崩れた橋を渡す
廃鉱山から鉄片を運ぶには、沢を越えなければならなかった。
沢と言っても、水は浅い。
問題は、土手だった。
雨でえぐれ、荷車の車輪が落ちれば横倒しになる。古い丸木橋は半分崩れ、残った丸太も苔で滑る。
ロッコは橋の前で荷車を止め、首を横へ振った。
「あっしの車輪は命より少し安いですが、荷よりは高い」
ミナは橋を見た。
「つまり渡れない」
「商人らしく言えば、損が大きすぎる」
アルトは崩れた橋に触れた。
丸太の芯はまだ残っている。渡し板には弱いが、土台には使える。折れた荷車の車軸、砦から持ってきた扉板、防壁で余った盾の枠。
頭の中で、それぞれの次の使い道がつながる。
「仮橋なら作れます」
ミナがすぐに聞く。
「誰が渡れる」
「人と、軽くした荷車。重い荷は分けて運ぶ必要があります」
「それで十分」
「十分じゃありませんぜ」
ロッコが算盤を出した。
「荷を分けると手間が増える。だが壊れるより安い。つまり十分です」
ミナが半目で見る。
「最初からそう言って」
「商人は計算してからうなずく生き物でして」
作業は沢の両側で始まった。
アルトは丸太を完全に直そうとはしなかった。腐った外側を削り、まだ固い芯を土台にする。扉板はその上へ重ね、盾の枠を横へ通す。
レムは釘を選び、ニコは小石で足場の滑る場所に印をつけた。
「俺、今日は留守番じゃない」
「沢に入らないなら」
ミナの声が飛ぶ。
「入らない! たぶん!」
「たぶんは禁止」
ニコは慌てて沢から離れた。
ダン老人は丸太を杖で叩き、音を聞く。
「ここは生きとる。ここは死んどる。こっちは、わしより長生きしそうだ」
「ダンさんもまだ使えます」
アルトが言うと、老人はにやりとした。
「年寄りにそれを言うとは、いい度胸だ」
昼過ぎ、仮橋が形になった。
見た目は不揃いだ。
板の色も違う。盾の枠も見えている。欄干代わりの縄は、太さがばらばらだ。
けれど、足を乗せても沈まない。
まずアルトが渡ろうとすると、ミナが止めた。
「作った人が最初に落ちる決まりはない」
「でも、強さを確かめないと」
「だから軽い荷から」
ミナは空の籠を載せた小さなそりを渡した。
橋は鳴った。
しかし持った。
次にレムが鉄片を少し載せて渡る。
最後に、ロッコの荷車を半分だけ荷下ろしして通した。
車輪が板の上を進む。
ぎし。
ぎし。
全員が息を止める。
荷車は、沢を越えた。
ロッコが両手を広げる。
「渡れた! これは商売の道ですぜ!」
ミナは橋の板を見て言う。
「毎回、渡る前に点検」
「夢のない一言ですな」
「夢は落ちたら沈む」
アルトは笑った。
仮橋ができたことで、鉱山と村を荷車が行き来できる。
鉄片が増えれば、釘が作れる。
釘が作れれば、屋根も壁も橋も直せる。
夕方、ロッコが王都の紙を一枚取り出した。
「嫌な知らせもあります」
ミナの表情が固くなる。
「王都工房が、辺境の鉄くずを買い集め始めました。高値で」
「買い占め?」
「ええ。表向きは素材確保。裏では、ここへ鉄が流れないように、でしょうな」
アルトは仮橋の上に立ち、沢の音を聞いた。
王都は新品を作るために、古い鉄まで買う。
こちらは暮らしをつなぐために、捨てられた鉄を拾う。
同じ鉄でも、見ている先が違っていた。




