石室の倉庫
砦の地下へ入る日、ミナは村人の前で決まりを三つだけ言った。
「一人で入らない。拾った物を勝手に持ち帰らない。危ないと思ったら、戻る」
ニコが口を開く前に、ミナが指を向けた。
「あなたは入口まで」
「まだ何も言ってない」
「顔が言ってる」
アルトは思わず笑いそうになり、手袋の指先で口元を隠した。
砦の地下階段は、半分土で埋まっていた。
レムが石をどかし、ダン老人が天井のひびを見て、ロッコが入口で帳面を抱える。
「あっし、暗い地下は嫌いでして」
「荷を置ける場所が見つかるかもしれない」
ミナが言う。
「先に言ってくださいよ。商人は倉庫という言葉に弱い」
割れ魔石の灯りを下げ、アルトは石段を降りた。
地下には石室が二つあった。
一つは崩れている。
もう一つは、扉が壊れ、床に土が積もっているだけで、壁は生きていた。
空気は冷たい。
雨が降っても濡れにくい。
食料や修理待ちの品を置くには、作業小屋より向いている。
「倉庫にできます」
アルトが言うと、ロッコの目が帳面より速く光った。
「塩も布も濡れませんな。こりゃ価値がある」
ミナは扉の残骸を見た。
「鍵は?」
「元の鍵は無理です。でも、閉める仕組みなら」
アルトは壊れた扉を分解した。
板は割れているが、横木は使える。錆びた鎖は輪ごとに強さが違う。折れた槍の穂先は、掛け金になる。
ミナは入口で人の流れを決める。
「倉庫に入るのは担当だけ。食料、材料、依頼品で場所を分ける。ロッコ、帳面に番号を」
「へい。村長さん、商会を開けますぜ」
「商会じゃない。村を守る」
アルトはその会話を聞きながら、掛け金を取り付けた。
扉は美しくない。
けれど閉まる。
そして、開けた人がわかるように、古い鐘の欠片を内側へ吊るした。
「勝手に開ければ鳴ります」
レムが扉を押し、からん、と音を鳴らした。
「見張り台の鐘と同じ」
「同じ仕組みです」
「覚えた」
レムの言葉は短い。
だが、アルトはその一言がうれしかった。
掃除の途中、ニコが入口から叫んだ。
「壁に字!」
「入らない」
「入ってない! 入口から見える!」
灯りを近づけると、石室の奥に薄い文字が刻まれていた。
再生。
古い文字だが、確かにそう読める。
その下に、歯車と芽の印。
砦で拾った金属片と同じ印だった。
ミナが息を止めた。
「この場所、昔も何かを直していたの?」
「わかりません」
アルトは石文字に触れた。
指先が冷える。
けれど胸の奥は熱くなった。
捨てられた物を作り直す。
それは、自分だけの思いつきではなかったのかもしれない。
ロッコが静かに帳面を閉じた。
「この印、王都では見たことがありません。少なくとも表の工房では」
ミナの目が細くなる。
「表じゃない工房があるの」
「昔の職人組合や、辺境の工房なら、記録に残っていないこともあります」
倉庫はその日のうちに使い始めた。
塩と麦は奥。
鉄片と木材は右。
修理待ちの品は左。
ニコは入口の外で、番号札を並べる係になった。
「入れなくても仕事ある」
「仕事は山ほどある」
ミナが言うと、ニコは胸を張った。
夕方、石室の扉が閉まった。
村の荷が、初めて雨と泥から守られる場所を得た。
アルトは扉の掛け金を見た。
ゴミと呼ばれた鎖が、村の食料を守っている。
その後ろの壁には、古い「再生」の文字。
偶然にしては、あまりにも近い言葉だった。




