水音
水の音が、先に聞こえた。
高くも低くもない、細い流れの音。
岩に当たっては跳ね、また集まり、途切れず続いている。
道を外れて少し進むと、小さな沢があった。
幅は狭いが、水は澄んでいる。底の小石がはっきり見えた。
「……いい場所」
ミアが言う。
さっきまでの重さが、嘘みたいに薄れている。
リュカは膝をつき、水に手を浸す。
「冷たいな」
「うん、軽い」
ミアも隣に座る。
指先を水に触れさせると、小さく波紋が広がる。
その波紋を、じっと見つめる。
「……ここ、流れてる」
「さっきは溜まってたな」
「うん」
ミアは目を閉じ、ほんの少しだけ手をかざした。
風が、ふっと抜ける。
魔法というほど大きなものではない。
ただ、流れを整えるだけ。
水面が、一瞬だけ滑らかになる。
リュカが、それを見て言う。
「それ、便利だな」
「便利って言うと、ちょっと違う」
「違うのか?」
「直してるわけじゃない。
ちょっとだけ、通りやすくしてるだけ」
リュカは、石を拾って水に投げる。
波紋が重なる。
「俺も似たようなもんだ」
「どういう意味?」
「さっきの魔物も、倒してない。
ちょっとだけ、通りやすくしただけ」
ミアは、少しだけ驚いた顔をしてから、笑った。
「ほんとだ」
しばらく、二人は何もせず、水を眺めた。
日差しが強くなり、風が少し温む。
「腹、減ってないか」
「ちょっと」
簡単な干し肉とパンを取り出す。
豪華ではないが、沢の音があるだけで味が変わる。
ミアは一口食べて、ふと呟く。
「こういう時間、好き」
「戦ってないからか?」
「ううん。
……一緒に、何もしてないから」
リュカは、言葉に詰まる。
「何もしてないって言うな。
ちゃんと休んでる」
「それ」
ミアは、少しだけ近づく。
「休めるって、すごいこと」
沢の上を、小さな光が跳ねた。
ミアの指先が、水をすくい、軽く払っただけだ。
水滴が空中で一瞬きらめき、消える。
「それ、魔法か?」
「……たぶん」
「曖昧だな」
「大きいのは、あんまり好きじゃない」
「派手なのは?」
「疲れる」
リュカは笑う。
「俺も」
沈黙が落ちる。
でも、気まずくない。
沢の音が、会話の代わりになる。
しばらくして、ミアが言った。
「ねえ」
「ん?」
「もし、どこにも行かなくてよくなったら」
「うん」
「こういう場所、探して暮らすのも……ありかな」
リュカは、少し考える。
「……そのときは」
「そのときは?」
「ちゃんと、家建てる」
ミアは、吹き出す。
「焚き火じゃなくて?」
「屋根付き」
「窓も?」
「ある」
沢の音に、笑い声が混ざる。
世界は、今日も少し重くて、少し軽い。
でも今は、ただ流れている。
二人は、もう少しだけ、そこにいた。
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