92話 恋人ってわけじゃない
「来ないね。探してくる」
「いや、待ってようよ」
先に待ち合わせ場所に着いたのは東千葉見悠と川口青空澄。彼女らは酒々井鉄道と三郷楽阿の到着を待っている。まだ集合時間を過ぎていないが、ミハルは待ち切れずテツジたちを探そうとする。だがアスミは引き留めた。電車で向かっている彼らを歩いて探して見つけられるはずがない。仮に叶うなら彼女は特殊能力でそう直感できているので、それが来ない今は探し回っても無駄と分かる。むしろここから離れると合流が遅くなりかねない。
「というか上映まで時間あるし、多少遅れても」
「あなたが一番不安だから早めたのよ」
今日は映画を観に来た。早く着けば、席が空いているうちにチケットを買えるとはいえ、始まるまで時間ができる。いっそ集合時間がもう少し後ろでもよかったのではと呟くアスミに、彼女が一番遅刻しそうだったから、そうなっても間に合うよう逆算した結果だとミハルは言いつける。彼女が普段から遅刻せず登校していれば、今日も時間を守ると信じて集合時間を設定できたのだから。
「次からは大丈夫よ」
「……次、か」
確かにアスミは乗り気でないときは遅刻しがちだ。改善しない限りミハルの信用を得られないのは当然と受け止めている。だがまたいつかこうしてプライベートで出かけるとき、気分が乗らなくて遅刻する真似はしない気がしたアスミは、遅れる前提で予定を立てなくてもいいと信じてもらおうとする。
するとミハルは、次もあるとさらりと言ってくれたことを嬉しく思った。今日会うのは彼女がテツジを誘い彼がラクアを誘い、その彼がアスミを呼んだからという経緯であって、二人が直接決めたものではない。
同級生の能力者という共通点はあるといえどそうなる前はほとんど関わらなかったから、交流会という義務的に呼ばれたとき以外で遊ぶのは今回きりかもしれないと考えていたから、向こうはそんなつもりがないようでホッとした。
今は中学三年生の五月。この島の規則で私立に進学しない人は地域指定の公立高校へ通うことになり、そうなるとミハルとアスミは高校も一緒になる。今年度も高校に上がってからも、こうして過ごす日が来たらいいと願った。
「着くぞ。何でそれ着けるんだよ」
ラクアたちは降車駅に到着した。するとテツジが再び耳栓を着けて席を立った。改札を通るときは人が多くて鬱陶しいのかもしれないが、出たらすぐミハルたちと合流するのでまたすぐ外すことになる。
着けたまま過ごすのは駄目なわけではない。耳の聞こえないテツジをラクアがサポートしなくてはならず、苦労するだけだ。
理由を聞いてもその声は届かない。ラクアは今テツジの意図を探るのは諦め、彼の判断に委ねることにした。
「お待たせ。ってか早いな」
ようやくテツジたちが来た。出発する前にアスミは彼に伝えようとする。ラクアとの関係を誤解されないように。
「わ、私ラクアとは同期で、別に恋人ってわけじゃないのでっ」
だがまだ耳栓をしているテツジにアスミの声は聞こえていない。慌てながら何か訴えかけているように見えるから、そこから何を伝えたいか彼は推測してみた。
「ラクアのこと末永くよろしくお願いします」
「違うからぁ!」
必死だったせいか余計に誤解されてしまった。聞いていてラクアは煩わしくなりテツジから耳栓を没収し、ちゃんと伝えるチャンスが到来したアスミは改めて告げた。
「誤解を解けないって分かってて言うの緊張したわ。それのせいだったのね」
アスミはどうしてテツジに伝えるチャンスを直感しなかったのか疑問だったが、耳栓のせいで遮断されていたというからくりを知って納得した。そのからくりを知る前にダメ元で伝えようとするのはどんな結果をもたらすか読めず不安だったと呟く。
それはそれとして、特殊能力を失う前例はなく、さらに新しい力に目覚めても"同期"から抜けるわけではないから、その仲はずっと続く。だが島を去ればその限りではなく、そうなる可能性が濃厚なアスミは訂正する。
「だいたい、私いつか向こう戻るし」
「え…… ああ、そういえばよそから来てたのよね」
アスミはこの島の産まれではない。家族と離れ一人で留学に来ている。そのせいで朝起こす人がいなくて遅刻が改善されない。そういう背景があることを思い出したミハルは、いずれ帰ってしまうと理解した。
「いつだろう? 大学から?」
「ならまだ先か」
その日がいつ来るかアスミはまだ考えていない。とりあえず高校はこの島の学校を選ぶと決めているが、そこを卒業したら地元の大学を目指すかは考えていない。まだいたいか、去ってでもそっちに進学したいと思うか、その願いが叶うかは、今は分からないのだから。
ともあれラクアが彼女含む"同期"とのノベルゲーム制作は今年の夏に完成させるつもりなので、それだけ先の話なら影響はなくて心配は要らない。ミハルもとりあえず高校は一緒のようで安堵した。
「だからって油断していると危ないわよ」
「そう言われると思って、ちゃんと持ってきたから」
先の話なら焦らなくていい。ラクアはそう思っている気がしたアスミは、彼に忠告する。本来なら今日は遊んでいる場合ではないが、後で頑張るのを条件にメンバーには黙っておくことにした。
そう言われた際に備えて、隙間時間に作業できるよう用意してきたとアピールする。その時間がどれだけ確保できるか、有効に使えるかは自信がないが、やる気はあると伝えられるだけでも十分と考え、堂々と告げる。
映画館に着き、学生証と購入したチケットを提示して、劇場に入った。席はチケットを買うときに指定しているので、取り合いにならないから急がなくてもいい。
「じゃあ男達は両端で」
「待て、お前は俺の隣」
チケットは横並びで四枚買ったが誰がどのチケットを持つかは自由。女子たちを守るように並ぶのがベストと思うテツジを、ラクアは引っ張って端に寄った。上映が終わるまで、その手を離さない。
「耳栓要る?」
「要らねえよ。何しにきたと思ってるんだ」
席に着くとテツジが予備の耳栓をラクアたちに配ろうとした。だが彼は即座に断る。音が聞こえないと映画の面白さが半減されてしまう。むしろ彼こそそろそろ外してはどうかと言い返したいが、そう言ったところで届かない。
「ノイズだけガードできるの?」
「いや、全部」
とはいえ他に大勢客がいて、聞きなくない声や咀嚼音が聞こえてしまうのも事実。それらだけブロックして映画の音声に集中できる優れものかとアスミは尋ねたが、そんな便利な代物ではない。
「……まあ、他のやり方ならあるが」
耳栓では実現できないが、余計な音を聞かなくて済む方法ならある、とラクアは呟く。多くは語らず、上映中に実演することで実感してもらうことにした。
「本当に静かだったわ。でも独りじゃなくて皆と観てたんだなって」
上映が終わって劇場を出ると、気分良く楽しめて満足したとアスミが感想を告げた。時折ノイズが聞こえたが一瞬で消え、途中からはまるで一人で独占しているかのように、けれども横を見ればミハルたちがいて、この瞬間を友達と分かち合えているという実感が、孤独を振り払っていた。
からくりはテツジの特殊能力。喋っていたりじっとしていなかったりする人を黙らせて座らせ拘束する能力で、上映中のノイズを次々と消していった。終わったときには前の通路に罠にかかったゴキブリの集団のような光景になっていて、彼がいなければこれだけの客が上映の邪魔をしていたことになる。離席しなかったが声を出している人もいるから実際はもっと被害が出ていたが。
「なんで我慢できないのかな。小学生でも授業中トイレ行くのは低学年までだよね」
「引きこもりはいつでもトイレ行けるから、我慢する習慣を忘れたんだろ」
ラクアは自室で作業する時間が多いから、行きたいと思ったらすぐ行く癖がつくことに理解がある。とはいえ学校にもちゃんと通っているから、我慢したり前もって済ませていく習慣がついている。何より万が一堪えられなくなるとテツジの餌食になって恥をかく羽目になるから、前日からお腹の調子を崩さないよう意識して臨んだ。
それでも無理だったときはテツジを倒す。彼がダウンすれば自由に移動でき、トイレに駆け込める。だが仕留めようと動くのがバレたら水の泡。ラクアの特殊能力、過労させる力は相手に触れて効果を発揮する。座席を隣合わせにしたのも上映中に手を繋いでいたのも、最初から射程圏内に入るためだ。
今のラクアは淡々と振る舞っているようで、裏であれこれ仕掛けていたこと、結果事なきを得たことに内心強烈な緊張感と安心感を覚え、気が昂っている。
「あっ、今行けば席取れる」
「任せろ」
そのときアスミは直感した。今ならフードコートのテーブルを確保できる気がすると。こちらは映画と違ってチケットで席を取るものではなく、前の人が片付けたタイミングで他の客より先に座れるかの勝負となる。そんなとき役に立つのが彼女の特殊能力であり、それを信じたラクアはチャンスをものにしようと駆け出した。今は邪魔とは思わないので、テツジはアグレッシブな彼を拘束する気はない。
「電車も先に座るために走るんだ」
「あー、想像できる」
そして今のラクアの動きは、空いている席が少ない電車に乗るとき急ぎ足でその席を狙う姿を彷彿とさせた。その一瞬だけ頑張れば長時間楽でいられるというのが彼のスタンスだ。恐らくその意思が、競り合いに強くなる特殊能力の覚醒をもたらしたようにも思える。
そしてラクアは狙い通り席を勝ち取った。後からゆっくり来たテツジたちが座る前に、そのまま各自店に向かっていいと告げる。
「先に買っていいぜ」
テーブルは彼一人で確保するから、他は全員ご飯を買いにここから離れていいと伝えた。四人席に一人でいると斜向かいに一人客が来そうだが、そうさせない策は取れる。ラクアは鞄からパソコンを取り出し、鞄を斜向かいの席に置いた。これでその席に人がいるように見せられる。
パソコンを開くつもりはなかったが、自席で注文できない場所で食べることになったから、臨機応変に予定を変えたのだ。コップを置けば事足りることだが、持ってきた以上は使わないと損という思考に蝕まれ、そう気づくのは後になってのことだった。
「お待たせ。いってらっしゃい」
注文して呼び出しベルを持ってきたアスミがラクアと留守番を代わる。彼は最低限の荷物だけ持ち、パソコンも彼女に任せて、ただしアクセスできないようロックをかけて離席した。
「置いていっちゃったの?」
「そう」
ミハルも戻ってきて、ラクアのパスワードを解除しパソコンにアクセスした。その早業にアスミは驚愕し、そういえばこれが彼女の能力だと納得しつつも、凶悪性にゾッとした。
「綺麗ね」
「確かに。画面いっぱいにファイルが置かれているものかと」
「こうすれば一回で消せるからな」
テツジも戻ってきて、"同期"としてミハルの能力は知っていた彼は状況をすんなり受け止め、ラクアのパソコンのデスクトップにフォルダーやファイルなどが少なく壁紙が綺麗に見えるわけを明かす。使わなくなったときスムーズに消せるように集約しているからだと。
「だから多分この中に」
「うわ、ぐちゃぐちゃ」
それを削除すれば全部消せるであろうフォルダーを開くと、中は無造作に色々なフォルダーやファイルが入っていた。几帳面に見せかけてガサツな面が露になった。
「でもショートカット集だって」
「どうせこの中も」
中が入り組んでいて目当てのファイルがどこだか分からない。そうならないよう一回でそこへアクセスできるショートカットを用意していても、そのショートカットが多過ぎて、どれをクリックするのが正解か分かりにくい。
「こんなだから欲しいのが見つからなくてイライラするんだよな」
それでも使いこなしているかというと、そんなことはない。学校のパソコンもこの調子で、ラクアは目先の負担を減らすことばかり意識して、記憶が薄れた後日に困っている光景は日常茶飯事。だが手助けはできない。できないわけではないが、したら漁ったことがバレてしまう。
「あ、ここ何かありそう」
ラクアが戻ってくるまでの短時間で面白いものを見つけたい。そんなアスミの直感に従うと、秘蔵のファイルが現れた。彼と周囲の女子の相関図だが、現実準拠ではない。勝手に彼を好きなヒロイン扱いして、モテモテの主人公という設定になっている。
「……何これ」
「まあ。今日から私も入れてください」
そのヒロインに自分も含まれていることにアスミは困惑した。確かに周りの女子たちとは"同期"として立ち位置が近いが、彼に彼を好きと思われているのか、そういう設定にされている。
そして今日が本格的な交流のミハルは、そういう話ならぜひ自分も仲間に入れてほしいと思い、勝手に付け足した。迷わず保存し片付けて、ラクアが戻ってきたときには誰も触ってないようごまかした。




