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ゴースト・ハンターズ  作者: (仮説)
一章 ゴースト・ハンターズ
13/48

12.今すぐに

 

 ◎


「――今日、あの三人に会いに行く予定なんだが、一緒に来ませんか?」


 紫の地獄からの生還から数時間後、翌日である月曜日。登校した私に対し、桜坂君が開口一番にそう言った。

 何に対しても無関心な桜坂君からお出掛けに誘われるなんて。

 お出掛け、って感じではなさそうだけど。

 珍しいことで。


「あの三人、って長谷川さんとか、ってことだよね?」

「そうだな」

「あの、とか言われてもわからないから。私じゃなかったら普通に呆れられてたよ」

「悪癖が出てしまったな。それはすみませんでした」


 自覚があるなら何より。

 私としては良いけど、他の人とは軋轢を生みかねないと思う。そういうちょっとしたヘイトが募って不破が訪れるから。無関心だからそういう心の機微に気づくか微妙なところだ。


「昨日の今日で忙しいね、それだけ急ぎなの?」

「そうだな。急ぐに越したことはないな」


 ここら辺は私に説明する気はないらしい。

 でも、何となくはわかる。昨日の紫の地獄でのことだろう。間違いなく、そこにいた幼い女の子に関してだ。

 そして、あの大学生三人に関連している。

 であれば、きっとそれは――。


「理由は納得できるけど、何で私を誘うのよ。一人で行けば良いじゃない」

「気まずいじゃん」

「そんなとこでコミュ障発揮しないでよ」

「同世代は苦手なんだ。劣等感を感じる」

「頭痛が痛いみたいな言い方をして…………」

「違和感を感じるとかな。水筒を飲むとかと同じシリーズだな」

「それとは少し違うような」

「後、デーモンの召喚を召喚とかか…………」

「何言ってるかわからないけど、一緒に行って欲しいってことね?」

「はい」


 こうして彼に頼み事をされることなんてまずない。

 借りを返すチャンスだ。怜悧と付き合ってる訳でもないなら堂々と恩返しすることができるし。


「わかった。放課後ね」

「あぁ、宜しくお願いします」

「水臭いよ、私と君の中でしょ?」

「そこまで仲良しではないと思うけどな。でも、そうか…………雪代はそう思っているのか」

「いやいやいや、誤解しないでよ!?」


 私だけ一方的に桜坂君に好意を寄せてるかのような言い方になってしまったじゃないの。

 ただ、全てがじゃない。

 私は確かに彼に助けられた。この恩は必ず返さなくてはならない。下手すれば人生一回分の救いだったから大切な人ではある。


「もうすぐ授業が始まるよ、席に戻りな」

「あぁ、じゃあそういうことで」


 桜坂君は姿勢は良いのに重そうな足取りで自席に戻っていく。

 一息吐いて、掌の中の今は亡き幼馴染の形見を弄る。

 もし、彼女が生きてたら桜坂君のことは何と言うだろう?

 きっと月並みなことだろうな。そもそも性格は絶対合わなそうだし。


「少しだけ感傷的になっても良いよね…………」


 銀色の鳥が象られた双対のバレッタが蛍光灯に反射して輝いた――。



 ◎


 ――雪代桜子の中学時代は、一般の域を出ない平凡なものだった。徹頭徹尾、特別なことなどなかった。



 彼女には幼稚園の頃からの幼馴染がいた。

 名を宮下沙月という彼女と雪代は無二の親友だった。共有してしたのは時間だけではなく、感情も。それだけ長い付き合いなあった。


 このまま一生、平穏な日々が続けば良かった。

 平穏は子供の夢のように唐突に覚める。


 宮下沙月という人間はお世辞にも有能ではなかった。

 あまり周りを見ていないし、理解力があるとは言えず、いつもにまにま笑っている。しかし、妙に愛想はあって良くも悪くも目立つ娘だった。


 可愛くて天然なタイプとでも言えば大体は伝わるかもしれない。思春期にもなると恥ずかしくてできないようなことを平然とやる。

 学校という閉鎖空間、目立たない訳がなかった。


 それも小学生までなら良かった。男女の差異がそこまで意識されないからだ。

 制服に押し込められることにより明確化した。

 色めき立った学校において、積極的な行動をする彼女は男子達の的だった。そして、やっかむ者もいた。当然の如く、同性に。


 何の変哲もない、どこにでもある悲劇だ――いじめの対象になるなんてことは。

 自分が一番でなくては満足できない人間はどこにだっている。それが目の前に現れ、攻撃の対象となったのは不幸以外の何ものでもない。


 さもありなん、宮下は追い込まれたが彼女のことを好く男達は当然擁護する。それが癇に障り、エスカレートし、方法も陰湿となった。

 見た目ではわからないような方法は幾らでもある。子供は残酷である、容赦はなかった。



 さて、幼馴染宮下沙月が危機の真っ只中にある間、雪代桜子は何をしていたかと言えば。

 彼女もまた、別の問題に頭を悩ませていた。


 どうやら雪代は他の女子達よりも成長が早かったらしい。男共にそういう、いやらしい目で見られることに慣れておらず、酷くストレスを感じていた。

 少なくとも、違うクラスとは言え、幼馴染の状況を気にできないくらいに追い込まれていた。存外クラスが違えばお互いに割く時間も少なかった、というのもあっただろう。

 学校という閉鎖空間、直接的な行動に出る者がいるはずもないが、見られるだけでも精神的に辛いものがある。いつもは気づきもしないが、意識してしまえば視線にはそれだけの鋭さがあった。


 雪代は、宮下と長く時間を共有していた。彼女の善性はしっかりと伝染っている。

 宮下ほどでなくとも男女の距離感を間違えた行動を起こすことがたまにあった。その行動が助長していたことには、その時は気づいていない。

 さておき、雪代もまたやっかまられる性格をしていた。幸運だったのは、彼女のクラスメイトに排除を実行するものはいなかったことだ。


 対して悪化の一途を辿る宮下と、その周囲――。

 羨みは、嫉妬に。

 妬みと嫉みは、排斥に。

 排斥は徹底的に行われる。集団になった人間は純然なる恐怖でしかない。悪意とはそれだけ強い感情だった。


 宮下は日に日に増す虐めに憔悴する。

 そんな下校中、雪代と出会った。歩きながら他愛ない会話をした。久し振りだったというのもある、安心できる存在だった、というのもある。

 お互いに悩みを打ち明けることはなく、二人は別れた。

 お互いに違和感を抱いていたというのに。

 それが二人で過ごした最後の僅かの楽しい時間だったかもしれない。


 ――雪代が、宮下の虐めの件を知った時には既に手遅れだった。

 雪代は登校前に彼女の家に向かう。だが、何と声を掛ければ良いのか考えはいなかった。


「沙月…………」

「おはよう、桜子ちゃん」

「どうして、言ってくれなかったの…………? 相談してくれれば…………」

「そっか。知っちゃったか……」


 宮下は悲し気に目を伏せた。

 雪代にその意味は知らなかった。


 言えないだろ、そんなこと。

 近しい人であればあるほど。

 惨めだとは思われたくないから。

 同情されたくないから。

 恥辱で死にたくなるから。

 だからって、どうしようもないけどね。


 雪代はこんな不出来な苦笑いは知らなかった。それが幼馴染が見せる顔ということがより一層。


「ずっと前から学校行くの、楽しくなくなっちゃったよ…………」

「それなら行かなければ良いじゃん! 別に良いじゃん、それくらいさ! どうせ何とかなるから!」

「うぅん、お父さんとお母さんに迷惑掛けたくないから」

「そんなの…………!」

「大丈夫だからさ」


 本人が拒否するなら何もすることができなかった。

 ここで諦めてはいけなかった――。

 どんな方法を使っても宮下を説得しなければならなかった――。


 そして、数日後――。

 後悔と迷い、諦観に沈んでいた雪代の耳に届いたのは悲報だった。

 宮下沙月が死んだ。


 交通事故――脇見運転によりハンドルを誤った乗用車に轢かれ、即死した。


 どこまでも無関係な死だった。

 どこにでもあるような虐め。

 どこにでもあるような交通事故。

 その両方が宮下沙月に押し寄せた。それを不幸以外に何という言葉で表すべきか。


 結局、雪代が何をしても宮下は死んでいた。虐めの件がなくとも登校してしまったら轢かれてしまうのだ。

 しかし、その感情の行方は変わっていた。

 死にそうな顔をして死ぬのと、楽しそうな顔で死ぬのと、どちらが良いかは明白。

 故に、雪代は後悔した。

 何かできたはずなのに、何もしなかったことに。行動力がなかった、行動の責任に怯えて立ち止まったことに。


 雪代は、失わなければ気づかないことを、失ってから気づいた。

 いつかにお揃いで買った銀色のバレッタ。

 毎日身に着けていたが撥ねられた時に砕けてしまった。


 今、彼女が持っているのは彼女自身のだ。

 片割れはもう存在していない。だから、形見――唯一の対。



 何かできたはず、という後悔に苛まれた。

 それから彼女は変わった。困っている人がいたら一も二もなく駆け寄った。皆がやりたがらないようなことを積極的に行った。

 まるで義務であるかのように、強迫的に実行した。

 それで罪悪感を埋めようとしたのだ。

 不純な理由でもお礼を言われればそれなりに嬉しい。だが、それを貰うのは本来なら宮下だった、と考えずにはいられなかった。

 辛かっただろう、そんな人生。


 それは、初めの頃の話。

 彼女は変わっていった。いつしか本当に誰かのために、と動ける人間になっていた。

 罪悪感ではなく、慈愛を持って人と接することができるようになった。宮下がくれたもの、だと考えれば彼女への感謝は尽きない。

 幼馴染の死を乗り越えることができたのだ。

 そんな明くる日、青い世界に飲み込まれた。そこで死ぬような目にあいながらも生還する。

 しかし、ゴーストと人間の見分けもつかず周囲の人間から冷遇されることとなった。それが影響で、両親に見放され、家を追い出されることとなる。


 そして、不幸の極みを見た少女は出会う――世界を一変させる革命を起こす者と。



 ◎


「――おーい」


 最近は耳に馴染んだ淡白な声。


「もう放課後だ、行くぞ。おーい」

「っ、んん、ん…………?」

「ようやく起きたか。居眠りするのを見たのは初めてだな」


 いつの間にか寝ていたみたい。

 既に六時間目の授業、ホームルームは終わって放課後に突入している。クラスメイト達は部活に行って教室には私と桜坂君しかいなかった。

 窓際に背を預けながら彼が問うてくる。


「寝不足、って感じてもなさそうだが?」

「少し思い出に浸ってた」

「なるほど。俺もよくある」

「そうなの? どんなのか教えてよ?」

「普通に嫌だが」


 改めて考えても、沙月と似ても似つかない。真逆とさえ言って良い。あらゆる全てが対偶。

 だけど、こんな真逆の人とも仲良くなれた。

 幽霊を見れるようにもなった。

 この世界、何が起こるかわからない。

 けど、悪いことばかりじゃない。そう思っても良いよね?


「いつか桜坂君のこと教えてね」

「…………何だよ、これから死地に赴くのか?」

「約束だからね」

「勝手に約束されても。まぁ、良いけど。頑なに隠してる訳でもないし」

「よし」


 約束を取り付けた。人一倍の罪悪感を考える桜坂君ならばまず違えることはない。


 ――やらなくちゃいけないことは今すぐやる。後悔しないために、誰か救われる人がいると信じて。


「じゃあ、行こうか」


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