89話 出会いがなければ
「昨日、最後のは何の話だったの?」
前回のオンラインでの集まりの翌日、西浦あかりは学校で美南哀月に会うと、集まりの後に三人で何を話していたのかと聞かれた。
話の内容は彼女らが"同期"との課外活動として取り組んでいるノベルゲーム制作において、メンバーの三郷楽阿が彼自身の作品を応募するのを諦め、他のメンバーの作品の共同制作にシフトすると告げた件について。
ラクアの作品は好きな子、つまりアイリに告白するための、彼らをモデルにした恋愛もの。だが彼は何らかの事情でそれを後回しにし、チームで制作するゲームは一つ減った。
そのことについてどう思うか、アカリはメンバーのうちラクアと彼の同級生、そして当事者のアイリを除いたメンバーだけで話し合った。話す場から追い出したから、終わった後にどんな内容か聞かれても、答えることはできない。
ラクアは当初の予定では完成が間に合わないと読んで、けれどもそれが理由と悟られ気を使わせないように別の口実を編み出して、自身の作品を除外したのではないか。
もしそうならラクアには、勝手に決めつけずメンバーの自分たちに相談してほしい。今のままで苦しいなら、黙って分量を減らすのではなく、頼ってほしい。
そこでアカリは、推測が当たっているかどうかとラクアの思いの強さを確かめるために、彼に告白すると決めた。本命でない相手に告白されれば、受けていいか、断るとしたらどんな理由か。ラクアに考えさせることで、アイリへの想いを再認識させる。そうすれば告白するための作品の完成を目指す思いが強まるだろう。そうなることを期待するという、アカリからすれば玉砕覚悟の告白に挑む。
「アイリはさ、ラクアのこと好き?」
「いや、別に……」
ラクアや彼の好きなアイリを思っての行動だが、もしも彼女も彼が好きだとしたら、アカリが彼に告白するのは友達関係に亀裂を生じるきっかけになるかもしれない。だからアカリは彼女に尋ねた。もし好きと答えてきたら、先に告白するのは、どんな事情があろうとそれは横取りだ。
だが実際は脈なしで、アカリとしては嬉しい返事だが、同時に拍子抜けした。嫌いでもなく、もはや無関心なレベルの反応だったから。
「そう…… あっさりそう言うなんて」
「いや、良い人だとは思うけど…… 優しいけど不器用というか」
「……良い人か。良かった」
けれども好感度ゼロというわけでもない。アイリは幼い頃からハッカ味が好きで、周囲に共感してくれる子は少なかった。ラクアは数少ない理解者で、だから彼女は彼と心置きなく接していた。なお実際は彼が見栄を張っただけで、実は好きではない味だ。
本当のことを言えば嫌われると思って我慢していて、けれどもいつか言わないとずっとだましだましやっていくことになる。だからアイリに告白するために彼女に内緒で練習台になるゲームを作っていて、けれども"同期"に加わった彼女に隠して制作するのもトラブルの元になるから、本音を暴露した。彼女からすれば、そんな回りくどいことをしないで素直に言ってくれてよかったと思っているが、遠回りをしてしまうのも彼らしいやり方だと受け止めている。
アイリもアカリの反応を怪しむことなく、仲が悪いわけではないと知って安堵したものと解釈し、話を続ける。
「で、けどってのは?」
「……その、ときどき怖くて」
先にアカリに聞かれたので答えた。"同期"になる前、春休みに駅前で偶然会ったのを機に、課外活動とは別に会う日が何回かあった。そのときラクアは、自分はストレスが溜まりやすいと吐いた。それがどれほどのレベルか、実際の様子をまだ知らない。ただ、不用意に関わらない方が安全であることは確か。
そしてその内面を知る前は、単に彼に自分は似つかわしくないという自己肯定感の低さが、恋愛感情への発展を抑制させていた。ラクアはアイリに優しい。けど彼女にだけ優しいわけではなく、彼の実力からすれば、もっと良い子を選びたいはず。そんな決めつけから、彼から向けられる好意に鈍感だった過去がある。
今はその警戒心からアイリは彼に好かれている自覚がなく、だから彼を好きな相手と意識したことはない。
「刺激を与えたら乱暴になりそうで」
アイリはラクアと同じ職場の隣合わせでデスクワークする将来をイメージして、そう呟いた。思うように仕事が進まず、別件の着信音に集中を妨げられる彼が隣でイライラしている光景だ。サポートしてあげようにも、前に香りでリラックスできる手作りのインテリア用品を渡そうとしたのを断られたのを思い出し、余計なお世話と一蹴される結果が目に浮かぶ。
なお言葉だけ聞いたアカリは、ラクアがアイリと二人きりで理性を抑えるのに必死な姿を想像していた。
アカリは話の流れから、自分がラクアに告白することがそろそろアイリに気づかれると思い、話題を変えた。告白の結果はいずれ彼女にも伝わるだろうからどのみち気づかれるのだが、する前に気づかれて話が広まって計画への影響が出るリスクを考慮し、まだ気づかれない方がいいと考えた。
「昨日のは、ラクアがゲーム作りを中断したことをアイリがどう思っているかなって相談したの」
「ああ、それで……」
アイリはラクアのことをどう思っているかアカリに聞かれたことに合点がいった。彼のノベルゲームには彼とアイリをモデルにした登場人物がいて、そんな作品が知らぬ間にいきなり後回しにされたのが昨日の出来事で、彼のその方針変更をどう思うかの相談会が最後の三人の会話だったと納得した。
参加しなかったのはアイリとラクア、そして彼の同級生二人。当事者とそこに近い人は除外された。アカリはアイリと同級生だが、主催者として参加する都合、あの三人だけの会話だったのだ。
「まあ、もう目的は果たしているようなものだからかな」
「え?」
アイリは中断もとい後回しとラクアから聞いたときに驚いたが、以前彼から聞いたゲーム制作の目的を踏まえると、後回しどころかもはや中断でいいとさえ思える。
だがアカリはその発言に困惑した。ラクアがアイリに告白を済ませているのなら、これから自分が告白する意味が無いのだから。
「あのゲームは、ハッカは嫌いだって私に伝えるために作っているって言ってたし」
だが告白は恋のではなくアカリは腑に落ちた。恋心は秘めたままで、味の好みが合うフリをしていたことを明かすのがゲームの物語上のゴールだとラクアがごまかしていた。彼の好意に気づかず、自分たちがモデルのゲームの扱いが軽いことに不満がないのは、彼がまだ本当の告白をできていないせいだ。目的を果たしているというのも、彼に勘違いさせられている。
「それにやること減ったから、安心して留学行けるね」
アイリはラクアの方針変更を喜ぶ理由がある。アカリは夏休みに海外留学に行きたがっており、申込期限が今月中。だから今のうちにゲーム制作を進め、コンテストの締め切りに余裕を持たせたい。そうすれば留学中に作業できないアカリは、抜けている間にアイリたち他のメンバーに苦労させてしまうという心配を抱えず、楽しんでこられる。行くなら良い思い出にしてほしいと願うアイリは、彼の提案をありがたく受け止めている。
「……寂しいな」
「すぐ帰ってくるよ!?」
けれどもその間に会えないことにアイリは嘆き、一週間だけなのに大袈裟だとアカリは戸惑う。それに時期は夏休みだし、友達と一週間会わないのは留学抜きに自然なことだし、むしろ普段会いにくい他校生と遊べばいいと思う。他校生と聞いて思い浮かぶのはラクアだった。
「その間は学校ないし、小学生のときの友達と過ごしたら?」
アイリは中学校から私立に進学し、家から通っている。だから授業がある日は会えない旧友に、家は近いから休みの日ならすぐ会える。部活動も半日で休みの日もあるから、予定は合わせやすい。
アカリはアイリに隠し通し、放課後に一度帰宅したら、着替えてゲームソフトを買いに出かけた。対象はラクアがプレイし、課外活動における彼の作業の方針変更のきっかけになったという恋愛アドベンチャーゲーム。
話にタイトルは上がらなかったが、発売時期や内容、そして彼が惹かれたキャラクターの特徴に合致する登場人物がいるかどうかから推測できた。
購入するとさっそくプレイするが、重要なのはラクアの追体験をすること。このゲームに技術は必要ない。物語の中に発生する、誰に会うか、その人とどんな会話をするかを、選択肢から決定し、先の展開が分岐する。つまり彼ならどうするかを意識してプレイする必要がある。彼も学校帰りに買ったその日に遭遇したと言っていたから、所要時間はそれほどではない。それにこれはゲーム。途中でセーブでき、保存先も大量にあるので、慎重になり過ぎることも一からやり直す必要もない。アカリは明日までにそのシーンに辿り着く気概で臨んだ。
一方ラクアは惹かれたキャラクターと親しくなる機会を逃したこと、そもそも親しくなるルートすら存在しないことに落ち込んでいたところを、無いから作ればいいという発想で解決し、それによって元々作っていたゲームがコンテストに間に合わなくなることに後悔はなく、元気を取り戻していた。だがある朝、幼馴染の赤羽十四哉からゲームの新情報を聞いて考えが変わった。
「今度配信されるって。お前の好きなキャラクターのお話が」
「マジ!? じゃあ作らんでいいわ」
作ればいいというのはラクアだけが行き着いた発想ではない。ゲーム発売後、アップデートで追加すると告知されたのをトシヤが発見した。
欲しいのに無いという前提が覆されて、ラクアはゲーム制作の方針を変える必要がないと考えを改めた。今まで通りに進めることに問題があるわけでもない。アカリたちが考察していた、ゲームに惹かれたというのはスケジュールを見た取捨選択のカモフラージュなどは一切考えていない。当初の作業に戻ることに躊躇いはなく、方針変更は無かったことにした。
アカリはついにラクアが惹かれたキャラクターと遭遇し、確かに優秀な子だと実感した。実力面に欠点がなく、一緒にいて彼がストレスを感じることはないだろうから、彼が求めるタイプだというのを理解できた。
容姿や性格はアイリと全然違うが、そもそも彼が彼女を好きになったのは彼のゲームのシナリオと同じ、助けたときに見せた笑顔がきっかけ。裏を返せばその出会いがなければ好きになることはなかっただろうし、そうなっていたらこのキャラクターのような女子と出会ったときその子に好意を抱いたことだろう。
アイリが彼に好かれたのは、運が良く出会いがあったから。そう思えた。
そこでアカリはラクアへの告白に向け、自分の何をアピールすると効果的か検討した。まずはいかに自分が彼にストレスをかけないかだ。勉強や家事など多彩であるほど、このキャラクターに近くなる。逆に内面を彼は重視していない。友達のキャラクターは対照的で、できないことは多いが感情豊かで、主人公やヒロインからの評価も、友達みたいなロボとして好印象だ。アカリとしても、こっちのキャラクターが気に入った。他のヒロインと比べても、特に感情を表情で表現している。
アカリ自身が本心と逆の感情を表に出してしまうから、本心を伝えるのに参考にしたいと思うくらいだ。途中からそのキャラクターとのエンディングを目指そうとして目的を見失うこともあったが、次のオンライン集まりが決まり、まずはゲームを買ったことを報告しようと準備した。
『買ったんだ』
『ええ。タイトルは分からなかったけど、自分で調べて辿り着いた』
ラクアが方針を元に戻すと言った時点でアカリがゲームを買った意味もこれからするつもりだった告白も意味がなくなったが、予定通り彼らがプレイしたゲームを自力で入手したことは報告した。
『確かに、タイトル伏せてたのに』
『発売日とかゲームの中身とか、この前の話を参考にして……一人で買い物できたわ』
得意気に語るアカリを見て、ラクアにゲームを貸した新座黄麟は彼女が張り合っていると察し、アシストした。
『そういえばラクア言ってたね。好きになったキャラの魅力に、一人で買い物できるって』
『いやあれはロボだから凄いってわけだし中学生が張り合うなよ』
惹かれた良い所は自分も持っている。アカリはそうアピールしているのをラクアに気づかせようとしたが、彼は面倒臭そうに吐き捨てる。ロボ基準で良い点を、できて普通の人間が自慢しても何とも思わないと。
しかしその態度が、ただでさえコロコロ変える方針に振り回されていたアカリたちの琴線に触れ、迷走して遅れた分は責任持って回収するよう突き離した。最初はラクアの負担の軽減に努めるつもりだったが、案外余裕があってデリカシーに欠ける彼をサポートするのも馬鹿らしくなり、やることが減ったと思いきや元の戻ったことに対する不安は忘れていた。




