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ゴースト・ハンターズ  作者: (仮説)
二章 ゴースト・インベーダー
37/48

17.過去の清算

 

 ◎


 ――水が詰め込まれ大きな直方体を悠々泳ぐ魚達。鰯に見える小さな魚が数百と集まって一つの塊と化していっぱいに広がった。


 ゆっくり、と順路に従って水族館を練り歩く。

 しばらく進んだ先の円形の空間は海月のコーナーだ。中央の柱に埋め込まれた水槽に足の長い緑色の海月が浮かんでいる。

 こんな不可思議生物がこの世界に生まれる因果には興味が尽きない。どんな進化を遂げたらこのような生態に至るのか。

 人波に乗って薄暗い通路を歩いていく。


「鳳ちゃんどこ行ったんだろう…………」

「エネルギー供給はできてますから近くのはずなんですけど、この人混みでは見つけるのは難しそうですね」

「――あっ」


 足でも引っ掛けたのか、関石さんは俺に抱き着くようにしなだれ掛かってきた。不意に、顔が近づく。彼女の頬に僅か、茜色が差した。


「ご、ごめん。人にぶつかっちゃって…………」

「謝る必要はありません、この量ですから仕方ないですよ。手でも繋いでおきますか? そうすればこんなことになりませんよ」

「えっ……………………本気?」

「本気ですよ。まぁ、繋ぐかどうかは関石さんの自由ですけど」

「…………――」


 躊躇いもあった。だが、次の瞬間には手を取ってくる。柔らかな感触が掌にじわり、と広がった。こうして肌を触れ合わせたのは、赤い地獄で一緒に過ごした時以来。

 手だけでなく、頬まで暑くなってきた。完全に関石さんの緊張が伝染している。

 ――きっと、お互いのことを解り過ぎたからだ。赤い地獄で全て全て、関石さんにぶちまけてしまったから。


 人を好き、という感情はいまいちわからないが、一つ言えることは誰のものにしたくない、という思い。これを恋、と言うにはあまりにも朧気だ。

 もっと原始的で、生物的な理由かもしれない。でも、言い訳臭い。


 深海魚のコーナーに来れば照明は暗くなってさらに歩きづらくなった。マジックミラーだから明るくても良いとも思うが魚への影響か、雰囲気作りのためか。

 砂に潜る巨大魚。目が真っ白な魚。彼らは一般的な感性から言って奇妙な姿をしていた。


「環境がその生き物を形作る。当たり前のことですけど、見た目でわかると区別しやすいですよね」

「人間は違う、って言いたいの?」

「はい。でも、環境によって見た目が変わるなら永遠に戦争が終わらなくなりますね…………だけど、見えないから起きる争いもあって。何事も一長一短、目指すべきは中庸ですか」

「…………そういうのはわからないけど…………桜坂君ならみんな平等になれば良い、とか言うと思ったよ」

「そうなったら真っ先に自殺しますね、生きる意味がないですから」


 やがて、展示コーナーを抜けてフードコートへ出た。この人混みで空きスペースがないかと思えたが屋外に座るところがあったので適当に買ってそこで休憩する。

 柵越しに海と島が、ビーチで遊ぶ人達もよく見える。遊んでいる人はこんな数に見られているなんて考えてもないだろう。


「綺麗ですね」

「そうだね」

「……………………」


 会話を試みようとしたけど、話題というものの作り方を知らないから見事に空回る。諦めて水平線を眺めることにした。人間のちっぽけさを改めて感じさせる壮大な景色だ。


 しばらく休んでいたが、結局、鳳の姿は見掛けなかった。幽霊が誘拐されるなんてことはないはずだが流石に心配になってくる。


「進みましょうか、鳳もいませんし」

「この先は…………イルカショーやってるって」


 木製の橋が続いていており、柵から少し視線を落とすと海亀が悠々と泳いでいた。沖縄以外にもいるんだな。水族館はそういうものか。

 コロッセオのような円形の施設が見えてきた。近づいただけで歓声が聞こえ、その盛況さが窺える。女性飼育員の声がスピーカーから出力された。


 〈この子の名前はマーベラス君、と言います。マーベラス君、挨拶して〉


 一呼吸おいて「おおお」という感嘆が響いてくる。

 席も空いてなさそうだったから通路を歩きがてらに眺めることにした。イルカは丁度、水面から飛び出して三日月型の身体を観客に見せる。結構遠くにいたが僅かに水飛沫が飛んできた。


「大丈夫ですか? 服とか髪とか」

「これくらいなら平気だよ」


 もう一度建物の中に入れば、すぐに売店が広がった。全ての展示を終え、ゴールに辿り着いたという訳だ。

 図鑑だとか、ぬいぐるみだとか、キーホルダーだとか定番土産物がずらずらと並んでいる。俺としては思い出とかには興味はないため冷やかし程度に商品を見るくらいだ。

 関石さんも買い物するつもりはないらしく、早々に出口へと向かってしまった。

 水族館を出たところで俺は声を掛ける。


「関石さん」

「何? やり残したことでもあるの?」

「そうですね、このお出掛け当初から決めてたことがありまして…………出来れば鳳のいない内に」

「うん?」


 エントランスは混んでいるため人目がつかない場所まで移動する。砂浜の外れで改めて関石さんに向き直った。

 人の目を見て話すのは苦手だ。

 おめかしした関石さんを正面にするのも緊張する。

 だが、強い意志を持って言葉にした。


「こうやって言わないと伝わらないと思うので言いますが、俺って関石さんのことが好きなんですよ」

「……………………」

「勿論、恋愛的な意味ですよ」


 こうでも言わないと、アニメでよくある「そうじゃなくて」パターンになってしまう。俺の目が黒い内は鈍感力を発揮させる隙は与えない。

 一種の告白。それは間違いない、が――。


「勝手な宣言だと思っても構いません。だから、返事はなくても良いです」


 告白一つに大きな意味を持たせる必要はない。フランクに受け取ってくれた方がこちらの精神安定には助かるくらいだ。

 俺の告白を聞いた関石さんはゆっくりと目を閉じる。


「ありがとうね、私を好きになってくれて」


 あ、この発言って、つまり――…………この先の展開が読めてしまった。良い台詞で始まるということは、だ。

 そうとわかれば、一気に力が抜けていく。

 関石さんは続けて言った。


「返事は決まってるんだけど、少し待ってくれないかな? そう…………江ノ島に行こうよ。それまでに心を決めとくから」

「わかりました」


 それでも返事を聞きたい、という思いもある。

 しっかりと終わらせなければ未練が残りそうだから、生傷にならないように思い切り切り刻む。

 太陽の熱視線から目を逸らしながらビーチの脇を歩いていく。島とを繋ぐ唯一の道路。積乱雲と青い海の組み合わせは綺麗なもので、何もかもを忘れられそうな気さえした。

 そのまま来る時から見えていた展望台に登る。手すりからやや身を乗り出して、海を見下していると関石さんは深呼吸をした。


「多分、私も好きだよ。手を繋ぐのも、キスするのも、触られるのも桜坂君以外は嫌だ、って思う。桜坂君しか考えられない」

「……………………けど?」


 続くのは逆接――。


「私は君の帰る場所にはなれるかもしれない」

「帰る場所?」

「甘えられる人、って言っても良いけどさ。あの時…………赤い地獄のことだよ」

「……………………」


 激情に支配された俺は、関石さんにこの十数年間心に溜め込んでいた言葉にならなかった不安の全てをぶちまけた。関石さんも地獄の影響で精神が不安定なはずなのに大丈夫、と俺を慰めてくれた。

 あらゆる隠し事を吐露した。誰よりも俺のことを理解してくれるのは関石楓美だけ。真の意味で全てを委ねられるのは彼女だけなのだ。


「でも、不安にならないと甘えてくれないなんておかしいでしょ? 私は待つことしかできない。そうしたら進んでも戻って来ることになる」

「それは俺の匙加減じゃないですか…………」

「一緒に進んでくれる人がいるならその人と歩いた方が良いんだよ。帰る場所は必要かもしれないけど支えてくれる人が隣にいるなら大丈夫だから」


 まさか、雪代のことを言っているのか?

 遠くの街並みを眺めながら関石さんは言葉を紡ぐ。


「この気持ちも永遠じゃない。私にも桜坂君にも、もっと大切にできる相手が現れるかもしれないし」

「それはそうかもしれませんけど、今を諦める理由にはなりませんよ。別に後悔した、って良いじゃないですか…………世の中にはこういう言葉があります。結末ばかりに気を取られてると今を楽しめない――と」


 捲し立てるように言ったからか目を丸くされたが、次の瞬間には破顔して肩を震わせた。


「私が思ったよりも私のこと好きなんだね。まぁ、前々から重い感じはしてたけど」

「…………自覚はありますよ。新しい恋を見つけたとしても忘れられませんよ、きっと」

「男の子は未練たらたららしいね。女の子は忘れちゃうらしいけど」


 そんな現実知りたくない。でも、受け入れなければならないことでもある。


「仮に私と桜坂君が付き合ったとして、今から何が変わるのかな? いやらしいことがしたい訳じゃないよね?」

「……………………」

「誰かと一緒にいることに安心したいだけなら、他に適任がいるよ。それとも、誰かに執着することがそんなに怖いの? 私だけじゃなく、色々な人を想うことが…………?」

「…………………………………………」


 何も言うことができない。

 正直、理解され過ぎても困る。自分以上に自分を知られているようで、言語化できない感情が像としてはっきりしてしまう。

 雪代のことがある。このまま彼女と一緒にいれば、いつか関石さんへの想いが薄れる気がしてた。

 鳳のことがある。関石さんとの関係が断絶した場合、彼女が何をするか考えなくてはならなかった。

 ――失敗しても良い、と思いつつ失敗を恐れていた。だから、何が起きても甘えられて、頼れる人がいて欲しいと思う。

 最近は綱渡りを最近はしてばかりだったから。


「甘えられるのは心地良かった。私にもできることがあるって思えたから。でも、だんだん駄目になって来る。桜坂君じゃなくて私の方が」

「つまり、俺は振られる、って訳ですか」

「そう。君を見てると自分が制御できなくなるんだもん…………地獄の後遺症だとしても、それは君に失礼だから。私は私のために桜坂君を好きにはなりたくない」


 地獄から始まったこの関係は、元から歪だった。世界に強要された激情の中で感情に飲まれながら慰めあった。不自然に心理的距離が近づき、不条理に理解者となった。

 捻れた関係は地獄ならば自然だったかもしれないが、ここは現実。成立しているように見えたものは元から壊れていた。

 欠陥だらけの繋がり――。


 ――だって、俺は関石さんの趣味とかそういうのを一切知らない。上辺だけ見事に知らないなんてことあるか?


 この結果は必然だ。外見だけに惹かれることが悪だと言うなら、内面だけしか見ないのも同じく悪。

 俺は狂っているから不完全なまま人を愛すことができる。だが、関石さんがそうとは限らない。ここから先、関石さんが俺を好くことは絶対にないのだ。

「あぁ…………」と、無意識なため息が漏れた。柄にもない質問をする。


「…………これ…………いつか良い思い出になるでしょうか?」

「なるよ。今、振られた直後、私のこと少しでも嫌いになった?」

「まさか…………愛しく想います」

「っ、恥ずかしいことはっきり言うよね…………でも、それなら大丈夫だよ。いつか誰かを大切にできるから」


 付き合えなくても、少しは恥ずかしいようだ。俺にだけしか見せてくれない顔――だけど、俺のために見せてはくれないんだな、もう。

 気持ちを切り替えるのは得意だ。

 だが、何もない虚無をどうにかすることはできない。ないものには触れることができないから。ないものを塞ぐこともできないから。

 脳の大部分を喪失感に支配される。それでも、前を向いて生きていかなければならない。

 人間は簡単に死んでしまう。交通事故に遭って死ぬなんて勘弁だ。集中と警戒は一定ライン続ける必然がある。


「もう、帰っても良いですね。俺は、やるべきことは終えたので」

「本当に良いの?」

「返事を聞くことが今回の目的でした。肯定でも否定でも、半端な関係を終わらせることができましたから」

「そっか」


 一言だけ呟いて関石さんは大空に目を遣った。視線は遠くの飛行機を追っている。

 雲ひとつない空はどこまでも清々しく、俺だけが不幸に晒されている訳じゃないと思わせられた。いつまでも眺めていられるが、これくらいが幕だ。


 ――さようなら、関石楓美。

 俺は君がいない世界を生きていくことにする。まぁ、お互い適当に幸せに生きようではないか。それで良い、その程度で良い。


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