13.皇戯天廻
◎
――いつからか支配することだけがアイデンティティーになっていた。
子供の頃からずっと燻っていた気持ち。
昔から人を馬鹿にするのが好きだった、劣っている者を見るのは気分が良かった。だから、人並み以上に何でもできた私からすれば世界はそれなりに楽しいものだった。
だけど、私にとって人間は難しい。よくわからない理由で虐げられたし、不合理な現実を突きつけられたこともあった。
いや、本当は私の行動が原因なことは薄々勘づいてはいる。薄々ね、薄々。
世界は私の都合の良いことばかりじゃない。当たり前のことに気づくのが少し遅かった。
特に私みたいな人間は誰からも異端扱いされる。一般倫理に従うなら私は悪人になる。
だけど、この本性を隠すことはできなかった。
これからも今まで通り人を傷つけ、踏みつけ、嬲って、冷遇した、贔屓して、嘲って、詰って、操って、高笑いする。心の底から――生まれ持った根源が人を支配したい、と叫んでいるのだ。
そうでなければ、生きている意味がない。
そうでなければ、死んでいるのと同じ。
だから私は全てを賭ける。そのためなら何でもする覚悟がある。軽い気持ちで私を止めようと言うなら命はないと思え。
私は私の覇道を進む。
例え、雪代桜子が王道を進もうと。
例え、桜坂京都が邪道を進もうと。
道を阻む全てを踏破する。悪の帝王に本当になりたい。
あらゆる者にこの道は間違っている、と言われるだろう。
だけど、秩序における正しさは私にとっては二の次。
もしも間違っている、と言うのなら誰か私を殺して止めて見せて? そうすれば何もかも終わらせられるから。
世界は私という害悪から救われる。
だから、早く殺しに来て。
きっとその人が、私の運命の人だから――。
◎
――ポツン、と更地に座り込む少女がいた。髪も服も乱れ、土に汚れた姿で悄然と項垂れるのは紛うことなき雪代桜子である。
俺は三姉妹をその場に留まらせ、雪代に近づいていく。
足音に気がついて彼女が振り向いた。
「桜坂、君…………?」
「あぁ、桜坂京都だが。だいぶ遅れてしまったみたいだな……………………雪代は、全然大丈夫そうに見えない」
「…………うん」
大丈夫? と訊くまでもない。精神的に憔悴しているのは顔を見るだけでわかる。
さて、これを落ち込んでいる、と一言で片付けてしまって良いのだろうか。ともかく状況は落ち着いている、ここから移動させるのが先決だろう。風車さんへの連絡もしておこう。
「とりあえず…………肩貸すから立ってくれ」
雪代は鈍い動きで立ち上がると、遠慮なく俺にしなだれかかってくる。身体を許し過ぎな感もなくはないが、疲れているのなら仕方ない、ということにしておいた。
驚くべきことに寺院も森も吹っ飛んでいる。一体どんな戦闘が繰り広げられたのか、と戦慄したくもなるが多分これは十条の能力によるものだ。あの爆弾魔が本気を出せばこうなっても何ら不思議はない。実際にこういうことをしてしまう辺り、頭が足りてないが。
後、確認しなくてはならないのはゴースト・インベーダーの主戦力の二人。どちらかが十条と相討ちになった、ってのが妥当か? だとしたら鎧の方だろう。皇戯はもっと狡い、その時が来るまで傍観を決め込むタイプだ。
「雪代さんや」
「何?」
「鎧と皇戯、って人が――」
「っ」
「…………………………………………」
何かあったんやな。
わかりやすい奴だ。無事であることを見ると苦戦はしなかった、と思うが。この抗争が終わった、と見て良いのか?
歩を進めた、その時――。
ドゴオオオオオオオオオオォォォ――! と、背後から爆発染みた轟音が鳴り響いた。爆煙が押し寄せ、視界が著しく悪くなる。
反射的に〈霊纏〉を俺と雪代に纏わせてシールドした。
「…………まだ終わりじゃないみたいだな」
「今度は何?」
霊的エネルギーで煙霧を煽ると、雪代以上にボロボロで大量の血を流した少女が一人立っている。その姿を見て雪代は震えた。
「まだ、立てるの…………?」
「と、言うと彼女が皇戯天廻、ってことで良いらしいな。だいぶボロボロだが」
「――まさかこのタイミングで来るとはね、桜坂京都」
見るも無惨な姿だと言うのに皇戯は毅然とした態度。この状況でも戦意を微塵も失っていないとは凄まじい精神力だこと。
だが、だいぶ霊的エネルギーを消費していると見える。雪代が既に削ったのだろう。
「桜子はもうリタイアなの? リベンジしたかったけど仕方ないわね。京都、あなたが私の相手になってくれるのよね?」
挑発のつもりか? それとも本気で言っているのか?
返事を悩んでいると雪代が裾を引っ張ってくる。
「彼女は霊力の糸を操る能力者だから」
「なるほど、大体わかった。同士討ちが楽にできる能力な訳だ…………」
糸で操るなんて漫画みたいなことを。
しかし、一度目の抗争の情報のおかげでだいぶ視界は開けてきた。振動による切断と、操縦が主な能力なのだろう。
「勿論、相手になるが…………逃げようとは思わないのか?」
「どうして? 戦うために来たのに」
「…………そういう考え方か。まぁ、信じられないから気は緩められないんだが」
「全く酷いわね、私と君の仲でしょ?」
「初対面じゃねぇか」
「え――」
何気ない突っ込み。しかし、何言ってんだこいつ、みたいな顔をされた。俺達知り合いなの? 全く覚えがない。初めの抗争の時も接触はなかったし。
昨日の晩ごはんすら忘れる俺に記憶力は期待して欲しくなかった。合わせとして思い出した振りをしておくけども。
「あ! まさか君は…………!」
「ふん、思い出したようね、お久し振り。直接話したことはほとんどなかったけど」
「だよな」
さて、俺と皇戯は一体どんな関係だったのか。こんな見るからに目立ちたがり屋の少女を忘れるほど無関心だった、とは自分でも認めたくないが。
「他人であることがわかれば問題ない」
「そうね――無駄話はここまでにしようか。もう帰りたいし」
俺は改めて空を見上げる。
結界の向こうは疎らに星が散る暗闇。今日は朝から出掛けていたから疲れている。もう休みたい。
肩を回しながら、一歩を踏み出そうとしたところで雪代に引き止められた。
「私が戦っても良い…………? 途中でダメになるかもしれないけど」
「なら、二人で戦おうぜ。人海戦術」
「卑怯…………」
「正々堂々とする理由もないと思うけどな。まぁ、そう言うなら後ろで見てるか」
「彼女が何をするのか――私が何をするのか見てて」
「…………あぁ」
皇戯だけじゃなく、雪代もか。成長なのか変化なのか、彼女自身も理解できていない部分があるらしい。俺が理解できるとも思えないがそれで雪代が満足するなら結構。
少し離れた位置に移動し、それとなくスマホを確認する。さっきまでは使えなかったネットが使えた。風車さんへの連絡と、逆宮姉妹への説明をしておく。
皇戯の不敵な笑み、雪代の後ろ姿を視界に収めながらウォーミングアップもしておく。雪代は霊力が枯渇している。発言通り、俺に順番が回ってくる可能性は高い。
抗争も佳境――どこまで行っても他人事でしかない。ほとんどが俺の居ぬ間に終わりを迎えた。最後くらいはできることをしよう。
「さて、今回は何人死んだんだろうな」
◎
「――相当霊力が枯渇してるみたいだけど良いの?」
皇戯が顔に垂れる血を拭いながら尋ねる。悪意はなく、純粋な質問をしているように見えた。自分の方を心配しろ、って感じだが。
多分、彼女は感情のリソースの大部分を他のところに使っている。それはどこか俺に似通っている。こちらから逆鱗に触れない限りは何を言っても響かないんだろうな。
「そういうあなたも怪我が酷そうね」
「流石に効いたわ、あのパンチ。どこか後遺症が残りそうだわ、もう赤ちゃん産めないかもね」
「…………私が悪い、って言いたいの?」
「違うけど? まぁ、桜子にも同じに目に遭って欲しいだけよ」
何のポリシーか自分だけ傷を負うのは納得できないようだ。
理解し難い思考。怒りでも、恨みでもない。強いる悪平等の理由が意味不明。
雪代はより警戒を顕にする。霊力云々じゃない、皇戯という人間に対してだ。相対して気分が悪くなる相手などそうそういない。
皇戯の両手から数え切れない本数の糸束が溢れ出す。瞬く間に辺りに広がると、雪代覆い被さるように蠢いた。
「さぁ、どうする?」という問い、雪代は答えず深呼吸。
その瞬間、黒色の霊的エネルギーが纏われる。それは青よりも、紫より濃いエネルギー。
流石に俺も驚いた。まさか、俺や関石さんと同等の力を扱うとは。
「――――――――」
だが、それ以上の衝撃が走る。雪代は手をかざすだけで糸の波を打ち消してしまった。俺には霊的エネルギーで飲み込んだ訳じゃなく、糸が自壊したように見えた。
皇戯も俺と似たような反応で、苦笑いを浮かべる。
「恐ろしいわね、霊力を操る能力…………正攻法では絶対に勝てなさそう」
――霊力を操る能力。
発言が真実ならば史上最強の固有性質だ。流石に制限はあるだろうが、滅茶苦茶である。
そして、雪代が知ったら落ち込みそうな能力ではある。はて、その能力の支配域がどれだけなのか。
「あなたには負けないから、もう諦めてよ」
「それなりにスタミナの消費が多そうね。その黒い霊力も操って出してるみたいだし。でも、上限と範囲は必ずある。青色の霊力…………いや、紫でも強奪されそうだから――黒の霊力なら可能性はある」
「……………………」
できるとは思えない――思えないのに、やってしまいそうな雰囲気だけはある。だが、無理だろう。黒色の霊力を操れるように適応されていない身体のままでは不可能。
もしも、皇戯が以前に地獄に匹敵する霊障に苛まれた、というなら一考の余地はあるが。
「そんな方法あるの?」雪代は懐疑的な口調で尋ねる。「簡単にできるなら他の人だってやってるはずでしょ?」
「さぁ、何分初めての試みだからね。でも――できる気がしてならない」
皇戯はそう言うと、指先から出る霊力の糸をグチャグチャ、と混ぜ合わせる。潔癖症が発狂しそうな塊ができた。
一つの乱れは連鎖して無数の絡まりを生み出した。皇戯は糸を引っ張り、塊を小さくしていく。さらに掌よりもなお小さい結界に包み込み、さらにそれを糸で圧縮する。反動も糸で完全に抑え込んだ。
霊的エネルギーら一点に集中され、震え、やがて眩い輝きを見せた。結界と糸屑の色合いに紫が交じる。
「――限りなく圧縮すると 霊力がどこかで逆に安定しだす。それが紫の霊力」
皇戯は紫色の霊的エネルギーを制御していた。元々それだけのポテンシャルを有していた訳だ。
その論で行くなら、黒色の霊的エネルギーの作り方も同様の方法で作れることになる。
「取り出した紫色のエネルギーで同じことを再現しようとしても必要量は指数的に上昇してしまう…………だから、一般に黒色にはできない。つまり、指数的な霊力があればできる」
理論上の話だ。
言い聞かせるように説明すると、紫色の糸を畳んでは絡まらせて球体を作る。結界で包み込み、雁字搦めに糸を結う。しかし、結界内部で荒れ狂う霊的エネルギーを完全に抑え込むことはできていない。糸がぷつりぷつり、と切れていく。
「――ッ、やっぱり思ったようにはいかないわね…………」
紫色が歪みだすと、霊的エネルギーの塊はさらに暴れ出した。結界も糸も作り出しては消えを繰り返す。それでも、完全なる圧縮には届かない。
力技で抑え込んだとしても、安定状態に届かないことは本人も理解しているはずだ。だが、皇戯は続けた。いつかは何とかなる、と考えるほど楽観的な人物ではないはずなのに。
「ここが限界――」
諦観が過ぎる――かと思えた。
皇戯は顔を俯かせ、手の間にある膨大なエネルギーの塊を直視する。制御を捨てれば暴走して大爆発が起こるだろう。
――そう、今の時点で凄まじい攻撃性を秘めている。
顔を挙げた皇戯には三日月のような暗い笑みがあった。言葉にはせず、だが、挑発するようでもある。
俺が「雪代――」と言い切る前に、皇戯は手にあった霊的エネルギーの所有権を丸ごと放棄した。糸は瞬く間に解れ、剥き出しのエネルギーが顕になる。
俺も、雪代も、皇戯だって防御行動を取る余裕はない。
まさか自爆――?
黒き波が音もなく俺達を飲み込む。深い闇が際限なく広がり、あらゆる光は失われた。世界は闇夜に包まれる。
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「ちょ、これヤバいって!」
「京都君なら大丈夫だろね!?」
「…………は、走りたくないよ…………っ」
近くで様子を窺っていた逆宮姉妹は、突如として始まった黒色の霊力爆破から走って逃げる。しかし、思った以上に勢いは強かった。爆風に呷られ、少女達は浮き上がると錐揉み回転して吹き飛ぶ。
怜悧は上下反転しながら闇色の黒炎のドームを見上げた。
「……………………こんなの戦争じゃん」
それはさながら地獄絵図だった。




