廃鉱山の水
廃鉱山の奥から聞こえる水音は、村人の耳に残っていた。
「飲める水なら」
ニコが言う。
ミナは首を横に振った。
「飲み水にするとは限らない。まず見る」
アルトも同じ意見だった。
鉱山の水は、石や錆を含むことがある。井戸の水とは違う。けれど、洗い水や作業水に使えるなら、村の井戸を守れる。
説明は短くした。
「飲む前に、使い道を分けます」
「洗う水でも助かる」
ミナが言った。
鉱山へ入る人数は絞った。
アルト、ミナ、レム、ダン老人。ロッコは外で荷と帳面を守る。
「あっしは勇敢ではなく長生きしたい商人です」
「正直でよろしい」
ミナが返す。
鉱山の中は冷たかった。
割れ魔石の灯りが、湿った壁を青く照らす。補強した入口から奥へ進むと、古い鉱車の線路が土に埋もれていた。
レムがしゃがむ。
「これ、動く?」
「線路は無理です。でも、鉄は使えます」
「全部、釘になる?」
「釘だけではもったいないです」
アルトが答えると、レムは少しだけ目を輝かせた。
奥へ進むと、岩の隙間から水が流れていた。
細く、冷たい流れ。
足元には、割れた石槽がある。昔、鉱石を洗うために使ったのだろう。
アルトは水に手を入れ、匂いを確かめた。
「飲み水にはしません」
ミナはすぐうなずいた。
「作業水」
「はい。鉄を洗う、布を洗う、泥を落とす。それだけでも井戸水を節約できます」
ダン老人が石槽を叩く。
「割れとるが、底は残っとる」
「石槽をつなげます」
アルトは壊れた石槽を元に戻そうとはしなかった。
割れた部分を、鉱車の鉄板で外から押さえる。隙間には粘土と古布を詰め、細い流れを三つに分ける。
一つは鉄洗い。
一つは道具洗い。
一つは排水。
ミナが配置を見て、少し考える。
「洗った水は畑に入れない」
「はい。鉄の汚れがあります」
「捨て場所を作る」
「沢へ直接流さない方がいいです」
ミナは頷き、壁へ印をつけた。
「危ない水、作業水、捨て水。誰が見てもわかるようにする」
アルトは感心した。
ミナは専門語を知らない。
けれど、人が間違えない形を先に考える。
作業の途中、レムが壁の奥に刻まれた印を見つけた。
「歯車と芽」
砦と同じ印だった。
その下に、短い文字。
直す者は、流れを止めるな。
アルトは声に出さず、指でなぞった。
「昔の職人の言葉でしょうか」
ミナは水の流れを見た。
「今も同じ。水も、人も、止めたら腐る」
外へ出る頃には、鉱山の水は三つの石槽へ落ちていた。
レムが鉄片を洗う。
泥と錆が落ち、まだ使える芯が見える。
「見やすい」
「選びやすくなります」
アルトが言うと、レムは鉄片を大事そうに置いた。
村へ戻ると、ニコが待っていた。
「飲める?」
「飲めません」
ニコの顔が落ちる。
ミナが続けた。
「でも、道具を洗える。井戸水を飲む分に残せる」
ニコは少し考え、ぱっと顔を上げた。
「じゃあ、飲める水が増えたのと同じ?」
アルトは笑った。
「そうです」
その日の夕方、作業小屋の前に泥の落ちた鉄片が並んだ。
水は飯にならなかった。
けれど、飯を守る水になった。




