91話 関わる機会
映画館に行く当日。三郷楽阿は酒々井鉄道と合流した。まず服装に触れられた。
「今日は私服なんだな」
「いや、休日だし」
春休みに制服でハーブ園に行ったとか、最近は制服のままゲームソフトを買いに行ったとか、テツジは幼馴染たちからラクアの行動を聞いていた。もしかしたら今日も、社会人気分を味わうためと言って学生服で来るのではと思ったが、今日は違った。一方ラクアはこれまでのことを棚に上げて、これが普通の格好なのにわざわざ言及することなのかと首を傾げる。
テツジはツッコミを入れず聞き流し、二人揃ったので出発した。後の二人とは降車駅で待ち合わせだ。
二人は電車に乗り、待ち合わせ場所へ向かう。移動時間、彼らは並んで座りラクアはスマホで今日会う東千葉見悠の情報を予習する。
能力者になったのは今年の一月で、テツジと同日。二人は"同期"にあたり、当時から現在すなわち五月になっても交流が続いている。ちなみにラクアが能力者になったのは先月で、彼がミハルの名前を知って一ヶ月経ったが、能力のランクが違い家や学校も離れていて、今まで関わりが少ない。たまに同学年能力者全体での交流会があって顔を合わせる程度だ。もしもテツジと同時期に能力に目覚めていたら、"同期"に加わってもっと関わる機会があっただろう。
現実は違ったが、ラクアは幼馴染のテツジに誘われてミハルと関わる機会が訪れた。映画を楽しむだけで満足せず、彼女がどんな子か知ろうと思って、能力者データを見ている。顔写真や誕生日、特殊能力の性質等が載っている。
「見覚えあるだろ? 皆で集まったとき俺の近くにいる子」
「ああ、分かる。お前とミチルが取っ組み合いしてる光景しか思い浮かばなかったけど」
ラクアはミハルの写真を見て、交流会で彼女がテツジと一緒にいるのを眺めたことがあるのを思い出した。ただその場には他にも彼の"同期"がいて、その内の佐倉満と彼が張り合っている印象が強くて、他の女子たちとオロオロしている子というイメージしかない。ちなみにミチルは今日は来ない。家が遠いから、テツジは誘っていないのだ。
「テツジはいいのか? アスミのこと調べておかなくて」
代わりにラクアは彼の"同期"でミチルの同級生でもある川口青空澄を誘った。ラクアにとってミチルがまだ馴染みのない相手であるように、テツジにとってアスミがそういう距離感がある。
一緒にそれぞれ予習しないか提案するラクアだが、その声は届かない。今日もトレードマークの耳栓がスムーズな会話を拒絶している。
そこでラクアはスマホの画面をチャットに切り替え、今の言葉を文章にしてテツジに伝えた。これなら耳でなく目で伝わる。だが送信する前に画面を覗き込まれ、返事が声で返ってきた。
「スマホ置いてきたから」
「先に言えよ! 取りに戻るか」
「いい。わざとだし」
予習しようにも手段がないと言うテツジに、それは予習以外に諸々不便と思ったラクアは立ち上がり、家に引き返してスマホを持ってくるのを提案した。どんどん離れているのでもっと早く言ってくれれば所要時間を減らせて遅れも軽減できたのが不満点だ。だが彼はうっかり忘れたのではなく故意に置き去りにしてきたから、このまま向かっていいと言い張り、ラクアを着席させた。
「映画中は使わないし、ラクアいるし」
「それもそうだけど……」
メインイベントの映画は観賞中スマホの電源を切っている。そしてラクアと行動していれば、彼の一台で事足りる。荷物は少ない方が負担は少なく、その差でお土産を入れる容量を確保できるかもしれない。ラクアは納得したが、真似しようとは思わなかった。
「じゃあ耳栓取れよ」
スマホを連絡手段から捨てるのなら、会話が成立するようカバーしてほしい。今だって声が届かないからスマホで聞こうとしたわけで、ラクアとしては面倒だった。
だが彼の頼みすら防音し、耳栓は外さない。
「あれ、電話だ」
そのときラクアのスマホに、ミハルから着信が来た。きっと先にテツジにかけて、出なかったから今日一緒に来る彼に発信したのだろう。連絡先を交換していなくても、同学年能力者四十一人全員のグループチャットがあるから、そこから発見して電話をかけたと考えれば不思議ではない。ラクアはテツジに応答させようとしたが、出る前にバタバタしては二人の身に何かあったと彼女を心配させてしまう。まずは自分が出ることにした。
『はい、テツジの親友ラクアです』
『ミハルです。お邪魔でしたか?』
いつでも交代できるようにテツジとの関係をアピールし、けれどもミハルに聞かれたことは予想と違ったので、咄嗟に素直に答える。
『ああ、お前のこと調べてただけ』
『まあ……』
電話のせいでミハルの情報を見る画面が消えてしまったが、通話中は見えないが終了後にまた見ればいいだけで、つまり邪魔ではないと答える。
元々暇つぶしの作業だったので中断させられても気にならない程度。だから思わず"だけ"と余計な言葉まで出てしまったことをラクアは内心まずかったかと反省した。
だがミハルは気にせず、むしろ自分のために時間を使ってくれている彼に好感を抱いた。
『テツジなら俺の隣で、寝るな』
話し相手を取られスマホもなく、手持ち無沙汰になったテツジは座ったまま仮眠に入る。そろそろ電話を代わろうとしたラクアは彼が拒否態勢に入るのを引き留め、揺すって起こす。
「うっ、疲れが……」
「おい、今は能力使ってねえぞ」
だがラクアに触れられたせいで余計に眠くなったとテツジは演技する。彼の特殊能力は触れた相手を過労させること。電話に出たいけど彼のせいで気力が出せないことにして逃げようとしたが、彼の能力は強制発動ではない。
『悪い、こいつスマホ忘れたんだ。なのに代わってくれなくて』
『ううん、大丈夫。じゃあ待ってます』
そう告げてミハルは電話を切った。ラクアは彼女から用件を聞けなかったが、やはり最初に予想したテツジとの連絡がつかなくて心配しての安否確認の着信と考えた。他に用件があっても今から会うわけで、そのとき伝えればいい。
ただテツジがスマホを持参していたらもっと楽に済むのも事実だ。
「早速置いてきた弊害出てるけど」
「ありがとな、出てくれて」
スマホがなくて困ることが一度や二度あるのは想定していたから、テツジは冷静に開き直る。むしろちゃんとスマホを持参して着信にもすぐ応じるラクアを連れてきて正解だったと安堵した。二人揃って忘れていたら大事になっていたにちがいない。
「というかアイリ誘わなかったの?」
「神はそう言わなかった」
「なんて?」
通話を終えてフリーになったラクアにテツジは尋ねる。彼がアスミを誘ったが、代わりに他の、旧知の仲の子を誘っていれば、今予習をしなくてもいい。そんな理由をつけて彼は好きな子、美南哀月を呼ぶと読んで、誰か女子一人連れてきていいと伝えていたのだが、彼はそうしなかった。
その理由を聞いたが彼が何を言っているか分からず、テツジは邪魔な耳栓を外してもう一度聞いた。
「色々調べたら、同級生のアスミが適任と思った」
「なるほどなー。でもせっかくチャンスだったのに」
「というかお前アイリのこと嫌いじゃん」
アイリか他の女子か、運任せで決めたら後者になって、その中からアスミ選んだのはミハルの同級生の能力者だから。彼女はラクアの"同期"で面識があり、誘うには都合が良かったのが決定打になった。
だから人選は妥当と考えるラクアは、そもそもアイリをテツジに会わせたくないと思う節もあると呟く。
「嫌いではない。Aランク四位の座を取られたのが悔しいだけで」
特殊能力にはランクと同学年内の序列がある。戦闘力だけではなく有意性や本人の実力との総合評価で決まっており、コロコロ変動するものではない。だからテツジが張り合ってアイリとの勝負に勝っても評価が上がることはない。加えてSランクのラクアからすればどうでもいいことで、適当に頷きながらスマホを操作し画面をアスミの情報に切り替える。
一方でお互い意識し合って特別な関係を築かれる未来には近づけさせたくなく、その機会を潰したことは正解だと実感する。
「まあざっと見ておけよ。終わったら俺が続きを見る」
「分かった。でも前に一回見たんだよな」
テツジは先月にアスミのデータを見ているから、今見てもすぐ頭に入るだろうと呟く。その情報はラクアは初耳で、興味が湧いた。
「へー、気になる?」
「前にミチルが自慢しやがったんだ。サクラが電話かけてくれたって。追加メンバー繋がりでそいつのこと相談されただけなのに」
アスミはラクアや武蔵浦春桜たちから少し遅れて能力者に認定され、後から"同期"に加わった。その点ではミチルも同じで、彼はサクラから相談された。アスミを迎えるにあたって、彼女と同じ立ち位置だった彼はどんな心境だったかを。
立ち位置で相談相手に選ばれたに過ぎないが、他校の女子から電話がかかってきたことをミチルはテツジに自慢した。それを鬱陶しく思い、けれども気になってその後テツジは彼女らの情報に目を通した。だからアスミのデータは記憶に新しいのだ。
「今日一緒にいたことは自慢し返してやるぜ」
「いいけどあまり言いふらすなよ」
そのアスミとは、ラクア経由ではあるが今日会うことになった。それをミチルに話せば彼の悔しがる顔を見られると期待するテツジに、そうするのは勝手だが話が拡散するのは避けたいと釘を刺す。
「俺は忙しいってことにしてるから」
「それは聞いてるけど、よく"同期"の子を呼んだよな」
ラクアも居合わせたことを知られると、休日遊んでいたことが課外活動のメンバーに知られてしまう。ゲームに没頭して遅れを取り戻すべく今月は頑張ると言った矢先にバレるのは印象が悪い。だったら誘いを断れば済んだ話だが、単に遊びたかったのだから仕方ない。
けれども彼が誘ったアスミは"同期"つまり課外活動のメンバーで、誘った時点でバレている。他の人には黙っていてほしいと約束したが、リスクのある人選なのは否定できない。
「まあアカリにさえバレなきゃいい」
「分かった。とりあえず俺はラクアの味方だ。パソコン部仲間として」
"同期"ゆえに誘いやすかったが、それゆえにサボりを知られる覚悟が要る。とはいえそれはアイリも"同期"なので彼女を誘っても解決しない。諸々天秤にかけた結果、今月頑張る理由は西浦あかりが夏休みの留学に申込むかの期限だからであり、彼女にさえバレなければ何とかなるという結論に至った。
この点においてはアカリの同級生のアイリよりも、他校生のアスミの方が信頼できるので、人選の妥当性に拍車をかけた。現地で鉢合わせない限りは安心と考えている。そしてテツジも、報告するなんて意地悪な行為に走る気はない。そう聞いてラクアは安心しかけたが、聞かなかったことにした。へたに頷いたり感謝したりすれば、部活動に復帰する意思を見せたと捉えられかねない。
「そうそう、パソコンは持ってきた」
ただパソコンが話題に出たのを利用して、ラクアはもしもに備えた対策を披露した。課外活動のノベルゲーム制作、その資料やゲームを動かすツールが入っている。調べ物はスマホでできるし、ツールはオフラインで操作できる。これで出かけていたことが知られても、出先で作業していたと言い張って、サボりのレッテルを軽減できる。もちろんわざわざ屋外でやるのは自室で取り組むのと比べて効率が落ちる。カフェでじっくりやるわけでも、外でないとできない作業があるわけでもない。あくまでも何もせず遊んでいたと思われるよりはマシと思っての策だ。
だからバレていないうちから作業に取り組みテツジたちとの時間を削るつもりはない。何事もなければ一度も起動せず、重い思いをしただけだが持参したことを後悔はしない。
「大丈夫か?」
「まあ失くすリスクがあるってのは否定できないけど」
この策が裏目に出るとしたらパソコンの紛失だ。失くしたり壊したりしては余計に遅れをもたらしてしまう。だがそれは不注意な人が起こす失態。まず基本的に鞄から取り出すことも鞄を放すこともない。
好きな子と出かけられて浮かれ、イレギュラーな行動に走って危険に迫らないよう、誘わなくて正解だったと改めて実感した。




