13.赤い地獄の顛末
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――目的の人物の通う某大学から少しのところにある人気のない公園に総計五名の青少年がいた。
六人が設置された木製のテーブルを囲んでいる。二人、三人に分かれて座った。
対面に、長谷川さん、赤羽さん、関石楓美さん。
こちら側は俺と雪代。
さて、今日の目的に必要なのは俺を含めて二人のみ。何と言って話をするべきか。
まぁ、奇を衒う必要はない。
「雪代、ちょっと頼んだ」
「はぁ…………?」
「関石さん、少し話が」
俺が声を掛けるだけで彼女は肩を震わせた。別に怖がられている訳ではないと思うんだが、こうも露骨だとな。
改めて考えてみれば、俺達はどんな関係なんだろう。
関石さんの返事より早く、長谷川さんが介入してくる。この反応は予想していた。
「…………楓美はあまり乗り気には見えないけど、どうしても二人じゃなきゃダメなのかな?」
敵意とも取れる態度を隠そうともしない。
俺は少し考えた。「関石さんの名誉のために聞く人数は少ない方が良いかと」というのはまずそうだ。脅しているようにも見えて感じが悪い。
重要な部分を端折ることはできる。そうすれば、彼女の名誉は守られる。
「関石さんが良ければ」
「そっか。楓美は大丈夫?」
「――一人で良い。それだけ重要な話なんだろうし」
長谷川さんの提案を断り、了承の頷きを得た。
この時点で、関石さんは俺が何を話そうとしているかの見当なついていると思われる。
「君がそう言うなら良いけど…………」
彼は、関石さんに懸想してるからな。俺は何故か関石さんと関わり深い何者かだ、こういう反応されても仕方ない。
雪代に目配せをし、テーブルから二〇メートルは離れたグラウンド脇のベンチへ移動した。
俺と彼女の距離は人二人分だった。
これから話すことは言い難いことではある。だが、あえて冷静に言おう。そうすれば受けいられるはずだ。
「とりあえず昨日判明したことを言います。俺と他二人で、新種の上級ゴーストを討伐した時に紫の地獄を発見しました」
「紫の、地獄…………赤ではないのね?」
「はい、西洋の邸宅ではありませんでした。宮殿です。その宮殿で人が、いました」
人。人、と言っても半分くらいは合っているはずだ。
「五歳くらいの小さな子供なんですが、俺のことをパパと呼ぶんです」
「は?」
「引かないでください。まだ続きますよ。地獄の住んでた幼女が言ったんです、ママに会いたいと。俺はそれがあなただと予想しています」
「そ、れは一体…………」
勝手に母親扱いされて困惑しない人間はまぁ、いないだろう。
俺は続けて説明させてもらう。
「赤い地獄で何があったか、というか何をしたかは言うまでもないでしょう? 因果関係があるかはわかりませんが、あの子供はあなたに似過ぎてます。それにしても奇妙な話ですけど」
赤い地獄で情報を吸収されたのだろう。
故に、あの娘をゴーストと呼ぶには語弊がある。
とはいえ、人間かと言われてもうん、とは頷けない。
「…………半霊半人の可能性があります」
「そんなことあり得るの?」
「ない、とは言い切れないとは思います。そもそも赤い地獄にそういう機能があった可能性もありますから」
「――それはあくまでも仮説でしょ?」
嫌に慎重な姿勢だ。
彼女は俺とは違い、真っ当に恐怖している。赤い地獄のことも忘れたいのだろう。
全てが無駄だった訳ではないのに。
「それを確かめてもらいたいんですがね。この先現れるであろう地獄に」
「私が?」
「大丈夫です、俺も行きますから怪我はさせません」
俺がそう言うと、関石さんは徐々に顔を赤くした。
「やめてよ、そういう気遣い。忘れたいのに、身体に刻まれてるから忘れられないのよ」
「気遣いのつもりはありませんがね」
弱味を見せあった俺達はある種の絆を有していた。だから、近づき過ぎないようにしなくてはならない。
何でもかんでも受け入れてしまったら、あの地獄の二の舞いになる。それはもはや、恐怖の域だ。
生来の劣等感を関石さんに預ける訳にはいかない。心地良いけど、今の俺には人並み以上の罪悪感がある。
「まだあの件は終わってないんですよ」
ちゃんと終わらせなければあの人に顔向けできない。
次、地獄が現れたが最後、長く深い傷を残していった物語の終焉を迎えるだろう。
全ての鍵はあの幼女が持っている。
あの娘のルーツが何であれ、俺は父親役を全うする。それが近道だと思ったからだ。
そして、関石さんにもそうして欲しいと思った。それは俺の解決のためではなく、あの幼女のために。
「子供は嫌いですか?」
「どっちか、って言うと好きだけど…………私がママ? 冗談じゃないわ、まだ大学生なのに」
「別に年齢とか肩書きとかは関係ないですよ」
「相変わらずデリカシーがないね」
「可能性の話なら幾らでも盛れますから。抉ることもできますが」
子供が好きなら問題ない。どこか大人びて入るものの、本質的に幼い子供である。誰か甘えられる父親か、母親がいれば下手なことにはならないはずだ。
俺は子供が好きではないから、関石さんが世話を焼いてくれたら俺的にも嬉しい。
――今頃、あの娘は何をしているんだろう。どこかの閉ざされた地獄に一人で、生きてるのかな。
「あ、そうだ」
これ以上ない自然な話題の入りだ。
「その娘に名前を付けてあげてください」
「はぁ!? 私が、付けるの? 何か結構責任がヤバいような気がするんだけど…………普通は父親がやったりするんじゃないの?」
「父親と認めた訳ではありませんが…………できるだけ男女は平等であるべきですよ。俺も俺で考えてます、だから関石さんもお願いします」
「…………本当、意味わかんないんですけど。まぁ、良いけどさ名前考えるくらいは」
とか、言いながら凝ったことをするのが彼女だ。
赤い地獄の時も、おかしくなりながらも料理をしようとしていた。絶対、由来・画数とかをしっかり考えて名付けるタイプだ。
「戻りますか、と言いたいところですがあちらはあちらで何やら盛り上がってるみたいですね。少し待ちましょうか」
「なら、あの娘のこと教えてよ。雪代さんだっけ」
「別に良いですけど。どうしてですか?」
「あの娘の霊力、ちょっと変だから一応ね」
◎
――桜坂君と関石さんがこの場を離れ、密会をする中、残された私達は何をするかと言えば。
できることなんて、駄弁ることくらいだ。あの二人の関係について訊いてみたかった。
「あの二人ってどういう関係なんですか? とても気まずそうに見えるんですが」
変な空気が流れる。どちらも話したそうではない。やがて「そんな詳しく知ってる訳じゃないけどね」と赤羽さんが呟いた。
「赤い地獄に一緒に巻き込まれてたらしいよ」
「やっぱり…………」
「そこで何があったかは教えられないみたいね。それだけ恐ろしい場所だったのかもしれないけどさ」
「仲悪いんですかね?」
「どうだろ。でも、何かわかり合ってる感じあるよ」
あの意味わからない思考をする少年を理解る人間がいることに戸惑いは隠せないが。数日を地獄で過ごすことで絆のようなものが生まれたのかもしれない。
誰にも立ち入れない繋がりがあったとしてもおかしくはないか。
少しだけ嫉妬してしまう。
「嫉妬…………してしまうのか、私…………」
「やっぱり、桜子ちゃんはそうなんだね」
「そうなんだね、って違いますよ? 誤解ですから」
何かこの台詞も以前桜坂君が言っていたような。
赤羽さんは目を逸らしながら早口に言う。
「甲斐性どころか一般倫理が欠落してそうな人だけど、悪い人じゃないと思うから…………うん、応援は、するよ…………?」
「完全に嫌ってる人の言い方じゃないですか」
友達があれな人を好きになってしまって、不本意に応援するみたいな。
別に私は彼のことを好き、とかではない。男性的魅力を感じたことは一度もない、はず。今は唯一の友達だから取られたくないからってだけで。
――独占したい。
この気持ちは嘘ではないけど、恋と言うにはあまりにも我儘過ぎる。
もしも、恋人関係で独占してしまったら私の望む日々は過ごせない。今の距離感が良い。
桜坂君には変わらないで欲しい、と思った。
「何なんだろう、これ…………」
「悩んでるね、思春期ちゃん」
赤羽さんには面白がられたが、この気持ちの根源の行方を知っておきたかった。
まさか支配欲じゃないよね?
生意気だから言う通りに動かしたいとか。
「そんなに焦ることはないと思うよ。君達にはまだ時間があるだろうし」
長谷川さんがそう言った。
「高校は一つの区切りではあると思うけど、僕らみたいに大学で仲良くする人もいるから生き急ぐようなことはしなくても大丈夫だよ」
「生き急ぐ…………」
そういう部分はあった。
手遅れになる前に、といつも全力だった。あの娘が死んじゃってからずっと走り続けた。気づかない内に疲れているかもしれない。
拠り所が欲しかったのかな? それとも――。
「――そろそろ帰ってくるみたいよ」
赤羽さんの視線の先には桜坂君と関石さん。心なしか二人の距離が近い気がした。
途轍もなくムカつく。
◎
――一つ、雪代に訊かなければならないことがある。
関石さんと話すという目的を達し、最寄り駅まで向かっている最中、雪代は少しだけ不機嫌そうだった。
とにかく謝る、というのも考えたが雪代は確実に「とりあえず謝れば良いと思ってるでしょ?」と睨んでくるタイプだからやめておく。
しかし、俺のせいな気がしてならない。
被害妄想か、そうじゃないのか。
「――まぁまぁ」
「何?」
「これからのことなんだが、俺は地獄を探し続けるが雪代はどうする? 落とし物、っていう目的は達しただろ。これ以上俺に関わる必要はないよな」
「それは考えてたよ」
意外な答えだった。なぁなぁで一緒に来るのかとも思っていた。他人のことばかり考えて、自分のことからは思考放棄してるかも、と危惧していたがちゃんと考えているのなら文句も意見も言うまい。
「考えてるなら良い」
歩き出そうとし、袖を掴まれた。
凛々しい視線で無表情な俺を見詰めながら言った。
「そうじゃなくて。最後まで一緒に行く、って決めたの。もう既に決めたから。私だけ一人で解決、って訳にはいかないよ」
「何となく予想はしてたけどな。そういうタイプだ」
「もしかして馬鹿にしてる?」
「良い奴、って言われたかったか?」
「それは…………違うけど、マシな言い方があるでしょ。それに今生の別れみたいな言い方だったけど、これからもクラスメイトだし、幽霊が見れる同士仲良くするから!」
「あぁ――」
――そういう未来もあるかもしれない。
ネガティブな考えしかない俺には少々眩し過ぎた。だからこそ、見ていたい。
隣の芝生は青い。隣の花は赤い。
持ってないものだから人は欲しがるし、嫌いにもなる。
雪代が羨ましくもない、雪代に憧れもしない。だが、彼女みたいな人がこの世界に確かに存在しているだけで救われた気分になる。
この感情を何と言うのか教えて欲しい。
否――俺は既に知っている。
「雪代」と呼ぶ声が少し堅くなってしまった。肩を回してリラックスする。
不思議そうに首を傾ける雪代。
「何?」
「えっと、俺は雪代のことを……」
「ことを……?」
「推しているから」
「は?」
推し、だ。
今のところはそういうことにしておく。変な位置に落ち着いてしまった場合、大変なことになることは目に見えている。




