共同浴場の煙
鉱山の作業水ができてから、村人の手は少しきれいになった。
道具の泥を落とせる。
布をすすげる。
鉄片の錆を見分けられる。
だが、人の体を洗う水までは足りない。
ニコが鼻をつまみ、レムを見た。
「鉄くさい」
「おまえも煙くさい」
「俺は働いた匂い」
「俺も」
二人が睨み合う前に、ミナが間へ入った。
「どちらも洗う」
アルトは作業小屋の裏に積まれた石を見た。
鉱山から出た割れ石。
砦の崩れた床石。
壊れた大鍋。
古い煙突の筒。
「湯を沸かす場所なら作れます」
ミナが即座に聞く。
「飲み水は使わない?」
「鉱山の作業水を温めて、体を流すだけに使います。飲まないよう、場所を分けます」
「火の番は」
「必要です」
「なら交代」
共同浴場というほど立派なものではない。
村の端に、風よけの板を立て、石を積んで湯をためる浅い槽を作る。壊れた大鍋で水を温め、竹の代わりに古い樋を使って流す。
アルトが説明すると、ロッコが目を丸くした。
「風呂まで作るんですかい」
「湯浴み場です。ちゃんとした浴場では」
「辺境で湯が使えれば、それは立派な浴場ですぜ」
ミナは村人を見回した。
「最初は子どもと怪我人。次に鉱山組。最後に火の番」
ダン老人が手を挙げる。
「老人は?」
「子どもの後」
「わしはまだ若い」
「なら最後」
「老人で頼む」
笑い声が上がった。
作業は一日がかりだった。
割れ石を積み、隙間に粘土を詰める。壊れた大鍋の穴を塞ぎ、火の熱が逃げないように石で囲む。煙突筒は短くして、煙が小屋へ戻らないよう外へ向ける。
レムは黙々と石を選んだ。
「これは平ら」
「槽の底に使えます」
「これは丸い」
「座るところに」
ニコは木札を作った。
飲まない水。
熱い。
走らない。
最後の札を見て、ミナがうなずく。
「大事」
「俺用じゃない」
「村用」
ニコは少し不満そうだったが、札を一番目立つ場所へ掛けた。
夕方、最初の湯気が上がった。
白い煙ではなく、湯の煙。
村人たちは黙ってそれを見た。
温かい湯で体を流す。
王都なら当たり前かもしれない。
この村では、贅沢に近かった。
ニコが湯を足にかけ、変な声を出す。
「熱い! でも気持ちいい!」
レムが横で笑った。
アルトは火の番をしながら、その声を聞いていた。
自分も入りたい気持ちはあったが、まだ石槽の継ぎ目を見ていたい。
すると、ミナが隣に立った。
「また自分を最後にする顔」
「火の番が」
「交代を決めた」
「でも」
「無理はさせない」
ミナは短く言い、木札を指した。
火の番交代。
そこには、アルトの名前も入っていた。
「作った人も使う。使わない人は、困るところに気づけない」
アルトは返す言葉を失った。
湯は温かかった。
手袋を外した手から、泥と錆が流れていく。
体が軽くなる。
それだけで、明日も働ける気がした。
夜、湯気の向こうでロッコが低く言った。
「王都工房の使者が近づいてます」
ミナの目が鋭くなる。
「何の使者」
「命令書を持っているそうで」
湯気は温かい。
だが、次に来るものは冷たかった。




