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ゴースト・ハンターズ  作者: (仮説)
一章 ゴースト・ハンターズ
11/48

10.紫の地獄

 

 ◎


「京都があそこまで余裕はないのはマジでヤバいから、急ピッチで行くよ!」

「う、うん」


 突如として背後に現れた甲虫型の上級ゴースト。

 桜坂君の助けがなければきっと死んでいた。そう直感できる程の脅威だった。

 彼に逃してもらい、私はここにいる。

 未だ脳が焼き付いて、判断が鈍い。


「うぅん、今はとにかく」


 今、私がやらなくてはならないのは怜悧のサポートだ。


 ――〈減衰結界〉。

 前もって少しは聞いていたその用語。

 本来は空間を隔てるための結界、性質を僅かに変質させると内部から霊力を吸い取る能力を付与できる。それが〈減衰結界〉。

 怜悧のはそれにさらに自分の固有能力を組み合わせている。

 私にはできない。

 だけど、霊力を融通することはできた。どうやら他の人よりも霊力の強度が高いらしい、役に立たないということはないと思う。


「そう思いたい……」


 その間に、怜悧は地面に霊力の線を描いていた。真円と、その中に正三角形を二つ。六芒星というもの。


「桜子ちゃん、霊力を注ぎ込んで」

「わかった!」

「ついでに私の霊力で凶悪にしておくから」


 怜悧の霊能力はゴースト・キャリア。自分の霊力を重くすることができる。

 結界に混ぜることで重みを与えている。

 森の一角に青き円柱が聳え立った。結界は粉砕されない限り数時間は維持される。

 息を吐く間に、怜悧は首を振って辺りを見回す。


「次行くよ…………霊力が濃い場所が良いけど、まだ近づかない方が良いから、森の出入口で」


 彼女は〈霊纒〉の身体強化で駆け抜けた。私も追うように移動を開始する。


 ――そうして、合計四つの結界を作った。

 その直後、凄まじい速度で霊力の塊が飛来してくるのを確認した。大きな角に六本足、紫のオーラ――甲虫型のゴーストだ。



「桜坂君は…………!?」

「桜子! 〈減衰結界〉の裏に来て!」


 怒鳴り声にはっ、とした。言われるがままに柱の裏に隠れる。

 人間大の甲虫は結界に入り込んだ。入れても、出られないように作ってある。捕まえたと思った。

 ――ギギギギギ、と結界は軋む。


「流石にあの速度は殺しきれないか……桜子ちゃん、結界に霊力を! 耐えるの!」

「うん!」


 私と怜悧は、両手を結界の側面にあて、霊力を流し込む。こうして触ってみて初めてゴーストがどれだけの力を持っているか理解できた。

 力の塊。

 これにぶつかるなんて車に轢かれるようなもの。


 ――ッ、と。

 足がふらつく。たった一分を保たせるだけで霊力の大半が持ってかれた。

 ゴースト・キャリアの効果も相乗されているというのに依然としてパワフルに突っ込んでくる。

 耐えられない。というか、いつまで耐えれば良いの?


「もうっ、無理かも……ッ!」

「後少しだから!」と怜悧は繰り返す。「後少しの辛抱だから、耐えて!」

「だから何が!? もう限界なのよ!」

「京都だってば!」


 桜坂京都、その名を聞いて意識が僅かに緩んだ。

 甲虫が来た時点で彼が死んだとは全く考えていなかった。致命傷もオン・オフして回避したはずだから。

 いつ来るか期待している自分がいた。

 精神的な緩みは、精神的な霊力をも緩ませる。その瞬間に両腕に掛かる力が増大した。


「ヤバい! もう持たない、桜子は逃げて!」

「怜悧が逃げて、ってば!」


 僅かな亀裂が入る。瞬く間に傷口は広がった。もし、ここで霊力を途切れさせたら二人纏めてこのゴーストの轢かれて殺される。ただ片方だけなら助かる、そんな状況。

 残るなら怜悧であるべき。

 霊力を消耗し、碌な戦闘もできない私が生き残ったとしても自体は好転しない。


「なら、二人で耐えようか!」

「そう、それよ!」


 内側を向いている霊力を全て外に向けた。

 想像を絶する虚脱感が襲う。代わりに結界のヒビが修復された。これを維持しなくてはならない。


 ゴーストだって無尽蔵のスタミナじゃない。霊力を消費して、全身の強度を上げているんだ。

 どちらの霊力が先に尽きるかの戦い。


 ――漠然と世界の終わりを考えた。

 それは私の世界の終わり。私の死。誰からも忘れられるまでの時間。

 死はこんなところにあっさりと置いてあった。

 警戒していたのに躓いた。このまま針は私に突き刺さってしまう。

 心が折れそうになる。

 それでも、抗ったのは守らなくちゃいけない約束があったから。彼はきっと、私が死んでも約束を守ろうとするから。


「――――――――!」


 ――バリィィィ、と鉄を腕力で引き裂かなければ出そうにない凄まじい轟音が響く。

 抵抗虚しく〈減衰結界〉は砕け散った。

 それは信念をも打ち砕く爽快な蹴り。


「…………やる気を返してよ」

「ギリギリだったが、大丈夫そうだな」


 全身から黒色のオーラを撒き散らすのは桜坂君だ。

 一体どこから跳躍したのかはわからないけど、飛び蹴りで結界ごと甲虫を貫いてしまった。

 冗談も大概にして欲しい。


「怜悧も、怪我はないみたいだな」

「靴に泥は着いちゃったけどね、洗うの大変だなぁ。誰か買ってくれないかなぁ?」

「だってよ雪代」

「今のは桜坂君に言った奴じゃん!」


 泥が着いたくらいだ買い直す、って考えてれば凄いリッチだ。


「それより今の何? 霊力が黒くなってるように見えるけど」


 今も轟々、と黒いエネルギーが彼から溢れている。

 かなり威圧的な霊力。甲虫の紫の霊力は恐ろしさを助長したけど、黒い霊力は何というか静寂を強制するような感じがする。


「俺もよくわかってないんだが、恐らくという推測はある。俺の霊的エネルギーは赤い地獄に入ったことで励起された。その時点で身体はおかしくなっていたんだろうな。その後も、あの異常に高濃度な空間で数日過ごした。その間に変質したんだろうな、とは思う」

「何日もあそこに……? 耐えられるの?」

「……一人じゃなかったからだろうな」

「そう……」


 ――私が体感した青い地獄。

 あそこに何日も放置されると考えると、吐き気までしてくる。いや、実際はそこまで行く前に自殺をしてしまう。自分の生きる意味を見失ってしまう、あれは。

 一人じゃなかった――その台詞に少しだけ引っ掛かった。


「……雪代の青い霊的エネルギーもその影響かもしれない。加えて、この上級ゴーストもな」


 形を失い、グズグズに溶けていく甲虫型の上級ゴースト。本来あり得ない性能を発揮した、という意味では桜坂君と一緒なのかもしれない。


「原因はこの紫の霊的エネルギー、もしやと思ったが多分……」

「そっか。目的のものとは違うけど、手掛かりはあるかも」

「二人の世界に入らないでくれますか?」


 桜坂君の言いたいことがわかったのは私だけだったらしい。

 怜悧はジト目で私達を見詰めてきた。


「説明しなさいな」

「可能性の話だが、もしかしたらこれは紫の地獄かもしれない」

「地獄!?」


 随分と大袈裟な反応をする。

 さらに、頬が引き攣っていた。


「えっと、二人共地獄に行こうとしてたの?」

「そのつもりだが」

「確かめたいことがあるから」

 怜悧は「ぐはっ」と言って、膝から崩れ落ちた。またもや大袈裟な反応だ。


「流石にやめといた方が良い、って! 地獄と言ったら災害級のゴーストだよ。危機意識が低過ぎる!」


 本気の目だった。

 本気の説教だった。

 それはそうか、実際体験してないのだから。長時間の滞在は危険だが、短い時間なら活動はできる。それが保証になるとは言えないけど、甲虫のゴーストよりは僅かに安全なはずだ。


 それに、青い地獄の情報を得られるチャンスを無駄にはできない。何が何でも、あの娘の形見を取り戻さなければ――。

 私が口を開く前には、既に桜坂君が言っていた。


「放ってはおけないだろ」

「はぁ? 当たり前のことみたいに言わないで……! どうしてそんな全て一緒みたいな言い方するの?」


 キレていた。怜悧は明らかにキレていた。

 美しい切れ長の目で彼を睨みつけている。当の彼は無反応。


「帰れば良いじゃん、他の人を呼んで何とかすれば良いじゃん! どうして他人に頼らないの!?」

「……言えないだろ。遠い人は当然、近しい人だからこそ。それに俺が一番強いんだ、俺が諦めたことを誰がやる?」

「それは、そうだけど…………逃げても良いじゃん。よく言ってるかでしょ? 逃げてきた、って。今も逃げれば良いんだよ。どうせこれも他の地獄と一緒だよ、すぐに消えるからさ」

「そうだな。そして、またどこかで生まれる」


 怜悧は本気で桜坂君の身を案じている。

 正直、二人の関係はわからない。付き合っている、という話は真っ赤な嘘だったと言う。だけど、この怜悧の気持ちは恋愛に匹敵する、と思えた。


 だけど、桜坂君には響いていない。

 虚しいくらいに届いていない。

 言葉としてしか受け取っていない。


 ――彼の意思を曲げることはできない。彼の世界は自己完結している。


「二人共待って、こんな言い争いしてる場合じゃないでしょ」


 この論争は無意味。こんなことで二人の関係が失われるのどけは許されない。


 こんなことは考えたくはないけど、怜悧は桜坂君を助けたいと思っている。彼さえ助かれば最悪のケースは避けられる。

 私だって同じだ。

 騙されたとは言え、二人はお似合いだと思っていた。

 既に私にとって守りたい大切な者になっている。

 残念ながら私には丸く収めることはできないけど、角を立たせないやり方なら選べた。


「私が行くから二人が待ってて!」


 私は〈霊纒〉で紫のエネルギーの源泉へ走る。「雪代!」「桜子ちゃん!」という声を置き去りに森林を駆け抜ける。


 桜坂君がどうやって地獄を破壊しようとしているかわからない、けど何とかするしかない。

 数百メートル先で足を止める。

 白っぽい石の建材がそこら中に転がってた。建物の跡地だろうこと予想できる。

 そこに渦巻く紫色のエネルギー。

 渦は他の世界へ行き来する入口だ。吹き溜まりに近づいて、穴を覗いてみるとそこには絢爛豪華な宮殿が建っていた。


「青い地獄とは違う」


 あそこは日本家屋だった。間違ってもこんなヨーロッパの宮殿ではない。

 成り立ちは同じかもしれないけど、完全に別物。

 手を伸ばそうとしたけど、身体は硬直してしまう。青い地獄での記憶が脳裏を掠めたからだ。


「――っ、はっ……っ」


 息が乱れる。

 落ち着け、落ち着け。大き息を吸え――。

 青い地獄は心を凍えさせる。呼吸をしているという自覚は己を保つのに役立った。それも数時間しか保たないのだけれど。


 そろそろだと思った。「雪代」と、背後から声を掛けられる。


「早いね」

「どこに行くかわかってたからな」


 彼の謙遜は自分以外の要因を理由にしている。

 そんなことありませんよ、なんて絶対に言わない。


「桜坂君はどうする?」

「俺は行く、破壊しにな」

「ここも破壊するの?」

「あぁ、見つけたら片っ端から。青い地獄も破壊するつもりだ」

「……落とし物見つけたら良いけどさ。それより、怜悧は?」

「立ち尽くしてたな」

「バカ! 何一人にさせてんの!」


 あの状況で怜悧を一人にするか普通。

 そういう公算もあって来たと言うのに、桜坂君という奴は。

 私だけでも戻った方が良いのか。

 でも、ここまで来て戻りたくもない。

 それに彼だけ残すと紫の世界が破壊されてしまうかもしれない。


「…………耐えてもらおう」

「あんだけ言って結局その結論かよ」

「女の子を慰めるのは男の仕事でしょ!」

「男女差別的だな。性別は関係ないだろ…………それにその言い方だとあれな意味にも聞こえるからやめよう」

「文句ばっかりだなぁ、もう! 男ならウジウジ言わないで!」

「……それが差別的なんだがね」


 桜坂君を言い負かすのは難しい。

 いつも正しい。だけど、あまりにも非人間的。それが本音なのかどうかも判断が難しい。


「早く戻って迎えに行く、それで良いだろ?」

「私が悪いみたいな空気だけど、それで良いや」


 入口に立面の〈結界〉を設置する。

 入った途端に渦がなくなるのだけは勘弁して欲しい。こうすれば閉鎖までに時間的猶予が生まれる、はず。確証はない。


「じゃあ行くか」と桜坂君はあっさりと身を投げ出した。

「……完全に散歩にでも行くノリじゃない」


 彼は無造作に飛び込んだ。

 深呼吸を一度。私も追って、渦に飛び込む。


 ――ふと、青い地獄でのことを思い出した。あの時、意識を失う寸前に私以外にも誰かを見たような――。


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