残る拍
丘を下りても、呼吸は戻らなかった。
肺の奥が、まだ薄い。
吸えているはずなのに、どこか途中で止まる。
リュカは歩きながら、何度目かの深呼吸をした。
夜の風は冷たい。
けれど、軽くはない。
隣を歩くミアも黙ったままだった。
足音だけが続く。
ざっ。
ざっ。
ざっ。
一定になりかけて、リュカはわざと歩幅を崩した。
石を踏む。
乾いた音が跳ねる。
それでようやく、耳の奥の拍が少しだけ遠のいた。
「……まだ聞こえるか」
ミアは小さく頷く。
「うん」
声が弱い。
けれど、それだけじゃなかった。
返事の間が、少し揃っている。
リュカは気づかないふりをした。
もう日が落ちる。
街道脇の崩れた石壁を見つけ、二人はそこで夜を越すことにした。
火を起こす。
枝が爆ぜる。
不揃いな音。
それだけで少し安心する。
ミアは焚き火を見つめたまま、ぽつりと言った。
「……広がってる」
「丘だけじゃないのか」
「うん」
火の向こうで、彼女の目が揺れる。
「前は、もっと局所だった」
「前?」
問い返しかけて、リュカは口を閉じた。
ミアは時々、妙に古い言い方をする。
見てきたみたいに。
知っているみたいに。
風が吹く。
遠く。
街道の先から、車輪の音が聞こえた。
ごと、ごと、ごと。
荷馬車だ。
こんな時間に珍しい。
だが。
「……なんだ?」
リュカは眉を寄せた。
音が綺麗すぎる。
左右の車輪が、同じ音で鳴っている。
馬の蹄も。
御者の揺れも。
全部、一定だった。
荷馬車はゆっくり通り過ぎる。
御者は二人を見ない。
ただ真っ直ぐ前だけを向いていた。
まばたきの間隔まで揃って見えた。
荷台の木箱が、かたん、と鳴る。
その音だけが、妙に浮いていた。
リュカは無意識に息を止めていたことに気づく。
荷馬車が遠ざかる。
ごと、ごと、ごと。
同じ間で。
同じ速さで。
ミアが小さく呟いた。
「……もう街道まで来てる」
焚き火が、ぱちりと爆ぜた。
その不揃いな音だけが、やけに大きく聞こえた。




