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ゴースト・ハンターズ  作者: (仮説)
三章 ゴースト・ハンターズ・ハンターズ
40/48

1.護衛

 

 ◎


 ――その日は、自分が思っていた以上に目覚めが良かった。

 雪代との二人きりの時間、夏祭りの人混み、ゴースト・ノッカーの襲撃。一日で取れる疲れではないと思ったが思いの外身体が軽い。


「…………………………………………」


 右手のすぐに雪代が安らかに寝ている。手は出してないとは言え、あまりにも近過ぎた感はあった。

 自分で思っている以上に自制心はありそうだ。それとも、異性に対する神経が死んでいるのか。そんな悲しいことはあまり思考したくはないが。


「まぁ、良いさ。とりあえず朝ごはんの準備でもしようか」


 現在時刻は午前六時。雪代は一時間経つくらいには起きているだろう。

 にしても、他人の家でこうとぐっすり、寝られるとは羨ましい話だ。昔、家族と旅行に行った時、ホテルではあまり寝付けられなかった思い出がある。慣れない場所だと疲れ、慣れない場所だと疲れも取れない。つくづくお出掛けに向いてない性格だ。

 それとも、警戒心が薄いのか。その理由が俺に関連するものだと嬉しいような複雑な気持ちになりそうだ。

 雪代を起こさないようにベッドを出、服を着替えた。それから朝ごはんの準備をする。


「…………乖離が来た時もこんな感じだったな」


 厄介事がこれから先に待っているのも同じだ。

 これから考えなくてはならないことは多い。襲撃者はいつ、どこに、どれくらい来るかわからない。雪代宅よりも安全とは言え、ここだっていつかは攻撃されるかも可能性もある。

 それこそ、深夜や明け方に狙われれば無抵抗に殺されるかもしれない。


「どこで反撃に転じるか。そこんところ風車さんはどう考えてるんだ…………?」


 甘い対応をしていれば、やられっぱなしだ。

 どこかの組織を一つ潰す、ってのが一番わかりやすい抑止なんだろうが雪代にそんなことをさせるのは良くない気がする。ここは大人の方々の力で穏便に済ませたいところだ。それまでの時間稼ぎなら耐えてみせよう。


「しばらくは俺が護衛するか」


 それも必要なさそうだがな。

 霊的エネルギーの支配能力で倒せない敵はいない。皇戯クラスの霊能力者がそう簡単に出てきて堪るか。一〇年に一度の逸材みたいなものだから。

 そういえば彼女はどうなったんだろう――。


「――…………ふぁ、おはよう」

「起きたか、雪代」


 彼女は半分しか開いていない目で、欠伸しながらリビングへやって来る。思ったよりも早かった。俺の目の前を通り過ぎると本能のままにソファーに飛び込んだ。

 二度寝か。なら、俺は一人の時間を謳歌するのみ。


 朝ごはんを食しながら、スマホを弄る。昨晩の襲撃に対しての対処についてのメールが届いていたのだ。

 襲ってきた三人組は捕縛して、話を聞き出す算段とか。概ね予想通りの対応だった。

 その後、通話で当該状況についての説明を行う。


「背後からの不意討ちを狙ったんでしょうけど、いささかお粗末なやり方と思うのは俺だけですか?」

 〈今のところは何も言えないけど…………捨て駒なんじゃないの? 能力も特に持ってる様子はなさそうだし〉

「はぁ、精神的に追い詰める算段なんですかね」

 〈かもね、だとしたらどんどん敵が来るわよねぇ…………どうしようかしら〉

「数日なら俺だけでも何とかなりますよ。その間に色々策を練って欲しいところです」


 今後の対応について相談をしていると、雪代が酔っ払いのように背中から覆い被さってきた。


「…………何してるの?」

「電話」

 〈今の声…………?〉


 スマホから出るの風車さんの訝しげな声。

 朝の七時から女子と一緒にいるという事実が知られてしまった。誤解されそうなタイミングだ。


「いや、家が危ないと思って避難させてるだけです」

 〈事情は何となくわかるからそんな言い訳しなくても…………むしろ、そっち方が…………――いや、何でもないわ。いつかそんな関係になるとは思ってたし〉

「その反応は納得が行きませんが、ともかく見張っているんでしばらくは大丈夫です」

 〈わかった、とりあえず護衛頼んでわよ。こちらからも派遣するから〉

「強い人なんですよね?」

 〈うーん…………〉


 風車さんは言い淀む。首を捻っているのが見えているようだった。


 〈わからない、ってのが本音ね。戦闘力に関しては上等なんだけど。でも、女の子だから桜坂君なら何とかできるわよ〉

「意味わかりませんね」

 〈それはこっちの台詞だけどね。じゃあ、私は早速仕事だから。学生は夏休みを楽しみなさい、程々にね〉

「はい」


 楽しめる訳がない、とは言わず素直に頷いておく。これ以上、風車さんの頭をおかしくするのは忍びなかった。

 雪代は俺の背中で寝息を立て始める。


「寝るな、起きろ」

「うあぁ…………」


 ソファーに転がしてから、冷水を飲ませる。やがて、雪代は意識のレベルが上がってきた。一旦、俺の部屋に戻ったかと思ったら、パジャマから昨日と同じ洗濯した服を着替えていた。

 前髪を、蝶を模して紫色のバレッタで留めている。


「どう? 似合う?」

「似合うな」

「ありがとう。それはともかく、これは何かな? 部屋に置いてあったけど誰のものなのかなぁ?」


 満面の笑み、但し、目だけ笑ってないとはこのことか。

 明らかに女性用の髪留め。デザインは蝶、色はクリアパープル。俺の机に放ってあったのは確かだ。


「このバレッタは何のためにあるの? ねぇ?」

「怖い顔しないで欲しいんだが…………」

「以前にこの部屋に女の子を連れ込んだりした? ねぇ?」

「…………否定はしないけども」

「やっぱり、誰よ? 関石さん?」


 だんだんヤンデレと化してきたな。激重な愛が嫌い、ということはないが圧が強いと逃げたくなる。


「バレッタは俺のものだ。俺が使うために買った」

「はぁ?」


 雪代の頭からは髪留めを外し、自分の前髪を留める。前髪がうっとおしいことがよくあるため自分用に買ったのだ。断じて女子へのプレゼントとかではない。


「これが本来の使い方です」

「…………ちょっと可愛い」

「そんな反応は求めてない」


 それは、俺の顔面が良いとかではなく、額が出ていると可愛く見えるというだけの話だ。


「でも、それならこんな可愛いデザインにしなくても良い気がするんだけど」


 と、言いつつ俺のことを眺めるのでバレッタを外してテーブルに置く。


「それと誰を連れてきた、って訊かないとね」

「まぁ、朝ごはんでも食べながらな。腹も減ってきてるだろう」

「すっごい余裕風吹かせてるわ…………」


 やましいことは一切ない。これが余裕ではなくて何と言う。



 ◎


「…………………………………………」


 ――おぉ、これはまた酷いな。

 場所は変わって雪代の住むマンション。まさかの二四時間振りの来訪なのだが、目下に広がる光景は記憶と全く異なった。

 ゴミ屋敷、という言葉が思い浮かんだ。

 だが、正鵠さには欠ける表現。これは人の悪意がなければ再現できないものである。

 息を飲む雪代の代わりに俺が言葉にした。


「荒らされてるな、出来得る限りの暴力で…………」


 家具が壊されたとかではなく、荷物をひっくり返されている感じだ。普通の人から見れば強盗が入ったようにしか見えない。

 隠れられるところを隈なく探したような状況だ。クローゼットは荒らされていても、金が盗られることはなかったらしい。


「如何にも盗聴器とか仕掛けられてそうだな…………」

「えぇ!?」

「こんなことを話してることすら漏れている可能性がある」

「どうすれば良いのよ、これ…………普通、コンセントとかだよね?」

「とりあえず服とか必要なものを俺の家に運ぼう」


 盗聴器云々は勿論冗談。盗聴するならわざわざこんな部屋を荒らして警戒心を煽っても逆効果になる。

 単に、雪代を狙って形振り構わずに突撃してきただけだ。

 本命の攻撃ではない、と決めつけても良い。

 呑気なことに雪代は下着は盗まれていない、だとか呟いている。


「真っ昼間から襲われることはない、とは思うが…………」


 手掛かりとなる何か落ちてないかと歩き回っている間に、旅行鞄への荷物を詰め込みが終わったらしい。


「俺は荷物持つよ、って言った方が良いのか?」

「それを直接訊くことある? そりゃ重いから持って欲しいけど…………凄い頼み辛い」


 と、言いつつ鞄を渡された。意外と重い。軟弱者な俺には少々、文字通りに荷が重かった。

 長居してもできることはないので早々に俺の部屋に引き返し、荷解きをしてもらう。その後、食料を買いにスーパーへと赴いた。その際、雪代も一緒である。


「うわぁ、懐かしい」

「この時はまだ幽霊を見ることしかできてなかったよな」


 ここであのゴーストが現れなかったら多分、俺は雪代に霊的エネルギーの事を教えることはなかった。何の変哲もないスーパー、ここはある意味ターニングポイントのような場所だ。

 俺がカートを押す隣で雪代はにまにま、と微笑んだ。


「こうしてるとデートみたいだね。若いカップルに見えるかな?」

「良くて姉弟だろ。それかバカップルだな」

「何でバカなのよ? 普通のカップルでしょ」


 半分料金を出してくれる、というので遠慮なく食材を籠に入れていく。そこで気づく――雪代、っていつまで俺の家にいるつもりなの? 確認するのが怖い話だ。

 夏休み以降は流石に自宅に帰ってくれるよな?


「お菓子買おうよ」

「そ、そうか…………食い気味で言わなくても買えば良いだろ…………」


 お菓子コーナーにカートを進めれば、雪代は食い入るように棚を物色した。「あ、すみませーん」と対面からやって来る人に謝る一幕も。健康的な生活をしているらしいが、こういうものは食うんだな。


「――――?」


 振り向けば、先程すれ違った男が通路の真ん中で仁王立ちをしていた。その視線は雪代に向かっている。片手にはスマホが握られ、画面と雪代を幾度か見比べ――。

 俺は踵に力を込め、その場でカートを振り回す。途中で手を離し、中身をぶちまけながら。


「――うおっ!」


 突如として迫りくるカートに男は声を上げる。そして――霊的エネルギーの纏われた右足で縦に粉砕してのけた。バキバキ――という破壊音は一瞬で店内に響き渡る。

 刹那の静寂――ポイント二倍とか言う店内放送のみがやけに聞こえてきた。


 霊能力者、それもこんな人混みがある中での戦闘――。

 形振り構ってられない、とは思っていたがここまでするか? 流石に想定外の事態。

 これは明らかな違反行為だろう。

 霊社会の秩序を乱すタブーの排除はゴースト・ハンターズの本懐でもある。俺にも戦う理由ができてしまった。


「一旦、離れる!」

「――わかった!」

「逃がすか――」


 三者の咄嗟の行動はバラバラだった。

 俺は雪代の退避を促した。雪代は刹那で状況を把握し、指示に従ってお菓子コーナーを最速で離れる。

 そして、襲撃者の男は追うために正面を駆け出す。予想通りに釣れた。体勢を低め、すれ違うように腹部に肘鉄を見舞う。

「ぐうッ…………ッ!」と言う呻きを聞き終える前に俺もその場から離れて様子を窺う。

 逃げると見せかけて反撃する作戦は成功だ。時間に余裕がなかったから威力は抑えめだが、足止めには十分だろう。

 視線を外さないまま、スマホで雪代と通話を開始する。


「雪代、今どこだ?」

 〈入口のところまで来たけど、桜坂君は?〉

「一発食らわせて退避してるところ。このまま逃げようかとも思ったが倒すことにした」

 〈大丈夫なの? こんな場所――…………ちょっ!?〉

「雪代?」


 電話の向こうから物が倒れたような轟音が鳴り響く。敵は一人ではないということか――このスーパーから出て戦う、というのが難しくなった。

 雪代が逃げることは想定していた訳だ。挟み撃ちでも狙っていたに違いない。ならば、俺のやることは一つ。


「敵の各個撃破なんだが――」


 ここはスーパーだ。普通の客も決して少なくはない。こんなところで霊的エネルギーを使ってみろ、余波だけで大怪我をさせてしまう。いや、大怪我で済めば御の字か。

 手加減に手加減を重ねて、ぴったり倒さなくてはならない。そんな器用なことは俺に基本設定に存在しないのだが。


「ふざけるなァあああああ――!」


 男は、上体を起こすと咆哮した。瞬間、霊的エネルギーの波が全方位に物理的作用を生じながら押し寄せる。棚に並んだ商品が風に巻かれるように吹き飛んだ。

 唐突な暴風の到来に、客の叫び声が木霊した。バックヤードから店員達が困惑気味な顔を浮かべてやって来る。

 ――これはもう、隠しきれないだろ。


「こんなところに居たから感覚が鈍ってたんだ…………だが、もう油断はしねぇ」


 一体どんな手段を用いたのか彼は正確に俺の位置を特定して正面に躍り出た。


「お前は差し詰め護衛、ってところか」

「そういうあなたは差し詰め犯罪者、ってところですね」

「――黙れ」

「悪いことをしている自覚は、あるみたいですね」


 意外と効果覿面だな。精神攻撃は基本――とあるアニメを見てそのことを学んだ。

 早急に奴を倒して雪代を助けなければならないのだが、彼の保有する霊的エネルギーはなかなか多い。もしかすれば、十条や鎧と同等の霊能力者の可能性がある。


「…………ここぶっ壊れないだろうな?」


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