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ゴースト・ハンターズ  作者: (仮説)
二章 ゴースト・インベーダー
31/48

11.人間を支配する能力

 

 ◎


「――…………行かないと」


 ――死んだ十条を結界に包み込んで移動させた後、雪代は新たな敵を探しに移動を開始する。

 鎧を撃破しても抗争は終わらない。ゴースト・インベーダーのリーダーである皇戯天廻を倒さない限り戦いは続く。

 では、どこへ行くべきなのか。携帯を使えれば最適ルートを選べるが、依然として通信は回復しない。

 ふと見上げた空の端が橙色に染まり始めている。時刻は七時前後。日が沈むまで一時間もない。


 ――ざっざっ、と柔らかい土を蹴る足音が鳴る。

 見覚えのある顔――ゴースト・ハンターズの面々が雪代に近づいてきたのだ。無事でいることに一先ず安心する。

 先んじて話し掛ける辺り、桜坂に陽キャ扱いされる行動が滲み出た。


「大丈夫でしたか? 今、ってどんな状況なんですか?」

「…………………………………………」

「あ、あの…………」


 ガン無視。

 一時期、霊視で頭を悩ませていた時の同級生の反応と全く同じだった。普通に傷つくし、気まずい。

 集団から無視されることの精神ダメージは尋常ではない。惨めさと孤立感と羞恥が同時に襲い掛かってくる。

 どこかに行こうかな、と考えたところで違和感に気づいた。


「…………あれ?」


 ――何かおかしい。

 いない者として扱ってるではなく、実際に認識されていない、そんな気がした。瞳のピントも合ってないように見える。淀んだ目が捉えるのは何もない空だ。

 異常な現象が起きた時、そこに霊能力が介在する可能性を考慮しなくてはならない――ましては抗争中、ほぼ確定したようなもの。

 彼らが何者かの霊能力により動かされていることは明らかだった。


「人を操る能力。そんなの無敵じゃん――」


 生気のない足取りで続々と現れる人々。

 中には死体お見られる欠損ばかりの者もいた。移動させたはずの十条、鎧さえもこの百鬼夜行に加わっている。鎧も死んでいるかもしれない。

 雪代は敵を打倒する覚悟はしていても、仲間を殴る覚悟はしていない。どうすることもできずにその場に立ち止まる。


 彼らは雪代を囲むと動きを止めた。そう命令されているから、そうしているのだろう。行動に意思の一切が介在していない。

 とても対話を為そうとしているような状態とは言い難い。

 雪代に何らかの個人的な目的がある、というのが妥当な線だ。


「これはどういう……………………」

「――それはね、ちょっと挨拶したかったからよ」


 よく通る声に呼応して、傀儡達が左右に分かれて道ができる。

 それはまるでレッドカーペットでも歩くようだった。女帝を思わせる堂々とした歩み、天を突き破らんばかりの自信が笑みに現れている。

 オレンジ色の陽光が怪しくその人物を照らした。


「さっき振り」

「あなたは……………………」


 駅で出会って、寺まで道案内した少女である。あのままどこかに行く姿までは見ていた。

 だが――という否定もあるが、この現実を受け入れることがまずしなければならないこと。あの女は霊能力者で、能力で人を操る。


「――皇戯天廻」

「えぇ、桜子。霊能力者ってことはわかってたけど鎧を倒しちゃうなんて凄いわね」


 素直に驚いている――ように見える。

 仲間が倒された、と言うのに一切の憤りを感じさせない。まるでどちらでも良かった、と言わんばかりだった。

 只者ではない。精神のあり方が普通ではない。


「あなたは何者なの?」

「大体わかってるんじゃない? 私が誰で何をしようとしているのか」

「……………………わからない。私は理解できない。こんな抗争おかしい、ってことくらいしか」

「へぇ……………………」


 意味深な相槌に一瞬、空気が凍えたが皇戯は破顔して言う。


「私は皇戯天廻、あなた達が言うゴースト・インベーダーの長であり支配者――今回の争いを手動した首謀者って訳」

「あなたが…………!」

「私が何?」

「どうしてこんなことを始めたの?」


 皇戯は顎に手をやって思い出すような素振りを見せる。視線は上へ、身体は横に揺れた。何か思い出したのか蠱惑的な笑みを浮かべ、言う。


「好きな子に振り向いてもらいたかったから、とかどう? 全然私のこと見てくれないからちょっとだけ強引なことしちゃっただけよ」

「は…………?」

「ふん、違うみたいね。反応が寂しいわ」

「…………………………………………」


 冗談のような発言に対し、雪代が思ったのは〈狂気〉だった。行動原理が理解不能。感情が常人離れし過ぎて会話が通じない。元よりまともに話すつもりがないようだ。

 何より、悪気など全くないような態度が癇に障る。

 前までの雪代ならば激昂して殴り掛かっていてもおかしくなかった。そうしなかったのは七月に起こった桜坂京都とのすれ違いがあったからだ。彼のような人物は珍しいが、たまにいる。その一人が皇戯天廻だっただけでしかない。


「話すつもりがないなら――」

「――ねぇ、桜子。私、後悔しているのよ…………ゴースト・ハンターズに狙われるようなことしたの。誰かに狙われる事があんなにストレスなんて知らなかったの。過去に戻れるなら戻って自分に〈辞めろ〉って言いたいわ」

「……………………言ってることと今の行動が違い過ぎるわよ。嘘吐くならもっとマシなものを」

「嘘ではないわ、これは。後悔してるのは本当よ」


 そう――後悔していることだけは本当だった。

 対霊互助機関に敵対する霊能力者を集めて組織を作ったことも、抗争で戦ったことに後悔を感じたのは紛れもない事実。


「初めてのことだったから勝手がわからなくて、どれだけの影響が出るのか知らなかったのよ」

「さっきから何を言ってるの…………?」

「要はさ、ゴースト・ハンターズと戦ったから指名手配犯みたいになった。だから今まで肩身が狭い生活だった」

「それは――」

「――自業自得、って言いたいんでしょ? それはそうよ、だから後悔した。だけど時間は戻らない。じゃあ、私はどうしたら平和に生きられるの? 捕まった暁には処刑しか待っていないのに」


 ゴースト・ハンターズの者なら、それだけのことをした、と相応の罰を与えるだろう。それが死に至るものだとしても何らおかしいことはない。

 霊能力には法律がない。死ぬまで逃亡生活を送る可能性さえある。常に捕まることを想定して生きるなど精神はもたない。

 では、どうするか――皇戯はさも当たり前のように答えを告げた。


「――なら、ゴースト・ハンターズを叩き潰ししかないじゃない。そうすれば私は晴れて安全な身、何を憚ることなく生きられる。桜子は、そんなにおかしな理由だと思う?」

「狂ってる、と言われても仕方ないわよ」

「…………まるで自分は言わない、みたいな言い草ね」

「自分の違うものを無条件に否定するのは止めたの。わかり合えない事がわかっただけで十分よ、もう追い返すだけだから」


 雪代は宝石を思わせる紫紺の燐光を纏い、あらんばかりの敵意を突き刺す。争いに向いていない雪代の威圧などどこ吹く風に、皇戯は「あら残念」と呟いた。


「あなたの霊力は凄いから私の〈傀儡夜行〉に参加してもらうわね。抵抗しなかったら痛くしないわよ?」

「断わるに決まってるでしょ。私はあなたのことが嫌いだから」

「わぁ、酷いわね」


 もはや、人間性には期待できない。

 鎧が言っていたのはまさにこの事だった。意味のわからない行動理念、それはまさに災害である――人型災害。

 皇戯を止めるにはもう暴力しかない。雪代には狂人の心の折り方など知らない、文字通りに捻じ伏せるのみ。


「じゃあ、頑張ってね皆――」


 皇戯に支配された傀儡が雪代へ殺到する。驚くべきことに彼らは〈霊纏〉により強化されており、一人一人で無視できない膂力を有している。

 面の結界を左右に張り、対面の身に的を絞る。前方にエネルギーを集中し、タックルで吹っ飛ばした。

 視線の先、艶やかに笑む皇戯の前に残る傀儡は二人――十条と鎧。二人は両手を前に突き出した。

 まるで何かを放つように――。


「これって、まさか…………!? 操られてても能力を――」


 鎧の能力は見ているが、十条の方は知らない。それでも、鎧と互角に戦える能力である時点で強力な攻撃を有していることはわかった。

 わかったところでどうしようもない。数刹那、効率を無視して全力全快の〈霊纏〉と〈結界〉を垂れ流す。

 ゴースト・エクスプローダー。

 ゴースト・ストライカー。

 考えただけで恐ろしい組み合わせ。

 次の瞬間、大地を揺るがす大爆発を巻き起こる――。



 ◎


 ――皇戯天廻が何故荒くれ者共を纏め上げ、支配することができたのか。それをカリスマと説明するのはいささか稚拙過ぎるというものだ。

 男女問わず魅了する美貌――。

 生まれながらの支配者脳と言うべき思考――。

 外見と中身、両者が組み合わせっている皇戯天廻という存在を作り上げた。

 少し前までこの才能を皇戯自身も持て余していた。極端な才覚は一般社会で生きていく上で障害になることは多い。それにより人よりも苦労することもあった。虐めなんかはその優しい例だろう。

 才能が幾つかあったとはても、全てを支配なんてできない。


 しかし、可能性に出会ってしまった。

 霊能力を得た皇戯は文字通りの支配者となった。

 ――ゴースト・マリオネッター。霊力の糸を操る能力。

 本来は罠のネットを作り、糸鋸のように振動で対象を切り刻むといった前衛的な能力。しかし、皇戯はそれを支配に昇華させた。

 霊力の糸を生物に刺す、結ぶことで操ることに成功したのだ。人に一体どれだけの関節があるか、人体に影響がでない駆動はどうか、霊力をどうやって引き出すか、全てを理解した上でしか十全に扱うことができない。それを容易くやってのけた。

 この能力を扱う才能があったかのようだ。

 前抗争においても、ゴースト・ハンターズ達を操ることで同士討ちを煽り、高みの見物を決め込んだ。

 今回の抗争でこの能力はまだ使われていない。霊力を温存している。何かを待つように――。



 ◎


 ――二つの破壊特化能力が乗算された攻撃は、寺院を囲っていた不可視・防音結界もを粉砕した。あらゆるものが塵へと帰った更地が外界にも顕になる。法院寺を彩っていた自然は見る影もない。

 爆風に呷られ、付近で待機していたゴースト・ハンターズの者達も吹き飛ばされる。すぐさま、作戦本部の第二支部に状況が伝えられた。

 もはや、抗争を隠蔽することは叶わない。風車は、それでも被害を減らすために結界の張り直しを命じる。


 そんな破壊の中心を悠々と歩くのはゴースト・インベーダーのトップ、皇戯天廻である。結界にて球に空間を区切ることで爆発を全て隔絶していたのだ。皇戯はいとも容易く行うが、使用された霊力と結界技術は比類ないものである。少なくとも雪代にはできない。


「まぁ、この程度で死ぬ訳ないわよね――桜子」


 煙霧の向こう、雪代はやや項垂れながらも立っていた。あの爆発の直撃を耐え切った。

 その頬には冷たい汗が流れた。瞳も限界まで見開かれている。

 雪代自身も、自分の霊力出力の量に驚く。その場から微動だにせずに凌げるとは思っていなかった。

 それに一瞬だけ霊力が黒く歪んで――。


「何これ…………」

「まだまだ余裕そうね、適当に遊びましょうか」


 皇戯が掌を上に向けると、そこから各々一〇本の虹色の糸が真っ直ぐ伸びた。中空で交錯した糸同士が絡まり合うことで基準点が作り出される。

 中心から飛び出した無数の糸が雪代に降り掛かる。


「――縫い殺し」

「〈結界〉!」


 地面から迫り上がる結界に糸は突き刺さる形で防がれる。

 卒のない防御が気に食わなかったようで皇戯は不満そうに首を傾ける。雪代としては気が気ではない。鋼鉄よりも硬い結界に数ミリ程度の糸が刺さるなど恐ろしい。


「……………………」

「惜しい。次は一〇〇倍で行くから」

「一〇〇!?」


 虹色の奔流が基準点から漏れ出し、津波を起こす。

 雪代は視界二捉えた瞬間、反射的に踵を返して走り出していた。一〇〇倍、という発言の時点で嫌な予感はしていたがそれ以上の事態。〈霊纏〉、〈結界〉を使っても今の自分には倒せないことを理解させられる。


「逃げてばかりじゃ勝てないわよ」

「そんなの言われなくてもわかってる、ってば!」


 立体の結界を階段として作り、波の侵攻の上を陣取る。基本的に結界を浮かすことはできないが、発生時にベクトルを与えることで墜落前に一歩踏むだけの抵抗を得られる。

 糸の洪水と、基準点を越えて皇戯の眼前に躍り出た。同時に雪代の全身から紫色の燐光が舞う。


「悪いけど、手加減はなしだから」

「こちらこそ大人気ないけど許してよ」


 雪代の右足が前に踏み出され、重心が前方に移動する。捻りの加わった渾身の右ストレートが皇戯の顔面へ放たれた。

 音速を超える拳はしかし、届かない。その前に奇妙な感覚に阻まれた。


「――これは糸…………」


 皇戯の両手に括り付けられた張った糸で止められたらしい。

 蜘蛛の糸を束ねれば数トンを支えられるという話がある。例えばそれがより固く、より耐性のある霊力の糸だとしたらどこまで丈夫になるのか。


「十字架の縫い止め――」


 瞬く間に雪代は基準点に縛り上げられた。糸に拘束された箇所は〈霊纏〉しても微塵も動かない。

 皇戯は今にも噛みつきそうな雪代へと優しく語り掛ける。


「あなたはちゃんと傀儡にするから、落ち着きなさいね。桜子はただ目を瞑って待ってれば良いのよ」


 善意の仮面を被ったそれはまさに狂気の権化――。

 悪意も害意も敵意もない。だからこそ、皇戯は度し難い。


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