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ゴースト・ハンターズ  作者: (仮説)
三章 ゴースト・ハンターズ・ハンターズ
46/48

7.アンチ・ゴースト・フィールド

 

 ◎


 ――今の時点で推測できることが幾つかある。

 霊的エネルギーで狼を生み出すことができ、対象の追跡・攻撃を行うことができる。召喚可能上限は不明だが、一〇〇前後と仮定しておく。

 固有の霊能力にも射程が存在する。この狼のような自身の霊的エネルギーを消費して使い魔を出すタイプの異能は大抵短い。

 召喚主は近くにいる。そうでなくてはこの数の狼を従えることができない。


「完全無欠の能力なんてない」


 一階から、一〇階まで網羅していることはわかった。では、さらに階層を上げたらどうなるか。

 狼が消えたら、敵が下階に居ることがわかる。消えなかったら――。

 三〇階に辿り着いた。

 周囲に狼はいない。とりあえず時間は稼げたので、この間に雪代達に連絡を入れておくことにした。

 文面を適当に考えていると、非常扉が凹んだ。ハンマーで叩き付けたような音だった。

 凹みが徐々に大きくなり、やがて鉄扉が吹っ飛んだ。


「お、おう…………」


 紫煙を纏う孤狼――。

 俺を見つけた途端、狼は遠吠えせんと喉を天井に向ける。咆哮される前に渾身のドロップキックで喉を潰した。

 扉が凹んだ時点で嫌な予感はしていて、走り出す準備をしていたが。


「でも、倒したら倒したでバレるよな」


 狼は三〇階にも現れた。一階から三〇階まで網羅することなど射程的に不可能、と言いたいところだが存外簡単に解決する方法がある。

 一階、三〇階と等距離の場所――中間層のどこかに敵がいる。

 大凡、一五階から二〇階。そのどこかから敵が攻撃してきたのだ。


 扉の外れた非常階段の出入口を覗き込むと、壁面を走る無数の狼が確認できた。上にも幾らかいる。全ての階に送り込んで総当りした訳か。

 隠れる、という方向で考えるのは無謀だな。


「――怪我しない、とわかっていても怖いだろこれは」


 空いている唯一の道――道とも言えない隙間。

 螺旋階段の中央、一階まで直通の間隙を落下する。二〇階丁度で止まれるかは勘だ。

 瞬く間に手摺が通り過ぎる。数秒で何階分下がったんだのか――考えつつ、適当に手摺を掴めばへし折れて一つ下の階段に転がり込んだ。

 霊的エネルギーの鎧のお陰で無傷。扉を抜け、フロアーの中央へ向かう。

 敵がどこにいるのか――どの部屋に泊まっているのかなんて予想もできない。だが、敵と戦うとなった時、何の防御もしない、というのは考えにくい。


「――結界があるはずだ」


 霊的エネルギーの感知は不得手だが、これだけ距離が近ければエネルギーの流れくらいは感じ取れる。

 このフロアーではない。

「次だ」と、再度移動を試みる。エレベーター、非常階段を適宜に選択して階層を移動した。

 格闘すること二〇分程、二三階に結界を見つけることができた。当然、拠点を守る防人がいる。通路を埋め尽くさんばかりの狼達。


「骨が折れるどころじゃないな…………」


 だが、ここを超えなければ今までの努力の全てが無駄に終わる。だからと言って一匹一匹潰していく訳にもいかない。そうなった場合、俺の霊的エネルギーでさえ尽きてしまいそうだから。

 まともにはやってられない。

 だから、まともにはやらない。


「オフ――」


 霊的エネルギーの知覚を切断して、静かに廊下を歩く。結界が貼られていた部屋の前で再びオーバーライドした。

 オン――と。これだけで数百の敵をスルーできてしまう。我ながらふざけた能力だ。

 申し訳なさを感じつつ、取っ手を捩じ切って鍵を破壊する。そのまま結界を突き破って部屋へ侵入した。


「――――」


 中では二人の男が椅子に座って待っていた。

 ハワイアンなシャツに袖を通す三〇代くらいの男と、夏で室内だと言うのにフードを被った青年である。この状況でどちらも落ち着いている。

 人が――俺が入って来たことに心を揺らしたりしていない。それだけで一般客ではないことはわかる。


「ん――?」


 二人じゃない。三人だ、ベッドに寝てる女性がいる。

 女性と言うより、幼女だ。中学生以下、と言った風な小ささである。それこそ鳳と同等くらいに。

 ――これは、ただ寝ている訳じゃないよな?

 左方のソファーにアロハシャツを着る壮年の男、右側の椅子に青年が。青年の脇に幼女が寝ている、という状況。

 狼の足音が背後に回る。足音は止まない、続々と集まってきている。挟み撃ちの形ではあるが、この距離なら俺が本体を叩く方が早い。


 そんなこと相手だってわかっているだろうに、どうして何も仕掛けてこない? それとも既に――?

 わからない。が、正面から捻じ伏せることが俺に唯一できることだ。

 青年とアロハシャツの男を黒色の壁――面結界で分断する。

 それよりも早く――ダンディーな髭を蓄えた観光帰りの男が呟いた。「――起きろ」と。


「うおっ、何だこれ…………!」


 瞬間、足下の感覚が失われた地面に吸い込まれた。部屋の床面ではない。醜悪に混ざった虹色の次元面に足を掴まれて、引っ張られる。


「これは…………!? ――異界接続か?」


 俺の知っているものはかけ離れた様相だが、現象としては酷似している。

 俺の言葉に眉根を上げるアロハシャツの男。


「その名を知っているのか。なら、恐ろしさもわかるだろう?」


 駄目押しとばかりに狼が突っ込んで来た。殴って粉砕しても、反動でさらに身体が沈んでしまう。膝まで浸かった時点で足が上がらなくなった。


 最初からこれを狙っていたのか?

 部屋を特定されるのまで織り込み済みだった? ――否、狼で圧殺できるならそれで良かったのだろう。言うなればプランBだな。本体を晒すリスクとの天秤がこの作戦。対策は万全だった訳だ。


「――っそ、こんなの想像できる訳ないだろ」

「ここで出会ったが万年目だ。孤独な世界に永遠に彷徨え――眠れ」


 男の絶縁宣言を最後に俺は全身を沼に沈めた。

 失敗した――想像でき得る最悪の散歩手前の展開だ。どうにか雪代達に状況を説明したいところだがこの先まで電波が届く道理もない。

 俺は久方振りに現実世界から完全に隔絶されるのだった。



 ◎


 ――桜坂京都の追放より少し前に遡る。

 皇戯は桜坂から奇妙なメールを受け取っていた。曰く、霊能力者に襲われ、二〇階前後にいるとか。能力は狼を複数操るもの、そっちに向かうかもしれないご用心を――と。


「何それ? 笑えるー」

「笑ってる…………どうしたの? 何かあった?」


 水着姿に着替えた雪代が若干の嫌悪感を抱きつつ、一人で笑う皇戯に尋ねた。


「桜坂君、腹痛でトイレ行く、ってさ!」

「そんなの報告するタイプ?」


 そんな報告はしないタイプだ。一人で行って、さも最初から居たかのように先回りしてたりする。

 雪代は信憑性のない発言を疑いつつも、危機的状況に陥っているとは微塵も予想はしていなかった。

「まぁまぁ、大丈夫でしょ」と呟いてから、皇戯は室内プールに足を踏み入れる。

 二五メートルプールを中央に、片側は硝子張り、その対面にはリクライニングチェアーが幾つも並んでいる。

 全体的に薄暗い色で纏められており、レジャー施設として扱われるものではない。

 だが、皇戯には通用しない。彼女は碌な準備運動をせずに飛び込む。バシャーン――と、水飛沫が上がる。

 幸い他に客がいなかったものの、非常識この上ない行動に雪代は頭を抱えた。


「皇戯さん…………」

「早く来なよ! すっごい気持ち良いよ! 今なら貸し切りだし!」

「それはそうかもしれないけど。桜坂君を待っても…………」


 例えば、その理由が桜坂に水着を褒めて欲しいだとか、女として意識して欲しいとかだったら何とも可愛らしいことか。真意は雪代のみぞ知る。

 とは言え、いつ帰ってくるかもわからない以上、こうして待っているのも勿体ない。

 まぁ、良っか――と、雪代は軽く身体を解してからプールに指先を差し込む。


「冷たっ」

「ふぃー」


 足元から慣らして水に浸かる雪代。皇戯はいつの間にか持ってきた浮輪に座ってくるくる、と回っていた。

 年頃の娘のように水遊びに興じる二人は実に絵になる。桜坂がここにいたら逃げ出すくらいの尊さだった。


「――羨ましいわ、こんなところで暢気に遊んでられるなんて」


 ふと、声が掛けられた。尊さをざっくばらんに切り裂く刺々しい声音――。

 女性はリクライニングに背中を預けていた。実に扇情的な黒色の水着を着、サングラス越しに雪代と皇戯を見ている。

 いつの間にか、なんて言うのも馬鹿馬鹿しい。霊能力者であることは一瞬で看破できる。

 女は〈はぁ〉と大袈裟なため息を吐いた。


「何で私は詰まらない高校生活を送った、って言うのにあなたはこんなにも楽しそうなのよ…………! あー、あんた達を見てるとイライラする!」

「何か逆ギレされてるんだけど、あなたは誰?」


 理不尽に怒りの矛先を向けられる少女達。そんな理不尽もどこ吹く風な皇戯はプールから出ようとする素振りも見せず、首を傾げるのだった。


「私が誰かなんてどうでも良い。私は今からこのプールを血の海に変えるだけ。人間、って意外と沢山の血があるよの? 知らないわよねぇ」


 小馬鹿にする笑みを浮かべると、女性はすっと立ち上がる。内側から空色のエネルギーが燃え上がり、全身を包み込んだ。

 敵意の混じる瞳が光った。


「〈アイズ・レーザー〉」


 収束した霊力は一本の柱と化して、雪代目掛けて放たれる。


「えっ」


 ナチュラルに始まった攻撃に雪代は咄嗟に動けなかった。意識した時には、光線は目の前に迫っていた。

 ――それよりも早く拳が飛んで来る。紫色のオーラを纏った右手が光線の軌道を歪めた。


「ボケ、っとしてないの。危ないから下がってて」


 皇戯は雪代の前に立つと、掌から雪崩のように糸が生みだされた。それはプールどころかプールサイドまで広がる。

 踏まないように女性は後退った。その隙に雪代達もプールから出る。


「霊力の糸を操る能力…………どこかで聞いたことあるわね。何だっけ…………」

「よしよし、水から出れれば何とでもなる」


 水を切りながら、肩を回す皇戯。腕を振り上げ、糸を真っ直ぐに飛ばす。押し寄せるだけの糸も霊力が伴えば突っ込んでくる車と同等だ。

 女はは左目を隠すと、右眼にエネルギーを集約させた。


「〈アイズ・レーザー〉」


 放たれた赤熱は瞬く間に糸を燃やし尽くし、その先の皇戯をも飲み込まんとする。

 だが、目を見開きながらも的確に面結界を斜めから差し込み、軌道を曲げた。皇戯の背中には冷や汗が流れる。霊力で強化した糸だ、普通の糸よりも熱への耐性はあるにも関わらず焼き尽くされてしまったのだ。


「…………ちょっと想定外かも」


 背後の外壁に目をやれば、凹んで赤熱している。一体どこまで貫いているのか先まで見通せなかった。


「いきなり光線出すとか怖いよ」

「知らないわよ、あなたの事情なんて。とっとと消えてくれないかしら――!」


 女は〈アイズ・レーザー〉を放ちながら、首を捻った。

 皇戯の首へ一閃が飛来する。

 思い切り膝を曲げ、潜り抜ければ背後からコンクリートが蒸発する怖気の走る音が響いてきた。

 恐るべき攻撃だが、皇戯はこの能力の評価を少し下げる。


「なるほどねぇ」

「何を笑ってるのよ、気持ち悪い奴」

「連射はできないんだ」

「ッ、この――! 一々ムカつく、最近の餓鬼はこれだから!」

「君も若い時は同じ風に思われてたんじゃないの?」

「〈アイズ・レーザー〉!」


 光線の乱れ撃ちを身体強化で華麗に回避しながら、皇戯は会話を続ける。


「頭に血が上っていると当たらないよ」

「うるさい、って言ってるのよ!」


 ぐん、と瞳から放たれる光線が大きくなった。直半径一メートルを超える柱が外壁を根刮ぎ飲み込んだ。

 瞬く間に蒸発し、炎熱が押し寄せる。

 穿たれた穴の向こう側から〈何だこれ〉という人々の声が遠くから聞こえてきた。


「完全に隠すつもりないじゃん。これは私悪くないよね、これで怒られても言い返せるよね」


 皇戯の頭の中に思い浮かぶ二人の人物。風車と桜坂である。


「でも、良かった。これなら何とかなりそうだし」


 僅かに舞う砂埃を手で仰ぎながら、不敵な笑みを浮かべた。


「次は当てる」

「できるものなら?」


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