74話 善かれと思って
「お姉ちゃんはイラスト担当なの? トリックアートっての得意だし」
武蔵浦春桜は駅から家への帰り道に妹の広小路冬雪に聞かれた。サクラが"同期"と取り組んでいるというノベルゲーム制作で、どんな役割を担っているのかを。
フユキはゲーム制作にさほど詳しくないものの、動作やデザイン、音楽など分野で担当者を分けるものだと理解している。その中でサクラが引き受けるとしたら、デザインだとフユキは思う。姉は以前から錯視に関心があり、その知見をゲームに活かせるように、その役割に就いたのではと推測した。
確かにサクラはだまし絵に興味がある。かつて自分の正体をフユキたちに隠し通すためにサクラとして演じ切るために、絵を実際と異なるように視認させるからくりの理解を深めたことがきっかけで、詳しくなった。
「……それもありね」
「えっ…… もしかして違った? 余計なこと言った?」
だがサクラはシナリオ担当。このノベルゲームは専用のツールを使って制作するもので、左右矢印キーと決定キーで道中の選択肢を経て文章を読みつつ物語を進め、進行中の立ち絵や背景、音楽はフリー素材でまかなえる。文章を用意すればそのツールが動作してパソコンの画面に先頭から順に表示してくれたり、画像を用意すれば背景や立ち絵として映してくれたりする。
だから物語を作るだけでゲームを作れるわけで、それでサクラはシナリオ担当に立候補したのだ。
だがフユキの言う通り、自分の特技はイラストで活かせる。インターネットにある画像をそのまま使うのではなく、一から自分で用意した画像をゲームに取り入れてもいい。平面なのに立体に見えたり、丸なのに四角に見えたり。そんな仕掛けのある絵を作ってゲームに登場させたら、もっと良い作品になる予感がした。
期待が膨らむサクラと対照的に、フユキは尋ねたことを公開した。サクラが自分に秘密でゲーム制作を始めたことは知っていた。それは"同期"との課外活動での取り組みで、サクラの"同期"は先月特殊能力者に認定された同学年が該当する。フユキは二ヶ月前に認定されたのでサクラとは別の"同期"で括られたから、彼女らの活動に参加する資格がない。
だから教えてもらう前に言い当てたいと思った。付き合いの長い妹の実力を見せつけるつもりでの推理だったが、外れて悔しい。
そればかりか、イラストを担当するつもりがなかったサクラに、錯視を応用した絵を描く仕事をしてみたいとやる気にさせてしまった。ゲーム制作に時間を割かれて一緒に過ごせる時間が減っているのに、余計に担当を増やしたらさらに寂しくなってしまう。
「私のバカ…… お姉ちゃんやること増えたら余計忙しくさせちゃうのに」
「そうそう。そんな感じで、選択で先の展開が変わるのが、私たちの作るゲームよ」
フユキは後悔した。こんな結果になるんだったら、黙っておけばよかったと。一方サクラは彼女の反応を見て、まさしくそれがノベルゲームの醍醐味だと嬉々として伝える。
物語の最中に選択肢が現れて、何に決定キーを当てるかで異なる結果が待っている。そして今のフユキのように、思いも寄らない結果に直面して嘆くこともある。あのとき違う選択肢を取っていれば、けれども過去へは戻れないのが現実。
だがゲームはリトライが効く。最初から、あるいは途中からプレイし直して、この選択肢は駄目と分かった状態で別の選択肢に変え、違う結果、違う気持ちを得られる。満足いくまで周回プレイ。それがノベルゲーム。
失敗はゲームオーバーではなく、バッドエンドという形でのゲームクリア。その経験を活かしてグッドエンドへ辿り着くのが、このジャンルの遊び方なのだ。
「今の聞かなかったことにして!」
「それはできないわ。これはゲームじゃないもの」
フユキはサクラといる時間が物足りないから、イラストに手を伸ばさないでと頼み込む。しかし彼女は聞き入れない。ゲームのようにリセットで記憶を消すことはできないし、そもそも錯視を取り入れたイラストの採用は面白そうだ。
自分の作品に限った話ではない。"同期"で四作品を同時進行で進めている。他の三作品はそれぞれがシナリオを担当しておりサクラはまだ概要しか知らないが、きっとそれらの作品をより良いものにできる気がする。是非メンバーに提案して、力になりたいと思った。
「フユキのおかげよ。直接手伝えなくても、意見もらえて助かったわ」
「嫌だ嫌だっ…… こんなのっ……」
"同期"でないからと、物語の登場人物にフユキをモデルにしたキャラクターがいることから、サクラは彼女にゲーム制作を手伝ってもらうことを拒否していた。自分たちのやりとりがゲームの展開に活かされていると知るのは、日常会話さえやりにくくなる。まるで常時取材されているような感覚だ。会話の度に、ゲームに使うために聞かれているのかとか、ここでの受け答えがゲームに影響を与えるかもしれないとか、意識しかねない。
自然体でいるためにも、サクラはフユキにゲーム完成まで知られるのを避けたいわけで、けれども彼女の一緒に過ごす時間を増やすために手伝って作業時間を減らしたいという思いを無下にするのも心苦しい。
だが今のやりとりで、作業に手を貸してくれなくてもゲーム制作の役に立ってくれることもあると知った。シナリオを書くことに夢中だったサクラはイラストを自分で作成しようと思ったことはなかったし、そこにトリックアートを取り入れようという発想が生まれることもなかった。フユキが可能性に気づかせてくれたのは、最高のアシストだ。
褒めちぎるサクラとは対照的に、フユキはこの事態から現実逃避したくてたまらない。一緒にいる時間を増やしたいのに、裏目に出てしまったことが悲しくて、褒められている気が一切しなかった。
帰宅後、サクラはどんなトリックアートを使えるか考えるべく、パソコンを起動した。そこには自分の作品だけでなく他三人の現時点の資料がある。それらを見て、どんな絵に錯視のからくりを仕掛けたらいいか、展開と絵の性質を比べて検討した。後日チームメイトに提案して、採用してもらえたら嬉しい。
だがじきにスマホの通知が来てサクラは手を止め、フユキの部屋を訪れた。
「アゲハ帰ってくるって。迎えをお願い」
「えー、嫌」
出かけていた北参道天羽がそろそろ駅に着くと連絡してきた。アゲハは先月行方不明になったサクラが一ヶ月お世話になった子で、今月から一緒に居候している。まだ慣れないアゲハにこそ、駅から家までの案内が必要で、それをフユキに頼んだが即座に断られた。
「私のときは頼まず来てくれたじゃない」
「それはお姉ちゃんだから」
フユキはサクラと離ればなれだったその一ヶ月は不安でいっぱいだった。だからその間に彼女と一緒に過ごしていたアゲハのことを良く思っていない。さっき駅で待っていたのは相手がサクラだったからであり、彼女が先に帰ってくるとしても家から出なかっただろう。
「どうせ平気でしょ。前も一人で来たし」
「私が平気じゃないみたいな」
それにフユキはアゲハが自力でここに来られると思っている。初めて来た日も誰の付き添いもなくアポ無しで現れたし、人づてにこの家への行き方を把握しているにちがいない。だから一人でも帰ってこられるから迎えにいかなくても大丈夫と反論すると、だったら出迎えられたサクラは一人で帰れないと思われているのかと突っかかった。
「それは、お姉ちゃんとお話したくて」
「私もよ。でも私が迎えにいくと、それから作業して、お話の時間が減っちゃうわ」
だがフユキはサクラと歩きながら会話したいから彼女のときは迎えにいったと言い返す。するとサクラも気持ちは同じだと答え、だから頼みを聞いてほしいと後押しした。
寝るまでにもう少しゲーム制作の時間が欲しい。けれどもその間フユキと一緒にいられない。だからその間はアゲハを迎えて連れてくる時間に充てればいい。
もしもサクラが迎えにいくと、往復の時間とその後に作業する時間がかかり、フユキと過ごす時間が削られる。
二人ともアゲハを迎えにいかないのなら、フユキが行くパターンと同じだけの時間配分になるが、その選択をするつもりはサクラはない。
「それは嫌」
「戻ってくるまでに終わらせるから」
「……分かった」
フユキはアゲハのせいでサクラと過ごす時間が減ることに反対で、話す時間が欲しい気持ちも同じだから、引き受けた。
「で、何分?」
「あれ…… あ、私に個人的に来てた」
そうなるといつ駅に着けばいいのか、フユキは尋ねる。サクラは、アゲハからのチャットを見ればいいのになぜ分からないのか首を傾げたが、自分のスマホを見返したら連絡は自分にしか来ていないことに気づいた。この家のグループチャットに参加させたのに、そこへは何の連絡もないからフユキからは見えなかった。
「お姉ちゃんに来てほしいんじゃない?」
「間違えただけよ、きっと。フユキにも伝えて、迎えにいってもらうって言っといたから」
わざわざサクラにだけ伝えたのは意図があると睨むフユキに、横着して個人チャットに投稿したせいかもとフォローを入れる。本当に横着したなら通知の新着順で上に来るグループチャットに投稿しているはずだから、その説が当たっているかは怪しいが、黙っておいた。
到着時間はフユキに伝えたから彼女が駅で待っている、とアゲハに返信して状況を伝えた。これで彼女は全体に連絡を入れたものと認識するから、フユキと一緒に帰ってきてくれるはず。
「いってらっしゃい。 ……さて、今のうちに」
渋々迎えにいったフユキを見送り、サクラは自室に戻る。まずは自分がシナリオを担当する自分の作品を見返した。
ジャンルはミステリーもの。姉を亡くした妹と、彼女の前に現れ姉代わりになった謎の少女が主要登場人物。モデルはフユキとサクラだ。日常を過ごすなかで様々な出来事に分岐点が存在し、謎の少女が正体を妹に、そしてプレイヤーに明かすルートが存在する。
亡くなった姉が帰ってくるのか、そうなったら姉代わりの少女は一緒にいられるのか。物語の展開をヒントに、三者の関係を暴くこと、そして選んだ結末である悲しくも正しいエンディングを見届けることが、制作者であるサクラの望み。フユキにも、他に人にも辿り着いてもらいたくて、この作品を完成させると決意した。
物語の進捗はまだまだで、ひとまずトゥルーエンドと呼ばれる真実のエンディングへの筋書きは考えてある。ここにいくつもの選択肢という分岐点を与え、一般的な感性で進めたプレイヤーが行き着くハッピーエンドや、間違った選択の先にあるバッドエンドを足していく。
だがその前にトゥルーエンドをより具体的にすることが先だ。単にここはこう、次はこうと答えを覚えながら進めるのではテストの答えを暗記するだけで満点を目指すのと同義だ。なぜここでこれを選ぶのか説得力があり、その選択に相応しい展開があってこそ、ノベルゲームを進めていると実感できる。
そのために考えるべきは登場人物の感情の変化だ。序盤はこう、けれども過程を踏んでこうなった。だからこの結末に辿り着く。
それを考えるにあたり、さっきのフユキの反応はとても参考なる。善かれと思っての選択が、思いがけない、けれどもあり得る結果を招き、間違いだったと落ち込む。
かといって経験したことをゲームに取り入れるだけでは、現実にないゲーム独自の展開を考えるときに苦労する。とはいえ架空の話を現実らしく描くのがゲームだ。経験にない以上、想像で補わなくてはならない。
そこで練習として、出発したフユキの心情を考えてみることにした。彼女はどんな気持ちでアゲハを迎えにいっているのか。合流したらどのように引き返してくるか。考えて、答え合わせができたらいいと思った。だが彼女に直接聞くことはできない。自然体でいてもらうためだ。
そのときサクラは閃いた。アゲハに聞けばいいのではないかと。大抵の人はサクラの正体を知らない。けれども先月一緒に過ごしていた彼女は別だ。合流した後のフユキの様子は、一緒に来る彼女がその目で確かめているから、想像との答え合わせが可能だ。
アゲハに手伝ってもらえれば、作業時間が減ってフユキとしても嬉しい結果になる。良いこと尽くしだとサクラは浮かれ、帰ってきたら聞くことを整理した。




