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76話 余計なこと

 武蔵浦(むさしうら)春桜(サクラ)はノベルゲーム関係の用事を済ませ、妹の広小路(ひろこうじ)冬雪(フユキ)と過ごす。彼女の部屋へ行き、話し相手になる。今日サクラは"同期"との集まりがあったので、家で過ごす時間が少なくあまりフユキに構ってあげられなかった。


 サクラは帰ってきてからも記憶が新しいうちにゲーム制作の資料を整理しておきたかったから、最近一緒に居候になった北参道(きたさんどう)天羽(アゲハ)の迎えをフユキに任せ、こうして一緒に過ごす時間を後回しにさせてしまった。

 迎えに自分で行くよりも任せた方が家で話す時間を長く確保できるとはいえ、楽しみを先送りにしてしまったわけでフユキも思う所があったことだろう。サクラは資料整理に付き合ってもらったアゲハから聞いた、迎えにいったフユキがどんな様子だったかを思い返す。



『本当にあなたが来たのね』

『私が余計なこと言って、お姉ちゃん忙しくさせちゃった』


 駅で合流して家に向かう途中の、アゲハがフユキと交わした会話だ。アゲハはサクラとは先月からの知り合いで、その縁で彼女の居候先に転がり込んだ。それが先日のことで、フユキとの顔合わせもそのときのこと。話をサクラから聞いていた程度で、さほど親しくない。

 だから新しい家族のグループチャットにではなくサクラ個人宛にチャットで帰宅の連絡をしたのだが、彼女が頼んで妹が代わりに来て、二人で歩いている。


 代わりを頼んだ理由は、自分で行けない用事があるようで、それが発生したきっかけはフユキにある。そんな呟きを聞いて、アゲハは何事か気になった。

 

『そんなつもりなかったのに……役目を言い当ててさすが妹って褒められたかったのに、ハズレた上にそれもやってみようってやる気にさせちゃって』

『役目…… ああ、今日の集まりの』


 アゲハはサクラが"同期"、すなわち先月に特殊能力者に認定された同学年との集まりで今日出かけていたことは聞いている。アゲハは今月、フユキは二ヶ月前に認定されたので該当しない。

 部外者ゆえに詳細は知らないが、サクラはその"同期"との課外活動で何らかの役職に就いていて、それが何かフユキは予測で言い当てようとして、しかし間違いで、だがそれに就くのはアリだと気づきを与えた結果、迎えに行けないくらい忙しくさせてしまった。それをフユキは後悔している。ここまでをアゲハは察知した。


『じゃあ結果は当たりじゃない。言った答えを正解にさせたってことで、おめでとう』

『おめでとうじゃないよ!』


 フユキの予想した役職にサクラが就くことになったのなら、結果的にその予想は的中になったとも解釈できる。そう捉えたアゲハは拍手を送るもフユキは嬉しく思わず、いっそう感情的になる。


『やること増えたら私との時間が減っちゃう』


 当たりかハズレか聞いた結果がどうかは些細なことで、どう解釈しようと気持ちは揺らがない。フユキにとっては聞いたことが問題。言い当てようとしなければサクラはフユキの言った役職への適性に気づくことなく、それもやってみたいと言い出すことはなかった。却って仕事を広げてしまい、空き時間を減らしてしまったのだ。


『嬉しそうね』


 話だけ聞くと悲しんでいそうだが、表情を見ると喜んでいるように思えてアゲハは気になった。勘づかれたフユキは顔を一瞬手で覆い、邪念を捨てて真顔で答える。


『放ったらかしにされる可哀想な自分に酔ってるとか、そういうわけじゃないから』


 心の痛みを快楽に変えるその思考にアゲハは理解が追いつかず、下手に触れないことにした。


『サクラ、相当やる気あるのね』

『うん。でもお姉ちゃん自身より、仲間のために今は頑張るんだって』


 やることが増えると面倒になるのに、それでもやる辺りサクラの熱意を感じられる。だがその原動力は自身や妹にではなくゲーム制作仲間にあるとフユキは答える。

 今頑張るのは早い段階で成果を上げて、ゲーム制作以外の活動との両立が可能と証明することで、それが仲間のためというのは事実だ。だがサクラが自分のゲームを完成させるのはフユキのためであることに変わりはない。妹が原動力なのもまた事実だ。


『仲間…… ああ、留学のこと?』

『そうそう。え……なんで知ってるの』


 サクラの仲間に誰がいたか、その人はどんな目標があるか。アゲハは先日の出来事を思い出し、少ない候補から思い当たる節があった。その予想は当たりだったが、なぜもう知っているのかとフユキに問い詰められた。


 アゲハが西浦(にしうら)あかりの留学の話を聞いたのは、この島に来た初日、だいぶ離れた街に着いてそこからサクラの居場所を人づてに探っていると、偶然その情報が耳に流れてきたから。まだサクラと会う前、アカリ自身が人に相談していて、アゲハはその人がうっかり口に出したのを聞いた。そしてアカリがサクラと"同期"の仲間という情報で、話が繋がった。


『私だってさっきお姉ちゃんから聞いたのに』

『私、友達多いから』


 だからアゲハが知った経緯にサクラは関与していない。別ルートから聞いたと素直に答えた。


『じゃあその友達に泊めてもらえば?』

『私がここへ来たきっかけはサクラだから』


 するとフユキはアゲハを追い出そうとする。面識があるのが先月一緒に過ごしたサクラだけだと思っていたから仕方なく彼女の居候も受け入れていたが、他にいるならわざわざここに住まずとも、友達が多いエリアに移ればいいと意見を出す。

 だがその多くはこの島に来て能力者に認定され、同じく能力者の同学年との交流を経てできた友達だ。そしてこの島へ行くきっかけとなったのはサクラとの出会い。だからアゲハは彼女を選んだ。夢を応援してくれた彼女といれば、きっと叶えられると信じて。


『それにサクラの秘密を守るには、近くにいないと』

『そう…… あ、でも私聞いちゃったから、守れなかったね。ああ残念』

『行く前だったから、どうしようもなかったのよ』


 サクラの正体も、それが公になるとマズいことも、アゲハは理解している。だから彼女がボロを出してもフォローできる距離にいるべく、居住先を一緒にして大型連休明けからは同じ中学校にも通うことにした。そう聞いてフユキもアゲハが一緒に暮らす理由に納得したが、ふと気づく。もうすでにサクラはポロッと零し、フユキは真相を知った。それはアゲハが使命を守れなかったのと同義で、罰として元いた場所へ連れ戻されて使命を剥奪されるのではと期待する。

 だがアゲハはそれを例外と言い張った。サクラがここへ来てそれから自分が行くまでの一ヶ月の間は干渉することができなかったから、失態に含まれない。

 もっとも本来は一ヶ月を空けずに一緒に行くはずだったのを、アゲハは自分も行ったフリをして一月サボっていた。もしも規定通り一緒に行っていたら防げた可能性もあるから、彼女の落ち度とも取れるのだが、そんな背景があることはフユキに隠しているので、嘘を突き通した。


 なお肝心な点であるサクラが他言した件は、本人も特にお咎めなしだったので、気にするほどのことではない。



 そんなやりとりをした帰路でアゲハが思ったのは、自分は余程フユキに鬱陶しく思われているようで、何かにつけて今の家から放り出そうという思考が透けて見えたこと。

 そしてアゲハからこの話を聞いたサクラは、制作中のノベルゲームに彼女がモデルの登場人物を作成してそれをフユキにプレイさせたときの反応を想像した。対面させただけで邪魔に感じ、排除を試みる姿が思い浮かんだ。それではサクラがモデルの登場人物への印象が相対的に薄まってしまうから、余計なキャラクターは出さないようにしようと彼女は考えた。



「良かったねお姉ちゃん。ゲーム手伝ってくれて」

「そうね。てっきり、そんな面倒任されるなら他の子の家に行くって言われるかと」


 拗ねるフユキにサクラは、結果が違えば彼女の願う形になったかもしれないと返す。アゲハが支援を拒否するあまり家から出ていってくれたら、彼女からすれば邪魔者が去って好都合。結果的にフユキを喜ばせられたかもしれないと考えるサクラに、けれどもそうはならなかった現実を見てフユキが言い返す。


「余程気に入られているのね」


 それだけアゲハはサクラのことを特別視しているわけで、フユキは生け好かない。自分のことは放置して、二人で楽しめばいいと投げやりになる。

 サクラがゲーム制作を始めたのは先月でアゲハが来る前のことだが、きっと当時から、いつか二人で一緒に作業できたらと想像していたのかもしれない、とフユキは思う。だが実際のところサクラはフユキのことばかり考えていたので、それは思い過ごしだ。


「そうね。手伝ったところで自分に良いことはないもの。フユキの言う通りかも」


 面倒でもメリットを得られるなら手伝いを引き受ける理由は分かる。だが今回そんなものはない。それでも頼みを聞いてくれたのは、フユキの言う通り、気に入られているからかもしれないとサクラは思う。

 その反応を見てフユキはまた後悔した。サクラはなぜアゲハが応じてくれたのか理由を最初は考えていなかった。けれども自分が、気に入られているからと憶測で妬みをぶつけたせいで、理由はそれかもしれないと気づかせてしまった。言葉に出さない思いを読んだばかりに、距離を縮める方向へ誘導してしまった。こうなるくらいなら、思ったことを口にしなければよかったと内心自分を責める。


「でも、手伝えば早く終わってその分あなたといられるから…… そのために手伝ってくれるってことは、あなたも気に入られていると思うわ」


 逆に支援を断るデメリットを考えると、サクラがゲーム制作に費やす時間が多くなって今みたいなフユキと過ごす時間が削られる。彼女のことが嫌いならアゲハにとっては断れば彼女が悲しむ姿を見られて爽快に感じたかもしれないが、断らなかった。それは彼女を寂しくさせないために自分が頑張るという決意の表れとも考えられるわけで、そう思いやってくれるくらいには、フユキもアゲハに気に入られているのかもしれないと返した。


「……好かれる覚えがないけど」


 だがフユキは困惑している。少なくとも自分はアゲハと仲良くしたいと思ったことがないし、サクラを巡って喧嘩すれば彼女が怒って出ていってしまうから我慢しているだけで、そんな態度が表に出ていて、良い印象を持たれていない自覚がある。そんな自分をどこを気に入って頑張る気になれるのか、理解が及ばない。


 けれどもサクラは理解できた。様子をよく見てと頼む前だったのに一緒に帰路を歩いたフユキの様子を鮮明に伝えてくれたくらいにはアゲハは率先してよく見ていたわけだし、きっと彼女はフユキと過ごす時間も悪くないと思っているのだろう。もしかしたらおちょくり甲斐があるからよく見ているだけで、フユキの望んでいない気に入り方をしているのかもしれないが。



「でも良かった。学校から一緒に帰るのも任せられそう」

「……私、部活あるけど」


 それはともかく、フユキからさっきの帰路にトラブルがあったという苦情が出てこなかったことにサクラは安堵したと話す。今日と同じように、今度は中学校から帰るときも付き添いを頼めそうで安心した。もうすぐゴールデンウィークが終わり、アゲハは自分たちと同じ学校に編入する。通学路も一緒なわけで、慣れるまでの同行をフユキに頼んでも今日みたいに過ごして揉め事を起こすことなく歩けそうで、今日は頼んだ甲斐があったと語る。

 ただそうするには二人が同じ時間に帰る必要があり、放課後に練習があるフユキは、その実現が難しい。帰宅部のサクラの方が適任だ。


「お姉ちゃんがやれば? 帰りながら相談とかできていいじゃん」


 それにサクラと二人で帰る方が、内密で進めるゲーム制作の話題を出せる。完成前に内容を知られては困るフユキを、下校時刻の違いを理由に自然と蚊帳の外にできるのも利点だ。


「確かに。じゃあそうするわ」


 下校中を作業時間に割り当てれば、その分帰宅後に時間を作れる。歩きながらパソコンを操作するわけにはいかないが、相談したりアイディアを考えてメモに残したりするだけでも、帰宅後のパソコン作業がスムーズに進む。結果、フユキと過ごせる時間を増やせて、良い提案だとサクラは受け止めた。


 会話を終えてサクラが自分の部屋に戻った後、フユキは後悔した。思ったままに出した言葉が、尽くサクラとの距離を遠ざけてしまっているのを実感する。なのにサクラは傷つかないばかりか好意的に受け止めるから、下手に撤回することもできない。手遅れになる前に、この現状を破壊しなくては。そんな野心が芽生えたことを、サクラたちは知らない。

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