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ゴースト・ハンターズ  作者: (仮説)
一章 ゴースト・ハンターズ
17/48

16.三つ巴

 

 ◎


「こんな衝動的な行動…………桜坂君からすれば馬鹿なんだろうね…………」


 電車から押し出されるように飛び出した先は夜景綺麗な摩天楼だった。津波のような人混みの中で景色を堪能している余裕はない。

 遊び歩く若者、仕事帰りの大人――。

 元来、人の苦手ではない私には苦ではないけど、それでもこの場の騒がしさは目が回るようだった。


「……………………」


 普通じゃない、何があったんだ。

 とりあえず向かった桜坂君のいるという高層ショッピングモールに異常はない。ただ、人の流れが変な気がした。

 考えながら歩いていると、雑踏の中に奇妙な霊力の残滓を見つけた。大きな足跡が堂々と街中を歩いている。


「犬、な訳はないよね…………グリズリー? 一応あり得るか…………甲虫がいるくらいだから…………」


 スタンプのような足跡を追うほど人混みが大きくなっていく。現実に見えるほどの霊災が起きていることは何となく予想はできた。

 スマホで検索した方が人垣を縫うよりも早い。SNSを回れば嫌でも情報は入ってくる。


「大型小売店の一角で事故――」


 きっと、そこが戦場だ。今、誰かが戦っている。

 怜悧に連絡して返事がなかった。それどころじゃない危機に陥っているからかもしれない。

 本当に事故の可能性もある。だが、この目で確かめなくてはならない。最悪のケースを考えるなら私は行くべきなのだ。



 ――そして、私は倉庫の奥にやって来た。

 ここで買い物など考えられない。天井まである棚はいくつも穴が空き、商品が散乱している。

 そして――誰のものかわからない血痕が。

 戦場は刻一刻と移り変わっている、戦闘の跡は隣のエリアに続く。

 ゴンゴン、と金属を殴りつけるような音。


「〈霊纏〉」


 甲虫型ゴーストが現れた時、私は何もできなかった。怜悧に助けられ、桜坂君に助けられ、何て情けなかったの。

 甘く見ていた。

 油断していた。

 どんな相手でも戦い続ける覚悟がなかった。だけど、今は違う ――全てを撃滅するだけだ。桜坂君がしていたように固く拳を握り、破壊だけを起こす。

 内側に向いていた霊力が私を、右手を包み込む。

 そこは会計エリアだった。重量センサーだけで商品を特定して、金額を出すというとんでも技術が採用された新時代の無人レジ。


 轟音鳴り響く戦場まで走れば、黄色な巨体が倒れ込んだ怜悧に襲い掛かろうとしていた。

 きっと、この時のために全てがあった。そんな錯覚をしながら、私は飛び込む。紫色に歪んだ拳を熊の顔面に叩き込んだ。


「…………間に合った。大丈夫、怜――」


 怜悧じゃない――彼女は、関石楓美だ。

 私以上に彼女の方が驚いている。


「あなたは!? …………雪代さん?」

「どうしてここに――いや、そっか。桜坂君が…………」

「逆宮さんと同じ口ね。増援なら願ってもないわ」

「怜悧もここに?」

「あの熊の能力で生み出された使い魔と戦ってるわ。あっちの方にいると思う。それより――」


 関石さんの視線の先、私が殴り飛ばしたばかりの熊がのっそりと起き上がる。ダメージなしかな。


「私も何十回パンチしたんだけど異様にタフ過ぎる」

「そうですか」


 消耗戦じゃ、人はゴーストに勝てない。短期決戦を狙ってアクセルを蒸かし過ぎてスタミナが切れた、ってところかな。

 熊さんはとってもタフみたい。だが――。

 ――徹底的に、叩き潰す。


「ちょ、待って!」という関石さんの声を無視し、見上げるほどの巨体の懐に潜り込む。歯を食い縛って、渾身の右ストレートを放つ。身体を浮かした感覚が走る。

 しかし、狼狽えることなく鋭い爪の生えた左手が持ち上がった。掌には黄色の霊力が集まっている。


「――――!」


 蝿でも叩き落とすようだった。但し、私が蝿で、ゴーストが蠅叩きだ。

 刹那の明滅――。

 気づいた時には天井を見上げていた。鉄骨が交差して組まれている。耐震強度が上がるのかもしれない。


「…………そんなことより」


 〈霊纏〉は怠っていなかったから怪我としては軽く右のこめかみが痛むくらいだ。


「私のパンチと熊の叩き、何かが」


 何かが違う。霊力の大きさ自体は然程変わらないのに、あの威力の差。腕力だけの話じゃない。

 謂わば、爆発力みたいなものが私には欠けている。

 そして、桜坂君がやったものが最大だ。私は何度も桜坂君の霊力による破壊を見てきた。

 ――何が違う?


 わからない。わからないけど、焦る必要はない。

 きっと桜坂君なら、成長のチャンスとでも言う。精一杯胸を借りようと思う。

 熊を倒せた時、私は強くっている。

 その時、私は桜坂君の隣に立てる、気がする。


「霊力解放…………!」


 私から噴き出す霊力が深紫に染まる。濃度が高ければ高いほど色は濃くなる。

 これが私の限界であり、本気。


「ごめんなさい、熊さん。私はあなたを退治する――安心して、あなたは私の糧になる。絶対に忘れないから」


 私を追い込んだ張本人が、立ち上がった私を見詰める。感情のないはずのゴーストなのに、その目に殺意を感じ取れた。

 このゴーストの防御霊纏を貫くには渾身の一撃を叩き込むしかない。熊が纏うクッションのような柔らかい〈霊纏〉を攻略する。


 そのために、まず熊の尋常じゃないフィジカルを抑える。一人ではできないけど、今は協力者がいる。


「関石さん、結界願いします」

「もう霊力が底を尽きそうだから、無理よ」

「少し不自由になるだけで良いです。速度を殺しさえしてくれれば」

「わかった」


 関石さんは頷き、指で銃を象った。同時に私は駆け出す。

 熊が頭突きとばかりに突っ込んでくる寸前、右足に結界がめり込み踏ん張りを打ち消した。初速が失われたことにより攻撃する隙ができる。

 右手に集めた霊力をナイフのように鋭く変化させ、脇腹に撃ち込む。深く突き刺す感触だったけど、表皮は破れない。

 出力を上げ、無理矢理捩じ込もうとしたら身体ごと吹っ飛ばしてしまった。


「あの鋭さでこれ…………何しても貫けないじゃん。これ以上のスピードを出せ、って?」


 咆哮と共に、熊は起き上がるけどさっきよりも霊力が揺らいでいる。ダメージは蓄積しているけど、スタミナの方は減ってるようには見えない。


 ――不意に視界の端に何かを掠めた。

 買い物カートがずらずら並んだ場所に塊が墜落する。材料だった金属片が無惨にも転がってきた。鋭利な断面に怖気を感じる。


「ッと、危ないなぁ!」と文句を垂れながら会計エリアに躍り出るのは逆宮怜悧。頬の傷を親指で拭き取って、手近に置いてある紙袋に擦り付けた。注意したい行動だけど今はそんな余裕ない。


「あれ!? どうして桜子ちゃんがここに…………!?」

「色々あったの! それより大丈夫なの?」

「大丈夫ではない。あの燕がどうにもならないから」


 カートの瓦礫から急旋回して現れた燕。

 これも関石さんが言っていた使い魔らしい。燕と言うと、早い印象はあったけどゴーストになると手がつけられなくなっている。


「全身を霊力で包み込まないと切られるよ。頸動脈切られかけたから急所は特に」

「全然大丈夫じゃないじゃん!」

「ほら、来るよ!」


 熊を警戒しながら、燕まで。

 霊力でガードして対処できるなら意識の八割は熊に向けようと思う。関石さんが熊、怜悧が燕を見てバランスが取れる。


 バツッ――という何かが潰れたような嫌な音がした。

 足下に黄色い塊が落ちてくる。燕だ――。


「は? 何これ…………」

「…………まさか、硬過ぎたから燕の方が潰れたの?」


 怜悧の呆然とした呟きで事態を理解できた。

 燕にとって私は文字通りの壁だったのだ。

 まぁ、熊に殴られても傷つかないくらいだから相当硬いんだろうけど。

 ――……………………。


「予想外の倒し方だったけど、結果オーライ! これで三人で熊の相手ができる! 桜子ちゃんがいなかったらヤバかったかもね」


 満身創痍だというのに嬉しそうに喋っている。

 少しだけ肩が軽くなった。シビアな現実でも、少しずつ息抜きして行こう。幸いこちらは三人だ。


「でも、三人力を合わせてどうするの? 攻撃しても〈霊纏〉でガードされるじゃない」

「それをこれから考えるんですよ、わかりきったことをわざわざ説明しなくても良いですよ」


 うおっ。関石さんに対する怜悧の態度は実に危うい。女子は嫌いな人に対してはこんなものだけど、身近な人がそういうことをするのは見たくないなぁ。

 多分、というか確実に桜坂君関連の縺れなんだろうけど。

 私達、彼に人生狂われ過ぎじゃん。但し、本人は知らぬ存ぜぬ、と。


「殴ってどうにかなる訳ないじゃないですか、馬鹿なんですか? もっと頭を使ってさぁ」

「……………………」


 私にも刃が刺さる。

 私が露骨に目を逸らしたから、怜悧は気づいてしまった。


「え、いや、悪い訳じゃないんだよ? 桜子ちゃん…………」

「全くその通りだから反論できないだけだよ…………」


 熊は、関石さんの張った結界に突進している。後何回かで割れる、それまでに方針がいる。

 頭を使う――だから、私なりに考えた。私は提案する。


「一つだけ策がある。協力してくれませんか?」



 ◎


 ――結界が破壊され、黄色の地獄により強化された熊型上級ゴーストが四本脚でもって突撃してくる。

 狙いは私だ。この中で一番スタミナ、霊力が残っていて最も危険な存在。何より、堂々正面で待ち構えていれば嫌でも来ざる負えない。


「〈霊纏解放〉!」


 ニメートルはありそうな巨体を正面から受け止めた。押し出される額を胸で受け止め、顎に腕を回す。

 固定できても威力が殺しきれない。相撲もかくや、という風に押し出される。

 腕を締め上げるが、効果があるかは微妙なところ。ゴーストが空気を吸ったり、気管や臓器があるとは思えない。骨格もどこまで再現されているのか。

 効果の有無はこの際どうでも良かった。できる抵抗は何でもする。


「ぐッ、ああああああああああああああああァ――!」


 足に霊力を込めて突っ張る。鈍い痛みが走った。変な角度に曲がっている気がするけど、ここで力を抜いた場合の方がもっとヤバい。

 霊力よりも肉体の方が思うように動かない。打たれ弱さは女子高生のまま、ということを思い出す。

 今までの攻撃は表層では防げていても、内側に少しずつ響いていた。骨が軋んで痛い、泣きそうだ。


 ――そんなの言い訳にならない。

 死を目前にして何もしないなんてもう許されない。

 霊力は感情の起伏によっても上下する。故に、私は怨嗟のように口にする。


「滅する叩き潰す引き裂く嫐る蹴り飛ばす殴る捻る破る抉り出す食い殺す切り離す、最後に振り下ろせ――!」


 ゴーストの巨体を霊なる腕力で浮かせ、名もわからぬ柔道の技みたいに頭から地面に振り下ろす。プロレスかもしれない。

 もし、このまま叩きつけても殴った時と同じようにほとんど通らない。だから一工夫加える。

 ――〈霊纏〉。

 紫色に染まった床に叩きつけた。ゴオオオオオオオ――という恐ろしい咆哮で抵抗してくるけど無理矢理押さえつける。

 倒すにはまだ力がいる。だから、協力してもらう。


「桜子ちゃん、受け取って!」


 怜悧の声と共に青白いハンマーが飛んでくる。青いのは霊力で作られているからだ。

 本来、霊力を物体のように扱うことはできない。触れている状態なら操れるけど、離れてしまえば不定形。だけど固定できる方法が一つだけある。それが結界。

 関石さんの固有能力である結界により、より緻密で丈夫な武器を作ったのだ。通常の〈結界〉の技術では幾何学立体が限度なんだけど、彼女ならもっと複雑なものが作れる。

 飛んできたハンマーを掴めば、腕にずっしり、と重みが乗る。この重みは怜悧の能力。

 ハンマー型の結界の中に詰まっているのは怜悧の能力――〈加重〉の干渉した霊力。純金なんて目じゃないくらい重くなっている。

 霊力の床と、霊力のハンマーで挟み込む――これが私の作戦。


「――行っけぇえええええ……!」


 大きな頭に振り下ろす。感触は柔らかいが、どんどん沈んで床に近づいた。

 後は私の霊力の全てを腕力に変換すれば良い。


「――あッ、うぅ…………!?」


 抵抗しないはずない、とは思っていた。

 突如として熊の身体中から大量の蝙蝠が飛び出して、視界を埋め尽くすどころか私を押し出す。目くらましとしての役割は十分果たしているし、反撃のタイミングでもある。

 この際、ダメージを構っている暇はない。形振り構わず、ハンマーを振り上げた。

 けど――これは無理。蝙蝠が総動員し、私は弾き飛ばされた。


 尻餅つかされたところで足が震え出した。肉体の方が限界を迎えている。膝にも鈍い痛みがある、さっきまではアドレナリンとか気合いで動いていただけ。


「でも、霊力でなら動かせる…………!」


 息が整う間もなく、蝙蝠が押し寄せる。

 これはどうすれば良い?

 〈霊纏〉を使っても無理矢理押し出されてしまう。攻撃しても倒せるのは数匹。私に残された力は――?


「どこ見てんだ――! この熊畜生がぁ!」

「せーのっ!」


 怜悧と関石さんが飛び出してきた、その手には、私が持っているのと同じハンマーが握られている。霊力も尽きたのか二人で持ち手を共有していた。

 私は囮、警戒は私にしか向いていなかった。熊のゴーストは死に貧し、判断を誤った。どこまでも人間らしい。


 鉄槌が振り下ろされる。頭蓋骨が陥没するも、その身が消滅することはなかった。まだ耐えている。頭部の六割が潰れてもなお。

 二人もこれ以上の力は出せない様子。

 私しかいない。もはや半狂乱だった。作戦は今考えるしかない。


「――桜坂君が名付けてくれたこの力…………今だけは!」


 ゴーストとコミュニケーションを取る能力――ゴースト・スピーカー。低級のゴーストくらいしか話を聞いてくれない、肝心な時に役に立たない固有スキル。

 もしも、本当に声を聞いてくれるなら何でも良いから。


「――いいから止まれっ!」


 尽きかけていた紫の霊力が僅かに揺らぐ。微かな霊力の線が蝙蝠達を繋ぐと、黄色の霊力を封じ込めた。

 知らない現象、知らない結果。

 現実に止まった。

 全てがどうでも良い。今は一分でも一秒でも早く、槌を振り下ろすのが先だ。


「――――」


 一息吸って、筋肉を引き絞る。苦しいけど、数秒耐えれば終わりだから。

 熊の大きな背中に乗り上げ、二人の下ろしたハンマー目掛けて、振り下ろす。一撃は終演の一幕と同義だった。


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