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ゴースト・ハンターズ  作者: (仮説)
二章 ゴースト・インベーダー
30/48

10.鎧金豆山

 

 ◎


 ――鎧金豆山とは何者か。

 自力で霊力を励起させた類稀なる天才か、それともここぞと言うタイミングを逃さない野生の戦士か、勝利の味に酔いしれる戦闘狂か。

 どれも正しいようで間違っている。

 彼が特別優秀かと言われればそんなことはない。彼を知っている者なら凄いけどどれもそこまでではない、と言うだろう。

 器用貧乏、と言ってしまえば大したものじゃないように聞こえるかもしれない。より正確を期すなら万能――というのが一番合っている。

 大抵のことを平均以上なこなす能力こそが鎧の本質。

 知識の吸収力、観察眼、感情のコントロール――。

 どれをもっても人並み以上。

 異様なまでのバランスの良さはある種の才能かもしれない。それはつまり、世の中のほとんどより優秀ということだから。


 持つ者は、持つ者に相応しい試練が待っている――鎧は本当に欲しい、と思ったものを手に入れたことはなかった。そこまでの才能はなかったのだ。

 それは――最強の霊能力かもしれない。

 それは――皇戯天廻かもしれない。

 それは――高潔な精神かもしれない。

 それとも、死力を尽くした戦いか。

 目標を前にして足踏みするしかないのは一体どんな気持ちなのか――普通のやり方では何も手に入らないとしたら、普通じゃないやり方しかない。

 それが倫理を逆らうものでも、渇望は止めどなく溢れ出る。

 迷わず行動することも誰しもができることではない。



 ◎


「――お寺はここですね……………………」


 駅前から少女を一人引き連れ、雪代は法院寺へ赴いた。

 風に煽られて揺れる木々・雑木林、ひっそりと建っているアンティークな雑貨店、疎らに続く石畳。

 いつも通りの平穏な寺院がそこにはあった。

 こうしね見る限りここに霊能力者の巣窟があるとは思えない。同様に、組織同士の抗争が起きているとも。

 雪代はしばらく事情を掴めず呆然としてしまった。


「案内してくれてありがとう」

「あ――いえ、お礼を言われるようなことじゃ……………………」

「あら? 何これ?」


 少女の指差す先には工事現場でよく見る看板があり、そこには頭を下げた工事員のイラストと共に〈ここは通れません〉と書いてあった。入口が塞がれている。

 こんな時に工事なんて――と、思ったところで得心行った。

 一般人の立ち入りを禁止している、という事実。

 変哲もない寺院の映る景色から僅かに漏れ出てくる霊力。

 ここでようやく状況の一端を理解した。外向きにはそうしている、という話だ。近くに止まっている車も怪しく見えてくる。


「今日は無理そうですね。案内しといてすみません」

「いえ、気にしないで。良かったら名前教えてくれない? 今度会ったらお礼でも」

「そんな大袈裟な」

「約束しないで会うなんて奇跡――楽しいと思わない? 会わなかったらお礼も何もないけど、たまには良いじゃない」

「んー……………………そうですね」


 確率が低そうなのを考慮して頷いた。これが合わせ、というものだ。またの機会があれば、程度の頷きを返すと少女はひらひら、と手を振る。


「雪代桜子です」

「雪代、桜子……………………私は皇戯天廻。近いうちに会うと思うけど驚かないでね」

「は、はぁ……………………さようなら」

「ご機嫌よう」


 駅前で出会った綺麗な少女はさっさ、とこの場を離れた。何のためにここに来たのか疑問だが、緊急事態故、居なくなるに越したことはない。

 雪代は視界な霊力を流し込み、その結界の全貌を覗く。

 結界は幾つかの区画に分かれて設置されている。寺院を囲う結界、さらに大外を囲う結界。複数人で維持しているのだろう。

 今の雪代には、それが遮音・遮光の結界ということにまでは気づけないが、そんなのは知らなくても良いことだ。


「入口とかあるのかな? 破るのは流石にまずそうだし…………」


 しばらく歩き回ると結界が薄い部分を見つけた。試しに触れてみれば、腕がすり抜けた。ぶつかった風が異様に強く、熱味を帯びている。

 物理的に嫌な予感。

 抗争なんて言い方をしているが――これは戦争だ。人が死ぬ。こういうこともあるのだろう。

 用心するな越したことはない。〈霊纏〉で防護を固めてから寺院へと向かった。


「――え……………………」


 そこには何もなかった。さながら爆心地のような更地が広がっている。直感は正しく、霊力爆発の結果である。だが、一体そこで何が起きたのかを理解することは絶対にできない。痕跡という痕跡が残っているようには見えなかった。

 敵の攻撃――。


「ゴースト・ハンターズの人達は?」


 誰もいないと思った地平に影が一つあった。何やら地面に向かって話し掛けている。雪代は視線をずらして彼と同じものを捉えた。

 その瞬間、耐え難い衝動に襲われる。胸に風穴の空いた死体――そう歳の変わらぬ少年が血を吐きながら死んでいた。

 動悸が止まらず、凄まじい吐き気が襲ってくる。一生頭から消えないであろう光景が瞼に転写された。


 赤い。血液。掌より大きな穴。地面を底として胸部に溜まった赤黒い液体。少年。少年を見下ろす別の少年。爆発。余波。更地。結界。抗争。死ぬ可能性。死。敵。味方。


 ありとあらゆる情報が理解できずに詰まった。キャパシティーオーバーまで待ったなしだ。

 感情の乱れに呼応して霊力が揺れた――。

 強制的な知覚で逆に意識がはっきりとする。落ち着かせるための呼吸を行えた。


「間に合わなかった、けど……………………無駄にはさせないから」


 それは雪代の人生の命題。そのためになら命を掛けても良い、とさえ思う信念。

 自分はできる、と言い聞かせ、強い一歩を踏み出す。

 少年の背後でこう質問した。

 ――あなたがやったの? と。



 ◎


「――今のは効いた。プロのボクサーにでも殴られたのかと思うくらいにな…………」


 鎧はよろよろ、と立ち上がると不気味な笑みを雪代に向けた。

 十条とはまた違うタイプの強者に興味が尽きない、と言った様子。どんな経験が彼女を作り上げたのか観察で知ろうとしている。

 万能故に極限へ至らない鎧は、突出した人間に対しての執着が強い。自分がどうすればそこに至るか考えざる負えなかった。

 善性に支えられた力がどれほどか試すような目。

 少なくとも、自分が負けるとは思ってはいない。


「〈結界〉」


 雪代はゴーストとの戦闘の定石に合わせ、面の結界を目前に張った。能力の中には一撃必殺なものもある、結界によりガード・遅延することは重要な立ち回りになる。鎧の能力に対してもこの対応は正しい。雪代の濃密な霊力で作られた結界は通常の霊力魔弾――ストライクでも貫けない。

 鎧はわかっていながらも魔弾を放つ。

 結界に擦り潰され、塵と化したが僅かに亀裂が入った。


「戦う、と言うならどうなっても知らないわよ」

「どうなるか、か……………………知りたいもんだな。終わり、って奴を――レーン・ストライク」


 鎧は弓を番えるように霊力を引き絞る。指を離し、鋭く伸びた魔弾は雪代に飛来した。先程よりも強さも速さも乗っている。

 キィィィン――と、結界は魔弾を弾き飛ばした。


「――何?」

「私にはあなたに付き合ってられる時間もないのよ…………!」

「ぐぅッ…………!?」


 雪代の蹴り上げが腹部を強かに打つ。さらに加速し、浮き上がった鎧の身体に拳の連打を叩き込んだ。右、左、右と三発。最後に掌底の胸に突き込む。

 サンドバッグと化したそれは錐揉み回転しながら吹き飛ぶ。

 霊力の格闘は鎧の〈霊纏〉を貫いた。致命的なダメージが入っていてもおかしくない。

 だが――鎧金豆山は立ち上がる。

 吐血し、足を引き摺るように近づいて来ても観察眼は衰えない。未だ、勝算を探し、予測を立てる。


 十条との戦闘の直後のため、大技は使えない。

 下手な攻撃も結界で弾かれる。先程は結界を動かして斜めにぶつけられ、軌道をずらされた。

 素晴らしいパフォーマンスだ。万全であっても苦戦は免れない相手である。

 ――そして、一つ勝算が組み上がった。

 鎧は数度の交錯で雪代の悪癖を見抜いていた。


「あまり使いたくはないがな…………――能力の方は戦闘には向いていないらしいな。その代わりに〈霊纏〉と〈結界〉を鍛えるのは一般的ではあるが、霊力が大きいだけでここまでなるとはな……………………才能というものは恐ろしい」


 鎧は肋骨の軋み二耐えながら、流暢に言葉を並べる。


「――恐ろしく、残酷だ。あらゆる努力を無に返す悪の所業……………………そうは思わないか?」

「……………………使い方次第でしょ」


 迷った末、雪代は答えた。

 自分に才能があるなんてそもそも思っていない。自分よりも凄い人も劣っている人いる。人には得意不得意がある、ただそういう部分があるだけの話でしかない。

 才能がない、と諦観するなら別のことを始めれば良いだけのことだ。それを認められるのかはともかくとしてだが。


「――ある人は言ってたわ、才能なんてこの世にない、って。環境・努力の末にいつの間にか身に着いている技術でしかない、ってね……………………あなたは私が選ばれた人間みたいに言うけど、自分の力で手に入れてないものを誇るつもりはない。それは本当に欲しいものじゃないから」

「綺麗事だな、清々しいくらいの。俺みたいな奴には響かないものだ」

「綺麗事で結構。簡単な道を選ぶくらいなら絶対叶わないことに努力したいから」


 ある意味では両者は似ているのかもしれない。

 天才に近づくこと――。

 綺麗事を実現すること――。

 どちらも無謀な夢。いつしか誰もが諦める遠い夢想。

 どちらも諦めない。犠牲を払ってでも続ける意志。

 理由は単純、ただそうしたいから――。

 どちらかしか叶わないとなった場合、二人はどうするか。勿論、意志を尽くして殴り合うのみ。あらゆる知恵と、あらゆる腕力を持って打倒することだけが解決の方法。


「敵が多そうな人生だな。俺もその一人、って訳か」

「ここを出て行くのなら敵じゃなくても良いけど、そんなつもりはなさそうね…………」

「悪いな、最後まで付き合ってもらうぞ」


 ありったけの霊力が鎧の右腕に集約される。それでも、十条を撃破した時の霊力には程遠い。

 雪代は面の結界を三枚並べて押し出す。


「――ストライク…………!」


 掌大の弾丸は青い線を引きながら結界と激突する。結界と弾丸が拮抗し、金属同士が擦れたような高音響いた。一枚、二枚、と結界が砕ける。残り一枚が貫かれる寸前に突っ込むように走り出した。

 雪代は新たに作った結界を足場に弾丸を超える。

 そのまま〈霊纏〉の拳を叩き込む――ことはなかった。膝を折って項垂れる鎧を前に動きを止める。

 満身創痍――?

 霊力の限界以上に集中・体力の限界が来た可能性は高い。だから、雪代は腕を下ろす。その隙を見逃す鎧ではなかった――。


「…………………………………………」

「――ブレード・ストライク」


 振り上げた腕を横に切る。ブレード・ストライクは手刀で斬った軌跡に弾丸の斬撃にする技。油断した今の〈霊纏〉ならば内臓ごと斬り裂けるだけの威力が籠もっている。


「――あなたならそうすると思ったわよ」


 雪代に腕を蹴り上げられ、斬撃は真上に飛んでいった。

 鎧の表情は変わらない。荒い呼吸を整えんと心臓の間隔を刻んでいる。外界の情報を最低限だけ残して策を巡らすのにリソースを割いていた。

 酷い眠気に襲われながら鎧は問う。


「……………………どうしてだ? お前みたいな奴はあそこで不意討ちを予測できないはずなのに……………………どうして対策できた?」

「甘い甘い、なんて言われるのはもう慣れてるの。ある人が言ってたわ――私みたいな人が誰かと戦う場合は、とどめはさせない。だから、徹底的に心を折れ、ってね」

「碌な奴じゃねぇな、そいつは…………」


 つまり、雪代はわざと油断を誘った訳だ。

 追い詰められら、必至になった敵の動きは読みやすい。短絡的に攻撃してきた鎧はまさにそれだった。

 一つに賭けるのはそれだけのリスクがある。隙を生じぬ二段構え――これができたら大抵のことは何とかなってしまうものの存外難しい。

 今にも崩れ落ちそうな鎧に淡々と問う。


「あなた達、ゴースト・インベーダーの頭目はどこにいるの?」

「……………………お前も俺がそうだとは思わないんだな」

「え?」

「――お前が一番嫌だと思うタイミングに来るぞ。脅しでも、冗談でもなくな」


 鎧は皇戯天廻という女を思い出す。

 物事の本質を見抜く鎧の観察眼からすれば、彼女の美しさなど精神性の恐ろしさと比べれば一要素を構成するパーツでしかない。人の嫌がることを人の嫌がるタイミングで起こし、遠くで笑って、何事もなかったかのように同情する。

 利用されていることにも気づかず使われる人間は多いが、鎧のような聡い者に対しては逆に選択肢を与える。誘導されているように思えてその場から動けなくなる。観察を願望とした鎧からすれば都合は良く二番手に収まったが例外中の例外。

 多く行動を共にした鎧にも皇戯の一端を理解することはできない。だが、確実に言えることが先程の発言だった。


「そう考えると災害みたいな奴だな、あいつは…………人型災害」


 人に使わないであろう単語に雪代「人型、災害」と繰り返す。

 ふと、鎧が言い捨てた。


「――何のために抗争を始めたんだろうな」

「え……………………どういうことよ? 知らないの? 何の理由もなくこんなことをしでかしたの?」

「俺に訊くな、利用されてるのは俺もだ。本物の邪悪は善人の振りをして近づいてくる、精々気をつけるんだな」


 最後にそれだけ言うと鎧は気を失った。

 さておき、ゴースト・インベーダーのナンバーツーである鎧金豆山は雪代が撃破した。この時点でゴースト・ハンターズの勝利は濃厚に思えたが、しかし、このまま何もせずに終わるような敵ではない。



 ◎


 ――寺院から少し離れた森林の奥地には館が建てられている。近くにはゴースト・ハンターズの創設者の墓があり、彼に助けられた者は度々ここに訪れていた。

 普段は誰も使っていない邸宅。

 現在は人の出入りが激しいもう一つの戦場である。

 抗争による怪我人がここに運ばれ、治療を受けていた。霊能力に治癒や回復、といった便利能力は存在しない。包帯と薬と針を用いた原始的な方法である。

 〈霊纏〉による殴り合いか、はたまた十条の爆発に巻き込まれたのか。止めどなく運び込まれる人々に治療班の手が追いつかず、今すぐにでも第二本部へ人員要請をしなければならない。


 ――ふふっ、と。

 愉快な笑みがそこに溢れた。場にそぐわない存在へ視線が注がれる。

 少女は待っていた、とばかりに礼をした。

 これ以上なく慇懃無礼な挨拶だった。


「どうも皆さん、始めまして。皇戯天廻と申します、当然ですが私主催の楽しいパーティーに招待致します。心よりお楽しみくださいませ」


 ――ふふっ、ふふふ、はははは。あっはっはっはっ――。


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