71話 面と向かって話すべき
「私、皆に相談があって……」
西浦あかりは悩んだ末に話を切り出した。後回しにしても、いつか言わないといけない不安に駆られて、ノベルゲーム用の立ち絵作成への集中力が抜けつつあった。スッキリしたい、それに今日みたいにチームで集まっているときに面と向かって話すべきだと思い、このタイミングで思いを打ち明けると決めた。
「私……外国に留学に行きたい」
「へえ、良いじゃない」
川口青空澄は初耳だったがアカリの意思を即座に肯定した。ゲーム制作に支障を来すから反対されると身構えていたが、肩透かしを食らう。
「ちなみにいつから?」
「八月に一週間くらい」
「短くない? まあ、楽だし安いけど」
「その分あなたが頑張ることになるのよ?」
夏休みと聞いてゲームの応募期限と被る点で少し焦ったアスミだが、短期間と聞いて安堵した。留学に行きたいことは聞いていた三郷楽阿は、想定より短期間だったことと、せっかく行くならもっと長く行く方がいいのではと思えたことからそんな反応をしたが、長いとやることも多くなって大変だから、短い計画には賛成する。
それにアスミの言う通り、アカリが留学している間にできない作業は他のメンバーで補う必要があり、その期間が長くなるほど彼らが大変になる。自分が楽をするためにも、このまま短期間で行ってほしいと思った。
「私が抜ける分、皆が忙しくなるのは分かってる。だから行くかどうかは、月末まで保留にする。応募の締め切り」
アカリも自分のわがままがラクアたちに負担をかけると自覚している。だから応募期限ギリギリまで待ち、ゲーム制作から離れても問題なさそうな進捗なら、予定通り留学に行く。もしも間に合わないなら、諦めるつもりなのだ。その判断を下すのは、今月中となる。
「気持ちは嬉しいけど、お気遣い無用よ。アカリに限らず、留学とか旅行とか制限したりしないわ」
今決めるより制作が軌道に乗るのを見届けてからの方が気持ち的に楽だろうから、決断の先送りにアスミは反対しない。だが人手不足を理由にプライベートを拘束するつもりはないと告げて、休みにくい空気になるのを防いだ。
「まあ、最初の三人で決めたことに無理やり巻き込んだわけだしな」
「別にそんな風に思ってないよ?」
ラクアの言う通り、ゲーム制作は今いる七人で始めたことではない。能力者に認定された時期が早かったラクアと他二人で決めた活動に、たまたま少し遅れて覚醒した四人が合流した。部活動のように選択権があるわけでもないものに、交流の一環というだけで自由を奪われるのは可哀想だと彼はフォローする。
だが事実とはいえ、そんな消極的な心意気で臨んでいると思われるのはアカリは心外で、静かに怒る。ゲーム制作という目標はすでに決定されていたものの、そのために何をするかは自分のやりたいことを優先して考えてくれて、その意味で選択権はあった。やりたいからやっている。そこは誤解してほしくない。
「そういえば、そっちは高校の授業で海外行くこともあるのよね」
「「えっ、そうなの!?」」
アカリは私立の中等部に所属していて、その学校のパンフレットを武蔵浦春桜は以前貰っていた。アカリたちがどんな学校生活を送っているか知るために読んでいたら、高等部のカリキュラムが目に入り、それが彼女の留学の動機だと推測した。
なお同じパンフレットを貰っていたが知らなかったアスミと、何も知らないラクアは同時に驚いた。
「というか詳しいな」
「前に調べてて。アカリたちがメンバー入りしたとき」
どうしてその私立の生徒でもなく、それどころか先月この島に来たばかりのサクラがそこまで把握しているのを新座黄麟は不思議に思った。だがサクラは、以前アカリたちと集まったのを機に調べただけだと答える。
「私たちが行かなかった日だ」
水天宮千城は、アカリたちが能力者になった日にサクラが歓迎会を提案したのを思い出した。だがチシロとキリンは不参加で、もしも行っていたらサクラと同じくらい詳しくなれていたかもしれないと考える。
キリンも言われてその日のことを思い出し、行かない原因を作った恥ずかしがり屋のラクアに視線を向けるも、彼は黙って目を逸らした。
「それで、どこに行くの? イギリス?」
「フランス」
「えっ!? 英語じゃなくてフランス語よね?」
留学先の国が気になった美南哀月は、行き先次第で自分も応募してみたいと思い、アカリに尋ねた。アイリは彼女と同じ私立に通っており、内部進学するとしたらそのカリキュラムを見据えておいて損はない。
だが高等部で研修に行く国でも、授業で習っている英語が公用語の国ですらなく、そこへ行くのかと驚いた。とはいえフランス語は英語に次いでメジャーなので、アカリが特殊なわけではない。
「もしかして好きな子がフランス産まれ?」
「好きな人!?」
「アイリ落ち着いて」
こだわる理由が何かあると思ったサクラは、恋が関係していると予想したが、それはハズレだと聞かされる前からアイリは気が動転しチシロに呆れられた。
一方ラクアはうんうんと頷く。好きな子が他の誰かに恋している疑惑を前に取り乱す気持ちに共感できるから。
「星の王子さまって本が生まれた場所で…… 語り合えるようになりたくて」
愛読書の作者が生まれた街にアカリは行きたい。非常に有名な小説で、この日本にも多くのファンがいる。その街にはその作品の博物館やテーマパークがあるが、観光ではなく留学として行く理由は、現地のファンと繋がるために共通の言語を身につけたいから。不安だが経験を積むために、十四歳になったら行きたいと夢を掲げていたのだ。
アイリたちは素敵なきっかけだと感心しつつ、男絡みではなかったことに安堵した。
それと先日、キャリーケースを引いて肝試し会場に現れて飛び入り参加した同学年の男子とアカリはくじ引きでペアになり、その荷物をきっかけに留学の話をした。後日連絡先交換して彼がフランス出身と知り、行く前に色々と相談できて安心できるからと、留学への決意が固まったのだが、そのことは内緒にしておいた。
「応援するわ。私たちのことは心配しないで」
趣味で新しい言語を覚えようと挑戦するアカリを、自分たちの多忙対策なんかで邪魔したくない。行かずに残る自分たちのことは気にせず、充実した留学であってほしいと願い、背中を押した。
「でも自分から言ってくれてよかった。もし誰かが気づくのが先だったら、言いづらかっただろ?」
ラクアはアカリの留学の件を彼女から切り出してくれたおかげで、皆でさらりと受け入れられて話が済んだと感謝する。もし誰かが検索履歴やフランス語の会話レッスン本などで留学に勘づいて言及するのが先だったら、なぜ黙っていたのかと揉めていたかもしれない。
早いうちに本人から皆の前で相談してくれたから、スムーズに受け止めて快く応援できた。
そう語るラクアだが、実は嘘を言っているのをアイリだけが見抜いている。本当は今のアカリの告白より先に、他人から留学の意思があるのを聞いている。確かに時期と期間は今聞いたのが初めてだ。けれども留学に行きたいと言っていたことは、それを聞いた人がうっかりバラしたときに知った。肝試し会場のとある場所にいた、アイリとラクアとここにいないもう二人が、今日以前から知っていたのだ。
だから誰かが気づくより先に自分から言及した、というのは嘘になる。とはいえ気づいただけで言い触らさずに黙っていたから、告白されても驚きを抑えられただけでアスミたち初耳勢と同じようなリアクションをしてごまかしたので、気づいていないふりをしていたことがバレないうちは嘘を隠せるわけだが。
アイリはアカリの留学の件を聞いたときは驚いたが、それを本人に確かめはしなかった。ゲーム制作に影響を及ぼすことはラクアが一番分かっているだろうから、彼がどう動くのか待っていた。結果としては何もせずアカリ自身が明かすのを待っていた。話すよう誘導することもなく、いつか自分のタイミングで打ち明けるのを信じて知らんぷりをしていた。
結果、穏便に皆に伝わったわけで、もし彼やアイリが言及するのが先だったら、こうはいかなかったかもしれない。そうならずに済んだのは、きっと彼が望んでいたこと。知っても黙っていた、彼の優しさが引き寄せた結果だとアイリは内心お礼を言った。
「私もその私立のパンフレットが妹に見つかって、誤解解くの大変だったのよね。受験するのかって」
一方で自分から言わず他人に言及されるのが先になったせいで揉めた事例がサクラの過去にある。アカリが通学する私立学校のカリキュラムを知ったきっかけである資料が、同級生の妹に家で見つけられた。
高校は遠くの私立に行くという話はしていない。そもそもそこに通う友達を知るために貰った資料であって、自分がそこに進学するつもりではなかったが、貰ったこともその経緯も伝えていないまま発見されてしまったものだから、内緒で別々の高校に行く気だと勘違いされてしまい、一悶着あった。
「まあ誤解はもう解けたからいいんだけど」
とはいえこの話題を切り出したのは皆に相談するためではないと前もって補足する。隠れて違う高校に行きたいなんて思っていないことは伝わり、一件落着している。あくまでも秘密を自分で明かすのが遅くなるとトラブルが起こるのを実感したと言いたいだけだ。
「とにかく、アカリがどうするか決めるのは月末。安心して行けるように、私たちは作業を進めるわよ。忙しくて見送りにいけないなんてことないようにね」
留学先の行ってみたい場所とか、きっかけである愛読書の出会いとか、アカリに聞いてみたいことはいくつもある。けれどもそれはこの場ではなく、ゲーム制作期と関係ない場所で聞くことだ。ゲーム制作のために集まった時間でやるべきことは、順調に完成に近づくこと。
サボりや問題発生が原因でバタバタしては、アカリは気がかりで満足した留学生活を送れないまま終えてしまいかねない。彼女が自分のことで頑張るのだから、負けないくらい頑張るようにと喝を入れて、今日の集まりは幕を閉じた。
「気をつけて」
サクラ、アスミ、そしてアカリは同じ電車に乗って帰る。この街で暮らすラクアたち四人は駅で見送り、それぞれ歩いて帰る。
電車が発車した後、アイリはラクアにアカリの留学の件について聞こうとした。
「ねえ、ちょっと聞きたいことがあって……」
「えっ…… それは」
チシロとキリンのいる前で話していい内容なのか気になるラクアは、どうにかして二人を先に帰らせられないか考えた。振り向くと、二人は全身が石になって固まっていた。それはチシロの特殊能力。触れた相手を鉄化させる。もちろん自身にも適応させることができ、話が済むまで地蔵に徹するから二人きりのつもりで会話していいというアピールだ。
「本当に聞こえてねえのだろうな」
だが見ない聞かないふりをして実はこっそり探ろうとしていないかラクアは怪しみ、二人の目や耳が動かないか、手を振ったり手を叩いたりして反応を窺う。
「というか用ならチャットでいいだろ」
「あ、そうだよね……ごめん」
言われてアイリは反省した。アカリたちが帰るのを待って聞こうと思っていたが、ラクア宛に個人チャットで聞いておけば、わざわざ人目を避ける必要もなかった。今日は口頭でやりとりした方が楽なことを先に片付けるために集まったわけで、その流れで直接話しかけてしまったのだ。
そこで彼女はスマホを取り出し、質問を文字に起こした。アカリの留学を知らなかったふりをしたのは、最初からそうしようと考えていたのかと。だが入力するうちに、聞いてどうするのか疑問に思った。返事はイエスかノーかの二択だろうし、彼の思考を聞いたところでそれに何の意味があるか思いつかない。
別の質問を閃いた。留学したいと知っていたのに黙っていたことは、彼にとって好都合だったのか。けれどもそれも端的な返答になるだろうし、イエスであったとしてもあの場で余計なことを言わなかったのは正解だったという、自分を安心させる効果しかない。
「……やっぱり、何でもない」
しかし悩んでいると彼を待たせてしまうし、チシロたちが動けないままだ。結果、アイリは今聞こうとしたことは忘れてほしいと呟いた。彼女の意図を読めないラクアは、一人で先に帰った。




