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ゴースト・ハンターズ  作者: (仮説)
三章 ゴースト・ハンターズ・ハンターズ
45/48

6.館内闘争

 

 ◎


「思ったよりも快眠できた。流石五つ星ホテルだな」


 ふと、横に視線を移動させる。

 俺の真隣――ではなく、隣のベッドにすやすや、と眠る雪代。結局のところ同じ部屋で寝泊まりしても色気づいたことはなかった。手を出しても良いけど、出さなくても良い――という葛藤はあったにせよ、こんな非常時にイチャイチャイチャイチャしている訳にはいかない。


「随分とまぁ、無防備なこと」


 ホテルに常設されているガウンのボタンはほぼ外れて、下着がだいぶ透けている。布団を被ってるからそこまでは見えないにせよ。

 今の雪代は自覚的にそれを実行してくる恐れがある。

 眠気覚ましに顔を洗ってから着替えた。腕周りの緩いシャツに、七分丈のズボン。これも送られてきた物資のものだ。

 ベランダに置いてある椅子に腰を下ろし、影って涼しい風を浴びながら雪代が起きるのを待った。

 その時、ポケットに詰めていたスマホが揺れる。


「――はい、桜坂です」

 〈おはよー、桜坂君。早いねぇ〉

「それはこちらの台詞だがな」


 某SNSアプリで通話で掛けてきた皇戯。


 〈さっきさぁ、寧色ちゃんから敵が来てる可能性がある、って連絡来たんだよね〉


 いきなりぶっ込んできたな。少なくとも早朝から話す内容ではないが、可及的速やかに交換しなければならない情報ではある。


「…………こっちには連絡来てないな。意図的に隠してるのか?」

 〈そのために私がいるんだろうね。二人は面が割れてるから危ないから気をつけてよ〉

「気をつけながら朝ごはんを食いに行く訳だ。朝はゆっくりしたいんだけどな」

 〈暢気な人だなぁ。まぁ、良いと思うけどね〉

「雪代が起き次第二階のレストランに行くわ」

 〈私もそっちの部屋で待ってて良い?〉

「問題ない」


 その方が護衛もし易いだろう。間もなく扉がノックされたので部屋に招き入れた。衣服としてら肩は、を全開に見せる水色のワンピース。腹部にあしらわれたリボンの装飾が可愛らしい。

 どこかの貴族の挨拶のつもりかスカートを持ち上げる。


「ご機嫌よう」

「はぁ」


 皇戯はその場でくるり、と回って尋ねてくる。 


「どう? 似合う?」

「はぁ」

「全然響いてなさそうな声ー」

「いや、似合ってるよ。似合い過ぎて驚いてたところだ」

「本当にそう思ってる? まぁ、そういうことにしてあげる」


 なんて、言いつつ嬉しそうに頬を緩ませていた。

 一度下げてから、上げるというテクニック。ギャップ萌えみたいな奴だ。

 この部屋で待つのは勝手だ。皇戯を部屋に残してベランダに向かう。


「何で着いてくるんだよ」

「桜子ちゃん寝てて暇なんだもん」

「…………それは最初からわかってたことだろ」

「だから、桜坂君と思ってくれている話そうと思って」


 度し難い。何がとは言えないが度し難い。


「俺は景色を眺めたいんだけどな。椅子一つしかないから立つことになるし」

「詰めれば二人くらい行けるよ」

「何となくそんなことを言う気はしてた」


 俺が拒否できないから、と言って最強理論武装を常に纏うのはやめて欲しい。

 有言実行、皇戯は俺を押し退けて椅子に座ってきた。強制的に密着させられる。


「嫌な顔してる割に拒否しないんだね、むっつり系?」

「してやられた気分にはなりたくないだけだよ。今は強行突破した方が気分が良い、と思った」

「ふぅん、こんなこともされるから?」


 皇戯は悪戯な笑みを浮かべて俺の左腕に胸を押し付けてきた。俺に鋼の精神なんてない。そんなことされたら――。


「無反応じゃん、私結構ある方だけど」

「いや、服の上からだとこんなものじゃないか?」

「はっ」と息を詰める皇戯。「…………やっぱ、桜子ちゃんとはそういう関係だったんだ。うわぁ…………ちょっと…………いや、何でもない」

「誤解だがな」


 間違った想像で引かないでもらおうか。

 最近、雪代がよくこんなことを仕掛けてくる。これくらいじゃどうにもならないくらいの耐性を得ていた。


「桜坂君が枯れてるのはともかく、良い景色だね」

「朝焼けと摩天楼と青空な。心が洗われる」

「あぁ、邪心があるのからか」

「ドロップキックしてやろうか」


 あはは、冗談だよ冗談――と、皇戯は笑う。

 皇戯はこういう会話をコミュニケーションだと思っているようだな。風車さんに対しての態度もこんな感じだった。人によっては悪手であることを彼女は気づいていない。


「こうして並ぶとやっぱ暑いね」

「離れれば良いじゃん」

「でも、何か悪くない気分だし」

「…………スキンシップは精神が和らぐ、とは言うからな」

「じゃあ、もっとくっついちゃおっかな」


 やめろ、と言う間もなく首に腕を回してきた。小さな息遣いが耳元でして、鼓動も僅かだが伝わってくる。

 確かに悪くない気分だ。結局、俺は甘えられれば誰でも良いのか? そんな自己嫌悪も今だけは忘れられそうだった。

 俺も皇戯の背中に手を回す。そのまま目を瞑った――。


「?」


 しばらくしてどこかから淡いが、音が聞こえた。これは窓硝子越しだ。

 首を傾けて後ろを見遣る。


「かッ――」


 目を覚ましていた雪代は真顔でこちらを見詰めていた。寝惚けているとかではない、この顔は怒りにも似た何かだが、怒りではない。弁解でもしようものなら淡々と責められるの請け合いの。

 怒ってたり、悲しんでいたらフォローする方法もあるが、これはわからない。普通に呆れられて疎遠になるパターンもありそうだ。


「皇戯、今すぐそこを移動しなさい」

「えぇ? 急に何?」

「謝るのです、雪代様に」


 文句を垂れる皇戯を押してベランダを出た。

 まだ真顔でこちらを見詰めてくる。何と純粋な瞳だ。今にも笑い掛けそうで全く掛けてくれない。


「あの説明しますので…………」

「――――」

「雪代さん?」


 ――この後しばらく、雪代か俺の話を聞いてくれることはなかった。



 ◎


 ――雪代が目覚め、誤解を訂正して、衣服を着替える頃には時刻は八時を過ぎた。

 罪悪感に苛まれて腹が痛いが、空腹にも苛まれていた。

 若干の気まずい空気の中――例の如く皇戯は一切の変化なく――レストランへと向かう。それなりに混んではいたが、予約してあったので思いの外すんなり食事にありつけた。

 雪代が料理を取りに行ったタイミングで皇戯に訊く。


「今のところ、怪しい人影とかあるか?」

「見られてる感じも、着けられてる感じもないよ。でも、霊力の流れがちょっと変じゃない?」

「何?」


 霊力をオンにして、周囲の霊的エネルギーに感覚を研ぎ澄ませる。


「…………そうか? いや、感知の自信はないんだが」

「入口のところが変なんだけどなぁ」

「そうか。なら警戒を頼んだ、俺にはわからんみたいだし」


 最高峰の霊能力者が言うのなら信じようではないか。だとしたら、既に敵がここに乗り込んでいる可能性がある。

 人目がある場所なら安全――これが通用しないことは昨日理解した。


「ここでもダメなら次は海外か」

「いいね! ハワイ行きたい!」


 一人で行ってください。

 戻ってきた雪代と入れ違いで皇戯が料理を取りに行く。雪代はお皿にはパンやら卵やらを載せていた。


「やっぱこういうホテルのバイキングは高級感あり過ぎて取りにくいんだけど」

「気にしなくても良いと思うけどな」

「気になるものは気になるの! デリカシーないよ。皆が皆、桜坂君みたいには考えられないんだよ」

「だろうな。俺が持ってきても良いんだけどさ」


 俺みたいな普通の奴が目立つことをしてもどうせすぐに忘れてくれる。だから、堂々としてれば良い。

 そんなことを思った矢先――目の前に山のように詰まれた果物が飛び込んできた。


「皇戯、占有するのは良くない」

「まだ余ってるから大丈夫だって」


 堂々とすることに関して、皇戯の右に並び立つ者がこの世界にいるのだろうか。一々の動作に気品があり過ぎて、お皿に大量のパイナップルを載せる姿も様になる。

 そんなことは断じてないけども。


「このような人がいても問題ない訳だよ、雪代」

「…………こうはなりたくはないけどさ」

「二人共酷くない!?」


 騒がしくも楽しい朝食が終わる。この間、襲撃者が姿を現すことはなかった。一旦、部屋に戻りこれからの行動について話し合う。

 出掛けるならば足並みを揃えるべきだ。三人いれば、常に誰かが周囲を気を配ることができる。


「俺としては軽い散歩をしたいくらいだが」

「それなら私も一緒に行きたい」

「二人きりのラブラブなところ悪いけど、それなら私も行くよ」


 ラブラブ、と聞いて雪代は少し頬を紅くしている。

 こんな漫才みたいなことしてて良いのか。


「あ、そうだ! 折角だしプール行きたくない?」


 皇戯が手を叩いて、立ち上がりながら言った台詞である。

 かなり広いプールがあることは噂には聞いていたが。


「…………行ってくれば」

「えー! 皆で行こうよ! 絶対楽しいからさ!」

「まぁ、行くだけなら。見てるだけだけど」

「そういうことじゃないでしょ!?」


 だろうな、と思いつつ雪代はどう思うか訊いておく。


「どうしたい?」

「私は…………どっちでも良いけど」

「ほら! こう言ってるし桜坂君も、ね?」

「見に行くだけなら」

「ダメだ、全く折れるつもりがないこの人!」


 元気溌溂に突っ込んでくるな。

 皇戯には悪いが濡れるのはあまり好きではない。高校を選んだ理由にプールがない、というのが明確にあったくらいだ。


「もしかして泳げないとか?」

「楽しそうだな。泳ぎ方を教えてもらった覚えはないな」


 小学生の頃を思い出す。水泳を習ってる人は存外多くて、全く泳げない、という人はかなり少なかったりした。その時に教えてもらったが感覚的過ぎて理解できなかった。

 結局、自分で試行錯誤して泳げるようにはなったが――。


「まぁ、そういうことなら許してあげるよ。泳ぎ方、教えて欲しい?」

「いや、やめておく」

「そ。じゃあ、桜子ちゃんと二人きりでプールに行こうかなー――チラッ」

「どうぞ、行ってきてください」

「本当に枯れてるなぁ」


 皇戯は雪代を連れて隣の部屋へ移動するのだった。

 部屋に置いてある館内地図を眺める。非常階段、裏口、プールへの道のりを順々に確認した。エレベーターを使えば地下駐車場にも行ける、と。

 出口は存外多い、ここまで広く・複雑なら身体能力で逃げ切れそうだ。

 一〇分後、皇戯が扉越しに声を掛けてきた。


「準備できたよー、行こー」

「わかった」


 最低限の持ち物をポケットに入れて、合流した。誰か一人は万全に動ける状態にしておかなくてはな。


 ――エレベーターで一階に到着し、エントランス脇の通路からプールへと向かう最中。

 癖で辺りを見回していると、受付台に何か立っていた――ように見えた。


「――――」


 四足歩行の生き物――否、霊的エネルギーによって作られた狼である。

 いつかに廃校で恐ろしいトリケラトプスみたいな化け物を相手取ったが、これはまた趣向が違う。紫煙を纏う狼は、実際の動物よりもパーツが簡略化されていた。瞳はV字のバイザーで隠されているなどだ。ただ、鋭い牙と爪は健在。

 目が合っている――のか?

 ここで目を逸らしたら確実にいなくなる。気配は感じ取れなかった、俺は勘で見つけたに過ぎない。次はないだろう。

 二人に危機を伝えるべきか、俺が今ここで撃滅するべきか。


「ここは…………いや――」


 ――後者だ。

 皇戯なら、俺がいなくなった、という事実から敵の襲撃を予測できる。

 本物の獣を相手取るようにゆっくり、躙り寄る。狼がどこに走っても追いつける距離まで後、一歩――ここがラインだった。

 狼はその場から予備動作なしに飛び跳ねると壁面を突き進む。


「壁走りは流石に予測できんやろ」


 少なくない人混みの中を、紫煙を注視しながら潜り抜ける。そのまま二階へ上がったのが見えた。

 人前で霊的エネルギーの強化を行使することは憚られる。二階直通の階段を駆け上がった。


 ――待っていやがる。

 レストランの前にて、獣は顔だけこちらに向けて佇んでいた。


「…………誘われてるな。罠が仕掛けられてるか…………」


 追うか、追わぬか――ここでまた二択を迫られる。

 こうでもしなきゃ相手が勝てない、と思っているのなら乗ってやることはない。だが、姿を現さない敵を撃破する好機でもある。


「この先、こいつがチラチラ現れたら溜まったもんじゃないよな…………」


 煩わしさからの解放、これ以上ない人生における命題だ。こんな狼程度にストレスを感じながら生きるなど許されることではない。

 立ち塞がる、と言うなら踏み潰しやろう。

 思い切り地面を蹴って加速し、霊獣の顔面を踏み潰した。プラスチックのコップを割ったような奇妙な手応えが返ってくる。


「消えた」


 もう終わり? ――そんな訳はなかった。

 物陰から、レストランの入口から続々と狼が姿を現す。その数、数百は下らない。視界を埋め尽くすほどの紫色。

 集合恐怖症の人が見れば発狂間違いなしの威圧的光景――反射的に逃げ出していた。


「まずいまずい…………!」


 何がまずいかはわからないが、これはまずい気がした。ここで一匹一匹潰すのは悪手だ、と警鐘が鳴っている。

 そして、無数の狼は俺を追って来た。大移動の轟音が背後から迫り来る。


「何で急にパニックホラーみたいな感じになるんだよッ!」


 数十分間前に確認したばかりの館内地図を思い出し、非常階段へと向かった。二階では騒ぎが大きくなり過ぎる、戦うなら人目のつかない場所。宿泊客のフロアーならば辛うじて条件を満たせる。


 薄暗く、コンクリートに囲まれただけの螺旋階段。霊的エネルギーで身体能力を強化し、二段三段跳びで階数を重ねる。

 予想通り、かなり狭い通路だった。物量で押し寄せてきた狼は突っ掛かることで幾らかの足を止めることができた。

 壁面走行を敢行して来る個体もいるが、そういう奴らは実力行使で黙らせた。

 体感、一〇階分上がったところで階段を抜ける。エレベーターホールまで真っ直ぐ続く廊下はカーペットでも敷かれたように柔らかい。

 とにかく駆け抜け、エレベーターの上へ向かうボタンを押して通り抜ける。フロアーの通路は長方形の外周のようになっていて一周すればまたここに戻ってこれる。エレベーターが来るまではこうして時間稼ぎさせてもらおうか。

 走っている間は呼吸に意識が割かれて考えが纏まらないのだ。


 幸運なことに丁度一周タイミングでエレベーターが開いた。上に行く客なんている訳がない、駆け込んでボタンを連打する。

 狭まる隙間の向こうから飛び込んできた一匹の狼の顔面を叩き割った。


「――これで、一段落できる…………」


 監視カメラに見られてるな、と思いつつもその場に崩れ落ちる。さて、これからどうするか――。



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