90話 期待を込めて
「オープニングに出てこない時点で立ち位置を察するべきだっなって」
「まあ、出たらラクアみたいに嵌った人が期待しちゃうかもしれないし」
三郷楽阿は休み時間に新座黄麟と最近見た二十年前のアニメについて語り合っていた。モブキャラでさえ一瞬映るのにラクアが惹かれたキャラクターは名前があって本編に登場するのに、オープニングには一度も登場しなかった。最初はがっかりしたが、ヒロインでもモブでもない立ち位置だということを伝えるためと考えれば納得がいった。一切映さないことでヒロインと明確な区別をつける。もしヒロインと同じように登場したら、エンディングがあるかもしれないと糠喜びさせかねない。
そんな会話をするラクアたちの前を、幼馴染の酒々井鉄道と水天宮渡が会話しながら通りがかった。ラクアたちは一旦声を止めて彼らの様子を窺う。
「週末ミハルと出かけるんだけど一緒に来てくれない?」
「俺がいても邪魔だろ」
そう話して、ラクアたちを無視して通り過ぎていく。無関係な話だったと捉え、彼らも会話を再開する。
「アニメは途中の話から差し替えられるかもって思ったけど」
「だったら他の子もそうなるだろうね。皆が一話から出てくるわけでもないし」
そのアニメはブルーレイで、自由に早送りやスキップできる。だがラクアは本編以外も飛ばさず観ており、変化があるかもと期待を込めていた。だがそのキャラクターと同じくらい初登場が遅いヒロインは最初からオープニングに登場するから、こちらだけ途中から登場するなんていうのは都合の良い期待だ。
ワタルたちを見かけたのは無かったかのようにトークを進めるラクアたちだったが、また彼らの声が近づいてきた。
「チシロも誘えばバランスいいぜ」
「あいつに変な影響与えそうなんだが」
横切って間もなく彼らがターンして再び前を通り立ち止まったことには、流石に違和感を持った。妹も混ざれば男女二人ずつでワタルが疎外感を覚えることもないと提案するテツジに、関わらせることを嫌う彼は反対したので、話は決着していないのはラクアにも分かった。
ワタルはポケットから方位磁針を取り出して手のひらに乗せる。もう一方の手を構えると、針の向きが変わった。彼の特殊能力は手を磁石に変えることで、普段は北を向く方位磁針が磁石を近づけると向きを変えるように、指で触れず自在に動かせる。
そんな一発芸をなぜ今ここで披露したのかラクアたちは戸惑っていると、針が彼の方を向き、彼はワタルたちと目が合う。
ラクアは無言で横に移動するとワタルも手を動かし、針の向く先を彼の移動先に傾ける。キリンは彼らのやりとりが、まるでゲームのガイドのように見えた。
「おすすめの選択肢ってこと?」
「押しつけるなよ!」
ウロウロしている時点で関わると面倒になる予感がしたラクアは、針を向けられるのを嫌い、走って逃げた。廊下を走るなとテツジに注意されると、彼の特殊能力でその場に強制的に座らせられ、逃走は失敗した。
「会話遮って悪い。ちょうどいい所にいたから」
「いいって、後でもできるし。こっちの方が面白そうだし」
ワタルは狙い通りテツジの相手をラクアに代わってもらったが、そのせいでキリンとの雑談を強制終了させてしまった。一言謝るも彼は気にしておらず、むしろラクアの行く末とその結果を後日聞かせてもらうのを楽しみに思い、ワタルの行動はファインプレーと褒めた。
「週末一緒に出かけない?」
「断る。今忙しい」
テツジに誘われたラクアは、何の用事か聞く前に拒否した。忙しいのは本音で、今月中にできるだけキリンたちとの課外活動であるノベルゲーム制作を進めたい。コンテスト応募期限に余裕を持たせておく方が、今月が留学の申込期限であるメンバーを安心させられる。
応募を諦めると言い出して手を止め、後日やっぱり頑張ると撤回したラクアは、休日の用事を増やしてメンバーの顰蹙を買うわけにいかない。テツジは耳栓をしているから言葉で伝えても意味がないが、ジェスチャーと雰囲気で伝える方が楽と考え、文字で返さなかった。
「部活やってないし暇でしょ」
「やれねえほど忙しい!」
だがテツジには伝わっておらず、ラクアの言葉を無視して追撃が飛んでくる。口をパクパクさせて、単に面倒臭がっていると解釈した彼は、予定がないから来てはどうかと勧誘する。ラクアは部活を辞めてテツジよりは時間があるのは事実でも、そこを弄られるのはムカつき、普段より大袈裟に意思表示した。
「スバルとか誘えよ」
「部活あるって」
「お前と同じ部だろ!?」
説得するより他をあたって乗ってくれる人を見つける方がテツジにとって楽と思い、指でエアそろばんを表現して候補を挙げる。パソコン部仲間のことを指していると読み取ったテツジだが、もう声はかけていると答え、断られた理由を告げる。だがどうして同じ所属の二人の予定が合わないのかとラクアはツッコミを入れ、断る理由は嘘だと気づくよう促した。
「お前と違ってな」
「……煽っても復帰しねえぞ」
テツジは確かにそうだと頷きつつ、退部したラクアを煽る。再入部すれば茶化されずに済むが、そう誘導させられるのは彼ら部員の思うつぼだと冷静になり、甘んじて受け入れた。それより小村井珠陽が嘘の予定を理由に断っているのを見破ったことが重要。嘘と見抜いたと突きつけて罰として連行すれば解決だ、とラクアは提案しようとしたが、テツジに上を行かれていた。
「本当はミハルのことが怖いってさ」
「理由あるのかよ」
休みの部活を誘いの断る理由にしたというのは作り話。スバルが嫌がったのは他に理由がある。だからラクアの考えたプランで再び彼に声をかけても、今の理由で首を横に振られるだけで無駄骨に終わってしまうので、破綻した。
だったら最初からそう言ってくれれば余計なこと考えなくてよかったのに、とラクアは溜め息をつく。言っても聞こえないだろうから声には出さなかったが、考えていることはテツジに見透かされていた。
「ラクアが乗ってくれれば済む話だけど」
「言ってねえのにカウンター浴びせるな」
ラクアは遊んでいるのをゲーム制作のメンバーに知られるとまずいと思い込んでいるだけであって、予定は空いている。バレずに遊ぶのが一番楽な選択で、キリンが暴露するとは疑っていない。だからテツジの意見は正しい。今さら認めるのは癪に障るが、スバルが怖がる相手と聞いて乗り気になった。
「……まあいいぜ。怖くて逃げてるんじゃあ、カリンの鬼を倒せねえ」
ラクアは市内の隣の中学校に通っている人を探している。彼女は特殊能力者の久里浜華燐の旧友で、喧嘩して以来カリンは彼女の強さに怯え転校した。二人が和解すればカリンはその中学校へ復帰し、ゲーム制作メンバーの一人で今のカリンの家に居候している武蔵浦春桜がそのままついていけば、メンバーの家が近くなって集まって作業しやすい。
だから彼は鬼と称するカリンの旧友を見つけたら、仲直りしてくれと説得するつもりでいる。能力評価がSランク一位すなわち学年首位の彼女が気配を感じるだけで震えるという鬼と向き合うのに、他の怖いものから逃げている場合ではない。
その闘争心が、ラクアの決断の決め手となった。彼はテツジに手を差し出す。握手を求める、協力の合図だ。
「で、どこに行くんだ?」
「映画館」
そうと決まると気になるのは行き先。テツジに任せてラクアはついていくだけでもいいが、そのときにあって準備しておけばよかったと後悔したり、慌てたくはない。彼は指でゆっくりあちこち指し、どの方面にテツジが頷くか確かめつつ、目的地を知りたいことをアピールする。するとどっちかは教えてくれなかったが映画を観に行くと答えてくれた。
ラクアは安堵した。上映中に喋ったりトイレに行ってうろちょろしたりする客をその場で座らせ黙らせられる能力を持つテツジが得意な場所だということに。
ラクアは教室に戻り授業が始まると、テツジに言われた宿題に取りかかった。ワタルを誘ったときと同様に、誰か女子一人を誘っていいと言われたから、相手は即座に決めたが、どう声をかけようか悩んでいる。
気分転換に彼はノートの余白に方位マークを書き、四方それぞれにへのへのもへじを書いた。書き分けできていないが、これは四人の女子だ。そしてノートに対し垂直に立ててぶら下げたシャープペンシルを落とし、南に倒れたら美南哀月を選ぶというルールを設けた。
「ラクアに誘われて週末あなたと出かけることになって……」
翌日、川口青空澄は東千葉見悠に話しかけた。それは昨夜のこと。電話がかかってくる予感がしたアスミがワンコールで応じると相手はラクアで、テツジに映画館に誘われたから一緒に来ないかと聞かれた。ミハルも一緒というので、彼女と同級生のアスミを選んだと彼は語った。
当初ラクアは運任せで四人から選ぶつもりだったが、シャーペンが左に倒れ西浦あかりに決まってしまった。アカリはゲーム制作仲間で、遊んでいることがバレるのは一番まずい相手だ。だから彼はその選択をなかったことにし、候補の四人には含めていなかったが、ミハルと同級生の特殊能力者で同じくゲーム制作メンバーでラクアとも接点があるアスミを選んだ。
もちろんこのことは他のメンバーには内緒にしてほしいと頼んだうえで。
アスミは予定が空いておりミハルと仲良くなる良い機会と捉え、前向きに検討するが明日彼女に伝えてみると告げて、ラクアとの通話を終えた。
「ああ、あなただったの。よろしくね」
Bランク同士で同級生。能力者が全生徒の割合でみると希少種ななか、これだけ共通点のある相手がいるのも珍しい。だが能力者になった時期の違いから、アスミが加入する頃にはミハルはコミュニティを築いていて、解け込むチャンスを見いだせなかったアスミは加入時期の近い人との交友に閉じがちだった。
ミハルにとってもアスミと学校外で関わるのは珍しいことで、けれどもそれは嫌ではなかった。嫌いだから距離を置いていたのではない。出会って一ヶ月経ってようやく、近づくチャンスが訪れたのだ。
「でも、時間守れる?」
「守るわよっ」
「何を話してるの?」
ミハルから見たアスミは、遅刻常習犯。特殊能力的にそういう体質というわけではないが、無関係ではない。直感に長けた能力は、今動けば面白いことが起こりそうという期待を芽生えさせ、逆にそれが訪れない朝はやる気が出なくて、出るのを待っていたら遅刻したという体たらくだ。
遊びに行く日にもその癖が出て、皆を待たせることにならないかミハルは危惧する。アスミは日頃の行いが悪いとはいえ、せっかく仲良くなる機会に印象の悪くなる真似をするつもりはないから、ちゃんと時間通り着くと宣言した。
そこに混ざってきたのはアスミ同様に遅刻魔の浦和智恵実。まだ能力者ではないが、同じ時間帯に遅刻したアスミと出会ったのを機に仲良くなった同じく同級生の友達だ。チエミの場合は時間に縛られた生活をしない、自由な人間になりたいという理由で遅刻している。
「一緒に映画館行こうって」
「へー、仲良いのね」
アスミは頷いていいか戸惑った。これは両者が能力者だからできた接点であり、だからラクアに誘われて合流した。それが無ければ声はかかってこないわけで、他の子が誘われるのを、知らないか、知っても無関心に思っていただろうから。
「まだ、そうでもないかな」
ミハルも同じようなことを思っていたが、アスミと仲良くなるのはこれからだという、彼女と違ってポジティブな考えを持っていた。
「私たち能力者は不思議なことに巻き込まれる傾向があるから、お互い理解し合っておけば、いざってとき何とかなる」
ミハルは能力者としてこの島で過ごしている期間がアスミよりも長いから、島の事情に詳しい。学校問わず同学年の能力者とは交流を深めておきたい。そうすれば誰が何をできるか理解し、協力して解決に向かうことができる。
いつ何が起こるか分からないこと、日頃から交流の場を設ける。アスミが先月から"同期"と取り組んでいるノベルゲーム制作も、元を辿ればそれを目的とした少人数での活動だ。
「そういうこと…… じゃあ、私も仲間になったときは、また誘ってね」
「ええ、もちろんっ」
チエミは自分も行きたい気持ちを抑えて、けれども能力者になったときは交流の場に混ぜてほしいと告げた。アスミは彼女の思いを受け止め、きっと来る気がするという予感から、嬉々として約束した。
「そんな元気に言っても、なれる確率なんて」
ミハルはアスミにこっそりと呟く。期待させるのもチエミに悪い気がしたのは、現時点の能力者の割合の低さを気にしてのこと。
「私の直感は当たるのよっ」
アスミはそう微笑むと、その言葉は確かだとミハルに分かってもらうために、今度の休日を使うと決めた。




