霊的エネルギーを取り除いた結果ここに辿り着いた――謂わば、ここは狭間みたいなものだろう。本来ならここは現実と同等の次元のはずだが、多分違う。


「霊的エネルギーはないけど、現実でもない。霊的エネルギー」


 そして、この世界に果てはある。

 霊的エネルギーによって作られた空間である以上、リソースの限りがあり、境界が存在する。ある意味、この床も境界ではあるが下は怖いから横が良い。そこに辿り着くことさえできれば何とかなる、はずだ。


「その鍵がこの少女だと思いたい」


 彼女を知ることがこの世界から出ることに直結する。

 俺は幼女を背負って行く宛もなく境界を求めて行進した。歩いていけば行く程ガラクタなんかも散乱する。ゴミ箱か、ってくらい混沌としていた。

 当然と言えば当然だが、霊的エネルギーは含まれていない。


「あの泥に入った霊的エネルギーの含まないものの辿り着く場所か?」


 落ちているものとしては比較的本が多い。衣食住が整っていれば暇つぶしには事欠かない。

 ――総計数十分は歩いたと思う。明るい闇、たまに落ちてるガラクタにも飽きてきた。そんなタイミングのこと。


「――動いた」


 背負っていた幼女に動きがあった。「んんぅ」と息を吐いて、服を掴んでくる。

 なので横たわらせ、耳をそばだてた。寝息だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 目覚める様子はなく、試しに頬を引っ張っても苦しげな吐息を漏らすだけで覚醒には至らず。


「眠り病みたいなもんか? どうすれば起きるか」


 霊的エネルギーにあてられて目覚めるなんてのはどうだろう。王子様のキスよりは可能性はありそうだ。見当違いの場合、ただ暴風に晒すようなもので可哀想なことをしただけになってしまう。

 正直、このまま歩き続けても壁に辿り着くか怪しいと思い始めている。ここが地球のように球形だったり、トーラスだったりしたら徒労に終わってしまう。


「ゆっくり考えるか」


 埃一つない黒面に胡座をかいて落ち着く。

 こんな時こそ何事も机上で考えることが肝要だ。ヒントは目の前にある。彼女の存在を解明することこそやらなければならないこと。


「今頃、雪代達は大変な目に遭ってるんだろうな」


 この追放処置に弱点はないと思われる。次々と放り込めば彼らの目的は達されてしまう。

 だが、きっと俺はその戦いに間に合わない。

 だから、雪代と皇戯に期待する。その分、俺はここを脱出するために全身全霊を尽くすのだ。


「そのために早く起きてくれよ」


 俺の気持ちは可愛気のある寝顔に届いてはいない。


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