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72話 いつまでいられるか

 "同期"での集まりの帰り道、途中まで同じ電車に乗って移動する武蔵浦(むさしうら)春桜(サクラ)、川口(かわぐち)青空澄(アスミ)、そして西浦(にしうら)あかりの三人は会話を再開する。


「でもびっくりした。まさか留学を考えていたなんて」

「私も。というか他がやけに落ち着いていたような」


 アカリが夏休みに短期留学に行きたい、と告白したのがさっき七人で集まっていたときの出来事で、その瞬間が初耳だったサクラとアスミは、実は結構びっくりしたと明かす。皆と一緒にいたときは思いきりリアクションを取ることができなかったが、それは周りに流されてしまったため。

 集まりの目的であるノベルゲーム制作の中核を担う三郷(みさと)楽阿(ラクア)と、アカリと同級生で異様に彼女を気に入っている美南(みなみ)哀月(アイリ)。この二人が特に驚きそうなのに妙に冷静で、驚く自分たちがズレているのかと思い込んでしまい、全体として反応が淡白になってしまった。

 その二人は地元に住んでいるので電車に乗らず駅までの見送りだったので、二人が抜けたタイミングでサクラたちは本心を明かしたのだ。


 なお実態はラクアもアイリも留学の件を事前に聞いていたから、身構えられたゆえの反応の薄さを引き起こしており、そのことをアカリたちは知らない。アカリはゲーム制作のメンバー外のある一人に明かしており、その人がラクアたちに話したことで知れ渡ったという経緯がある。

 実際そのタイミングでラクアたちは結構驚いており、もしもその経緯がなくさっきの場が初耳だったら、騒ぎになっていたことだろう。


「まあ、キレなくてホッとしたから良いんだけど」

「そうそう。休まれると困るって」


 ラクアの反応の薄さには疑問が残るが、過敏でなかっただけヨシとしたいのが結論。アカリが留学に行く期間はゲーム応募期限目前でもある夏休み。完成させるタイムリミット目前であろう忙しい時期に、ゲームと関係ない用事で何日も抜けられるのは困るから、と言って許可しなかったかもしれない。しかしそんな厳しくなく、むしろ甘かった。



「逆に私は、いなくてもそんな問題ないって思われている気がして……」

「まあ、あれって元々最初は三人でやるつもりだったしね。絶対無理だと思うけど」


 だがその甘さがアカリにネガティブな考えを過らせた。ラクアがすんなり聞き入れたのは、あまり困らないと思われているからではないかと。実は抜けても影響ないくらいの役割で、あまり皆の力になれていないのではと考えてしまう。

 そもそも元々アカリやアスミが加入する前からゲーム制作の計画が始まっていたから、彼女ら抜きで完成させるはずだったという意味で、いなくても問題ないという扱いでもおかしくはない。

 とはいえその三人だけで成し遂げられたとは到底思えず、だからアスミも加入当初は活動に反対した。結果的に彼女含め四人が加わったおかげで、完成は多少現実的になった。初期メンバーが協力を求めたからではなく、単なる偶然で増員されて救われた。


「サクラ的にどう? あのまま三人で続けていたら」

「そうねえ…… 思った通りの作品にはならなかったかな」


 そしてアスミは初期メンの一員であるサクラに尋ねる。もしも自分やアカリたちが参加せず、ラクアと水天宮(すいてんぐう)千城(ちしろ)の三人でゲーム制作を続けていたとして、つまり彼女らの支援抜きで、満足いく結果に辿り着けた自信はあるかと。

 サクラは未来を想像して、きっと満足する結果になれなかったと答えた。まずアスミがいなければコンテスト応募という期限付きの課題にしないで気ままに進めていただろうから、きっと今ほど熱意を維持できていなかったかもしれない。だから彼女らのおかげで良い作品を完成させられるかもしれないと期待する。



「きっとラクアたちも、アカリに助けられてると思う。絵を描いてくれるの嬉しいし、今日だって彼から色々お願いされていたしさ」


 イラストがなくてもゲームは動く。だが味気なくて良い作品とは言えないし、かといって用意するのも大変だ。だからアカリが引き受けてくれてサクラたちは助かっている。きっとラクアも同じ気持ちで、だから彼はアカリに作業の説明をした。丸投げではなく、先に自分である程度進めたうえで、何をどんな手順でやれば楽に効果的に立ち絵のバリエーションを増やせるか理解し、それをアカリに伝えた。

 おかげで彼女は遠回りせず作業できるようになった。求めているものから逸れないように、彼から期待されている。


「もしかしたら、いつ誰がいなくなってもいいように準備しているのかも。だから極力アカリが楽に絵を描けるやり方を教えていたんじゃないかな」


 ラクアの指示の内容と、彼がアカリの一時離脱を聞いたときの反応に、関係があるかもしれないとアスミは考えた。各々学校生活やプライベートがあって、空き時間を全部ゲーム制作に費やせるわけではない。それを念頭に置き、なるべく少ない手間で完成させることを意識して四作品を同時進行で制作している。

 アカリに限らず各々が限られた時間で取り組めるよう考えられていて、だから不意の離脱も想定の範囲内だった。それなら反応の薄さに合点がいく。


「……そうかもね。ありがとう」


 真偽はラクアの胸中だが、そうと受け止めておくだけでアカリは不安を拭えた。


「留学の話も、あれで一旦今月末まで頑張ろうってなったでしょ? アカリが安心して応募できるように」


 アカリが一時的に作業できなくなるという話も、彼女が代わりの目的に集中できるようにするために皆で成果を上げて不安を残さないようにしようという決意に繋がり、制作チームとして士気が上がった。それもアカリの貢献と言えるから、いてくれて、そして自分の夢に向かって頑張ってくれて、サクラは感謝する。


「あれで良かったと思う。来年まで延ばそうってならなくて、やることあるならテキパキ進めようって」


 手を動かせなくなる代わりに期限を延長すれば、皆への負担は軽減できる。けれどもそれは追い込むより楽なものの、うまくいかない予感がする。それこそアスミが加わってコンテスト応募を決める前の、思いつきで進めていた三人だけで進んだ先と同じ未来が待っていたかもしれない。


「……私がいつまでいられるか分からないし」

「そういえば来たばかりだったっけ。私より少し前に」


 時間がいくらでもあるのなら、応募を来年に見送ってゆったり進めるのも良いかもしれない。けれどもサクラは、当たり前の日常がいつか失われることを危惧して、安易な先送りに賛成しかねる。

 その発言の意図が気になったアスミだったが、サクラの経歴を思い出してすぐに気づいた。彼女は自分と同じで先月この島に来た身。いつか元いた街へ帰っていくかもしれない。そしてそうするタイミングとしては一年後の中学卒業が適しており、そうなると来年応募するときにはもう去っている。


 アスミも似た立場で、学校の都合で編入してきた立場。この島での生活を続けたいなら高校生になっても居続けることができるが、サクラには別の都合があって出ていかなくてはならなくなるかもしれない。だから居られるうちに進めた方が夢は叶いやすく、延期は未完を招きかねない。


「アスミはどう? こっちにいるのと、前の学校は」

「当然こっちよ。でも……」


 一年で終えるなんてもったいない。高校生活もこの島で送り、色々な能力者と様々な挑戦をしたいと願っている。ただ一つ迷いがある。それはどの高校を選ぶかだ。


「高校……アカリと一緒の私立に行くか、今の同級生と一緒に近くの所に行くか」

「学力的には?」

「行ける気がしてる。頑張ればの話よ?」


 今から受験勉強を頑張れば、その私立に合格できる予感がするアスミは、意欲がある。一方でこの島は、高校まで地元の公立に受験なしで進学できる。私立と比べて安く入学できる公立に受験を設けて進学先の選択肢を与えると、特殊能力者が少数の高校へ偏りかねない。それを防ぐために地域ごとに進学先を指定されており、結果として中学の同級生とは基本的に高校も一緒だ。

 今の同級生と高校生活を送りたいなら、受験せず近所の公立に上がるのがベターとなる。


 アスミは手間や現実的かを抜きに天秤にかけて、誰といたいかで迷っている。


「良い友達に会えたのね」

「うん。たまに一緒に二人だけで登校して」


 遅刻癖のあるアスミは、ある朝に仲間と出会った。時間が経つのを忘れて同じく遅刻しがちだということで気が合い、その子は現状無能力者ではあるが、能力抜きに交流が芽生えた。一年で地元へ帰りたくないと思う一因でもあり、彼女との高校生活もきっと楽しい予感がする。


「じゃあ二人で受験しにくるのは」

「そうか……それなら皆一緒になれるっ」


 二人きりで登校するのは他の生徒がとっくに到着している時間帯だから、というみっともない理由だとは思いもしないサクラは、一緒にアカリの同級生になるのを目指してみないかと提案した。新しい選択肢に気づかされたアスミは、それが叶ったら最高で、試す価値はあると思った。


「その子と相談してみるよ」

「まあ……どっちかしか受からないってことも」

「もうっ! 変なこと言わないで」


 だが気持ちだけで叶わないのが現実だ。望ましい形で引き離されて、もう今までの関係でいられなくなることもある、とサクラは不吉な未来を想像した。そんな未来を迎えて溜まるものかとアスミは怒り、とはいえそれを避けるために進む道は険しいのも事実と受け止める。


「でも受験勉強で、ゲーム作る時間が削られるのも問題よね」


 受験に合格するためには成績を上げて試験の対策をしなくてはならない。入試は来年一月に三教科。ゲーム制作の応募が順当に八月に間に合ったとして、それから始めるのでは心許ない。授業のない夏休みこそ踏ん張り時だ。

 かといって勉強に注力してはゲーム制作に手が回らず、締切に間に合わない可能性が出てくる。欲張って睡眠時間を削って両方を頑張るのでは、身が保たず疲れが溜まってどっちも失敗するかもしれない。

 自分が本当に目指すものは何か見つめて、取捨選択が必要だ。天秤にかけたとき、どちらが将来に活かされるかで判断すれば、比べるまでもない。


「……問題なのかな」


 勉強する分、作業時間を減らしてゲーム完成に影響が出る。それはただの思い込みではないのかとアスミは首を傾げる。アカリの留学がすんなり聞き入れられたように、ラクアの想定では完成までに擁する時間がそう多くなくて、費やせない時間が生じることは大きな問題でないのかもしれない。


「アカリはそのまま行けるんでしょ?」

「うん。絶対でもないけどね。テストはあるよ」


 すでに受験で中等部に進学しているアカリは、内部進学という形で受験せず高等部に上がれる。とはいえ基準をクリアする必要があり、落とされたらアスミたち外部生と同様に一般受験をすることになる。

 それこそゲーム制作に夢中で勉学を疎かにしたら、不合格になる可能性は高くなってしまう。


「夏休みに勉強が必要ってのを計画に組み込んでいるなら……実はそんな時間取らないってことも」

「どうする? 逆にテストなしで上がれるって思われててカツカツに組んでいたら」


 考えれば色々なパターンが思い浮かぶ。ラクアがどんな想定をしているか特定できない以上、楽な方に考えて安心する、なんて考えは危険だ。


「私たちの進路なんて、彼には関係ないし」

「ライバルってわけでもないしね。女子校だし」


 受験結果がどうであれ、ラクアの進路に影響は及ぼさない。何せその私立は女子学院。彼が密かに進学を狙っていて、競争相手のアカリたちを蹴落とすためにゲーム制作に注力させて自分は勉強に励む、なんて策略を巡らせているわけがない。彼を疑うのは止めて、素直に向き合うべきと考えを改める。


「さっきの話と絡むけど、まずは今月に結果を出そう。それから相談しても遅くないはず」

「そうね。信頼を得るの大事だし」


 アカリの留学に絡んだ話に戻るが、受験勉強に力を入れたいと説得するには、両立できるとアピールすることが効果的に思える。彼女が応募を判断する時期に合わせてアスミも進路希望を打ち明ける。そのときのラクアの反応で、それからのことを考える方がいい。そう決めた。


「お互い頑張ろうね。サクラもどう?」

「私は遠慮するわ。他のこと頑張るから」


 アスミの提案をサクラは断った。アカリたちと同じ学校に通うのも楽しそうだが、妹を置いていくわけにはいかないし、彼女は友達といるのを望むことだろうから、自分も一緒に残る。それにいつまでいられるか分からないのに、多額な入学費を支払うことにも抵抗がある。

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