7.参戦
◎
「――いやぁ、大変だったな。特にあの黒いトリケラトプスが強いこと強いこと、俺達じゃなきゃ倒せなかったよなぁ」
「な、何で……………………染み染みと呟いてるの……………………?」
廃校を迷宮結界にしていた女、迷宮内に入った人間を轢き殺す化物を飼っている男を撃破した俺達は最寄駅へ向かっていた。詳しくは、駅な向かうバスに乗っている。さらに詳しく言えば、一番後ろの席に四人並んで座っている。
並び順としては、右手側に乖離、左手側に鋭利・怜悧。両腕はがっちり、と掴まれていた。
「もう、京都君が一発で消し飛ばしてたじゃん。説明もしなくて良いくらいに完膚なきまでにまでにさ。もう忘れちゃったの? お馬鹿さんなんだからぁ」
「誰かに説明してるかのような言い回しだね」
三つ子三者三様の反応を貰った。
そういう訳で、中級ゴーストとゴースト・インベーダーの一件は解決したのだが、その後のことで再び頭を悩ませる問題が目下に迫っていた。
「――まさか、本当にゴースト・インベーダーが攻撃してたなんてなー」
「な、何で……………………棒読みなの……………………?」
ゴースト・インベーダーをどうするかを確認しようと連絡したらびっくり、風車さんが焦って声を荒げて俺を呼ぶではないか。
集会会場である寺院に襲撃があったらしい。
緊急招集に従い向かう、ということでインベーダーの方々は残っているであろうゴースト・プレイヤーの二人に任せることにした。任せる、と言ってもグルグル巻きにして放置しているだけである。彼らがどうなるかの一切がどうでも良い。
――現在時刻、午後五時。寺院に着くのは八時以降だ、もはや手遅れである可能性の方が高そうだが、万が一ということもある。
そして、一番気掛かりなのが知り合いのほとんどと連絡取れないことだった。関石さんとも、雪代とも。彼女らもゴースト・ハンターズ側の戦力として呼ばれてるはずだ。
「それだけ状況が悪い、ってことか」
「でも、ジャミングされてる、って本気で対策してるよね。それだけで劣勢になって、肝心の数が揃えられないんだから」
怜悧の言う通り、作戦がかなり詰められている。それだけ本気ということか。俺達をこんな僻地にまで引っ張ってきたのだってそうだ。
前回とは全てが違う。故に、策を弄した何者かがいる――と、考えることもできるが如何せん情報が少ない。
「…………バスの中でできることはなさそうだな」
「私との愛を深めてくれれば良いよ」
鋭利は幸せそうに俺の腕に胸を押し付ける。そうすると、対抗してか逆側からも圧力が掛かって柔らかな感触が強まった。
さらには、肩に頭を乗せて寄り掛かってくる。バスの運転手さんがチラッ、とミラー越しにこちらを見たような気がした。気まずっ。
「両手に花だね」と俺の焦りを知ってか怜悧が茶々を入れてくる。「私は余って寂しいけどさ。膝にでも乗った方が良いかな?」
「良くはない。もっと建設的なことをして欲しいな」
「じゃあ、こんなのはどうですか?」
怜悧はポケットからスマホを取り出し、俺に見せてくる。変哲もない黒いスマホだ。いや、これは怜悧が使っていたものとは違う。機種変でもしたのか、それとも――。
「奪ったのかよ」
「連絡手段だから、手掛かりが掴めるかもしれないじゃん。ほら、実際見たことある名前あるし」
「管理ガバガバだな。ゴースト・ハンターズもこんな感じだったら嫌過ぎる」
成り済ますのは難しそうだが、確かに情報収集にはもってこいだ。何も現在の情報だけが重要な訳ではない、ゴースト・インベーダーについて知れればそれだけでも収穫となり得る。
「しばらくスマホ弄ってるから、何か面白いことがあったら教えるよ」
「面白いことじゃなくて、重要なことにしてくれ」
◎
――時は少し遡る。桜坂京都と逆宮乖離が中級ゴーストの目撃情報のあった片田舎の廃校へ向かった直後のことだ。
雪代桜子は朝食を食べ終え、家でまったりゴロゴロしていた。夏休みらしく、何も予定のない時間を無為に過ごす。
「暇だぁ…………」
この症状に侵される人間は多いが、孤独の耐えられない彼女は発症が早かった。起き上がってスマホをフリックするも、目に止まるものはなく、結局スマホをベッドに投げつけた。
「あぁ……………………桜坂君……………………――はっ!」
無意識に出てしまった名前に赤面する。枕に頭を突っ込んで足をばたつかせた。
「まず出る名前がそれ、って…………ヤバいわ、完全に末期じゃん。これがトルネード、ってことなの?」
早鳴りする心臓の熱味に悶えていると、足下でスマホが振動し始めた。一息吐いて熱を落ち着かせながら、画面を見るとメッセージが一つ届いていた。
散っていたはずの熱が再燃する。
「さ、桜坂君からだ…………」
期待を胸に内容を確認するが、待っていたのは裏切りである。
ただの事務連絡である。それも保険程度の。何かあった時、誰かはどこに行くか知っておいて欲しい、という感じがありありと伝わってくる。
「まぁ、桜坂君らしいな。そうだよね、桜坂君が自分から積極的な行動する訳ないしね…………そう、私から――……………………私から何をすれば良いの!?」
再度、枕に飛び込んで悶える雪代。
彼女の中では答えは出ていたが、簡単にはその結論を認めることはできない。認めるには障害が多過ぎた。
とは言え、少しずつだが近づいてもいる。出掛ける約束をしてではないか。手遅れになる前にゴールに辿り着くかは今は不明だが。
「そうだ、返事しないと。了解、っと――あれ、またメッセージだ」
今度は、実はゴースト・ハンターズ幹部である風車寧色からの連絡。一般的な電波で飛ばしたこともあり具体性のない内容だが、事態で緊急を要し、雪代に招集を掛けていることは理解できた。
曰く、ゴースト・ハンターズ本部である寺院周辺に不審な影が――ゴースト・インベーダーが現れ、囲まれているとか。
「何これ…………? どうしよう…………」
漠然とした不安が彼女を襲う。
ゴースト・インベーダーの一度目の抗争を知らない雪代には正確な予想はできない。どれだけ苛烈を極めるか、どれだけの規模の戦いになるのか。
そして、覚悟という点でも。
これはある意味、桜坂の落ち度でもある。説明不足は、いざと言うときにできる選択を狭めた。
「桜坂君に…………いや、今は無理だから赤羽さんに…………」
他人に助言を求めるのは現在の彼女の状況を考えれば最善の選択ではあったが、今のタイミングならばギリギリ桜坂が帰ってこれる可能性が残っていた。そのルートに入った場合、未来は大きく変わっただろう。
ともかく、遠慮なく相談できる赤羽彩葉に連絡すること自体は間違ってはいない。むしろ、聡明な判断だ。
「赤羽さん、あのゴースト・ハンターズからの連絡ありました?」
〈来たよ、緊急招集ね。ゴースト・インベーダーの襲撃、ってことはマジのパターンだから危険だと思ったら行かなくても良いよ〉
「そんなに危険なんですか?」
〈桜坂君から何にも聞いてないの!? 間が悪過ぎでしょ、あの子〉
「今、遠くに行ってるみたいです多分来れない、と思いますけどこれって…………」
〈えっと…………マジ?〉
返ってくる雪代の想像の八六倍深刻な反応。少しずつだが事態の悪さを理解し始める。鬼札である桜坂がいないだけでゴースト・ハンターズの力が激減することに――。
桜坂はそれだけ強力な霊能力を有している。霊力のオンオフではなく、保有し、操れる常軌を逸するほどの霊力こそ誰にも太刀打ちできないシンプルな力。
「中級ゴーストの討伐任務、って言ってました」
〈…………嫌な予想だけど、釣られたのかもね〉
「釣り、ですか…………?」
〈主戦力が一つ減るだけで被害が大きくなるから。前回の抗争なんて山が抉れてたし〉
「山…………!? そんなことできるんですか?」
〈できるんだよ。だから、本当にヤバいなら逃げてよ、多分負けるから〉
イケイケの大学生とは思えないシニカルな目算に、言葉を詰まらせる雪代。
呼ばれたからには行くべきなのだろう。
だが、何ができる? 事情を知らない自分にできることはあるのか?
「質問が一つあります」
〈手短にね〉
「――人が死にますか?」
〈死ぬよ〉
即答。
もしも、死ぬ、という答えが出た場合の想定――目を閉じ、深い息と共に覚悟を決める。
「――わかりました、私は行きます」
雪代は、人が死ぬ可能性を放置できるほど自己を中心に据えてはいなかった。頑として、死地へ足を踏み入れる。
◎
――皇戯天廻とは、ゴースト・インベーダーの支配者である。
霊能力者として抜きん出る才能と、人を惹きつける容姿、飴と鞭を使い分ける頭脳、甘い声音と冷たい態度、嘘みたいな志と実現せんばかりの行動力――カリスマ、と一言で纏めるは言葉足らずだろう。
全てを持っているかのような彼女だが、思い通りの人生を送った訳ではない。人並みに苦労し、人並みに成功する。規模は違えど我々とほとんど変わらない人生を送っていた。
彼女の特別な才能も、発揮する場所がなければ凡人とそう変わらない。誰にも気づかれなかったが彼女の精神構造は他の人間とは異なっていた。
――彼女の運命を変えたのは、とある男との出会いからだ。唐突に現れた顔の左側に大きな傷を負った暗い男は、皇戯の霊力を励起した。
才気に溢れる皇戯は瞬く間に霊力の本質を理解し、操った。
同時に、霊能力者によるコミュニティが存在することも知ることとなる。
では、何故彼女がゴースト・ハンターズと敵対するに至ったかと言えば――。
電車を降りた皇戯は、頬をだけを歪ませて笑んでいた。スマホに届く作戦成功の連絡に心を躍らせる。
自分でも驚くくらいに上手く行った。関東圏内の各地にゴースト被害を誘発させ、霊能力者を誘き寄せ、各個撃破するというものだ。全体の八割が成功し、主力をいとも容易く退場させた。
勝算は前回の比にならない。
ふふっ――と上品に笑えば、それだけで周囲の目線を引く。日常茶飯事であり、皇戯の視界には映っていなかった。
「あぁ、次はどうしようかしら。あれが来るまでしばらく時間掛かりそうだし…………」
田舎風景の拝める駅前にて立ち止まっていると、ふと、声を掛けられた。振り向いた先にいたのは、年のそう変わらない少女。
「あの、大丈夫ですか?」と、顔色を窺いながら尋ねられる。
男に声を掛けられることはあっても同性からは珍しいことだった。
「えぇ、ちょっと道に迷って立ち止まっていただけだから」
「そうですか、よければ案内しますよ」
「へぇ…………」
幼気ない少女を今から始める抗争に巻き込むのはどうか一瞬、逡巡したがすぐに巻き込むのも面白いと判断した。
「じゃあ、頼んでも良い?」
「はい、どこへ向かうんですか?」
「実は、お寺なんだけど――」
そこは、対霊互助機関――ゴースト・ハンターズの本部でありたった今、ゴースト・インベーダーに襲撃を掛けられている現場でもある。紛うことなき死地。
この事情を知っている者ならば、まず行こうとしない場所だ。
「ここですか…………私もちゃんと知ってる訳ではないので途中までになるかもしれませんが…………」
「構わないわ、近くに行けるだけでも」
「わかりました、案内しますね」
仄かな笑みを浮かべ、少女は先行するように歩き出した。
その後ろを、邪悪に笑いながら皇戯は追う。笑みの裏、様々な悪逆が渦巻いた。
少女は深く息を吐き、頬を強張らせる。
「……………………桜坂君……………………」
折れそうなメンタルを支えるために呟いたのはとある少年の名前だった。幸運なことに皇戯の耳には届かなかったが、一歩でも距離が近ければどうなっていたかわからない。
――ここで、歯車の一つが狂った。




