75話 私そのもの
「ただいまお姉ちゃん」
「おかえり。アゲハ、ちょっと来て」
「……私は」
武蔵浦春桜は帰宅した妹をスルーして、その連れに呼びかける。妹の広小路冬雪は、帰ったらサクラが構ってくれると期待していたのに、逆に除け者にされて落ち込んだ。
サクラが北参道天羽を呼んだのはノベルゲーム作成を手伝ってほしいと頼むため。それはフユキのための作品なので完成まで彼女には秘密にしておきたいから、一緒に聞かれるわけにはいかない。
「後でね」
「……うん。枕で耳塞ぐから、廊下で待ってていい?」
「仕方ないわね」
だがそう長い時間は取らない。フユキがアゲハを迎えにいってくれたおかげで、その間に作業は進んだ。話が済んだら約束通り一緒に過ごす。そのつもりで追いやり、フユキはトボトボと襖を閉める。途中で手を止め、会話は聞かない代わりに近くにいていいか聞くと、サクラはその宣言を信じて許可した。フユキは襖を完全に閉めると愛用の自作枕を取りに自室へ向かい、すぐ戻ってきた。
「あなたが迎えに来てそのとき話せばよかったのでは?」
「準備が要るのよ」
アゲハはサクラに、内緒の話があるのならフユキの代わりに迎えにいき、駅から家までの間に話しておけば、穏便に済んだのではと責める。だがそれは不可能だとサクラは説明する。一人で作業してから話を切り出す。フユキが代わりに行ってくれたおかげで、その時間を確保できた。
もしサクラが迎えにいくと、アゲハと合流して家に向かう間は準備が間に合っていないので雑談するだけで、それから準備して話すことになる。迎えと準備の時間が直列になる分、片付いてフユキと過ごす自由時間に入るのが遅れてしまうのだ。
「フユキとの時間は、これで最大限確保できるの」
「なるほどね。代償は大きいようだけど」
「相手を思いやった結果悲しませる。私たちそういうのが好きだから」
妹のためを思っての選択だったとアゲハは納得しつつも、背後ですすり泣くフユキの声が聞こえ、サクラの判断は決してベストでもなかったように思えてならなかった。けれども彼女はあえてそうしたと答える。それがお互いの好みだからと言い張るも、懲りていないのかとアゲハは呆れた。思いやりの解釈違いで喧嘩した結果、二人は離ればなれになったというのに。
「で、話ってのは私がゲーム作るのを手伝ってほしくて」
サクラは本題に入り、パソコンの画面をアゲハに見せた。ノベルゲームを作成したりプレイしたりする専用のツールを起動してあり、開発中の画面と、別に作成した企画書を表示している。
「ノベルゲームっていって、自分で書いた物語を好きに進めていくの。読むだけじゃなく、分岐点があってね」
ツールに入っているサンプルゲームを操作して、概要を伝える。ゲームの動作は基本的にこれだけだ。文章を読んで、時折現れる選択肢はプレイヤーが決定する。異なるイベントが発生し、いずれエンディングに行き着く。それがグッドエンドかバッドエンドかは、辿ったルート次第だ。
「その物語は、私のオリジナル。アゲハもない? 人物で物語を考えたこと」
「あー、あるわ。街を歩いてるとき、これ謎解きに使えるなって」
アゲハも想像したことがある。今いる場所が謎解きの舞台になったら、どんな展開が考えられるかを。見かけるモニュメントや看板の文字を見て暗号に使えそうと思い、誰かが暗号を作ったものとしてそれを解く自分が、その仮想の相手とやりとりしながら攻略する、没入体験ができるゲーム。現存する素材を自作物語で調理して出来上がる。
最後は街の人だかりから、アゲハは自分と、一緒に暗号を解く君しか、知らない行動を起こす。手と手が触れ合い、君の正体を知る。君が誰なのかはイメージがついていないから顔は黒塗りで見えないが、そんなクライマックスを迎える物語を味わえたら素敵だな、とアゲハはふと思うことがあるのだ。
「って私のことはいいでしょ!」
「気になるけど……そうね、今は」
物思いに耽って、ハッとして必死に隠そうとするアゲハがどんな物語を想像していたのかサクラは知りたいが、フユキを待たせているし話の脱線は避けたい。
「だいたいそんな創作より、あなたの経歴のがよっぽどファンタジーに思えるわ」
「……知ってる」
だがアゲハは自分で妄想した物語よりサクラの人生の方が物語に起こすのに向いていると呟いた。アゲハは先月サクラと出会い、そこで彼女の過去と正体を知った。そんな人間がいるのかと驚いたし、けれども普通の人として振る舞う彼女がこれからどうなるか気になる。
サクラに関してはノンフィクションの方が独特。彼女もそういう自覚はあり、だからそれを物語に起こしている。
「え、まさか」
「そう。このゲームは私そのもの」
ゲームの登場人物のモデルはサクラだと明かす。皆に隠していることも、ゲームを進めると明かされる。そんな作品を目指している。だがアゲハは、その皆には含まれない。何せもう知られているのだから。
「アゲハは知ってる側だし、話してもいいかなって」
「そういう問題じゃないでしょ! あなたの正体が世に知れて……そんなことしたら、ここに居られなくなるわよ」
アゲハはサクラがその作品を完成させることを危惧した。ゲームを作る以上、完成したら遊んでもらうよう公開する。どの範囲までかはともかく、プレイして彼女の正体を知ってしまう人が増えるのはマズいことだと忠告する。
「そうね。でも、いつまた離ればなれになるか分からない。でもゲームは、私がいた証になる」
サクラがフユキと逸れたきっかけは些細なもので、いつまた勢い余って起こしてもおかしくないと思っている。気を抜いてまた喧嘩したら、今度こそ会えなくなるかもしれない。そうなったときに備え、サクラはこのゲームを作ると決めた。
「で、その証を残して消えるのは悪くないかなって」
備えるだけなら公開しなくていい。もしもお別れのときが来てしまったら、一人でそのゲームをプレイして密かに思い出を振り返ってもらえばいい。しかし公開すれば、大勢に正体を知られてしまいサクラはここにいられなくなる。秘密を他言しないと約束して彼女は帰ってこられたのに、その約束を破ることになる。
だが彼女の狙いはそれだ。その約束を破りお別れを強制させるために制作を始めた。真実を知ってしまったがゆえに今まで通りでいられなくなる。童話の鶴の恩返しのような展開で、悲しくなる。それをサクラは求めている。
「何もしないまままたお別れになるくらいなら、理想的な形を目指したい」
それにゲームを公開しなければサクラの正体が知られないかというと、きっとそうもいかない。現にフユキにはあっさり明かしてしまったし、今度は彼女がバラしてしまうかもしれない。恐れている事態がいつ訪れるか分からないなら、それをゴールとするのは変わらず、辿る道を自分で描きたい。
「でも、こういうの頼める人は少ないし」
「それこそ妹に頼めばいいのでは?」
完成前に正体を知られては本末転倒だから、現時点でもう知られている相手にしか相談できない。そうと分かるアゲハだけが、彼女だけが例外というわけでもない。サクラが自身をベースにゲーム制作しているというのなら、アシスタントにはフユキが適任に思えた。けれどもサクラには彼女に頼めない理由がある。
「フユキにはできてからお披露目したくて。それにあの子も出てくるし」
ゲーム作成で構える時間が減ることは伝えたが、どんなゲームを作っているのかはフユキに隠してある。そもそも彼女のために作ると決めたことが制作のきっかけで、サプライズを最後までとっておきたい。
「まあ、そりゃあ出てくるか…… 私は?」
「アゲハは出てこないよ」
サクラの過去を物語にするなら当然フユキも関わってくる。元々彼女はフユキに正体を隠していたわけで、密かに制作する方が都合が良いのだろうとアゲハは納得した。そしてふと、自分もゲームに登場するのか尋ねた。だがサクラは首を横に振る。
「……手伝うの面倒」
「そんな…… "同期"にも手伝ってもらいにくいのよ」
除け者にされたのが少し気に入らないアゲハは、そんなゲームを作るのに協力する気力が湧かないと返す。しかし頼める相手があまりいないとサクラは訴えかけて縋る。
「ちょっとだけ。今月が頑張りどころ。アカリやアスミのために」
ゲーム制作は時間がかかる。サクラたちは先月から始めて、目標は八月中にコンテスト応募だ。それまで付き添うのは大変だと彼女も分かっているから、一ヶ月だけでいいからとハードルを下げる。
なぜ一ヶ月なのかというと、留学や受験を目指すゲーム制作仲間のためだ。両立できるとアピールするために、今のうちに余裕を持たせたい。その仲間は先月に特殊能力者に認定された同学年だが、なった時期は違えど能力者であるアゲハとも接点がある。友達に協力すると思って、力を貸してほしいとサクラは頼む。
「……いや、今二人でペース上げても来月からサクラ一人に戻るなら、失速するのがバレるでしょ」
「今ごまかせればいいの。それに間に合えばいいだけだし」
アゲハはサクラの作戦の欠陥に気づく。確かに自分が支援に入れば、その間に作業ペースは上がる。だがサポート期限を迎えれば、サクラ一人に戻るためペースが元に戻る。だが二人で進めた五月より進みが悪く見えてしまうのはごまかせない。
しかしサクラは未来のことは考えていないと開き直る。アゲハの言う通り後々苦しいのは読めているが、友達が留学に行くと決定できればそれでいい。先の話になる受験がどうなるかは分からないが、とりあえず一人が夢を叶えられればサクラとしては満足だ。
そして作業のペースが落ちようと締め切りを守れればセーフなわけで、それならデメリットは無いも同然。
「はあ。で、何すればいいの?」
「私がいないときのフユキの様子を教えてほしいわ。あとスクリプトとデバッグとフローチャートと」
サクラが担当するシナリオ。それを作るにあたって重要なのは登場人物の心情。フユキがモデルのキャラクターは、彼女を理解してこそ完成度が上がる。さっきみたいに二人で家に向かっていたとき、アゲハから見た彼女はどうだったか聞かせてほしい。
その程度の手伝いだと安堵させた矢先に、次々と作業をぶん投げた。
ノベルゲームは選択肢の決定でクリアを目指す。だが分岐が多いほど複雑になり、書くプログラムが増えて予期せぬ挙動を起こすリスクも高まる。そして完成形のゲームを図で表し、想定のシナリオと実際のゲームの動きが一致することを確かめるのも大事だ。
「まさか来月に終わらせる気なの?」
だがそれらの作業に入る頃には完成間近だ。アゲハはサクラのパソコンに映った資料から、このゲームは八月中の完成を目指す予定と分かっていたが、今言われた作業内容から、二ヶ月くらい早く片付ける勢いを感じた。
確かに勉強との両立を目指すつもりとは言っていたが、それにしてもスピードアップし過ぎではないかと困惑する。
「今のが伝わるレベルね」
それに対するサクラの呟きを聞いてアゲハは、すっとぼけておけばよかったと内心後悔した。専門用語を知らないフリをしておけば、ゲーム制作に理解があるのを隠して楽な作業しか任されずに済んだかもしれない。
だがサクラはアゲハのスキルを探るつもりではないと明かす。
「冗談よ。あなただって色々やることあるし、フユキのこと教えてくれるだけで大助かり」
今の作業を任せるつもりは元々ない。"同期"での課外活動があるのはアゲハも同じだし、プライベートの時間を取らせるのも申し訳ない。サクラとしては普段通り会話しながら、自分の知らない所でのフユキの様子を聞かせてもらえれば、良い作品に近づけられる。だからたったそれだけで嬉しいと告げた。
アゲハは散々振り回されてため息をつくも、その程度でいいのなら引き受けると答えた。
「というわけで、ゲームはアゲハに手伝ってもらうわ」
サクラは襖を開けフユキに伝えた。彼女は絶句した。妹の自分が手伝うと言ったら断られたのに、他人のアゲハにあっさり頼んだ事実に憤慨した。その反応をアゲハは面白がり、ノリノリで煽る。
いがみ合う二人を見てサクラは、これもフユキのためだと自分に言い聞かせる。本人には内緒にしつつ、他人の手を借りる。その分フユキとの時間が増えるわけで、姉なりの思いやりの代償に、心を痛めつつも欲が満たされた。




