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ゴースト・ハンターズ  作者: (仮説)
二章 ゴースト・インベーダー
35/48

15.男女が慰め合う方法

 

 ◎


「お、おお…………神よ」


 ――意味深だった。

 俺の住んでいるマンションの一室には雪代がいる。緊張気味にソファーに腰を下ろし、指を弄っていた。

 こんな時間で一人で帰すのも危ないのでこうして泊めてやることにしたのだが。

 午前中は乖離、午後は雪代。女子を部屋に入れること自体に一切の抵抗はないが問題は〈話したいこと〉とやらだ。

 重い話になりそうだよな。

 そういう雰囲気は苦手だ。深刻になれない、というか感情移入が一ミリもできない。

 というか、飽きてくる。普通に最低な奴だ。

 などと考えながら、冷えたミネラルウォーターをテーブルに出す。


「ありがとね」

「水くらいで礼はいらないけど…………」

「そうかな? でも、人から何かされるのを当たり前だと思いたくないから」


 良い奴だな。嫌悪感を抱くくらい。

 俺も水を口に含む。何となくお互い言葉を失する。

 部屋に落ちるのはエアコンが冷気を吐き出す音のみ。自宅なのにリラックスできないとはこれ如何に。

 乖離の時とはどうして勝手が違う。乖離はまともな対応をいっそ諦められるが、雪代は気を遣いまくりたくなってしまう。


 とりあえず簡単に手当だけしておこうか。物置部屋から消毒液やら包帯やらを持って来ることにした。


「痛むところはどこですか?」

「自分でやるよ」

「そうか」


 持ってきた道具を押し付けて、風呂を沸かす。このまま話さないなら寝ても良いよね――そんな心持ちになってきた。

 夜ご飯の準備をする気力もない。適当なレトルト食品でまかなう。


「面と向かって話すのが嫌なら通話しても良いんだが?」

「同じ部屋にいるのに?」

「俺は風呂入りながらだけど」

「……………………ごめんね、疲れてるのに」


 雪代が来なければ食事をして、既に風呂に入って、いつでも寝られる状態にはなっていただろうけど。


 人間は現状維持を好む、切っ掛けがないと動けないものだ。逆に言えば、切っ掛けがあれば突き進むことができる。

 俺が話題をぶっこんでやろう。


「質問しても良いですか?」

「う、うん。良いけど…………」

「抗争で使ってた雪代さんの能力、って何でしょうか?」

「それは…………」


 言いにくそうだ。だが、言いたかったのはここら辺だろうな。

 俺に判断して欲しがっていることもあるようだし。


「皇戯は霊力を操る能力、と言ってたな。自覚したのは戦闘中かな?」

「うん…………嫌なこと言われてカッ、となったら突然使えるようになってて。黒い霊力もその時に出たの」

「仮説の信憑性が増したな」

「仮説?」

「黒い霊的エネルギーの出し方な。単純に地獄に入ったら使えるんだと思う。長くいればそれだけ強力になるのかはわからないけども」


 空間に適応するように保有する霊的エネルギーが変質した、というのが有力だ。鳳を救出した今、地獄を誘発する方法はない。

 むしろ方法がない方が良い。黒い霊的エネルギーはそれだけ危険な代物である。それこそ皇戯なんかが制御してしまえば一体人類史がどんな結末に至ったか。


「支配する能力、ってあの人は言ってた…………」

「支配か。まぁ、支配と言っても差し支えはないよな」


 他人の制御状態にある霊的エネルギーを後からぶん取れる訳だ、簒奪も良いところである。抵抗できるのは雪代以上の霊的エネルギーを有している者だけだろう。

 恐ろしいのは俺の霊的エネルギーのオンオフにすら干渉するかもしれないことだ。

 最強――冗談ではなく、そう言えてしまう。

 俺の戦慄の他所で、雪代のネガティブが炸裂していた。


「今までこの力を無意識に使ってたのかな…………? 自分が都合の良いようにゴーストとか誰かを…………」


 語尾に行くにつれ声は小さくなった。最後にはエアコンに掻き消されるくらいに。

 霊的エネルギーの塊であるゴーストには支配の権能は効果覿面だろうな。では、誰か――つまり、人間の場合はどうなるか。エネルギーは内側から湧き出している、人体にどの程度の影響があるのかわからない。

 人格に影響がない、とは言い切れない。これもまた仮説になるが――。


「雪代が気にしていることをあえて言うなら、可能性は低いと思う」

「それは何で?」と、恐る恐る尋ねてくる。

「いつの時点で兆しが出たのかはわからない。だけど、それはごく最近だと思う。予想としては…………地獄に出入りした後くらいかな。それに霊的エネルギーを支配できても行動はともかく、思考までは操れない。今まで都合の良いことばかりじゃなかっただろ。支配の能力でできることは存外少ないんじゃないのか」


 人への影響は限りなくゼロだろう。

 ただ、行動の支配――これを〈少ない〉、と言うのはあまりにも偏極的な受け取り方だ。思考を無視して行動させるだけでも十分驚異的である。意思のないゴーストなら直撃だ。

 それでも台詞を偽ったのは雪代がそれを望んでいたから。

 大したことない、と俺に言って欲しいように見えたから。


 ――そして、俺に頼ってきたことを考慮した上で、ジャッジメントしても良いならばもう一押しできる。


「――少なくとも、オンオフできる俺には影響していない。だから安心しろ、今までの全て偽りでも俺の意思だけ本物だから」

「…………うん」

「あぁ」


 唯一を確定させてしまった。

 これで雪代の中で俺が特別になってしまった。

 このルートを選んで良かったのか、今更ながら迷う。良くも悪くも依存させることに対して、どう向き合えば良いのかわからない。期待に応えられる己の姿が想像できなかった。


 だけど、人は時に理性に従わない行動を起こす。それは人の本質で大抵碌なことにならない。

 心なしか熱っぽい視線が俺に注がれているような気がする。ここから一歩でも近づいたら、何が起きるのか。


「こういうのを訊くのはどうかと思うんだが、ここに来た目的は他にあるんですかね?」


 雪代は伏し目がちにこくり、と頷いた。


「もう、ダメだと思ったから…………」

「?」

「誰かに取られくらいなら、今すぐ私のにしたい…………って」

「所有権の問題か」

「権利とかじゃないけど、精神的な部分の話で」

「俺は今、都合の良い想像をしているんだがその都合は正しいのか?」


 雰囲気で伝わる内容ではある。さっきから雪代が俺の目を見て、逸してを繰り返していた。思考を誘導しているようにさえ思えるくらいに。

 頬に掛かった髪を耳の後ろに掛けながら――。


「正しい、って言ったらどうする?」

「どうする、か…………別に何もしないけど」

「私はするよ」

「するのか」

「する」

「そ、そうか」

「何するかを訊きたい?」

「訊きたいな」

「ダメ。してあげることはできるけど」


 雪代、甘々オーラ全開だった。

 凄い乗り気だ。もう完全に覚悟決めてる目をしてる。

 不意に手を重ねられた。反応しないように心掛けたが上手くいかない。

 雪代は妖艶に微笑み、甘ったるい声音を耳元で。


「あ、今、震えた…………流石の桜坂君も緊張してる?」

「緊張ではなくて、肌が敏感なだけで…………」

「じゃあ、こんなことしたら?」

「かッ――!」


 腰に手を回されて、抱き寄せられた。

 擽った過ぎて背筋が震える。雪代の顔がほんの下に、身体は密着して隙間はない。お互いの心臓の音が混ざり合うような錯覚に陥る。

 ――雪代は完全に酔っ払ってる。酒ではなく雰囲気に。

 そして、俺も酩酊感に支配されつつある。


「ここまですれば言わなくても、私の気持ちわかるよね?」

「微塵の誤解もなく伝わったよ。俺も誠意を持った返事しなければならないことも」

「…………………………………………」


 ダメだと思ったから、か――。

 確かに思えば結構な頻度で女の子と会っている。人数としては四人だが、雪代が危機感を覚えるくらいには気安くて、深い関係性。

 雪代とだってこの数ヶ月で驚くほど距離が縮まった。大きな出来事を一緒に乗り越えたことが大きい。

 しかし、乗り気になることはないだろう。少なくとも男女の関係になろう、とは思えない。

 理由は決まっている。


「その前に言っておかなければならないことが幾つかあるんだが。俺という人間のヤバさというか、自己認識について」

「うん。全然自分のこと話してくれないから聞きたい」


 そういうことを言われれば言われるほどだけどな。

 時刻は一〇時を回った。


「長い話になるかもしれないけど」

「今は桜坂君の話を聞きたいから大丈夫だよ」

「そうか、なら――」


 どこから話そうか、桜坂京都という人間について。



 ◎


 ――目覚めたのは時刻にして午前九時半頃だった。

 実に不思議な起床。朝に対する億劫さも、いつもは残っている疲れも今は感じない。良い眠りだったのか。

 そして、隣に雪代がいる。心地良さそうな寝顔だ。


「…………………………………………」


 俺も彼女もちゃんと服は着ている。俺の寝間着の予備、少しぶかぶかだがそれはそれで萌え袖みたいだ。

 昨夜は結局、そういう雰囲気にはならず同じベッドで寝ただけ。いかがわしいことは一切なかった。


「……………………」


 不意討ちでキスくらいはされたけども。


「どうすっか、これから…………」


 返事は保留。理由:俺の自信がないから。

 納得してくれたけど、我ながら情けない理由だ。

 だが、深刻である。世界の誰よりも自分が嫌いだから、他の人と比べないように何に対しても無関心でいる。

 というのは後から付けた理由。普通に雪代の期待に応えられる気がしないだけ。

 それに惚れっぽいし。人に対して可愛いという思う感性がかなり緩い。その中で雪代を特別に思う自信もなかった。

 これもどこか言い訳、っぽいな。

 雪代は可愛くて優しいから釣り合わないと思ってる、ってのが一番しっくり来そうだ。


「それも何か違うんだけどな…………」


 いや、関石さんに未練たらたらなだけか。

 心の底では逆宮姉妹に気があるのか。

 とは思いつつ、雪代を自分のものにしたい気持ちがない、と言ったら嘘になる。

 ――何も考えてないんだな。

 真剣に考えたこともないことだった。無関心過ぎた。


 そんなこと二時間ほど掛けて話した。

 その後は、雪代の過去の話を聞いた。

 人並み以上に過酷で、慈愛に満ちた彼女らしい思い出だった。

 俺には語るような過去はなかったが、一度誘拐されたことがあると言ったら流石に驚いていたけども。

 ついつい、頭を撫でたくなった。サラサラの長い髪がやや乱れていたので軽く梳いていると――。


「ん…………ふぁ? 桜坂君…………」

「おはようさん」

「うああああ…………」


 寝起きが良いタイプではなさそうだな。

 先に布団から出て朝ごはんの準備をする。オレンジを簡単にカットしてお皿に並べるだけである。

 蒸し暑いのでエアコンも着けて万全の状態にしておく。一通りの準備を終えたところでようやっと雪代がリビングに現れた。

 眠そうに瞼を擦っている。


「おはよう…………」

「朝ごはんは準備してあるけど、食べますかね」

「食べる」


 エコモード、って感じだった。幼児退行したようで見ていて微笑ましい。それから半時間ほど経ったところでいつもの雪代へと戻っていく。

 たまにはゆるゆるなのも悪くはない。多分、雪代が予想してない方法で絆されている。


「えと、ありがとう…………色々と。何か思い出したら恥ずかしいことばっかしちゃった気がするけど」

「いやまぁ…………昨晩ので結構意識しちゃったからな。次あんなことになった場合、どうなるかわからんぞ」

「そう言ってる間はまだまだ余裕そうだね。ちょっとわかってきた」

「…………発言することで行動のハードルを上げる奴な。このまま帰るなら送ってくけど?」

「本当? って、嘘は吐かないんだっけ?」


 どんな時でも不用意な発言はしないぞ。

 できない約束はしない。責任の取れない発言はしない。保険はいつでも掛けられるようにしておく。

 こんな人生哲学も赤裸々に語った。

 あ、そうだ――と、雪代は手を叩く。


「今度の祭りのことだけど」

「一緒に行くとか言ってた奴か」

「覚えててくれたんだ。じゃあ、そういうことで……………………で、デートだね。折角だし浴衣でも着ようかな」


 こんなことを話していると昨日ことが嘘みたいに思える。雪代と過ごした濃密な時間は抗争を遠い過去にした。

 ゴースト・ハンターズは事実上の壊滅。上層部は今もてんやわんやしてるはずだ。今度は事件が会議室で起きている。俺達はこんな呑気なことをしてて良いのか。


「まぁ、何とかなるか」

「――何か言った?」

「楽しみだな、と思っただけだよ」


 いつものように。行きあたりばったりに歩いていくだけ。俺達にできることは。


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