残る拍
しばらく進んで。
肩で息をする。
吸う。乱れる。吐く。揃わない。
そのことに、リュカは小さく息を吐いた。
胸の奥に、ちゃんと重さがある。
軽すぎない。
引っかかりがある。
それだけで、ここがさっきの場所とは違うと分かる。
「……はぁ……」
ミアも同じように呼吸を整えている。
上下する肩が、不規則に揺れる。
その揺れが、ひどく安心できた。
「大丈夫か」
「……うん」
短い返事。
少しだけ遅れて、言葉が出る。
揃っていない。
それを確認するみたいに、リュカは一度だけ頷いた。
風が吹く。
葉が鳴る。
ばらばらに。
同じ音は、ひとつもない。
その中に、まだ微かに残っている。
耳の奥に、引っかかる拍。
さっきの音だ。
ここにはないはずなのに、消えていない。
「……聞こえるか」
リュカが低く言う。
ミアは少しだけ顔を上げる。
「うん」
間が、わずかに揃いかける。
ほんの一瞬。
すぐに崩れる。
「まだ、ある」
「……離れたのにか」
ミアは首を横に振る。
「場所じゃない」
その言葉に、リュカは黙る。
風の中に、同じ高さの音が一つだけ混じる。
すぐに消える。
だが、消え方が揃っている。
残る。
ほんのわずかに。
「……やだな」
小さく呟く。
返事はない。
ミアは少しだけ目を細めて、周囲を見ていた。
何かを探しているというより、確かめている。
違いを。
揃いを。
それが混じっている場所を。
「行こう」
ミアが言う。
さっきよりも、少しだけ速い。
リュカは頷いて、歩き出す。
道は緩やかに続いている。
土と小石が混じった、見慣れた道。
けれど。
一歩。
もう一歩。
足音が、わずかに揃う。
リュカは眉を寄せる。
ミアの足だ。
一定の間隔で、地面を踏んでいる。
軽い。
迷いがない。
昨日までの彼女なら、踏む前に一瞬だけ“確かめる”間があった。
今は、そのまま置く。
流れるように。
リュカは何も言わない。
ただ、一歩だけ自分の歩幅を崩す。
大きく踏む。
音を変える。
その瞬間。
ミアの足が、わずかに遅れた。
ほんの一瞬。
それだけで、間が崩れる。
次の一歩で、元に戻る。
ばらける。
普通の歩き方に。
「……」
リュカは息を吐く。
気のせいかもしれない。
そう思うには、少しだけはっきりしていた。
「どうしたの」
ミアが振り返る。
その声は、いつも通りだった。
揃っていない。
「いや」
リュカは首を振る。
「何でもない」
言葉にしない。
まだ、その段階じゃない。
ミアはそれ以上聞かず、前を向いた。
歩き出す。
今度は、ちゃんとばらけている。
風が通る。
葉が揺れる。
それぞれ違う音で鳴る。
その中に、また混じる。
同じ高さの音。
短く、一定の間で。
リュカは視線を上げる。
道の先。
木立の隙間。
そこに、見えた。
薄い跡。
ひとつ。
ふたつ。
さっきより、少し多い。
間隔が揃っている。
数を取るみたいに。
「……増えてるな」
呟く。
ミアは何も言わない。
ただ、少しだけ歩く速さが変わった。
ほんのわずかに。
揃いかけて、崩れる。
その繰り返し。
自分でも気づいていないみたいに。
リュカはそれを見ながら、足を進める。
音が、重なる。
ばらける。
また、揃いかける。
その奥で。
さらに先で。
何かが、同じ間隔で動いた気がした。
影ではない。
形も分からない。
だが――
視線だけが、揃っている。




