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ゴースト・ハンターズ  作者: (仮説)
三章 ゴースト・ハンターズ・ハンターズ
43/48

4.ゴースト・ディバイナー

 

 ◎


 ――神山さんの運転で辿り着いたのはゴースト・ハンターズ御用達の診療所だった。訳ありの患者を釣れてくるのに持って来いな都心から離れた、森の匂いの染み付いた病院。

 季節のせいもあるが、湿っていて、苔っている。


「急患二人でお願いします」


 神山さんが受付で何やら話している合間、俺と雪代は待合スペースの椅子に腰を下ろしていた。頬と腹部が特に痛む。骨にヒビが入っているかもしれない。


「怖過ぎる…………」

「もしかして、桜坂君って血とか苦手なタイプ?」

「そんな自意識は有してないけども、人並みには嫌悪していると思う」


 服に着いたら落ちないからため息が無限に出てしまうことも考慮すれば、嫌いどころの話ではなくなる。

 内臓にまで影響がなければ問題ない。命に別状がないのなら日常生活に問題はないのだから。

 人はいつ死ぬかわからない――だから、先の戦いも本質的には交通事故と同じようなもの。生きているだけ運が良かったのだ。


「それとも……………………さっきまでが怖かったの?」

「いや、そんなことはないんだけど」

「は、はぁ……………………心配して損した」

「これからしばらく休む暇がないと思うと憂鬱になる、って話」

「確かに、安全な場所なんてあるのかな。ごめん」


 雪代が申し訳そうに謝ってきた。


「私が巻き込んだようなものだし。気にしてない、って言うけど…………辛いよね」

「う、うん? いやまぁ、辛くはあるけど。何というか…………そこまでじゃない」

「だよねー」

「違う。これはそう――君への執着とでも言えば良いのか…………」

「え? かなり意味がわからないんだけど」

「測りかねてる。俺はどこまで雪代に気を許して良いのかな」


 命に替えても、なんてことは言えない。

 だが、学生の夏休みくらい犠牲にしたって良いとは思う。俺のモチベーションはどれくらいで、いつまで戦い続けられるかを正確に知りたいのだ。

 今は執着という言葉を使っているが、もっと正確な表現として出力できるかもしれない。好きとか、わかりやすい感情に落ち着けば良いのだが。


「準備できました、どうぞ診察室へ」

「はい。ありがとうございます、神山さん。」

「いえ」


 神山さんにお礼を言って先を行く雪代の後ろを着いていった。

 治療室、と言ってもただの診察室でしかない。見た目はオフィスで、待合いの椅子が置いてあり、ベッドが一つあるだけ。

 手術室に案内されなくて安心した、ってことはないが比較的軽傷なことは唯一安堵できることではあった。

 椅子に座ってタブレットにペンを走らせている白髪の爺さん、その後ろ立っている看護師の女性は書類に目を通している。


「随分と久しいな、その顔」

「その節はどうも」


 この医者には以前お世話になったことがある。地獄から帰還した際に、身体がどうにかなってないか確かめてもらったという過去だ。


「お変わりないようで安心しました」

「そうかそうか。ともかく、傷を見せてくれたまえ。いや、女の子の方は…………」

「私が見ますのでご安心を」


 嫋やかに会釈し、ナースさんは雪代を連れて奥の部屋へ移動した。残された俺とドクター。この医者、いつ見ても猟奇的な実験をしそうな面構えである。見た目は悪の科学者だが見た目は凄いまともというね。


「受け答えはできているようだ。それで、傷の方は?」

「顔面と腹を殴られたり、蹴られたりしました」

「まぁ、ここに横になりたまえ。ここでできることなんて応急処置くらいしかないがね」


 頬に関しては薬を塗ってガーゼを貼っ付けるくらいだろうが、腹に関しては骨に響いてる可能性もある。内臓に関してはしっかり見てもらいたい。

 ドクターは俺の服を捲りながら、


「しかし、君がここに来るなんて想像だにしなかった。それだけ相手は強かったのかい?」

「霊力だけで言えば全く問題ありませんでしたが、少々厄介な能力でして。珍しいタイプなのでもう敵対することはないでしょうけど」

「そんなとこだろうとは思っていたが。全く困るな、最近は物騒なことが多い。こちらも慈善活動でやっているつもりはないと言うのに」

「ゴースト・ハンターズからお金葉受け取ってるはずでは?」

「ほんの少しさ」

「少し、ですか」


 怪我は思ったよりも軽いもので、骨に異常は見られなかった。それだとこれ痛みは俺が大袈裟に感じているだけ、ということになる。今まで〈霊纏〉を貫かれることなんてなかったし、怪我自体に慣れてないというのも大きそうだ。

 打撲で青くなった部分に湿布が貼り付けられた。

 ドクターは一通りの治療を行うとタブレットに何やら書き込む。

 こんな僻地にあるのに今時の医者だな。

 彼は手を動かしながら俺に言う。


「これは他の奴にも口酸っぱく言っていることだが、あまり無茶するな。こんな傷の治療するこちらの気にもなって欲しいものだよ。治せない場合が一番怖い」

「医者の気持ち、って奴ですか。怪我したくてしてる人は少ないと思いますよ」

「そりゃそうだろう。自分を守ろうとする意思の欠落を心配してるんだ。特に君みたいな霊力の強い人間は。いや、君の場合は痛みに鈍い、と言い換えても良いのかもしれない。この打撲、常人だったら弱音の一つや二つ吐いて当たり前のものだ」

「……………………その方が楽に生きられるんですけどね」


 物事を短絡的に捉えることは自分を苦しめることになるが、適材適所に織り込めればストレスない人生を送ることができる。痛みも、あくまで脳が異常を伝えてるだけ、身体の一部分だけ、と思えば我慢できよう。

 ドクターは俺の生き方を肯定も否定もしなかった。


「そうかい、 自覚があるなら結構。けど、それで手遅れになっても自己責任さ」

「はい、ドクターのせいにはしませんよ」


 彼は怪訝な表情を浮かべながら、変な呼び方をする――と、呟いた。



 ◎


 ――診察室の椅子でしばらく待っていると、奥の治療室からナースさんと雪代が戻ってきた。お礼を一言してから俺の横に座ると、瞳を覗きながら問い掛けてくる。


「私の怪我は大したことなかったけど、桜坂君の方は?」

「走ったりすると痛みそうだけど、問題ない範囲ではある」


 視線の圧から逃げるように横を向いて返事した。

 信用は依然として薄く、雪代が「怪しいなぁ」と俺の腹部を突いてくる。じわり、と鈍い痛みが広がる感じだ。


「どう? 痛い?」

「…………楽しそうだな。俺も突いてやろうか」


 鳩尾の秘孔を突いて絶叫させてやろうか。


「二人共安静に過ごして欲しいところだが、情勢は悪いようだね。呉れ呉れも無茶をしないように」

「気をつけます」

「はい、ありがとうございます」


 診察室から出ると、扉の前に神山さんが突っ立っている。ずっと待っていたのだろう。仕事とはいえ、俺達みたいな餓鬼相手によくやる。働く、というのは大変だ。ただ、そこに立ち尽くすだけ、というのも意外と退屈だからな。


「その様子だと怪我は軽かったみたいですね」

「お陰様で、まぁ、安静にしとけ、とは言われました」

「そうですか。問題なく次の予定へ移行できますね」


 改めて車に乗り込みながら、その予定とやらを尋ねる。


「今度はどこに向かうんですか?」

「ゴースト・ハンターズの第二本部です。雪代さんの護衛が待っています」

「驚くこと必至という噂の…………」


 田舎道から、都会へ――。

 車中で霊能力者に襲われることはなく、目を瞑ってゆっくりすることができた。

 地下駐車場に車を駐め、表に出る。アスファルトが熱を吸って凄まじい暑さと化していた。その割に冬はビル風で凍えるという、碌な場所ではなさそうだ。

 高層ビルの中層、一般の会社にカモフラージュする形で本部が設置してある。とは言え、会社としても成立している。


「護衛に合わせる前にとある霊能力者からの説明があります。既に待っていますので、心の準備を」


 エレベーター内で神山さんがそれだけ言った。

 神山さんの視界を霊的エネルギーに乗せて飛ばす能力で確認した、と言ったところか。五感拡張の霊能力者は結構いて、能力が被ることもある。

 三〇階に到着し、硝子扉を潜り、オフィスに足を踏み入れる。パソコンを前に業務を行う社員達――ここがゴースト・ハンターズとか言う宗教染みた組織の拠点だとは思えない。

 不躾な視線を浴びながら、会議室まで案内された。


「――――」


 そこにいたのは神山さんと同世代くらいの女性だった。髪を肩くらいまで切り揃え、いかにもなシャツとスカートを纏っている。


「失礼します。二人をお連れしました」

「お手数お掛けしました。どうぞ、お掛け下さい」


 促されるままに俺と雪代は椅子に腰を下ろす。神山さんはここでも部屋の入口で立っていた。

 その女性は俺の前の席に座り、一礼する。


「初めまして、この度の説明を任された北岡と申します。識別名称としてはゴースト・ディバイナーです、よろしくお願い致します」

「初めまして、桜坂です。こちらこそお願いします」

「雪代です、お願いします」


 仰々しいな、とてもじゃないが学生にする挨拶ではない。

 説明、ね――一体何を知らされるのか、面倒なことじゃなければ良いが。

 先の展開に思い馳せる中、北岡さんは話を進める。


「早速ですが本題に入ります。私の能力――ゴースト・ディバイナーは霊力を媒介とした催眠を起こすことができます」

「催眠」


 聞き慣れない単語だったので思わず口に出してしまう。それこそバラエティ番組の企画でたまに聞くくらいだ。

 霊力を用いてそんな奇特なことができるとは。全く理解不能なエネルギーである。


「催眠、ということは誰かを、ってことですよね?」

「はい。あなた達の護衛に掛けました」


 それは、つまりどういうことだ?

 忠誠心を助長して狂気の戦士を作り出した、とかそういう考え方で良いのだろうか。あまり穏当ではない想像が浮かんだのは俺だけではなかった。


「どんな催眠を?」と雪代が恐る恐る尋ねる。

 少し、言い淀んだもののはっきりと北岡さんは言う。「――有り体に言えば、人格を捻じ曲げました」と。


「元の性格に社会に適応できない欠陥があった、と言っても言い訳にしか聞こえないでしょうね。それに、その件については私よりあなた達の方が詳しいはずです」

「――迂遠な言い方をしますね。こうして場所を設けるくらいです、相当な厄介者なんでしょう。それが誰かはっきり、と言ってください」


 催眠ならぬ、催促。

 慎重に物事を進めるのは悪いことではないが、ここまで来ると冗長だ。勿体振っても良いが、隠してないのならすぐに言って欲しい。


「あ、はい。すみません」

「いえ、謝ることではないありませんが…………少し急かしてるくらいですから」

「はぁ――あなた達なら、名前を聞くだけでわかるんでしたね」


 共通の知り合い――そんな者がいたか、と刹那に悩む間に北岡さんはその人物名を口にする。


「私が催眠をした相手――彼女の名は皇戯天廻です」

「え、皇戯!?」


 雪代は思わず立ち上がるくらい衝撃を受けていた。それもそうだろう、この一件の引き金に手を掛けたのは間違いなく皇戯で、雪代にとっては宿敵とも呼べる相手だ。

 あの抗争後、ゴースト・ハンターズに皇戯を預けていた。俺はてっきり内密に殺すとばかり思っていたのだが、まさかこんなところで彼女の名前を聞くとは。


「――敵ではないんですね?」

「はい、皇戯天廻であって皇戯天廻ではない何者です。何をされたのかわかりませんが、精神的にも肉体的にも追い詰められていた彼女の自我を破壊しました。完全な別人です」

「催眠どころの話じゃないですね」


 とは言え、心機一転した皇戯をすぐに実戦に駆り出すとは風車さんは何を狙っている? そりゃ、戦力で言えば最強クラスだが、いつ裏切るかもわかったものではない。それこそ、雪代との相性は最悪なのに。

 真意は不明か。

 そして、北岡さんは最後にこう付け加えた。


「…………性格に関してですが、私は何も関与していので悪しからず」


 おいおい。怖いこと言うな、って。


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