15.姦しい戦い
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◎
――何であんなこと言っちゃったんだろう。
私はあの日からずっとそんなことを考え、悩んでいる。
何気ない会話の途中だった。まさか桜坂君にあんなことを言われるなんて。あんなことをいつも考えていたなんて。私に対してそんな態度なんて。
酷いことを言ってしまったことに後悔はしている。
けど、一番悲しいのは桜坂君にとって私が何でもなかったことだ。私は、彼のことを友達だと思っていたし、命の恩人であるとも思っている。
少しくらい、心を開いてくれてる、と期待していた。だけど、裏切られた。
私は勝手に落ち込んで、勝手に彼を悪いと決めつけた。
本当は、桜坂君は心を開いても、閉じてもない。ありのままだったのに、私はわかってやることができなかった。
謝りたいけど、あんな酷いことを言う女を許してくれるかどうか。
いや、きっと許してくれるんだ。人間だから失敗もするかと言って。これは喜べない許され方。人の努力、想いを踏み躙るような一絡げな答え。
勿論、彼には悪気はない。善意も悪意もなく、ただ嫌に平等な視点から見ているだけ。
――私は許されて良いの?
こんなことになるなら、あんなこと訊かなければ良かった。
とは、言わない。桜坂君を一人で行かせるのはおかしいと思う。それは今でも変わらない。
でも、彼にとって私の有無はあまり関係がないのだ。
そんな態度が許せなくて、突っ掛って、彼にあんなことを言わせてしまった。桜坂君は人一倍の罪悪感を抱えているため、あんなことを言わせとなると自己嫌悪に苛まれてるはずだ。
「もうわかんない…………」
私はどうして桜坂君に拘るんだろう。
放課後の教室、彼の席に座りながら窓際で黄昏れているとスマホが振動した。メッセージでも届いたみたい。
「怜悧からだ」
〈京都と喧嘩したみたいだねw〉
〈笑いごとじゃないから〉
〈京都、黄色の地獄に入っちゃったから〉
黄色の、地獄――。
あの小さな女の子の言を信じるなら、紫の地獄は消滅してしまった。赤、青、紫、黄。これで四つ目。
どうせコンビニにでも行くようなノリなんだろうな。紫の時も迷いはなかった。目に浮かぶようだ。
怜悧がいるなら私が行く意味ないよね。
〈そっか、怜悧も気をつけてね〉と送ろうとした寸前。
〈関石さんも来るって〉
〈関石さんって…………あの?〉
〈どのかは知らないけど、大学生の関石さん〉
あの人が――。
まぁ、登場人物としては妥当だろう。直前に、大学生組と合ったのは多分このためだし。
なおさら、私の出番はない。関石さんにできて、私にできないことがあるのなら任せれば良い。
「……………………っ」
――だけど、足が止まってくれない。
ダメだ。桜坂君と関石さんが一緒にいると考えるだけで苛ついてくる。
二人きりにさせたくない、と強く思う。
どうしてこんな嫉妬染みた感情を抱くのか、理由はもう言うまでもなかった。
◎
――場所は本屋のあるビルの前、七時前ということもありより一層の人混みが出来上がっている。若者が多いのはやはりというか都会中の都会だからか。
霊視があればビルの高層部から漏れる黄色のオーラを視認することができるだろう。
関石楓美は首を上げ、地獄の霊力に目を細める。
「ここに地獄が…………」
思い出されたのは赤い地獄での光景だった。朧気だが激情に飲まれ、桜坂を襲った記憶がある。
身震いはしないが、息が乱れた。
桜坂から聞いた女の子がいるという話も半分程度にしか信じていない。同時にあの男が嘘を吐くはずがない、という確信もある。
怖くても、確かめずにはいられない。そうしなければ平穏に生きていくことができないのだ。
「――…………何の音?」
ゴッゴッゴッ――という妙に小気味良い重音が響いてきた。関石は馬でも走ってきたかのような印象を覚える。
こんな都会に大型動物がいるはずもない。
では、何か?
辺りを見回しても人ばかり。
そこで気づく――この音が自分にしか聞こえていないことに。
「〈霊纏〉」
ゴースト・ハンターズとして活動してきた彼女は慣れたように霊力を纏った。ゴースト退治に関して、何を始めるにしろ〈霊纏〉が最初のアクションである。
ゴーストにとっては人間の肉体は脆い。その弱点を覆ってようやく同じ舞台に立てる。
――音が近づいてきた、と知覚した瞬間、関石の視界が九〇度回転する。ビルが左右に長く見えた。人々は壁を歩いていた。
脇腹二走る痛みから、何かに突撃されたことを察する。ギリギリ捉えることができた。
「あれは熊――」
すぐさま着地大勢に入るも人垣に突っ込んでしまう。ボーリングのように何十人が巻き込まれる事故となるが構っている余裕はなかった。
その場から跳ねるように逃げ出す。方向は考えず、とにかく熊型ゴーストから離れるように。
雑踏の中にゴッゴッゴッ――という足音もしっかり聞こえている。
「これが言ってた奴ね! 何あの阿呆みたいな強さ!?」
人よりも霊力の高い関石だが、それでも戦慄する。地獄の霊力により凶暴化した上級ゴーストだ。
甲虫型と比べれば、速さの点で劣る熊型ゴースト。しかし、その分、力は強かった。下手な〈霊纏〉ならば貫通していただろう。
「このレベルだと物理的影響に出る……!」
甲虫型ゴーストが木々をへし折るように、行き交う人々にも激突する。どうやら、今のところはすり抜けているようだが、いつ影響が出るかはわからない。故に逃げる。
〈霊纏〉による驚異的な身体能力で走ること数分、辿り着いたのは外国企業の大きな小売店だった。倉庫のように広く高いエリアをカートを押す、という姿はテレビでも見るくらい有名な店。
広いとは言え、物が溢れている。ここで戦いたいとは思えなかったが、体力を鑑みれば、選択肢はなかった。
関石は店に飛び込み、奥へ奥へ走る。
広大な店内の右奥で熊型上級ゴーストと相対した。
「…………………………………………」
改めてそのフォルムを眺める。全長三メートルの巨体、両手の爪は鋭く尖っていた。全身から噴き出るのは黄色のオーラは凄まじい圧を周囲に飛ばす。
殺気はない。だが、感情のない視線が人類を殺戮する映画のロボットを思わせた。
「〈結界〉――!」
両手で作り出した霊力の面を正面に叩きつける。
同時に大熊は咆哮して爪を振るった。
「ゴオオオオオオオォォォ――!!!」
ビキリ、とあっさり結界は破れた。
関石は予測済みとばかりに懐に潜り込むと右手に霊力を寄せる。〈霊神法〉――と、ゴースト・ハンターズでは呼ばれている技術。〈霊纏〉を維持しつつ、リソースを身体の部位に流すというもの。
「――?」
クッションを殴ったような、手応えがあるのかないのかわからない感触が返ってくる。霊力には作用反作用の法則が十全に働かないが、概ね適用される。
反作用がその程度なら作用も大体同じ。
熊型ゴーストが無造作に振るった腕が強かに関石を打ち付けた。
棚に何度か激突し、ようやく勢いが止まる。ガードはしていた。
「応援がないと無理でしょ、これは…………」
関石の諦観など構わず、黄色の獣は四本脚で突っ込んでくる。
目にも留まらぬ速さで、青く滲む指先で三角形を描いた。四角錐の結界が熊を覆う。
内部で暴れ回ればそれだけで亀裂が走り、間もなく破壊された。
「――時間は稼げた。〈ディフェンサー〉」
棚に並ぶ商品、人間、空間に含まれるありとあらゆる霊力が描き集まり、彼女を守る盾と化した。これこそがゴースト・ディフェンサーの能力。
関石は場の力を借りて結界を作り出す性質を有する。
「――〈複合結界〉」
幾重にも重なった結界が熊型ゴーストを閉じ込め、さらに閉じ込め、牢屋と化す。重なりの末、姿が見えなくなる頃には抵抗しているのかすら確認できなくなった。
あくまでも封印処置である。
「霊力が切れたら結界は外れる…………時間稼ぎだけはできるけど」
霊力が切れれば、熊型ゴーストは解放される。それまでにフィニッシュを決めることのできる霊能力者を見つけなければならないのだが、頼れる人物に心当たりはなかった。
結論は早くに出た。増援を呼べば良い。スマホを取り出し、ゴースト・ハンターズに連絡を入れる。
「――え、痛っ」
左手をガブリ――と噛みつかれていた。その牙はスマホを貫き、関石の手の甲を抉る。
万力の如き膂力と、執拗なまでに牙を立て続ける戦意。
獣の中の獣。
黄色の、狼――。
「ッ、ああァァァああああああああああああああああああああああああああああァァァ――!!!」
悲痛の叫声が一帯に木霊する。
感情の起伏に依り、霊力が一時的に暴走し、彼女から津波のように溢れ出した。衝撃を伴う霊力が狼を叩くが、顎の力が緩むことはない。
計画性のない〈霊纏〉を右手に宿らせ、狼のひたすら殴り続ける。狼の腹部に拳がめり込んだところでようやく口を離し、熊の結界の上に着地した。
感覚が失われ、痛々しい熱味のある左手にハンカチを巻き、止血を試みる。
関石は涙目を拭い、狼型上級ゴーストに睨みつけた。
「二匹目、どこにいた!? ――あ」
経験則からすぐに合点が行く。
上級ゴーストの特有の能力。異常なまでの力に気を取られ、考慮外にあった。加えて、上級ゴーストとの戦闘のブランクもある。
なまじ霊力が多いだけに恐ろしさのアンテナが低かったとしか言いようがない。
狼は歯軋りすると、高尚にも左右にステップを踏みながら関石に飛びつく。
雑念に乱れた〈霊纏〉では攻撃を凌ぎ切ることはできない。霊力ごと、押し潰された。右腕に鋭い牙が添えられる。女性らしい柔らかな肌に刃が突き立ち、皮膚を穿いた。
「――ッ!」
痛みを覚悟し、目を瞑る。
しかし、その時は来ない。グアォ――という苦し気な叫びと共に、腕の圧迫が消えたのだ。
目の前に立ち姿があった。短いスカートにニーハイ、如何にもな可愛らしい女の子である。こうして会うのは久し振りだった。
「逆宮さん…………」
「全然来ないから霊力を辿ってみたらこれですよ、もうちょっと何とかなりませんかね」
逆宮怜悧はゴーストを注視しながら、ため息を吐く。
怜悧の関石へと態度は傍から見ればキツいものがある。桜坂関連で勝手に敵視しているだけだが確執は深い。
「不本意ですけど、彼との約束ですし仕方なく手伝ってあげますよ」
「うん…………ありがとう」
怜悧としては舌打ちでもしたい気分だった。
ともかく、相性最悪の臨時ダブルスが出来上がる。どちらも上級ゴーストを打破するだけの実力はある、勝算は上がった。
地獄によって凶悪になったゴーストにどこまで対応できるか。
関石は地獄に対する恐れにより、怜悧は甲虫型ゴーストとの戦闘の記憶により、平静とは行かない状態にある。雑念は霊力操作にとって邪魔なものでしかない。
「文句は言ってられないか。さもなくば死ぬ――」
怜悧はそう呟き、深呼吸する。
目下の死を回避することに全神経を注いだ。雑念の余地すらない超集中状態に以降した。心を騙すことに関して、彼女は慣れている。
「あの結界の中にゴーストがいるんですよね? どれくらいで解除されますか?」
「三分が限度だと思う。あの狼は本命の熊のゴーストの固有スキルで召喚されたものだから」
「使い魔の召喚? 変な能力ですね。じゃあ、最善手としては三分…………二分であの狼を倒す、というので!」
発言の途中から駆け出し、怜悧は狼に突っ込む。右手には手頃なサイズの正四面体が握られ、呼応して飛び出した狼にすれ違い様に投擲した。
「〈減衰結界〉」
加重スキルを浴び、地面に張り付いた狼の頭部に容赦なく踵を叩き込む。
「こっちは雑魚みたいですね」
「あ…………!? 避けて!」
「くッ――!」
気づいた時には既に通り過ぎていた。怜悧の首筋に赤い線が一本刻まれている。
関石には辛うじて目で追うことができた。
「燕!?」
「があああああ……! 痛ッ! ッ――!」
首を抑えるも血が止まる様子はない。即の致死攻撃は辛うじて避けたようだが、一撃は深く食い込んでいる。即座に、応急処置として〈霊纏〉で覆って止血した。痛みに脳が麻痺していても、動揺を圧し殺すことは忘れない。
怜悧は慣れている。
「下手な〈霊纏〉じゃ簡単に貫かれるか…………」
「あの…………逆宮さん、私の結界…………破れる」
「マジ…………?」
霊力の檻が霧散し、熊型ゴーストの姿が見えてくる。その巨体の上には海亀が乗っていた。黄色のオーラを纏っている、海亀も使い魔なのだ。残念ながら、陸上だからといって無警戒ではいられない。
敵は――ゴースト・サモナー。霊力で生き物を象ることで操るスキル。基本性能は象った元の生物に依存するも、霊力が強化される。
奴が本気を出すのはこれからだ――。




