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第一章6 危機一髪の華麗な一撃

 瞼を開ければ白い壁が広がっていた。

 数秒後、ここが自分の部屋だということに気付く。昨夜目眩によって倒れた私は、自分の部屋のベッドに寝かされていたのだ。

 そのことに気付くと同時に、窓からの光が飛び込んで来た。あんな夢をみたのに、何故か目覚めは悪くない。


「私ったら体力無いなー。一日歩き回っただけで疲れて倒れちゃうなんて。いやそれにしても、やけにリアルな感覚の夢だったぁ……。今でもユキの爪が食い込んだところの痛みを思い出すよ。怖い怖い。こんな変な夢、久しぶりに見た」


 起き上がってまず、思い切り伸びをした。そして部屋を出て、リビングへと軽やかな足取りで階段を下りる。

 倒れた私を運んでくれた人物にお礼を言わなくては。


「――ん?良い匂い!今日はスクランブルエッグだ!朝食のおかずにぴったりのスクランブルエッグだぁぁ!」


「おはよ、春来。そんなにスクランブルエッグが嬉しいか。はい今日のメシ」


 朝食を用意してくれたのは兄の真樹しんじゅ。実は六月家は父も母も共働きで海外赴任していて、私は真樹と二人暮らしだ。私達が生活に必要なお金は、両親が仕送りしてくれる。


「おはよー真樹。なんか今日、変な夢見たんだよ」


「ふーん、お疲れさん。そういやお前、洗面所で寝てたけど大丈夫だった?」


「うん、多分もう大丈夫。運んでくれてありがとう。…って!私、倒れてたんじゃなくて寝てたと認識されてたの!?」


「え、違った?」


 このどこか抜けてて、無自覚に人の気を狂わせる兄は、大学二年生。一足先に夏休みに突入した彼は、バイトをすることもせず、ずっと家にいる。まあ私も、明日から夏休みなのだが。

 真樹曰く「家事に勤しんでいる」らしいが、私には別にそうは見えない。


 真樹は、まるで出来る主婦の様に全ての家事を片付けてしまったかと思えば、シューティングゲーム、アクションゲーム、アドベンチャーゲーム、RPG――とにかく、ありとあらゆるゲーム達に時間とお金を費やし、一日を終了させるのだ。

 まったく、折角送ってもらってるお金が、駄目兄の所為でどんどん無くなってく。どうせ暇なんだからバイトくらいすれば如何なものだろうか。


「あ、そうそう。私、遂にKOYUKIのライブに友達誘っちゃったんだよね」


「ふーん、ライブとか暑そうだね。行ってらっさーい」


「少しは妹の喜びを一緒に味わえよ……」


 予想はしていたが全く興味を示さない兄の反応に、溜め息が出た。

 ライブの楽しさを知らない可哀想な兄に軽くあしらわれたので、少し膨れながら学校に行く準備を済ませる。


「それより春来、明日から夏休みっしょ?その分だと今年の夏休みも遊び回って終わりそうだな。どうせ昨日もほっつき歩いてたんだろ」


「まあね。夏休みは遊んでなんぼ!!でもまあ、昨日のこともあるし、私ももう二年生なんだし、程々にしておくよ」


 もう二年生、だなんて昨日七葉に言われなかったら全く考えなかったことだ。あの時は全くやる気の無い言葉を彼女に返してしまったものの、一年生の時とは違うという自覚を少しは持っておかないといけないということを、七葉は教えてくれた。


「行ってきまーす」


「はいよ」


 私が通っているのは、学費が高いことで有名な私立赤龍(せきりゅう)高等学校。

 お父様お母様、親孝行はきっとしますので……。

 家から徒歩十分で駅に着き、そこから電車で三駅。更に五分ほど歩けば、真っ赤な屋根に煉瓦造りの、一際目立つ校舎が顔を見せる。


 満員電車の中で運良くゲットできた座席に腰を下ろし、ぼーっとしていると、不意にあの夢の記憶が頭を過る。

 なんだろう。普段は夢なんてすぐに忘れるのに。まあ、今日のはかなりインパクト強かったから仕方がないか。


花炎かえん駅。花炎駅でございます」


 よし、着いた。


 人に押されて、よろよろと電車を降りる。

 歩いていると、校門をくぐったところで、見慣れた姿が目に映った。


「あ、ななだ」


 七葉が一人で歩いていたなら迷わず声をかけただろうが、今日は違った。

 なんと七葉が誰かと話しながら歩いていたのだ。しかもその相手は男子だった。七葉が男子と話しているなんて珍しい。

 ――いや、容姿端麗でお淑やかな七葉が男子から不人気な訳がないのだが、知っての通り七葉はファン以外の人との関わりを好まない。大抵は上手く避けるのだが――。


 なんで七葉はこの男子と話しているのだろうか。

 よく見たら七葉は困ったような表情を浮かべている。慣れないことで戸惑っているのだろう。ここは友達として、助けてあげるべきだろうか。

 いや、ちょっと待った。ここは私が出るべきではないのかもしれない。あの人見知りな七葉が、男子と話しているのだ。これはきっと何か理由があるに違いない。


「ここは黙って見守ってるのが正解か…」


 私が一人で納得してそう呟き、歩き出そうとしたその瞬間、二人は急に立ち止まった。

 その男子は突然目を獣の様にギラリと光らせ、七葉の艶がかった髪に指を通し、強く抱き寄せたのだ。

 涙目になった七葉の必死の抵抗も虚しく、獣は息を荒くし七葉に詰め寄る。


 え?はぁ!?か、顔近付けすぎだって!


 大変だ。七葉がピンチだ。このままでは七葉が汚されてしまう。こうなったら、私が取る手段は一つ。


「このケダモノ!これ以上ななに触るなぁぁ!!」


 私は五十メートル十一秒台という驚きの足の遅さを忘れ、二人のところに突っ込んでいった。


「そうだ!この変態!!七葉ちゃんに何してんだよ!!」


 ――え!?


 死に物狂いで走る私を軽々と抜かし、物凄い勢いで獣に突進していったのは、茶髪の男子だった。

 彼は地面を蹴り上げ、相手に飛び掛かる勢いで向かっていく。あっという間に獣との距離はゼロになり、彼はその尻目掛けて強い蹴りを一発お見舞いした。


「ぐおっ!?いってえ!テメエッ、泉川いずみかわだな!?ふざけんな!!」


 ぽっかーん…。


 後から走ってきた男子にあっと言う間に抜かされた私。先程まで燃え盛っていたはずの熱い正義心は行き場を失い、代わりにものすごい羞恥心に襲われた。


「それはこっちの台詞だよ!てか、一番蹴っても大丈夫そうな部位にしてあげたことには感謝しろよ。まったく、ホント懲りないよなー、関場せきばも」


「はぁ!?大丈夫じゃねーわ!!あと少しだったのによぉ……。おい、さっきのは俺に殺られる覚悟の上での行動だよなぁ?」


「ちょ、殴り合いなら勘弁しろよな!――でも俺、脚力だけは超絶自信あるから。さっきの蹴りだって痛かっただろ?あ、しゅん、七葉ちゃんよろしく」


 そう言うと彼は七葉の背中を軽く押して私に預け、校舎へと走っていった。勿論、後ろに獣――関場を引き連れて。


 この茶髪男子の名前は、泉川龍乃助りゅうのすけ。通称りゅうの。りゅうじゃなくて、りゅうの。本人がそう呼べと言った。謎の拘りだ。りゅうではありきたりだからとか、他人と被るからとか、多分そんな感じの理由だ。

 人懐っこい龍乃助は、私の唯一の男友達だ。七葉のことも大事に思ってくれているらしく、案外頼りになるのだ。


「しゅんー!わ、私……もしりゅうのくんが助けてくれなかったら――」


「無事で良かったよ!あーもう、それにしても私、恥ずかしすぎるんだけど!」


「何言ってるの!しゅんはいつだって可愛くて、それに……格好いい」


「ちょっと、ななにそんなこと言われたら、この学校中の男子から恨まれるよ。私、暗殺されるかも」


 七葉は口元に手を当てて笑った。

 まあ、いいや。私に倒せた敵ではない。ここは龍乃助に感謝しておこう。あの、真っ直ぐな正義を持ち合わせた人間に。

【初】春来、学校へ行く。

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