8.第二次侵伐抗争
◎
――第一次侵伐抗争を激化させたのは四人の霊能力者だった。
押し寄せる霊能力者を津波の如き勢いで押し返し、貫き、爆散し、弄んだ。一つ上を行く圧倒的暴力を秘めた能力によりゴースト・インベーダーの拠点のあった山岳地帯はその姿を変えた。
その中で最も大きな破壊を巻き起こしたのは何を隠そう桜坂京都――という訳ではない。人的被害・物理的被害どちらの点でも彼を超える者がいた。
鎧金豆山――またの名を、ゴースト・ストライカー。
霊力を高速で撃ち出す、という単純にして圧倒的能力はゴースト・ハンターズに壊滅的な被害を与えた。
〈霊纏〉を貫く魔弾に対しては、ただの霊能力者は肉壁と成り果てる。結局、鎧を止めることはできなかった。
故に、今闘争において最も重要視されたのが鎧の対処だった。
下手な数で攻めても時間稼ぎにもならないことは前回で学んでいる。策を弄し、然るべき方法を用いなければ勝つことはできない。
その手法の一つが、桜坂京都をぶつける、というもの。それが最も勝算が高く、一見そうは見えないが一番スマートなやり方だった。しかし、桜坂は撒かれた餌に食いついてしまい駆けつけることができない。
代案として、ゴースト・ハンターズにおけるもう一人の最強格をぶつけることが決まった。それがもう一人の破格。
十条景光――またの名をゴースト・エクスプローダー。
霊力を爆弾に変え、爆発を起こすことのできるというもの。説明不要の暴力――ストライカーにも匹敵する破壊を巻き起こす凶悪な能力だ。
人格に大きな問題はあるものの、こと戦闘においてここまで頼りになる人物もいない。
この二人をぶつけたら幾らの被害が出るかわかったものではない。山を削り、自然を破壊し尽くした異能がぶつかりあった時の相乗反応は想像に難い。
だが、この状況における勝算はこの二人の殺し合いであり、十条が勝利することだけだった。例え、どんな被害が出ようとも――。
――ゴースト・ハンターズ本部、法院寺前には異様な人数の人が集まっていた。地元民でも滅多に来ない遥か前に寂れた寺院にこれほどの雑踏があるなど、本来あり得ないことだ。
何も知らぬ人が見たら祭りでもあるかと勘違いしてしまいそうになる。残念ながら、交わされる物騒極まりない。
「――さぁ、行くぞお前ら。奴ら、ゴースト・ハンターズを根絶やしろ」
鎧の掛け声に合わせ、ゴースト・インベーダーの構成員達が叫び声をあげながら駆け出した。不良同士の喧嘩を思わせる知性の感じさせない叫びが森の中に木霊する。
石畳を抜けた先には真っ青に光る壁が聳え立っていた。寺を囲う巨大な結界である。数十人の霊力によって作られており、相当な硬度を誇るが――。
鎧は右腕を上げ、静かに霊力を流し込んだ。
「ストライク――!」
飛び出した霊力の弾丸は一息に結界を貫いた。亀裂は放射状に広がり、瞬く間に光の塵と化す。霊力の雨に降られた本殿へ、ゴースト・インベーダーは踏み込んだ。
同時に柱の影や木々の脇から続々と人が姿を見せた。ゴースト・ハンターズの精鋭達は大結界が壊されたことなど織り込み済みとばかりに鋭い視線を敵へ向けている。
煙に巻いて現れた老人――立浪は石段に腰掛けていた。
「侵略者よ、今すぐここを出てもらおうか。さもなくば撃滅させてもらうぞ」
「最初からそのために来たんだよ、爺さん。思う存分殺し合いをしよう」
「そうかならば……………………――十条、やれ」
立浪から開戦の合図が発された。
橙の火が侵略者達の中央に灯った。一瞬の煌きの直後――寺院を包み込む大爆発が巻き起こる。爆炎が焼き尽くし、爆風消火が薙ぎ倒す。
さて、この爆破で何人が死に、何人が生き残ったのか。抗争はたった今始まった。
◎
――ゴースト・ハンターズ第二本部は、都内某所の高層ビルのワンフロアーに位置していた。
一般企業の皮を被り、諜報といった活動を主とする。また、緊急時における作戦司令部としての役割も果たす。侵伐抗争も当然、緊急事態に含まれる。
そこで指揮を執るのは風車寧色といったゴースト・ハンターズの幹部クラスである。
「――たった今、第一本部で戦闘が開始されました」
会議室にオペレーターの声が響く。
円卓に積まれた資料とパソコン。壁面に映し出された地図と、様々な光点。一人の人間には過多な情報量を処理するのは風車は資料片手に指示を出す。
「法院寺の〈幻影結界〉、〈遮音結界〉を展開を」
「了解しました」
「本部との連絡はまだ回復しないの?」
「復旧していません。何らかの霊能力である可能性があります」
「…………なら、ジャミングが届かないギリギリに人員配置して頂戴。増援についても引き続き頼むわ」
「了解しました」
「後、役所に放送を使えるように交渉を――」
現在、寺院と第二本部との直接通信網は復旧しておらず、情報が一呼吸遅れて伝わっていた。必然的に後手に回り、その後の対応にもラグが生まれる。
風車は、できるだけ円滑に作戦を進めるために四苦八苦しながら思考を巡らせた。組織を率いる者として最善の選択をしなければならいない、というプレッシャーに押し潰されそうにもなるがくよくよ、してられる暇もない。
「これが事件は会議室で起こってる、ってこと…………? なんてね…………」
現在、着手しているのは専ら各地に散った霊能力者の状況の確認だった。インベーダーによる工作により、殺害されたのか生還したのかを正確な調べている。彼らが増援になるかによって戦いの趨勢が決まるため慎重な調査に強いられた。
希望の星である桜坂の確認を早急に行ったが、増援は期待できないことだけがわかった。もはや、数で攻める以外の方法が思いつかないが、それでも考え続けなければならない。楽な方法を選んだ時の被害は大きい。
被害を容認するのなら、それはまず自分でなければ道理に合わない。
「――完全移っちゃったな…………」
脳裏に今は亡き恋人の台詞が蘇る。
彼は、誰もが足踏みする危険な場所でも迷わずに突き進んだ。その蛮行は勇気を与え、希望を与えた。だから、皆彼を慕って、着いていったのだ。
綺麗事を本気で実行する馬鹿者だから放っておけなかっし、恋した。始めの一歩は必ず――。
「記憶にいるだけでも背中を押してくれるなんて…………こんなんじゃいつまで立っても忘れられないじゃない、本当に困った人」
文句とは裏腹に、風車は楽し気に微笑む。
こう言う彼にできないことはなかった。きっとできる――そんな声が聞こえてくる。
遠く離れていても風車にも戦う理由がある。繋いできた想いを今も、これからも届けるために――。
◎
「エクスプロード」
「ストライク」
法院寺本堂を目前とした石畳の直上、二つの巨大なエネルギーがぶつかった。霊力爆発と霊力魔弾は凄まじい破壊を伴い、大爆発を巻き起こす。
ゴースト・エクスプローダー――十条景光。
ゴースト・ストライカー――鎧金豆山。
両者の戦いが始まってから数十分、膠着状態が続いていた。お互いの即死級の一撃同士が対消滅するのも何度目か。別格な威力を誇るため、下手に加勢することもできずそこはただ二人だけの致死領域となっていた。
彼らは加勢など期待せずスタミナ勝負とばかりに単調と、己の異能を発揮する。
その周囲では、霊能力者同士の〈霊纏〉による殴り合いが行われている。戦闘に向いていない能力を持つ者はどちらの組織にも一定数おり、ゴーストから身を護るために平均的に戦闘能力が高い。
現状、押しているのは侵略者の方だった。
前抗争にて、先手を取ったはずのゴースト・ハンターズが追い詰められたのは皇戯や鎧の単騎の力だけではなく、ゴースト・インベーダーの構成員の強固な〈霊纏〉があったからだ。
加えて、異様に人間同士の戦いに慣れている。対多数を想定した動きはハンターズを翻弄した。
圧倒的な個による無双、〈霊纏〉の質による劣勢。
一度目の抗争と違うのは、戦場がお膝元であることと、人員が散らされたこと。それはまさに前回の勝因そのものである。
「――…………本気で潰そうとしてるのか」
この襲撃は、十条の予想を遥かに超えた攻勢だった。前回の抗争の参加者がどれほどかは知れないが、それこそ命懸けで拳を握る者達が多く見受けられる。正直、その自意識に対して気持ち悪さを感じるが突き動かされた暴力は確かに強かった。
――鎧との撃ち合いの最中、周囲で戦うゴースト・インベーダーの背中に糸が伸びていることに気づく。
鎧には引っ掛かっていないが、その他の構成員には漏れなく霊力の細い線が伸びていた。
糸の効力はともかく、嫌な想像は容易に浮かぶ。
対照的に鎧の表情には余裕が見られた。
「このままじゃ埒が明かないな。そろそろ本気を出そうと思う…………お前も、本気を出さないと一瞬で死ぬぞ」
「うるせぇ――さっさと来いよ」
「俺よりも口が悪いな。口先だけじゃないことを祈るばかりだ」
そして、二人は無造作な立ち姿から一転――指で銃を作る。
両者の指先に刺々しい霊力が圧縮された。そこに存在するだけで空気が爆ぜ、チリチリ、と稲光る。
どらちも手加減を辞めた。それはつまり、周囲への被害を考えないということ。彼らの本気とはそういうことである――物理的被害を覚悟することで発揮できる。
歴史的建造物を壊すこと、人を殺すこと――その覚悟をするまでもなく霊力は破壊の塊と化した。
「スフェア・プロード」
「スピア・ストライク」
全てを焼き尽くす炎と、音すらも斬り裂く槍がぶつかり合う。捻れた炎が寺院と、木々に燃え移り火災を巻き起こした。空気を劈く一撃は石畳を次々と抉り、遂には本殿を貫いた。
「……………………ッ――」
「……………………面白い結果になったな」
鎧の目に映るのは、頬に裂傷のできていた十条の顔だった。
十条は忌々しげに鎧を睨みつける。その姿は無傷。砂埃の僅かさえ、吹き飛ばしていた。
くっくっくっ、と鎧は嗤う。
「俺にはお前の爆発は効かなかったが、お前は俺の槍を折ることできなかった。能力の性質があるとは言え、どうやらこちらが有利みたいだな…………さて、どうやって俺に勝つつもりだ?」
「……………………」
――指向性の弱さ。
十条は一瞬の攻防から大体の敗因を概算していた。
霊力を弾丸として放出する能力は手を基点として真っ直ぐに飛ばすというもの。対して、十条の能力は手を基点にして爆発の中心を決める。
同じ霊力で能力を発揮しても、一点突破と放射攻撃では力の濃度が異なる。爆発を貫かれるのは当たり前だった。
スレスレで避けれたのは相殺の過程で威力が減衰し、目視できるようになったからだ。初速を見切ることはおおよそ不可能、相殺が必須になるが神業的なタイミングを要する。
霊力の揺らぎを見逃さない集中力。波打った瞬間、爆発と槍が邂逅する。
「――対多数においてはお前の能力は最強かもな。敵味方を問わずそこにいる全員を一瞬で殺せる、まさに戦争のための能力だ」
「…………何を勝った気でいる?」
「それは見ればわかるだろ、なぁ。戦争ではお前が勝てても白兵では俺に歩がある、それだけだ」
十条景光の全身に切り傷が刻まれていた。直立することも叶わずその場で膝を立てる。
数十の攻撃の交換の末、爆破が鎧に届くことはなく、逆に鎧の攻撃は致命傷を除いてほとんどをその身に受けた。
あらゆる爆発が貫かれ、逸らされた――。
「…………………………………………」
こんな時に――追い詰められ、今にも王手を掛けられる寸前、十条の脳裏には半年以上前の記憶が蘇っていた。
そう。あれはゴースト・ハンターズの創設者である八坂真尋の死が知らされた日のこと――。




