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ゴースト・ハンターズ  作者: (仮説)
一章 ゴースト・ハンターズ
18/48

17.太古の番人

 

 ◎


「あ」と、俺の腕の中に収まる幼女が口に漏らす。一体何に気づいたのやら。

 ――黄の地獄。

 どうやらここの精神攻撃は異常な昂りだった。赤の地獄ほどの激情ではなく、何というか気を抜いていたら笑いが止まらなくなるような狂った感情を刺激される。

 激情、酷薄、自滅、狂喜――。

 地獄というものはやはり碌なものじゃない。そんな世界でしか生きられないのがこの幼い娘。

 高濃度の霊力の下でしか生きることができないのだろう。生物にとっての空気と同じだ。

 地獄を制御できるならともかく、このまま不定期に現れたら困る。仄めかすようなことも言っていたが保証できない以上、放置という選択肢はない。

 解決する策も一応考えてきた。


「それで何かあったのか?」

「熊さんが死んじゃった」

「なるほどね」


 全く理解できないがとりあえず頷いた。死んだのならさして問題もないはずだ。倒されたのか、自然に消えたのかによって状況がどれだけ逼迫しているかわかりそうだが見ない振りをしよう。


「地獄、閉じそうか?」

「うん…………もう少ししたら…………」


 関石さんが来る様子はなし。熊(?)のゴーストと戦ってる訳じゃあるまいな。

 まぁ、気長に待とうではないか。その間に俺の作戦が成功するか今一度考える。

 高濃度の霊的エネルギーがなければ生きていけないというのなら作り出せば良いだけ。何らかの方法で霊的エネルギーを供給し続ければ生存が可能ではないのか?

 地獄のようは常にエネルギーで飽和した空間を作ることはできない。強固な結界で隔離する、という方法もなくはないがより多くのエネルギーを消費してしまう。

 ――常に、限りなく霊的エネルギーを与える機関とは一体何か。

 まぁ、幽霊の見える人間だが。


「なぁ、ここを出たいと思うか?」

「パパとママに会えるなら!」

「そうか」


 別に関石さんを待つ必要はない。彼女には名前を考えてもらっているだけだ。彼女が考えたものならこの幼女も受け入れてくれるだろうから。


 ――地獄のこともよくわかってないんだよな。

 この娘は家と言うが、どこに生成されるかまでは制御できていない。ブラックボックスが存在している。

 娘を連れ出した時に地獄がどうなるかも不明だ。敢えて考えないようにしているが最悪のケースばかりは頭から消えてくれない。


 ふと、思い出したことがあった。

 ゴースト・ハンターズの集会に参加した時に風車さんが地獄について教えてくれた。赤い地獄から脱出して少しくらいだったはずだ。

 対霊互助機関が設立される前から地獄と思われる〈空間接続〉型の霊障が起きていた、と。その時は意味がわからなかったが今は違う。適切な知識を組み合わせることができた。

 要は、地獄はこの娘だけのものじゃないということ。本当は、何が起こるかわからない状況が続いてる。

 さて、俺の嫌な勘が外れたことがあっただろうか?


「――…………今すぐ、ここ出て良いか?」

「ん? うん」


 今更、背中に氷柱を詰め込まれたような震えが走る。

 口の中どころじゃなく、敵の胃袋の中にいるようなものだ。気づいてしまえば感情は揺れ、狂喜が足を掴んでくる。

 それを振り払えるほどの恐怖。

 恐怖が勝ってしまった。

 俺は幼女を姫のように抱きかかえ、出口目掛けて疾走する。


「大丈夫、パパ?」


 幼女が不安そうに尋ねてくる。いやいや、どれだけ酷い顔をしているんだ、俺は。

 さっきから、気づいてから視線を感じて仕方ない。明確に背中を見られている。目力が凄まじく、汗が止まらない。質問に答えるなら、大丈夫ではない、だ。

 気のせいであって欲しい。だけど、この凄まじい威圧感は紛れもなく現実。

 全力である漆黒の〈霊纏〉で一気に道路を駆け抜けようとして影に覆われてることに気づいた。巨大な何かに覆い尽くされそうになっている。


「――ッ、はッ……!」


 嫌だ嫌だ嫌だ。振り向きたくもない、止まりたくもない、これに立ち向かうなんてしたくない。

 これをゴーストと分類するのが烏滸がましい――。


「……………………!」


 格が違うとはこのことだ。

 本屋が見えてきたと同時に、追い風の暴風が押し寄せてくる。何かが近づいてきているのだ、あまりにも大き過ぎる空気抵抗。

 肩越しにソレを見たからか、幼女は蝉のように俺にしがみついた。

 どこまでも黒い闇が背中を撫でる。

 俺は矮小だ。ゴースト・ハンターとして最強でも、本物の化物と比べたらゴミにも程がある。


 最後に一っ飛びで二つの世界を繋ぐ輪を潜る。人間がやっと入れるほどの大きさだ、背後から迫っていたであろう巨体には通れまい。


「…………そのはずだよな――?」


 確信できず、恐怖心を抱えながら怖いもの見たさに踵を返す。振り向いた先には、目玉しかなかった。

 小さな穴から大きな眼球でこちらを見詰めている。デカいだけで無条件に怖い。地獄から出ても精神が揺らいで収まろうとしない。


「……………………!」


 ゲートが閉じるまでの間、瞳はずっと俺と幼女を捉えていた。

 地獄よりも長い時間だった、完全に閉じきるまで。

 同時に尋常ではない気持ち悪さと吐き気が押し寄せる。


「…………化物だ――」


一般人がゴーストを見えないように、俺はあの化物を見ていなかった。だけど、最初からそこにいたのだろう。赤の時も、紫の時も、黄の時も。


「パパ、パパぁ!」と、幼子も泣いていた。


 その前に、霊的エネルギーで彼女を包み込む。これでエネルギー不足に陥ることはないはずだ。

 環境変化に慣れるまではトラブルが続きそうだが、そんなのは些事。些事だ、あの化物と比べてしまえば。


「しばらく夢に出てきそうだ。マジで化物じゃねぇかよ…………」


 人間には手が負えない。絶対の確信を持って言える。

 一分という時間ですらトラウマになる。

 そして、同時に他の人達がいなくて良かったとも。俺みたいな感情が薄い奴だから、地獄も化物もギリギリ耐えられた。

 雪代や、関石さんとなるとどんな後遺症が残るか想像もつかない。

 あんなものがいつもいた、ってのか?

 赤の地獄にも、紫の地獄にも? 絶対知らない方が良かったわ。

 最悪の事態は避けられたけどしばらくこの恐怖とおさらばできそうにない。

 世の中、気づかない方が良いことの方が多い。気づかなければあれはいなかっただろう。


 さておき、幼女を取り巻く霊的エネルギーは安定している。俺が供給する限りは問題ないだろう。

 彼女は、霊視できない者は視認できない。色々と好都合だ。


「というか、怜悧はどこだ?」


 一人本屋で取り残された。



 ◎


 ――何となく子育ての本を読んでいると店内のスピーカーから不穏な放送が流れてくる。

 曰く、〈迷子のお知らせ〉だった。

 何気に人生で初めて聞く放送である。俺は本を閉じ、棚に戻して目を閉じて耳に意識を傾けた。


 〈桜坂京都君、お姉さんが案内カウンターにて待っております〉


「お、おう」


 俺だったのか。恥ずかし過ぎる放送だな。他人からは子供にしか聞こえないのがせめてもの救いか。

 これじゃあ学校で呼び出されるのと変わらない。

 というか、迷子ではないけどな。電話で呼び出せ、と思ったが先程まで地獄にいたことを知っていたらその選択肢は消すかもしれない。

 これは俺も悪いな。

 甘んじて迷子の汚名は被ろうではないか。


「行くぞ」

「ママいる?」

「どうだろうな――」


 雪代達、だと勝手に思い込んでいるけど成りすましの可能性もゼロではない。俺を騙そうとしている奴に心当たりはないから限りなくゼロではあるが。

 幼子と手を繋いで会計カウンターと隣の案内カウンターへ向かった。


 ――予想通りだが、予想外の面子だな。

 何だかんだ彼女ら、三人が揃うのは初めてだろう。雪代、関石さん、怜悧。後半二人は仲が悪いはずだ、雪代が取り持っている、といったところか。


 俺が声を掛ける前に幼女は「ママー!」と関石さんに抱き着いた。


「え、え、この娘――?」

「それは説明したでしょう。というか、皆さん怪我してますね」


 怜悧は首に包帯を、関石さんと雪代は腕や足に湿布を貼っていた。〈霊纏〉を使える彼女らがこうも怪我をするとは一体何があったのか。

 怜悧は大袈裟に肩を竦める。


「もう、京都がいない間に大変なことが起こってたんだから」

「何だ? 熊のゴーストでも出たのか?」

「は? 何で知ってんの? というかその子供は?」


 幼女の発言から出した仮説に対し、切れ気味に問い返された。

 甲虫と同等の凶悪化した上級ゴーストと戦ったのか。よく生きていたな。

 とてもじゃないが俺以外に戦える奴がいるとは思っていなかった。実力者が三人協力すれば十分、撃滅は可能なのか。


「私はママじゃないから!」

「ママはママだよー」

「いやそれは…………」


 子供を邪険にできない関石さんは幼女にタジタジだった。その気持ちはわかる。俺も父親になったつもりはない。


「名前付けてあげてください」

「本当だったのね。一応考えてきたけど、まだ迷ってる」

「へぇ、候補を教えて下さい」


 耳打ちされた幾つかを頭で思い浮かべる。少し珍しい日本人の名前、漢字の画数は気にしないがわかりやすい方が良い。

 名前自体に差ない。直感で決めることにした。


「――これで行きましょう。漢字も決めました」

「君の方がノリノリじゃん」

「ママ? パパ?」


 一緒に呼ばれるのはマジで地獄だ。

 怜悧の冷たい視線が背中に痛い。もう一人分の居た堪れない感じのも嫌過ぎる。

 関石さんは中腰をし、幼女改め――の頭を撫でながら。


「これからあなたの名前は"あげは"ね」


 あげは、とは鳳蝶のあげはだ。鳳凰の鳳、書く。

 完全に俺の中二的好みで漢字は決まった。可愛そうな子供だ。

 考えては見たものの書面に残すタイミングがあるかもわからないけどな。


「うん! 私――鳳!」

「えぇ、鳳ちゃん」

「やったー!」


 二人はまるで親子のように抱き合った。直接比較してより思う、顔が似ている。年齢差的には姉妹とでも言った方が良いかもしれないが、同じ遺伝子を持っているのはほぼ確実だろう。

 一つ、懸念が解消されたところで最後の関門。

 この親子の再会という気まずい空気を見せつけた上で、彼女はどうでるか?


「――雪代さんよぉ」

「何でいきなり喧嘩腰なのよ」

「いや、そんなつもりはなかった。どんなテンションが正しいのか考えている内に迷走してだな」


 ――と、いうことにしておく。

 怒ってはないが、いつもより静かだから何を考えているかわからない。

 とりあえず助けに来てくれたことには感謝しよう。


「ありがとうな。駆けつけてくれたんだろ」

「まぁ、ね…………」

「うす…………」


 なぁなぁ、となかったことにして仲良くしてはいけないのだろうか。何事もなかったかのように〈よし、帰るか。学校もあるしな〉と颯爽帰宅したい。

 そんな風だから喧嘩したんだよな。

 全く悪気はなかった当時、今は少しだけ反省している。


 一体何を話すべきか。

 雪代は「大丈夫そうで良かったよ」とポツリと呟く。


「桜坂君には私の助けはいらなかったみたいだね。まぁ、来て後悔はしてないけど」


 随分とまぁ、自尊心が傷んでいる。

 俺は別に雪代を軽んじている訳ではない。違う人間ということをやたら意識しているだけだ。

 同じように、雪代も俺を意識している。


「――こんなこと言うと怒るかもしれないけど」

「…………うん」

「どうして今すぐ助けたがってるんだ? 本当に困った時に頼るのはダメなのか?」

「――…………」


 いつもいつも誰かとつるむのは好きではない。

 けど、雪代が困っているのなら助けても良いと思う。逆に、困っていたら助けて欲しいと思う。

 絶対じゃないし、いつもでもない。それくらいの距離感が心地良い。


「じゃあ、約束して。困ったことがあったら私に言う、って…………私も言うから」

「約束は苦手だからいつもはしないんだけどな。一方的なのは好きじゃないから今だけ特別に」

「ほんと、素直じゃないね。桜坂君は」

「雪代はいつでも良い奴だな」


 漠然と前よりも仲良くなれるような気がした。

 これで一区切りだ。

 地獄の破壊。

 地獄に棲む幼女の解放。

 ついでに、雪代との和解。

 やらなくてはならないことが立て続けに解決してしまった。地獄に関しては消化不良な感が否めないが、あの黒い巨人を見た今、あえて掻き回すようなことはしまい。

 肩の荷が下りた気分だ。


 ――鳳をここに留めるだけで俺の霊的エネルギーは枯渇し続ける。ゴースト・ハンターズの活動を続けることはできないか?


「別に何かが変わる訳でもないけど」


 赤い地獄に巻き込まれ、俺の人生滅茶苦茶になったかに思えた。だが、心の形は変わることなくここに辿り着いている。

 中学生の頃から精神的な成長がない。何があっても俺は俺らしい。


「――さて、帰ろうか」


 いつもと同じように、変わりない平穏の中で生きる。

 それで構わない。


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