5.皇戯天廻(新)
◎
――北岡さんの説明を聞き終えた後、神山さんの案内に従ってこの会社の執務室へと向かった。ゴースト・ハンターズ幹部である風車さんが籠もっている部屋だとか。
扉の前に到着し、神山さんが扉をノックする直前――。
〈あなた、さっきから言ってるでしょ! 邪魔しないで! この仕事は――!〉〈私に任せておけば大丈夫だって〉〈そう言って任せたらとんでもないことになったじゃない!〉〈綺麗にはなったじゃん〉
女子楽しげな会話、ではなさそうだ。
扉越しに聞こえてくる大人な怒鳴り声と深刻さの欠片もない可愛らしい声。どちらも聞き覚えはあるが、イメージと違い過ぎて黙る以外選べなかった。
思わず雪代と顔を見合わせるくらい。
神山さんは一息吸ってから白磁の扉をノックした。
「失礼します」
「あ、良いとこに! ちょっとこの娘をどうにかして――…………ようやく来てくれたようね、あなた達」
そこにはスーツの風車さんが皇戯天廻に絡みつかれるという愉快な光景が広がっていた。
「――何というか…………うん、悪くない」
「桜坂君…………」
冗談を言ったら隣の人から露骨に見限られてしまった。
と、言うと彼女が皇戯?
顔はあの時見たもので間違いないが、髪型も服装のイメージも記憶とは相反した。誰の趣味かツインテールだ。色合いも明るく纏められている。
風車さんは皇戯を引き剥がしながら説明した。
「これからその娘を貴女が護衛するのよ」
「うわぁ、凄い胸大きい」
「発言が前と一緒なんですけど…………」
雪代は肩を落としながらぼやいた。
心まで透かすような怪しい視線――ではなかった。純粋無垢、とは言い難いが何も考えてなさそうな印象を覚える。
年頃の女の子にしか見えない――シンプルにこういうことだろ
う。
「可愛い過ぎてびっくりしたんだけど、これはラッキー」
「遊びじゃないのよ」
「わかってる、ってば。ちゃんと護衛するよ。そういうことでよろしくねー。あ、名前は?」
「は、はぁ…………雪代桜子です」
「桜子ちゃん。もう、名前まで可愛いんだから」
人前でべた褒めされた雪代は若干顔を赤くして俯いていた。
そう言う皇戯の可愛さも尋常ではない、と一般人は考えるだろうに。
そして、皇戯の愛嬌のある大きな瞳が俺に向けられた。不思議そうに首を傾げる。
「君は?」
「俺は桜坂京都。今さっきまで雪代の護衛をしていた、と思ってくれ」
「京都、って名前なの? 変わってるー。地名みたいだね」
「みたいじゃないけどな」
「ん、んー?」
思案げな息を漏らしながら、皇戯が俺の目の前まで歩いてきて間近で顔を見詰められる。
「…………どこかで会ったことある?」
前に会った時も同じようなことを言われたことがある。
昔、会っていたのか。それとも記憶を失う前のことを思い出したのか。
何と答えるから迷っていると「小学生の頃の同級生みたいね」と風車さんが答えた。彼女は過去はリサーチ済みか。
「それは覚えてる訳ないな、中学すら記憶にないんだから。見覚えはともかく…………」
「桜坂君も一緒に護衛するの?」
「そのつもりだけど、邪魔なら帰る」
「邪魔だなんて思わないよ。私、友達少ないから仲良くしよ?」
「は、はい」
言い分を聞く限り、自意識に問題はないようだ。自分がリセットされた存在ということを理解しているのだろうか。
風車さんは随分と疑っているようだが、俺には何となく大丈夫だと思えた。勝手なイメージだが、ここぞというタイミングを逃す奴じゃない。
「じゃあ、早速今から護衛開始よ。呉れ呉れも――」
「何回も言わなくてもわかってる、ってばー」
「信用できないわよ!」
髪を逆立たせる風車さんと、へらへらとあしらう皇戯の絵。再び見ても悪くない光景である。
――皇戯天廻(新)との初対面は案外上々なものだった。
「あ、そうだ」と、執務室を後にする風車さんが俺達を引き止めた。「このまま家に帰るのは危ないだろうからこっちでホテル予約しとくけど…………一応確認するけど…………あなた達の部屋はふた――」
「――一つで大丈夫ですっ」
噛みつかんばかりに雪代が宣言するのだった。
最近はアプローチの圧が強い。既成事実という言葉もある、下手をすれば逃げ場がなくなってしまう。
流石の風車さんも苦笑いで俺に視線を送ってきたほどだ。食い気味で返事するとは、脳内桃色過ぎる。
首を横に振って返事する最中、皇戯が擦り寄ってきた。
「付き合ってるの?」
「いや、付き合ってはないな」
「明らかに桜坂君に好意あるよね? 気づいてるでしょ?」
「あー、そうだな」
「その反応、あれだね――キープ、って奴!」
「おいおい、人聞き悪いな」
と、思ったがやってることを考えれば否定はできない。雪代や逆宮姉妹に思わせ振りなことをしながら、関石さんに言い寄ったり――。
変に希望を見せるような態度を取っていたのは事実だ。
「俺は人聞きの悪い人間だったらしい」
「何か勝手に悟ってる人いるけどー? 変な人だなぁ。でも、面白い人で良かった」
皇戯は一人で、誰とも共有できない笑いを浮かべるのだった。
◎
――風車さんが準備してくれたのは俗に言う五つ星ホテル、というものだった。
一泊数十万の高級ホテル。こんな私服で入って良いものなのか。高校生に敷居が高過ぎた。ドレスコードとかありそうで怖いこと怖いこと。
神山さんの運転でゴースト・ハンターズ第二本部から例の高層ホテルに到着したのがたった今。首を真上にまで傾けないと建物の全貌が見えない。
「いや、マジか…………」
「想像の百倍高級そうなんだけど…………私達、本当に入って良いの?」
俺も雪代も圧倒的存在感に気圧されていたが、皇戯は楽しげな恵美を浮かべるに留める。神山さんでさえ襟を正して息を詰めているというのに。色々な意味で大物だ。
自動扉の前にはきっちりと詰襟を着込んだ男性のホテルマンが立っている。前を通った暁には朗らかな笑みで話し掛けてくるに違いない。ヤバいぞあれは――。
「皇戯…………さんは、大丈夫な感じ?」
「天廻で良い、ってば桜子ちゃん。来るのは初めてだけど、何か緊張とは無縁みたい」
「す、凄いね…………」
入口でまごまごしている訳にもいかない。神山さんの少し後ろを着いてホテルに足を踏み込んだ。
気の所為だろうが、視線が集まっているような気がした。落ち着け、大人がいれば子供もホテルに泊まっても何の問題もない。
入って正面に受付、左手にはカフェスペース、右には休憩スペース兼エントランスホール。エントランスホールを進むとレストランへの道、さらに先にはエレベーターホールがある。
学生である俺達はさり気なく設置されたソファーに腰を下ろし、受付へ向かった神山さんの後ろ姿を何となく見送った。
俺の真隣に座った雪代が訊いて来る。
「ゴースト・ハンターズ、ってもしかして凄い組織なの?」
「構成員は一番多いからな。コネとか権力もそれなりにあるとは聞いたことはある」
「社会に溶け込んでるね…………」
皇戯は座って待ってられないようで二階へと繋がる大階段を上がりながら一階を見回している。さぞ、壮麗な景色が見えていることだろうが、落ち着きがない。
一五分程経ったタイミングで神山さん葉帰ってきた。
「あの方が案内するそうです、行きましょう――…………皇戯さんは?」
「二階に行くところまでは見ましたけど」
「……………………後で部屋の番号を連絡します」
真面目な人にこんな微妙な顔させるなんて碌な奴じゃないな。
ホテルマンに案内され、エレベーターに乗り込んだ。金属の箱は静かに階層を駆け上がる。
ここまですれば大丈夫だろう――という楽観。
ここまでしても追ってくるかもしれない――という悲観。
両者が胸の内から同等に湧き出てきた。次は何人が巻き込まれる? どこまでの周囲に被害をもたらす?
――終わりは来るのか?
「――――」
不意に「――どうしたの?」と、雪代が顔を覗き込んできた。
既にエレベーターは目的の階層に辿り着き、神山さんとホテルマンは扉を抜けている。突っ立っていもすれば心配するのは当然だ。
「ただの考え事だよ」
それも、無意味なタイプの逡巡。
だからもうこのことについては考えたくない。雪代に心配されるのも同じく結構だ。
連番二部屋に案内されるが、当然女子部屋・男子部屋という風に分けられてだった。ここで従業員の人に反して俺の部屋に突っ込むことはできまい。
シングルベッドが二つある内、窓際の方に飛び込んだ。
「疲れた…………」
眠い、途轍もない睡魔だ。
緊張の糸が切れたことが理由だろうな。スーパーでの戦闘、それから移動続き。まともに休む時間がなかった。自分の意識よりも身体は疲れを感じていたらしい。
神山さんに〈寝ます〉とだけ打って目を閉じた。
いつもなら眠りにつくのに三〇分は掛かったものだが、今は刹那で意識を沈めることができそうだ。
◎
「――――」
眠りが浅かったのだろう、西日の眩しさに目が覚めた。今にも二度寝したいが、明るいだけに眠れる気がしない。こういう時は諦めて起きるに限る。
「――! って…………」
雪代に添い寝されてた。
同じ部屋に泊まりたがった時点でこうなることは予想していたが、どうやってこの部屋に入ってきたんだ。
ベッドから下れば玄関口に何やら箱が置いてある。寝ている間に運び込まれた? そこに便乗して入り込んだ――ってところか。
箱には〈服等〉という付箋が貼ってある。
「ゴースト・ハンターズからの支給品か。うわっ、何だこの洒落たジャケットは…………」
流石に見れる格好をしろ、ということか。
いつでも着れるように服はハンガーに掛けて整えておく。一通り中身を確認していると、もぞもぞと布団が揺れた。
雪代はガバっ、と上半身を起こす。
「う、あぁ…………」
「よく寝てたな、人のベッドで」
「起きるの待ってようかと思ってたけど全然起きないから…………」
「計画性がないな」
「…………う、ん」
雪代は返事も気ままにバタリ、と倒れて再び眠りに落ちた。
隣の空いているベッドに腰掛け、時刻を確認する。
「六時過ぎか。腹減ってきたが…………」
その時、部屋に設置されているインターホンが鳴った。
数刹那待っても一声も掛らない。少なくともルームサービス、ではなさそうだ。
足音を立てずに扉に近づく。
もし、襲撃者ならば即座に制圧する。魚眼を覗き込んだ瞬間、針が飛んでくるとかないだろうな。
全身に〈霊纏〉を張り巡らせて魚眼を覗けば――大きな瞳が映り込んだ。あちらもこちらを覗いている――。
深淵を覗く時、なんていう台詞が脳内を駆け巡る。
「おーい、開けて開けてー」
「…………何の冗談だ、皇戯」
「全然反応ないんだもーん」
扉の前には皇戯しかいなかった。
「どうした? もしかして何か連絡でも入ったのか?」
「連絡はなかったよ。そろそろ夜ご飯の時間だから一緒に行こうと思って」
「…………まぁ、早めに行っても良いか。でも、雪代寝てるんぁよな」
「それはそっとしておいた方が良いかもね。置いていこう」
お前、船降りろ――ということで、俺は皇戯と共に晩餐へ向かうことになった。場所は一階のレストランである。受付の時点で神山さんが予約しておいてくれたらしい。
「これは着替えた方が良いよな?」
「折角だからそうしよ」
皇戯は着替えに自室に戻った。
俺も音を建てないように、Tシャツ半パンというラフ過ぎるスタイルからイカした七分袖を着込む。靴まで準備されていた時は関心を通り越して唖然としたが、美に入り彩を穿つ――ということか意外にもしっくり来た。
半刻過ぎた辺りで皇戯から準備が終わった、と連絡が入る。扉の前で待っているとすぐに姿を現した。
「――お待たせしたかな?」
随分斗おめかしをした皇戯が流し目を送ってきた。何だよ、その目は?
皇戯は落ち着いた色のワンピース姿で、上からカーディガンを羽織っていた。メイクもしているようでいつにも増して妖艶な雰囲気を醸し出ている。靴はハイヒール、って奴か。
「ずいぶんと慣れた感じだな」
「うーん、何でだろ? 自分でもびっくりするくらいしっくり来るんだよねぇ。桜坂君は何か…………」
「服に着られてる自覚はあるよ」
「いや、雰囲気はあるよ! 人を寄せ付けない孤独な感じの…………」
「それは服装関係なくだがな」
俺はこの廊下を歩くだけで気圧される、というのに皇戯は迷いなく堂々と歩を刻んでいた。負け犬根性ならぬ、自意識過剰根性だろう。
待っていたエレベーターから出てきたカップルは腕を組んでいた。
「私達も腕組んどく?」
「どっちでも」
「反応が詰まらないなぁ、折角だし組んどこうよ」
「折角、だからという理由で何でもするつもりじゃないだろうな」
二人きりでエレベーターに乗り込む、そして、扉が閉じた。




