9.最強の影
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――赤い地獄による、八坂真尋の死は霊界隈に激震が走る大事件だった。
ゴースト・ハンターズの創始者であり、霊障に苛まれていた多くの人々を救った英雄。そんな彼でも地獄には叶わなかった。
霊能力者達は地獄を過剰に恐れるようになった。
もしくは、悲しみ嘆いた。
そして――少数ではあるが、仇を討とうと思った者もいた。
八坂は一人で地獄に赴き、何もせずに取り殺された訳ではない。彼が死んだのは誰かを助けようとしたから――激情に飲まれた男女を救い出すために死んだのだ。
何ということか、救われた者はある種の仇となってしまった。濡れ衣であろうとも、彼らの敵意はそこに向かってしまう。
その名を――桜坂京都と言う。
彼はもう一人の生還者を守るために罪を、敵意を全てを被った。恨み言を浴び、怨嗟をぶつけられ、死ぬべきだったと罵られた。
桜坂はそれでも毅然と、何もなかったかのようにそこにいた。不気味な人間として引かれることで彼の周りは落ち着き始めたのだが、その前に一つ――。
そんな態度は後に、一つの戦いを巻き起こすこととなる。
それが、十条景光と桜坂の喧嘩だった。
「――どうして、真尋さんはあんたみたいな奴のために死んだんだ。お前は、真尋さんがどんな存在だったのか知らない癖に…………!」
「そうか」
「――ッ! お前はッ――!」
場所は対霊互助機関第一本部――法院寺境内。失礼極まりないことに本殿を前に二人の青少年が相対していた。
というか、一方的に十条が桜坂に噛み付いていた。どうにも暖簾を押しているような、柳を押してるようなあっさりどころか素通りされてる感が否めない。
桜坂は静かに話を聞いていたが、視線は空に行ったり、地面に行ったり乱れに乱れている。まともに反応するつもりがないことは明白だった。
とうとう緒が切れた十条は桜坂の襟を掴み、持ち上げる。霊力による強化が為されているため爪先でギリギリ地面に付くくらいに吊るされた。
桜坂の顔色は変わらない。
「お前を助けるために真尋さんは死んだんだぞ!? どうしてそんな顔ができる――! 彼に報いようとは思わないのか!?」
「…………………………………………」
桜坂は、それがどれだけ幸福なことか気づいていない。自分が生き残ったことに一体どれだけの労力が割かれ、どんな犠牲が払われたのか知ろうともしない。
十条は桜坂に殺意すら抱きたくなった。
何も通じない。何も聞こえてない。
別に助けて、とは言ってないと言いたげな態度が許せなかった。思考と同時に行動に移っていた。
爆発が桜坂の顔面を襲う。爆音と煙が上がり、辺りは騒然とした。一触即発だったとは言え、寺院内で本当に爆破するとは誰も思っていない。
誰もが戦慄し、動きを止めた。
煙が晴れた先で桜坂は立ったまま死んでいた。首から上が黒く染まり、顔面の上半分を失くしている。どう取り繕うと死んでいた。
――まぁ、嘘だが。
桜坂は無傷で立っていた。濃密な〈霊纏〉により爆発の全てを耐えきったのだ。そんなことできる霊能力者は少なくともゴースト・ハンターズにはいなかった。
八坂真尋でさえ、真正面からまともに受けたら死ぬ一撃だ。守り切るには〈結界〉は必須だと言うのに。
「…………は?」
「俺のことを殴って気が済むなら殴れば良い。もう、理由を繕う必要はない。そんなことは言われなくてもわかってる、そんなこと自分で一番わかってるんだよ」
桜坂は、自分自身が一般的な感性を持っていないことを自覚していた。それが社会に適応しにくいということは子供ながらに理解し、隠そうともした。
彼には、未だ八坂がどうしてあんなに必死になって助けてくれたのかわからない。一度はその手を振り払った、というのに――。
「わからないのは当たり前だ。俺は彼のことを知らない、一度しか会ってないんだから……………………だけど、誰も教えてはくれない。そんなのわかる訳ないだろ? にもかかわらず俺に理解を期待している。そんなことすら自覚してないのなら、もう何も言わないでくれ。ただ殴りたいだけならもう黙っててくれ」
あくまでも冷徹に、射殺すような宣言。
それは――十条がそのまま桜坂に思ったことだった。
桜坂が理解できないことも、桜坂に理解されないことも本質は同じである。
十条が抱く気持ちを共有するなど土台無茶な話だ。
結局、人間は誰かをわかり合うことなんてできないのだから。
「もう一度だ。これきりお互い関わらないことにしよう――」
凄まじい霊力が桜坂の拳に集約する。
十条は眼を見張り、己の爆発とどちらが上か思考した。結論は出ない。結局、実際にぶつけてみなければ、わからない。
指で銃を象ると、真っ直ぐに桜坂の眉間に狙いを定めた。放射された霊力は進路に沿って爆発する。
「わかった、言う通りにしよう――これっきりだ」
自分の行動の意味のなさを認めた十条は提案に従う。もはや、お互い関わっても毒にしかならないことはこの応酬で十分伝わった。
残るのは気分の問題。十条の怒りの矛先に桜坂は自ら立った。
そこまでお膳立てされて逃げるのはプライドが許さない。
十条――ゴースト・エクスプローダーは霊能力者として発揮できる限界を叩き込む。
「――アンリミテッド・エクスプロード」
「〈霊纏〉」
核爆発を思わせる地獄の炎熱と、太陽を思わせら狂気の光熱が桜坂どころか寺院全体に広がる前に――遥か遠く、無窮の空に弾け飛んだ。
起きたことと言えば、霊力爆発を桜坂が〈霊纏〉で消し飛ばしただけ。奇跡の付け入る隙はなかった。強引な力で捻じ伏せられた十条は敗北を認めた。
この一撃を切っ掛けにして――桜坂京都はゴースト・ハンターズにおいて最強の霊能力者として扱われることとなった。
◎
「――お前はあそこまでじゃない。本物の最強と比べればまだまだ遠い」
十条は裂傷の痛む身体を持ち上げ、鎧と視線を合わせる。
能力の格としてはほぼ互角。霊力に関しても大差ない。対多人数か、対個人かによる性質の違いさかない。
能力は選ぶことができない。ならば、運が悪かっただけとも言える。勿論、十条がそんな言い訳を溢すことはない。
発言に対し、鎧には心当たりがあった。
「桜坂京都のことか?」
「知ってるのか――いや、当然知っているか」
「そいつも相当やる霊能力者だと聞いていたが、お前よりも上となると厄介そうだな…………そっちの方が面白い」
「面白くねぇよ」
真正面から桜坂にぶつかった者としては楽観的な気持ちを微塵も抱けない。巨大な霊力を操ることよりも、顔色を変えずに力を振るう事が恐ろしい。それならば、戦いを楽しむ鎧のような性格の方が億倍マシだった。
危機感なく殺される、と錯覚したのはこれから先にもないだろう。
十条なはゴースト・ハンターズに対して帰属意識はない。巻き込まれた人間に興味はなく、死に対しても冷酷である。
それでもここに居続けたのは八坂の記憶があったからに過ぎない。戦いは好きだが逃げたって良い、とも思っていた。
記憶の八坂は消えない。
彼が誰よりも前に立つ姿は未だ掠れず、いつか辿り着きたいと思った。それで無意識にこんなことをしてたと?
思い切りの良いため息を吐いた。
「理由考えるの面倒臭ぇ…………」
今更、行動を変えるのも億劫――その程度にしておく。
そういうことにした。誰かのため、なんて答えは口が裂けても言えない。己のために犠牲を強いられる十条に善性を語る資格はなかった。
自分のため、あくまでも――。
十条は、桜坂が地獄を破壊しようとしていることを後から知った。意外と考えてる奴なんだな、と見直しもした。
だが、時間が経っても理解できない。道を違えたことは正解だった。
怒りは消えず、燻り続ける。けれど、それが力になる。八坂を切っ掛けにしていることを考えればこの感情も少しはマシに思えた。
既に八坂のような人間になることは諦めている。
「――感情の整理がついた」
「急に何だ?」
「こちらの話だ。あまり良い思い出のある術じゃないが、俺も暇じゃない。何もかも爆発させる…………もう手加減はなしだ」
「まだ上があるのか? 次で決める、と言うのならこちらも――!」
十条は残存していた霊力を掌に一点集中する。当時は桜坂の意気に絆されて発動したが、本来なら大量の霊力を用いる必殺の技。圧縮した極めて指向性の高い爆破を対象に向けて放つ、というのもだ。
〈霊纏〉は勿論、〈結界〉だけで防ぎ切ることはほぼ不可能である。防がれた前例がある以上、過信はできない。だが、桜坂でなければ通用するはずだ。
鎧の右腕全体にも群青の霊力が吹き荒れる。腕を基点にした霊力の弾丸は、昔の逸話に出てくる全てを貫く矛だ。この技を破られたことは一度もない。
「――アンリミテッド・エクスプロード」
「――アブソルート・ストライク」
レーザーのような赤い線をなぞった閃光と、青白い巨大な槍が衝突した瞬間――全てが白色に染まった。
爆発が起きのか、それとも。
積乱雲の広がる空に立ち上る柱は真っ昼間でも視認できる光量だった。尋常ではない余波が法院寺を跡形もなく吹き飛ばす。地中に埋まっている造りから爆散し、更地と化した。
砂埃と爆煙により視界を保つことはできない。パラパラ、と砂が落ちる中に咳き込む声がよく響いた。
彼は膝をつき、肩で呼吸をしていた。霊力を用いた爆発でも、結果的に燃焼すれば酸素を消費する。
爆発が起きたというのに窒息で死ぬのはどこかおかしい気がした。
「ぐ、ッふ…………」
「――俺の勝ちのようだな」
鎧は呟き、煙の晴れた向こうに立ち尽くす男を見遣った。
十条の胸には風穴が空いている。
掌程度の大きさの弾丸に貫かれ、心臓を失った。生命活動の停止以外のなにものでもない。
身体のバランスが乱れ、捻れるように倒れた。止めどなく血液と内臓が漏れ出す。
「…………結局はこうか」
鎧は僅かにあった笑みを消して無表情となった。
呆気なさ過ぎる――と、思ったのだ。追い詰められ、死力を尽くすことが鎧の戦いの目的である。
爆破の能力は死線を潜るには強過ぎたため、一撃必殺でしか対抗できなかった。多少は満足したが、身体の鈍りは取れてはいない。
だが、目的は達した。後で桜坂とも戦闘すれば良い、と考えていた――その時。
「――これはあなたがやったの?」
「…………ッ!?」
鎧は掛けられた声に最速で後ろに振り向く。大きな敵の撃破に気を抜いていたため、鼓動はかなり加速していた。
その人物を視界に収めた瞬間、怖気が走り、汗が吹き出る。
膨大な霊力を垂れ流し、感情に呼応して禍々しく揺れていた。
彼がここまで戦慄したのは皇戯以来かもしれない――。
「誰だお前は?」
「――あなたがやったの?」
彼女は――この惨状を見詰め、再び尋ねる。有無を言わさぬ怒りが犇犇、と発露された。
寺院の炭化の原因は既に死んだ十条のものである。そのことを言って彼女が止まるかは微妙なところだ。
鎧は警戒を怠らず、コミュニケーションを試みた。
「…………そうだと言ったら?」
「許さない」
「…………………………………………」
何なんだこの人物は――?
真っ当なことしか言っていない。限りなく普通だった。この被害に怒り、止めようとしている。
鎧としてはどんな人物か判断しかねた。霊力を多く持つ者は大抵性格がおかしい奴なのだが、彼女はそんな風に見えない。謎の経験則であるだけに外れてる可能性は高いが。
「これほどの霊能力者が控えていた……………………新参者、ってところか……………………」
「否定はしないのね」
「否定したら放置するのか?」
「放置はしないけど、然るべきところに連れて行くわ」
「――……………………」
鎧は思わずため息を吐きたくなった。
この霊能の見える世界で秩序主義的なことを言うのは普通ではない。道理にそぐわないことである――ある意味の異端。
ならば、鎧の経験則は正しいのかもしれない。しっかりいかれてる分、強くても納得できる。
強い者を好む鎧だが、この少女は例外だ。
空気の読めない正論ほど詰まらないものはなかった。特に、鎧や十条と言ったレールから外れた人間にとって。
あまり気は乗らないが、強い敵として戦うことを決めた。
「御託は良い、お前がゴースト・ハンターズなら俺は敵というだけだ」
「そっか……………………」
少女はさっ、と辺りを見回すと「はぁ」と息を吐く。次な顔を上げた時にはスイッチが切り替わっていた。
覚悟を決めた、といったところか。濃密な〈霊纏〉が少女の全身を覆い尽くす。
ただの〈霊纏〉は意味を為さない――と、鎧は指を向けた。「ストライク」という言葉を引鉄にして霊力の弾丸が眉間に吸い込まれる。
「――……………………!」
数瞬で少女へ到達した弾丸は被弾叶わず避けられた――。
音速よりも速く潜って回避した少女は低い体勢から、霊力放出による高速移動で鎧に接近する。
気づいた時には懐に潜り込まれていた。
弾丸を置いてけぼりに、飛び出した少女――雪代桜子は紫色のオーラに包み込まれた拳を鎧の顔面に叩きつける。〈霊纏〉越しでも手応えが返ってきた。
「――人を殴るなんて最悪の気分ね」
震える手を見詰めながら呟き、こんな覚悟なんてするものじゃない、と心中で毒づいた。
桜坂君はいつもこんなことを――とも。




