18.エピローグ
◎
――今日は夏休み前、最後の登校日。
息の詰まりそうな暑さの下、学校に向かっていた。半袖ワイシャツにすぐ熱くなる黒いズボンを履いて、汗を流す。
いつものように一人で登校している――。
「――いつもならだけど…………」
二人である。
それは雪代ではない。怜悧でもない、というか学校が違う。大学生の関石さんは論外。
正確には一・五人とでも言わなければならない。
俺は、半人半霊の幼女――鳳と共に行動しているのだ。
「パパいつもどこ見てるの?」
「雪代みたいなこと言うなよ。空だよ、綺麗だから」
パパではないがな。
せめてもの抵抗で心の中では否定している。無駄な抵抗である。
「今日も学校行くの?」
「土日以外はずっとだよ。まぁ、しばらくはおさらばだけど」
「楽しくないー!」
それは俺も同じ気持ちだが。
幽霊の少女を連れて行ってもやることは勉強だ。一人で遊んでこい、と愛のない親のようなことをいつも言っている。
授業中に絡んできても鋼の意志で無視したこともあった。
俺しか霊的エネルギーを供給できないのだから俺と一緒に行動する以外の選択肢がない。
「雪代とたまに話してるのは楽しくないのか?」
「あの人嫌い! ゾワゾワするから!」
「毒電波でも飛ばしてるのか」
飛ばしてそうだ――。
嘘だけど。普通に仲良くなろうとしているが、鳳が一切の妥協を許さず嫌悪している。見ているこちらがハラハラするくらいの険悪さだな。
「ねぇ、ママにはいつ会えるの?」
「明日とか暇らしいけど、どうだろうな。大学生の夏休みはいつからなんだ…………」
「会いたいよ…………」
「そうだな」
関石さんならもしかしたら、俺に変わって霊的エネルギーの供給を――なんてことがあり得るかかもしれないからな。
その場合、長谷川さんが微妙過ぎる顔をするんだろうし、赤羽さんはニヤニヤしまくるに違いない。
これから先、ゴースト・ハンターズに出入りする機会は更に減る。夏休みは優雅に風雅に過ごすことができよう。
半人前を連れて学校の敷地に足を踏み込んだ。浮ついているのは俺だけではなく、校舎全体で言えることで喧騒はいつもよりも大きい。
俺が席の椅子に座ると、鳳がその上に座ってくる。すっかり定位置だ。
「おはよう」と声を掛けてくるのは雪代しかいない。相変わらず俺には友達はいなく、同様に雪代もクラスメイト達とは最低限の接触していないため俺の所に来る。
続けて「鳳ちゃんもおはよう」と小さめに言った。霊視できないければいない彼女に堂々と挨拶はしにくい。
「嫌」
「やっぱダメなんだ…………どうしてよ…………」
何で嫌われてるとわかっているのにいつも同じように正面から来るんだよ。理由を考えて策を練れよ――と、言うのは簡単。
とは言え、嫌っている相手と仲良くしようとはまぁ、思わないわな。
「そうだ、桜坂君って夏休み予定ある?」
「夏休みの何日だよ」
「全体的な感じで良いから暇な日教えてよ」
「予定がないことを暇と言うなら、暇と言う他ないな。業腹なことに」
「じゃあ――…………後で言うわ」
こいつ、ここまで来て溜めやがった。その後が気になって何も手がつかなくなる奴。
言えない理由があるのだろうから、追及はしないが。
しかし、予定訊くとは一体何の狙いがあるんだろう。
「しかし、良い天気だな。特に肥大化した積乱雲が…………」
「ずっと日向にいるけど暑いのやにならないの?」
「そんなことに文句言ったって仕方ないだろ」
「なるほどねぇ」
どこに納得する余地があるのかわからないが、雪代はしきりの頷くのだった。
◎
――終業式は滞りなく終わり、正午前に放課後へと突入する。雪代が話があるとか言うのでクラスに人がいなくなるまで待っていた。
二人と半人だけの教室、青空を仰ぐ。
腹が減ってきたな。
「それで話、って?」
「…………いや、その…………」
何かモジモジし始めたんですけど。
告白でもするんですか? 夏休み前に告白、って何というかのベタ中のベタだ。ちなみにベタは嫌いではない。
「二人きりの方が…………」
「…………何が狙いだ?」
「そんな目で見ないでよ! ちょっと話しにくいだけで」
あぁ、なるほど――鳳か。
そういうことなら一瞬だけ遠くに行ってもらおう。鳳の脇に手を通し、持ち上げる。ほとんど霊体なので印象一〇キロくらいだ。
「よし、ふっ飛ばすから覚悟するんだ」
「ん?」
「よしっ」
先程まで青空を見ていたその窓から鳳を放り投げた。ここは四階だ、すぐに落ちて姿は見えなくなる。
これで大丈夫と、雪代を見れば顔を真っ青にして窓に駆け寄っていた。そんな危惧するようなことは起きないぞ。
「鳳ちゃん!?」
「ゴーストだから浮けるんだよ」
「それにしたって方法があるでしょ!? 心臓に悪過ぎるから!」
「それで話とは? しばらくしたら戻ってくるぞ」
「切り替え早いよ」
雪代はふぅ、と小さく深呼吸する。
何の覚悟を決めたんだよ。おい。
「夏休み暇なんだよね?」
「……………………」
「良ければ一緒に遊びたい、と思って」
そんなことかよ、と思う当たり俺は自分のことを棚に上げている。俺が雪代の立場に立っていたら、誘うこともできなかっただろう。
別に改めて言わなくても良かっただが。
怠惰に過ごす、という目的はあるが毎日引き籠もるのも気が滅入る。その時に雪代と遊んだってまぁ、良い。
「それくらいなら別に良いけど」
「じゃ、じゃあ夏祭りとか行こうよ」
「予定は決まっていた、と。人が多いのは好きではないが、花火大会なら」
「花火は綺麗だもんね。じゃあ、二人で見ようね」
二人で、ね。ゴースト娘がいない、とは言ってないぞ?
何というか気の所為の範疇だと思うが、声音がいつもより少し低い気がする。緊張しているようには見えなかったが。
「言いたいこと言えてすっきりした。じゃあ、早速二人で帰らない?」
「二人半だがな。途中までならよしなに」
改めて、思い返してみても不思議な気分である。
車道に飛び出したのを助けたことから始まった雪代との関係。同じ地獄の被害者という共通項もいまやあってないようなもの。
地獄は今も残っていて、破壊するという目的は達せてない。だが、鳳を助けたことで燃え尽き症候群気味だ。もう執着はない。
それが良いことなのか、悪いことなのかはわからない。だけど、肩は軽くなった。
それはきっと雪代のおかげなのだろう。
結局、人間は自分のためよりも、人のために力を発揮するのだ。人は、一人で生きられないからそういう風にできている。
だなら、幸運だったのだろう。
その時――スマホが震えた。
風車さんからのメッセージ。さっと目を通す。穏やかじゃない内容である。あまり思い出したくない記憶が甦る――かと思ったが、あんまり覚えてもないな。
「どうしたの?」
「――いや、大したことじゃない」
静かに、何事もなかったようにポケットにスマホを押し込む。
今くらい、平穏な日常に浸ったって良いじゃないか。
雪代は微笑んで、俺の手を取った。
今度は俺をどこに連れて行く気なのか――。
いつかに忘れてきたはずの期待の感情が胸にストン、と落ちてきた。
◎
――ゴースト・ハンター。
霊力を用いて幽霊を滅する者。霊媒師、呪術師、神職もそれに該当する。
世界に二〇〇万人しかいない霊能力者の中に特殊な性質を有する霊力を持つ者がいた。例えば、操る霊力の重さを増やし、周りの霊力を吸収して強固な結界を作り出し、はたまた霊力の知覚を完全にゼロにするものもある。
固有性質がなくとも霊力による体術、結界術といった体系も開発されており、その長い歴史が窺える。
さておき、この能力や技術は専ら彼らにあだなすゴーストを討伐するために使われている。自衛のため必要な力だ。
だが当然、人間を害することにも使える。霊力は物理的な影響を持つ正体不明のエネルギーである。
不可視の力は、現代社会においても支配を容易に実行できてしまう。表裏一体、使い方によって色合いは変わる。
守るための力と、虐げるための力は全くの同等。
――それは、対霊互助機関の存在意義にも関わる事例。
霊力を用いて秩序を乱す霊能力者の対処も、機関――ゴースト・ハンターズの役割にある。幾度の抗争の末、専ら敵対関係にあった。
機関は彼らのような者を――ゴースト・インベーダーと呼称した。
侵略者達との戦いは続いている。現れては叩き潰され、隠れてはまた現れる。
――数ヶ月前、桜坂京都もゴースト・インベーダーの鎮圧作戦に参加した。圧倒的な力で大量の敵を薙ぎ倒したのだが、その内の数人を逃している。
あの無法者を纏め上げたカリスマの持ち主であり、酷白な青年。
また戦うことになる、と彼は直感していた。
その時はすぐにでもやって来る。
季節は夏。学生と言ったら夏休み。怠惰な日々を過ごそう、と考える奴もいるだろう。
「さて、一体どうなることやら」
桜坂は変わらない。地獄に行っても、侵略者と相対しても――いつかと同じように、何にでも染まり、何にも馴染まない。
そして、独り言を呟いた。
「どうせ何とかなるか」
桜坂の中に後悔という二文字はなかった。
懲りずにそう呟く。




