廃鉱山の入口
鉄片が足りなくなった。
それは、村が動き出した証拠でもあった。
鍋を直し、鍬を作り、車輪を補強し、防壁を伸ばす。何をしても、最後には金具が要る。
アルトは作業小屋の釘箱を見下ろした。
残っているのは、短すぎる釘と、折れた刃の欠片だけ。
「買う?」
ミナが聞いた。
「買えれば早いです。でもロッコさんの荷車にも限りがあります」
ロッコは算盤を弾いた。
「王都では鉄が上がってますぜ。勇者パーティーと工房が買い漁っている」
ミナの眉が動く。
「なら、こっちは拾う」
ダン老人が杖で地面を突いた。
「廃鉱山がある。砦の向こうだ。昔は鉄を少し掘った」
ニコが跳ねる。
「鉱山!」
「留守番」
「まだ言ってない!」
「顔が叫んでる」
廃鉱山への道は、砦からさらに奥へ続いていた。
森の湿った匂いが濃い。
入口は半分崩れ、古い支柱が斜めに傾いている。地面には錆びた鉱車の車輪と、割れたランプが転がっていた。
アルトは入口の手前で止まった。
「中へ入る前に、支えを見ます」
ミナもうなずく。
「無理はしない。鉄より命」
ロッコは入口を覗いて、すぐ一歩下がった。
「商人の命は軽くないので、あっしは外の記録係で」
「逃げ足の記録?」
レムがぼそりと言う。
「言うようになりましたな、見習い君」
アルトは倒れた支柱に触れた。
木は腐っている。支柱としては使えない。
しかし短く切れば、入口の足場にできる。
鉱車の車輪は割れているが、輪の一部はまだ強い。支え金具に変えられる。
「入口だけなら安全にできます」
「今日は入口だけ」
ミナが決める。
アルトはうなずいた。
以前なら「もう少しだけ」と言っていたかもしれない。
だが、ミナの「今日は」は、村を明日へ残すための言葉だとわかってきた。
作業は慎重に進んだ。
古い支柱を短く切り、地面へ寝かせて足場にする。鉱車の割れた輪を伸ばし、入口の斜め柱を留める。割れたランプの金具は、灯り石を吊るす鉤にした。
レムが鉄片を拾う。
「これ、錆びてる」
「中まで崩れていなければ使えます」
「叩く?」
「音で見ます」
ダン老人がうなずいた。
「鉄も人も、叩けば中身がわかる。叩きすぎると怒るがな」
ミナが横目で老人を見る。
「人は叩かない」
「比喩だ、村長」
入口の補強が終わると、鉱山の中から冷たい風が流れた。
青白い灯り石が揺れる。
奥は暗い。
しかし入口付近には、錆びた鉄くずがいくつも落ちていた。
アルトは拾い上げ、手袋の上で重さを確かめる。
「これだけでも、釘と金具が作れます」
ミナは小さく息を吐いた。
「鉄を買わずに済む日が増える」
ロッコが帳面に大きく書く。
「鉄の自前回収。王都工房が聞いたら嫌な顔をしますぜ」
「聞かせなくていい」
ミナは即答した。
けれど、その願いは長く持たないだろうと、アルトにもわかった。
王都はすでにこちらを見ている。
帰り支度をしていると、レムが鉱山の奥へ顔を向けた。
「水の音」
全員が黙る。
確かに、奥の闇から、細い水音が聞こえた。
ちょろちょろと、石の間を流れる音。
ミナは入口に印をつけた。
「今日はここまで」
アルトは奥を見た。
鉄。
水。
まだ眠っている材料が、この山にはある。




