揃う風
更新遅くなりました、、、
風は止んでいた。
いや、正確には違う。
止んでいるように“揃っていた”。
丘の上へ続く獣道。草は揺れている。木々も鳴っている。けれど、その揺れ方が妙だった。右から吹けば右へ、左から吹けば左へ、本来ならばばらばらになるはずの動きが、まるで見えない拍に合わせられている。
ざわ、ざわ、ざわ。
一定。
呼吸のように。
リュカは無意識に足を止めた。
「……まただ」
胸の奥が浅くなる。
耳鳴りに似た感覚。けれど音ではない。頭蓋の内側を薄く撫でるような圧迫感。
隣を歩いていたミアが、不意に眉を寄せた。
「今、変だった」
「ミアも分かるのか?」
「分かるっていうか……」
彼女は自分の喉元を押さえた。
「息するタイミング、間違えそうになる」
その言葉に、リュカは妙な寒気を覚えた。
“間違えそうになる”。
それはつまり、本来の自分の呼吸ではないものに引っ張られている、ということだ。
ざわ、ざわ、ざわ。
風が鳴る。
木々が擦れる。
そしてその間に、自分たちの呼吸まで混ざり始めている。
「……戻るか」
反射的に口から出た。
丘へ行く理由ならあった。昨日から帰っていない羊を探しに来たのだ。けれど今は、それよりも“ここに居続けること”そのものが危険に思えた。
だが。
「待って」
ミアが小さく言った。
視線の先。
道の脇、少し窪んだ場所に、白いものが見えた。
羊だった。
倒れている。
二人は顔を見合わせ、慎重に近づく。
羊は生きていた。だが眠っているようでもあり、気絶しているようでもあった。腹は上下している。傷もない。
けれど。
「……なんだ、これ」
リュカは思わず呟いた。
羊の呼吸。
草の揺れ。
枝葉の擦れる音。
全部が同じ間隔だった。
吸って。
止まって。
吐く。
ざわ。
吸って。
止まって。
吐く。
ざわ。
まるで見えない指揮者が、この場すべてを一つにまとめているみたいだった。
ミアが後ずさる。
「気持ち悪い……」
その瞬間だった。
羊の耳が、ぴくりと動く。
閉じていた瞼が、ゆっくり開いた。
そして。
ぴたりと。
ミアを見る。
ぞわ、と背筋が粟立つ。
動物の目じゃなかった。
空っぽなのに、視線だけが合っている。
その違和感。
リュカは咄嗟にミアの腕を掴んだ。
「下がれ!」
叫ぶより早く。
羊が立ち上がる。
不自然なほど静かに。
四肢が同時に動いた。
普通の生き物なら生まれるはずの“ずれ”がない。
完璧すぎる動き。
まるで。
最初から決められた動作をなぞっているみたいに。
そして羊は、一歩だけこちらへ近づいた。
ざわ。
その瞬間、風まで同じ拍で鳴った。
ミアが息を呑む。
――合った。
一瞬だけ。
この場の全部と、羊の動きと、風の音と、自分たちの呼吸が。
完全に。
揃った。
面白い、続きが気になると思って頂けましたら、
下の☆マークから評価・お気に入り登録などをお願い致します!




