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『ハルノキヲク』 ~生まれ変わったら一輪の花だった~  作者: たつを


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11/15

十一話 願い



空の上の白い世界から、ハルはぼんやりと地上を見ていた。


赤いポピーでの生命を終え、帰ってきてからしばらく時が経っていた。


「ねえ? 次の花はまだ?」

ハルは、ソラに質問する。


「まだだ……」


ソラは、冷たく返す。


「花が散ったら、すぐに次が咲くって言ってなかった?」

ハルは再び問いかける。


「それでもまだだ……」


ソラは、ハルに背中を向けている。


帰ってきてから、ずっとこの調子だ……。


ハルには、少し心当たりがあった。


「もしかして……」

「この前、ケチって言ったの怒ってるの?」


「……別に……」


ハルは、確信した。

なるほど、ソラは拗ねているのだ……。


世界の創造者が、ケチと言われ拗ねている。

ハルは、少し頭がくらくらした。


「子供みたいだな……」

ハルは、ソラに聞こえないよう呟く。


ソラは、後ろを向いて動こうとしない……。


しばらく放っておこう……。

ハルはそう決意した。


その時、


「決めた!」

ソラが立ち上がる。


「え?」

「だから決めた!」


「何を?」

ハルは、訳が分からずソラに訊ねる。


「五回……」

「え?」


「次は、願いを五回に増やしてやる!」

「は?」


「だから、次の花では願いは五回だ!」

「ちょっとくらいの、無理も聞いてやる」

「これでもう、ケチとは言えまい!」


ソラはハルの方に向き直り、ぐっと胸を張る。


ハルは、頭を抱えた……。

そういう意味で言ったのでは無いし、

たかが人間……。

いや、たかが花の言う事を気にして、本当に拗ねてたのか……。


そして、ケチと言われない為に、

出した答えが五回……。


ハルは、なんとも言えない気分になった。


「どうだ? 特別だぞ!」

「そうだね……」


「嬉しいか?」

「うん……」


そう言い終わるとソラは、カッカッカと高笑いをした。


なんて面倒な男なのだろう……。

ハルは、頭に痛みを覚えた。


「なら、早速行くぞ!」

「ぐずぐずするな! 花が開くぞ!」


「うん……」


ハルは、心底呆れていたが、

機嫌が良くなったようなので、放っておくことにした。



ハルの意識が地上に舞い落ちる。



ガヤガヤと人の声がする中で、ハルはゆっくりと意識を開いた。


「ここは……」


ハルは辺りを見渡す。


沢山の人が行き交う、賑やかな通り。

その脇に、自分は咲いたようだ。


通りの端には、いくつかの大きな鉢植えが等間隔に並べられていた。

どの株も丸くこんもりと広がり、それぞれ違う色の花を咲かせている。

赤、青、ピンク、紫、白。

黒や、縁に模様がある花をつけている株もある。


街の片隅に、さりげなく置かれた消えない虹は、

活気のある通りに、更に明るさを与えているようだ。

その中のピンクの株で、ハルは静かに目を覚ました。


「これは、何ていう花なの?」


ハルはこの後、何が起きるか予測できたが、ソラの機嫌を更に良くする為にあえて質問した。


「仕方ないな……」

「教えてやろう、この花はペチュニアだ」


ソラはおおよそ、仕方ないという態度ではなく、得意気に話だした。


「ペチュニアというのはな、極めて合理的な花だ。光と水と温度、その三つが揃えば、ほぼ機械のように咲き続ける。花弁は漏斗状。受粉効率を高めるための形だ。見た目の華やかさは、ただの副産物に過ぎない。」

「一株ごとに色は決まっている。赤は赤、紫は紫のまま。隣と混ざることはない。整然と並べれば、秩序ある配色になる。」

「開花期間も長い。条件さえ整えば、休むことなく咲き続ける。持続性に優れた構造だ。」

「ただし、過湿には弱い。均衡が崩れれば一気に萎れる。過不足のない管理が前提だな。」

「派手に見えるが、本質は効率だ。無駄のない、よくできた花だ。」

「……どうだ、理解したか?」


ソラは仰け反るように、胸を張る。


「うん……わかりやすかったよ」


ハルは二割程しか聞いていなかったが、そう言っておいた。


ソラはまた、満足気な顔でカッカッカと高笑いをした。


ソラの機嫌は、完全に直ったようだ。


「さてと……」


ハルは気を取り直して、辺りを観察する事にした。


沢山の人に、広い通り。

様々な店が建ち並び、どこも賑わっている。


なかなか大きな街のようだ。


ハルが興味深そうに、辺りをキョロキョロしていると、

パチン、パチン、という小気味良い音が耳に入ってきた。


音の方を見ると、鉢植えの前に一人の女性の姿があった。

片方の手にはハサミを持ち、もう片方の手には青と白のペチュニアの切り花を一輪ずつ持っている。


「えっと……」


キョロキョロと鉢植えを見渡し、女性は黒いペチュニアの前に立った。


パチンと音を立て、女性は綺麗に咲いた黒いペチュニアを一輪切り取った。


「ソラ……」

「うむ……」

「何か、嫌な予感がするね……」

「そうだな……」


二人は、なんとなくこの後の展開を予測できた。


「最後は……」


女性は鉢植えを一通り見つめた後、ピンクのペチュニアの鉢植えの前に立った。


「ハル……まあ、たくさん咲いてるからな……」

「そうだね……これだけあるからね……」


ハルは鉢植えに咲いた、自分以外の沢山の花を見る。


パチン。


その音と共に、ハルはふわりと女性の手に納められた。


「……だろうね……」

「……うむ……」


二人は、静かに空を見ていた。


しばらくハルが、ふわふわと空の散歩を楽しんでいると、女性は一軒の小さな店に入った。


飲食店の様な雰囲気だ。


店内は薄暗く、テーブルが四つ並べられていて、

椅子は壁際にまとめられている。


まだ、開店前のようだ。


女性は、花を一つのテーブルの上に置き、カウンターの上に並べられていた、小さな水差しを手にした。


女性はそれに水を半分程入れ、テーブルの真ん中に置いていく。


その後、再び花を手に取ると、

一輪ずつ、水差しに挿していった。


「うん、とっても綺麗」


そう言うと女性は、細い指先でハルをちょんとつついた。


「なるほど、お前は客をもてなす、卓上花に選ばれたみたいだな。」

「みたいだね……」

「お前が一番良く見えたという事だ。誇っていいぞ」

「別にどうでもいいよ……」


ハルはそう言いながらも、悪い気はしていなかった。


「だが、問題はあるな」

「問題?」

「ああ、お前のペチュニアとしての生命は、今日で終わりだ」

「そんなにすぐ萎れるの?」

「まあ、手入れ次第では一週間程持つが……」

「萎れた花を客に見せるワケにはいかんだろ?」


「ああ、そうか……」

「おそらく、毎日変えるだろうな」

「今日店を閉める時に、お前は残飯と一緒にゴミ箱行きだろう」


「ゴミ箱……残飯……」


ハルは、一瞬自分の未来を想像した。


「……何とかならない?」


ハルの頼みに、ソラはニヤリと笑いながら、


「いいぞ! まず一つめの願いだな」


ソラは、少し嬉しそうな口調で快諾した。


ハルは、何か嫌みの一つでも言われると思っていたので拍子抜けした。


「なんか……気前が良いね?」


「五つの願い。多少は無理を聞く。約束だからな」

「ま、その時にはなんとかしてやる。安心しろ」


「ありがとう……お願い」


ハルは、素直に感謝を示した。


二人がそんなやり取りをしている間に、女性は店内の掃除を進めていた。


テーブルを拭き、床を掃き、椅子を並べる。

その後、窓を拭いていると、

カランと、ベルの音を響かせながら、ドアが開いた。


そこには、両腕いっぱいに食材を抱えた男性の姿があった。


店主だろうか? そのまま厨房の奥へ消えていった。


ハルは、改めて店内を見渡す。


壁には小さな絵画がかけられ、燭台も備え付けられている。


テーブルの上には小さな燭台と、花を挿した水差し。


窓には、繊細なレースのカーテン。


派手では無いが、品のある落ち着いた店だ。


窓の外を見ると、少し日が傾き始めている。


夕飯だけを提供する店のようだ。


「なかなか良い店だな」

ソラも同じような印象を持ったようだ。


「ハル、少しの間出てくる」

「出るって?」


「少しここから、離れる」

「待ってろ」


「別にいいけど……何処に?」

「すぐに戻る、心配するな」


ハルは、心配など全くしていなかった。


「わかった……」

「寂しいか?」

「いや……、でもまあ……」

「静かにはなるね……」


ハルは、行くなら早く行けと思っていた。


「とにかく待ってろ! 後でな!」


ソラはそう言うと、意識を消した。


本当に、ソラの気配が無くなった。

ハルはそう感じた途端、なんだか少し物足りなさを感じた。



二人がそうしている間にも、店では開店の準備が着々と進む。


厨房の中からは、トントンと小気味良い包丁の音が聞こえ、客席には小さな燭台が並べられていく。


女性が、客席と壁の燭台に火を灯して行くと、薄暗かった店内を、暖かな優しい光が包んだ。


店の二人には会話など無かったが、実に無駄の無い動きで準備が進んで行く。


ハルは、その様子に心地よさを感じたのか、店内の様子をずっと眺めていた。


そうしていると、次第に日が沈み、街は静かに黒く染まっていった。



ちょうど、準備が終わった頃、カランと、ドアのベルが鳴り、若い男女が店に入ってきた。


「いらっしゃいませ」


店の女性は、品のある声で若い男女を迎え入れ、

白いペチュニアの飾ってあるテーブルに案内した。


その後、丁寧な手付きで、水とメニューをテーブルに並べる。


「ごゆっくりどうぞ」


店の女性は、軽く頭を下げ、

店の隅まで歩いて行くと、静かにそこに立った。


「どれも、おいしそうだね」

「そうね」

「好きな物を食べてよ」

「ありがとう」


若い男女は、小さな声で会話している。


その時、またカランとドアのベルが鳴った。


店の女性と、ハルは同時にドアの方に視線を送る。


ドアの前には、絵に書いたような美男が立っていた。


少し長めの金色の髪に、涼しげな目元、柔らかな笑みを浮かべた口元、背も高い。


店の女性は、少し顔を赤めながら、男に近づく。


「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ……」


そう言って、美男を黒いペチュニアの席に案内しようとするが、


「申し訳ないが、そこの席に座りたいんだ」


そう言って、ハルの方を指さした。


「かまわないかな?」


そう言って、美男はにこりと微笑む。


「あ……どうぞ……」


店の女性は一瞬躊躇うも、笑顔にやられたのか、

更に顔を赤くして、美男を席に案内した。


そうしてメニューと、水をテーブルに置いてから、

若い男女の方へ、歩いて行った。


「待たせたな、寂しかったか?」

美男は、ハルに向かって話かける。


「え?」

「もしかして……ソラ?」


「正解だ」

ソラはニヤリと笑う。


ハルは一瞬疑ったが、自分の声が届くという事は、

目の前の男はソラでしかありえない。


「……何やってるの?」

「何って……良さそうな店だからな」

「人間の食事を味わってみたくなった」


「食べた事無いの?」

「無い。食べる必要も無いしな」


「そうか……でも、その体はどうしたの?」

「空の上で見たのと違うけど……」


「あれは、私の意識を勝手にお前がそう認識しているだけだ」

「人によって、見え方が違うハズだ」

「今回は、作ってみた」


「作るって……そんなのも出来るんだね……」


「イメージしたら出来た!」


「え?」


「やったことは無かったが、イメージしたら出来た」


「何でもありだね……」


「創造者だからな。あらゆる物から少しだけエネルギーと物質を拝借してな、その中に意識を入れた」

「しかし、完全では無いようだ、二時間か……持って三時間程だろうな」


「……もう、なんでもいいよ……」


そう言いながらハルは、改めてソラを見つめた。


確かに美男だが、イメージして作ったという事は、

ソラの願望がこれかと思うと、ハルは少し可笑しかった。


二人がそんな会話を、ひそひそとしていると、


「ご注文はお決まりですか?」


店の女性がにこやかに声をかけてきた。


「そうだな……」

「あなたの、おすすめの料理と酒をいただこうかな……」

「それでかまわないかな?」


ソラは、穏やかな顔でそう答える。


「結構ですよ。では、少々お待ち下さい」


女性は頭を下げながらそう言って、テーブルから離れていった。


「楽しみだな……」

ソラは、待ちきれない様子で店を見渡し始める。


「ソラ! お金はあるの?」

ハルは、ふと気になってたずねる。創造者が無銭飲食では流石にマズいと思った。


「持ってないが……」


ソラは、そう言いながらハルの目の前に手のひらを差し出す。

その手のひらを軽く握り、ソラが目を閉じた瞬間、

握られた手の中が、ポッと光った。


「作れる」


そう言って手を開くと、

金、銀、銅の硬貨が一枚ずつ入っていた。


「それ……偽物じゃ……」

「失礼な事を言うな! 本物だ」

「本物と同じ材料で、本物と同じように作った」

「……うーん……」


世間ではそれを偽物と言うのでは?とハルは思った。

だが、どうでもよくなって考えるのをやめた。

 

そうしていると、店の女性が若い男女の席に料理を運んでいった。


香ばしく、美味しそうな匂いが店内に広がる。


「良い香りだ」

ソラは目を輝かせながら、自分の側を横切っていく料理に目を奪われていた。


「わあ! 美味しそう!」

「本当だね!」


若い男女の声も弾んでいる。


「さあ、食べて!」

若い男が、料理を食べるように促すと、若い女性は、

いただきます。と言って頭を下げ、料理を口に運んだ。


「美味しい!」

目を輝かせながら、料理を味わう若い女性を、満足そうに若い男性は眺めている。


そうしていると、カランカランと立て続けに二回ベルが鳴った。


美味しそうな匂いに誘われたのか、ドアの側には二組の客が立っていた。


店の女性は、一組ずつ席に案内していく。


黒いペチュニアの席には、いかにも紳士といった感じの中年の男性と、地味な服装の中年の女性が通された。


中年の男性は、スッと椅子を引き、連れの女性を自然にエスコートする。いかにも慣れた様子だ。


青いペチュニアの席には、ベレー帽を被った二十代くらいの男性と、同じ年頃のメガネをかけた男性が通された。


わずかな時間で四つの席が全て埋まり、賑やかになった店内を店の女性は忙しく動き回っている。


ハルとソラは、店内の様子をぐるりと見渡した。


「大盛況だな」

「そうだね……」

「私の料理が遅くなるんじゃないか?」

「少しくらいはいいじゃん……ちゃんと来るから」


ソラは、よほど食事が楽しみなのか、本気で心配そうな顔をしている。

ハルはそんなソラの様子を見て、子供をあやすようになだめた。


しかしソラは、子供のようにキョロキョロと店内を見回す。

美しい風貌をしているだけに、少し異様な雰囲気を出している。


「恥ずかしいから……」

ハルは、ソラに注意をする。


「そう言われてもな……じっと料理を待つのが案外辛くてな……」


そんな会話をしていると、店の奥から美味しそうな匂いが、近づいてきた。


「お待たせしました」


店の女性は、そう言うとテーブルに料理を並べだした。


彩り良く盛り付けられた野菜。

透き通るような黄金色のスープ。

ふわふわと柔らかそうなパン。

表面は香ばしい色に焼き上げられた、厚い肉。


「こちら、本日のオススメです」

料理を並べ終えた女性は、そう言いながらソラににっこりと微笑んだ。


ソラは、突然立ち上がり、


「ありがとう」


と言って、女性と握手し始めた。


「ちょっとソラ! 恥ずかしいよ……」

ハルは、ソラに注意する。


ソラは我に返ったのか、「失礼」と言いながら椅子に座った。

顔が赤い。


店の女性は、くすりと笑いながら、


「お腹がお空きでしたんですね。どうぞ、お酒をお注ぎしますね」


と言って、酒の入ったボトルを傾けた。


ソラは、「ありがとう」と言って、気取った手付きでグラスを差し出す。


しかし先ほどまでの様子から、少しも格好良くない。

むしろ滑稽だ。


女性はグラスの半分くらいまでゆっくりと、深い赤色の酒を注ぐと、

そっとテーブルにボトルを置き、頭を下げてテーブルから離れた。


店の女性がいなくなると、ソラはナイフとフォークをガッと掴み、料理に襲いかかろうとする。


「いただきますは?」

ハルがソラに待ったをかける。


「いいではないか!」

「ダメ、お祈りしてから」

「何に?」

「うーん……神様?」

「お前達の言う神様は私だ」

「じゃあ、生命を分け与えてくれた食材に」

「それも、私が造ったのだ……」


ソラは、ぶつぶつと文句を言いながらも、

祈ってしまった方が早いと判断し、手を合わせる。


「いたーだきーます!」


信じられないくらいの大きな声に、子供じみた言い方。

店の中からクスクスと笑い声がこぼれた。


ハルはその瞬間、この場からいなくなりたいと思ったが、ソラが本当に嬉しそうな顔をしてるのを見ていると、仕方ないなと思えた。


ソラは、急いで肉を一口大に切り口に入れた。


「!!!」


ソラは言葉は発さないが、目を見開き、何やら衝撃を受けている。


そうして小さく震える手で、グラスを取ると、

一気に喉に流し込んでいく。


グラスの酒を飲み干すと、タンッとグラスをテーブルに置き、動きを止めた。


「なんだこれは……美味すぎる!」


ソラの声が震えている。

   

「人間は毎日、こんな美味い物を食べてたのか!」


「ちょっと、ソラ!」

「声が大きいよ……もっと静かに……」

「あと、人間とか言っちゃダメだよ……」


興奮するソラを、ハルは必死に落ち着かせる。


ソラは小さく、すまんすまんと言い、食事を続ける。


テーブルの全ての料理を一口ずつ食べていくが、その度に、雷にでも撃たれたように身震いをしている。


「美味しい?」

ハルが、優しくソラに問いかける。


「ああ! 美味い!」

「一度食べてみたかったのだ、人間の食べ物を」


「そう……良かったね」


「ああ! 最高だ!」


そう言うと、自分でグラスに酒を注ぐと、ボトルを手に持ったまま、また一気に飲み干した。


ハルは喜ぶソラに、細かい事はこれ以上言わないでおこうと思い、店内の様子を伺う事にした。


黒いペチュニアと、青いペチュニアの席の客達は、注文を終え、料理が運ばれてくるのを待っているようだ。


黒いペチュニアの席の中年の男女は、男性が余裕のある態度で話をしているのを、うっとりとした顔で女性が静かに頷きながら聞いている。


青いペチュニアの席の、青年の二人組はなにやら深刻な話をしているのか、ボソボソとお互いに喋り、笑顔が無い。


次にハルは、白いペチュニアの席に目を移した。


そこに座る、若い男女はどうやら、食事を終えたらしい。テーブルには、酒の入ったグラスだけが残っている。


二人は、ちびちびと酒を口にしながら談笑している。


「今日はごちそうさま。素敵なお店ね、ありがとう」

「キミが喜んでくれて、嬉しいよ」

「今日は、なんで私を誘ってくれたの?」

「いや……友達が、ここの料理が美味しいと言ってたから……」

「一人では入りにくいしね……それでキミを誘ったんだ……」

「ふーん……」


若い女性が、真っ直ぐに若い男性を見て、ハッキリ喋るのに対して、男性は、女性から時折視線を外し、モジモジしている。


「あっちのテーブルの大声を出した人は、一人で来てるわよ?」

「さっきは思わず笑っちゃったけど、素敵な人ね」

「そうかい……?」

「あなたも、あれくらい自信を持つべきよ」

「自信が無いワケじゃないけど……」


女性は、少し機嫌が悪くなったようだ。

男性に、次々と小さな棘の付いた言葉を投げ掛ける。


「誘ってもらって嬉しかったけど、ただの付き添いだったワケね」

「ごめん……そんなつもりじゃ……」

「じゃあ、どういうつもり?」

「それは……」


男はモジモジとハッキリしない。


「あの若い男は、相手の女に好意を持ってるのか」


ソラは、スープを啜りながら呟く。


「聞いてたの? 料理に夢中だと思ってた……」

「まあ……そうみたいだね」


「あんなハッキリしない態度では進展しないだろうな」

「私みたいに、堂々としてないとな!」


ソラは、フンと鼻で笑う。


ハルは、堂々としすぎて少し恥ずかしい。と言いそうになったが我慢した。


「あの女も、満更では無さそうだが……決め手に欠けるといった所だろう」


そう言いながら、ソラは酒のボトルに手を伸ばし、グラスに向かって傾ける。


しかし、雫がポタポタと落ちるだけだ。


ソラは店内をキョロキョロと見回し、壁際に立つ、店の女性に目で合図を送る。


女性がテーブルに近づくと、


「すまないが、酒のおかわりを頼む」

「同じ物でよろしいですか?」

「あなたのオススメで構わないから、違う物に」

「かしこまりました」


そうやって、おかわりを注文した。


「すまないがもう一つ、次の酒に合う一品も頼みたい」

「はい。かしこまりました」


そう言って、女性はテーブルを離れた。


「まだ食べるの?」

「当たり前だ! 店中の物全て食べても平気だ」


ハルはソラの食欲に呆れながら、視線を白いペチュニアの席に戻す。


若い女性は、若い男性の煮え切らない態度に腹を立てたのか、更に機嫌が悪くなっている。


「キミと来たかった。とか嘘でも言えない?」

「いや……嘘とかじゃなく……本当にキミと……」


「今さら言っても、信じられないでしょ?」

「さっきまでは、楽しかったのに……」


「ごめんよ……謝るから……」


「こんなに言われて、怒らないの?」


「僕が悪かったんだ……」


「あのね、優しくしてくれるだけじゃ、私は嫌なの!」

「もう少し、男らしくして!」


「悪かったよ……」


男性は、平謝りを繰り返す。

女性は大きくため息をつき、グラスの酒を飲み干した。


「行きましょ、今日はごちそうさま」

「あ……うん……」


男性は何か言いたげだったが、女性の勢いに押されるように席を立つ。


「なかなか厳しそうだな」

次の酒が来るまでの時間潰しなのか、ソラも二人に注目していた。

「……そうだね。でも、二人共悪い人じゃなさそうだよ……」

「そうだな。同じ時間に食事を共にした仲だ……」

「幸せを願うさ」

ソラは、美味しい料理と酒に気分を良くしているようだ。


若い男性は、女性の前にスッと割って入り、会計をしようとする。


「あれ?」

男は、ズボンのポケットをポンポンと叩きながら、何か探しているようだ。

状況からして、財布だろうが……。


「ちょっと失礼」

そう言うと、自分の座っていた席に戻り、テーブルの上や、椅子の下を覗き込む。


みるみる男の顔から、血の気が引いていく。


「なんだ? 代金が払えないようだな」

ソラが呟く。

「そうみたいだね……」

「なんとも間の悪い男だな……」


そんな会話を二人がしている間にも、何度もテーブルの下に潜り、ポケットを叩く。


若い女性は、呆れた顔でそれを見ている。

店の女性は、心配そうな表情だ。


若い男性の額には、大粒の汗が浮かんでいる。


「なんだか……可哀想だね」

「まあ……同情はするな」


「……なんとかならない?」

「ん?」

「それは願いか?」


「……うん」


ハルの願いを聞いたソラは、少しため息をついた後、

テーブルの上に、さっきソラが造った三枚の硬貨を出した。


パチンとソラが指を弾くと、テーブルの上から硬貨が消えた。


そうしてソラは、若い男性に声をかける。


「そこの若い人。何か探しているようだが……」

「後ろのポケットは見たのか?」


ソラは、若い男にだけ聞こえるような声で話かける。


「ああ……お騒がせしてすみません。」

「実は財布が……」


そう言いながら、若い男性は後ろのポケットを触る。


「あれ?」


男性は、ポケットに手を入れ、三枚の硬貨を取り出す。


「なんでこんな所に……。しかもこんな大金が……」

男性は、不思議そうに硬貨を眺める。


「探し物があったのなら、早く会計を済ませたらどうだ?」

「連れが待ってるぞ……。それに、キミが会計を終わらせないと、ここに酒が運ばれてこない」


ソラはアゴをしゃくるようにして、若い女性を指した。


「あ……そうします。ご迷惑をおかけしました」

「かまわんよ」


そう会話をしてから、若い男性は小走りに会計に向かった。


「ソラ、ありがとう……」

「まあ、約束だからな」

「おせっかいだったかな?」

「さあな……だが悪い事では無いだろう」


二人がそんなやり取りをしていると、若い男女は店を後にしようと歩き出した。


「もう! 最後までバタバタして……」

「ごめんよ……」

「でも、あなたらしいわね」

「……」

「私も少し言い過ぎた。ごめんなさい」

「いや! キミは悪く無いよ……僕が……」

「次は、もう少し楽しませてね」

「え? ……もちろんさ」


二人は、そんな会話をしながら

ドアのベルの音と共に、夜の街へ消えていった――



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