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ゴースト・ハンターズ  作者: (仮説)
一章 ゴースト・ハンターズ
10/48

9.地獄の門

 

 ◎


「――作戦はこうね。京都がゴーストの動きを止める、その隙に私が能力で閉じ込める。その後、皆でタコ殴り。オーケー?」


 甲虫型上級ゴーストの目撃情報のあった森、その最寄りのファミリーレストランにて作戦会議が行われていた。

 現在時刻、午後四時半。

 昼が長くなっているため空はまだまだ明るい。ゴーストが活性化するまでまだ時間はある。

 目の前に怜悧が、隣に雪代が座っていた。


「動きを止める、ってな…………人間大にデカくて飛んでるんだぞ? 捕まえることすら難しいだろ」

「その間は一人で頑張る感じで」

「おいおい」

「勿論、こっちは結界張って移動阻害とかするよ? 楽してるみたいに言わないで欲しいよね」


 定石通りにやればそこまでの難易度でもないか。特に、怜悧の固有能力は結界と相性が良い。

「私は結界担当?」と雪代が控え目に尋ねてくる。


「まぁ、そうなるな。でも…………」

「何? 言いたいことがあるなら言ってよ」

「…………怒りそうだからいいや」

「ヘタレだねぇ、京都」


 はっきり言ってよ、と言われてはっきり言える訳がない。圧が強いんだよ。

 怜悧に笑われるのは納得できないが。

 彼女はわざとらしく咳払いをする。


「つまり、言いたいことは桜子ちゃんにそれができるの? ってこと」

「…………〈霊纒〉とか〈結界〉の練習はしてたよ。それなりにはできるつもりだけど」


 と、言いつつも自信満々という風ではない。

 慢心してないのは良いことだ。

 雪代はきっと、二つの基本技能をゴースト・ハンターズで言う一般レベルまでは使えるようにはなったのだろう。元々、霊的エネルギーも非凡だ、かなりの強度が出る。


「練習でできたことが本番でできないなんてことはよくある」

「…………自重はする。上級ゴーストは初めて出し油断しないで行くよ」

「心構えがあるなら良いけど…………長期戦は覚悟しておくんだな」

「そんなに?」

「そんなにだ。強い上級ゴーストは逃げるからな」

「人間みたいだね…………」

「逃げるのが悪いみたいな風潮は良くないと思うけどな」

「……………………」


 雪代は何か言いたそうな顔をしていた。雪代は困難に立ち向かうタイプだから、相容れなそうだ。やはり、気が合わない。

 数ヶ月時間を過ごしてもそれは強く実感していた。これからも続くと思うと、少し憂鬱になるくらいに。


「…………ちょっと戦いの前に険悪にならないでよ。後三〇分くらいで日が落ちるからそれくらいに出るよ、その間に仲直りしといてね」


 それだけ言うと怜悧は席を立ち、ファミレスを出てしまった。

 こいつ…………気を遣うと見せかけて奢らせようとしてやがる。後で俺も同じことをして請求してやろうか。


 先程から嫌な予感が拭えない。熱中症になってクラクラになった時を彷彿とさせる酩酊感が俺を襲っている。深く息を吐き、意識のブレを収めた。


「そろそろ行くか。今のうちに森林がどうなってるかを覚えとかないと」

「でも、霊視すれば見えるでしょ?」


 木々にも多少霊的エネルギーはあり、霊視で直接見ることもできる。上級ゴーストになると凄まじいエネルギーなので、見分けることができる。

 それは当然理解した上で言っているに決まってる。


「俺の固有性質の問題だ」

「そっか」

「…………知ってるんだな」

「あ、いや、怜悧に聞いて…………」

「別に隠し出る訳じゃないけどな。じゃあ、改めて説明させてもらおうか」


 俺の固有能力は他人と一緒に戦うのに向いていない。一人の時に最も真価を発揮できる。

 ゴースト・オーバーライダーという名前は言ったことがあったな。


「霊的エネルギーのオン・オフができるんでしょ?」

「そうだ、見たくない時は見ないことができる。初級ゴーストも上級ゴーストも関係ない、危なくなった時は俺だけは助かる。そういう能力だ」

「……………………」

「俺だけは確実に安全な訳だ。嫌われても仕方ない理由ではある」

「そんなこと思わないけど」

「雪代はそうだよな。いざとなったら俺はオフにして回避行動に出る、そのために森林の地形は見ておかなくちゃならない」

「それなら早く行こう。危険、って言ったのは桜坂君だからね」


 雪代は颯爽と勘定を持ってレジへと歩を進めるのだった。

 同級生に奢られた、それも凄いカッコよく。

 後で奢り返さなければならんな。



 ◎


 ――俺達は森林の前に立っていた。少し顔を上げた位置、噴き出す霊的エネルギーに息を飲む。

 消紫色とでも言うべき禍々しいオーラが森林全体から立ち上っていた。霊的現象の中には一定範囲を覆うものもあるが、ここまで広く、高濃度なものは見たことがない。


「これは…………上級ゴーストと別件だよな?」


 俺は怜悧に尋ねる。ゴーストとの接触経験のない雪代には知る由もない。


「…………こんな話聞いてないよ。ママも隠すような人じゃないと思うし。もしかして…………甲虫のゴースト、この霊力に影響受けてる?」


 明らかに質問の体をした確認。

 こんなことでもなければゴーストは変異しない。

 敵は甲虫のゴーストだけでなく、霊的エネルギーの吹き溜まりも加える必要がある。地蔵に初級ゴーストが集まるなんて実にみみっちい。このレベルでゴーストが集まったら手がつけられなくなる。


「いや、周りのゴーストを吸収するのか?」


 生き残れたのが変異した甲虫だけだった、という考えは存外悪くないのかもしれない。

 敵が少ないのは好都合だ。

 だが、敵の強さ予想は引き上げなければならない。上級以上――ゴースト・ハンターズではそれ以上のことを伝承級と呼ぶ。伝承にも残るくらいに強い、というだけの意味である。



「一旦、報告しに帰っても良いんじゃないか?」


 一歩下がり、二人の少女に振り向いた。


「――……………………」


 その真後ろ、髪が触れるくらいの至近距離に黒い塊が浮いている。落ちる太陽に黒光りするそれは、丈夫そうな霊的エネルギーに包まれていた。

 先端に伸びる鋭利な角が雪代の、怜悧の首元へと伸びる。


 怖い。

 デカいということに無条件に恐怖を抱いてしまう。加えて、見た目が極めて好みとはかけ離れていた。


 ゴーストを感知できなかったのは目の前の吹き溜まりによって霊的エネルギーが乱れたから。この状況で感知を続けるなら、霊波を非常に強固にする必要があった。


 ――間に合うか?

 時が止まったようだ。


「〈霊――」


 腕を引き絞る余裕はない。

 振り向いた体勢だと左肩が一番甲虫に近かった。だから、ここを起点とする。限りなき霊的エネルギーの出来得る限りを肩に集め、一気に押し出す。

 肩から拡張されて剣と化した霊的エネルギーは二人の間の塊へ殺到した。


「――纏〉」


 反動で、横に倒れる。

 つまり、同等の力で甲虫ゴーストも吹き飛ばしたということだ。角は中空を切った。


「うわぁ!」

「何これ…………!?」

「今すぐ逃げろ。ここは俺が抑えておく」


 怜悧は叫びながらバックステップで距離を取り、すっかり腰が抜けた雪代の前に立ち塞がる。その際、〈霊纒〉も忘れていない。

 俺はさらにその前に俺が立ち塞がった。


「雪代を連れて離れろ。思ったよりも、早くて力強い…………動きを止められるまで近づかないでくれ」

「そこまで…………? なら、森の各地に〈減衰結界〉作っておくから!」

「メールでもしといてくれ、後で確認しとく」

「ノリが軽いんよ。本当、油断しないで!」

「あぁ」


 ジジジー――と、巨大甲虫は高速で羽を震わせる。

 真っ黒な瞳は俺を捉えていた。ゴーストに殺意など有りはしないが、霊的エネルギーの発露がそれなのだろう。

 甲虫も〈霊纒〉で紫色のオーラに溢れている。

 練度はこちらの方が上。壁は厚くとも、殴りかけてるだけの硬度だ。


「来い」


 と、言った瞬間には奴の突撃が俺の腹部を強かに打ち付けていた。心構えがあるとは言え、痛い。〈霊纒〉の上から痛い、と思ったのは久し振りかもしれない。


 角を叩き折ろうと右腕に霊的エネルギーを集中する。

 後頭部に凄まじい衝撃が走った。

 視界の端に太い枝が映る。断面は捩じ切ったように鋭利に乱雑なものだ。

 甲虫は俺を木々に叩きつけながら森林を飛行する。


「陰湿なことすんなこいつ」


 俺の攻撃タイミングを悟って邪魔してくる。極めて理性的な行動、普通ではない。

 本気を出す、なんて言うとカッコつけてる感じが凄くて恥ずかしいが本気を出さなさねばならなそうだ。

 身体の奥にあるエネルギーを引き出す。そのために集中しなければならないのだが余裕がない。


「怜悧の減衰結界に期待するしかないか…………それまでは!」


 二本に分かれている角の間に引っ掛かりながら、重力を振り切った速度での直線運動。

 踏ん張ることもできなければ、まともな身動きもできない。

 幸い、〈霊纒〉が破られることはないからしばらくは耐久できる。

 専心するは角を折ることのみ。

 両手に霊的エネルギーを寄せれば、甲虫は感知して俺を木々に擦りつけ始める。衝撃の度、徐々に霊的エネルギーが散り散りになってしまう。


「っ、らぁ――!」


 構わず手刀を叩き込む。

 慣れた感触だ。霊的エネルギーでガードされている。

 俺の動きに合わせて防御までしやがった。明確に意思がある。


「それならそれで良い」


 空いた左手で太い枝を掴む。同時に腹部からエネルギーを放出し、身体を上に浮かす。引っ掛かりはなくなった。

 甲虫のゴーストは俺を置いて後方に飛んで行く。手を離し、安全に着地した。

 ――さて、本気を出すか。


 内側を向いている霊的エネルギーのベクトルを変える。そのためには激情が必要になる。激情により強引に捻じ曲げなければ安定状態を崩せない。

 赤い地獄を思い出せば容易いことだった。

 今も忘れない甘美と後悔の赤色は瞼の裏に焼き付いている。


 噴き出したのは黒く染まった霊的エネルギー。

 この森を覆う紫の霊的エネルギーよりもさらに異質。

 殊更の異常をあの甲虫が見逃すだろうか?


「…………なるほど、見逃す訳か」


 姿形も見えなくなった甲虫を追う。

 黒色のエネルギーを用いた移動速度は通常のものとは比べ物にならない。これならあのゴーストにも匹敵する。


「――と、その前にメールを確認しないと」


 怜悧からのメール。

 既に三箇所に〈減衰結界〉が施されているようだ。四箇所目に取り掛かっているのだろう。

 甲虫の向かっている方向に一つある。

 俺の現在の状況を送り、移動を開始した。



 ◎


 ――昔々、その鬱屈とした森の奥には立派な宮殿が建っていた。今はその残骸しか残っておらず、その時を知る者もこの世には存在しない。

 忘れ去られた場所。

 今更、誰も近づかない場所。

 そこにあるのは霊的エネルギーだけだった。一体何の因果か、エネルギーは形造られる。


 跡地には渦が巻いていた。

 空間を捻じ曲げる紫色の渦の奥はどこかに繋がっている。〈異界接続〉と呼ばれる状態だ。


 ――そこは、何もかもが紫色の世界。

 もしも、そこが絶望の跋扈する亜空だとしたらきっとこう名付けられる。

 紫の地獄、と。


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