67話 トゥルーエンドは現実に
「俺が作っているゲーム、この前話したじゃん?」
「うん。私を庇ったら他所の学校とのトラブルに巻き込まれるっていう」
「あれ、嘘だ。本当は全然違うのを作っている」
三郷楽阿は美南哀月に白状するため、彼女に秘密にしていたことを明かすべく彼女を連れて自宅へと歩いて向かう。何を秘密にしていたかは自室に着いてから、パソコンを見せて話す。その前にそもそもなぜ秘密にしたのかを今打ち明ける。
ラクアが今月から五ヶ月でコンテスト応募を目指すと決めたノベルゲーム作成。その課外活動のメンバーにアイリが加わるとは夢にも思わなかったから、勝手に彼女を登場人物のモデルにしていた。
だが彼女が登場するのは導入だけ。他校との因縁のきっかけとして登場するだけで、本筋であるバトルに彼女は絡まない。
そう紹介したが、それは実はアイリが加入したことでごまかそうと突貫で作り直した嘘の設定。ラクアが本当に作りたい物語は、彼女というヒロインに告白する恋愛ものなのだ。
「アイリに隠すために、急いで作り直したんだ」
「ああ……それで疲れて寝ちゃったんだ」
メンバーで集まってゲーム紹介をした日、ラクアは現地で仮眠をとっていた。皆は楽しみ過ぎて眠れなかったせいだと言っていたが、実際は前日に修正に追われて睡眠時間を削ったせいで日中ダウンしたと聞いて、アイリは納得した。待ち切れなくて目が冴えていたよりよっぽど腑に落ちる。
「だけど、やっぱり元のやつに戻す」
「元の?」
アイリに知られるのを防ぐためにさも別物をはじめから作っていたかのように振る舞っていたラクアだが、彼女に明かして当初の作品に立ち戻る。アイリがモデルのヒロインが本筋に関わる物語に。彼のその意思を聞いた彼女は、内容に心当たりがあった。二人の恋愛を描いたゲームなのではないかと。
図星だが、その説は無いとアイリは考える。なぜならラクア自身が否定していた。連中に絡まれているところを助けたのを機に恋をして、けれども進学という別れが迫って、タイムリミットを迎える前に告白を成功させる。そんな作品ではないと彼は言っていたのだ。
ならどんなゲームかというと、それを紹介するためにラクアの家に向かっている。もうすぐ着いて判明することだが、アイリは不安で待ちきれない。
「それって、私は重要なキャラ?」
知人をモデルにした登場人物を作っているのはラクアに限った話ではない。他のメンバーも、当事者に内緒で作っていると言っていた。その際、内緒にするメリットが挙がった。事情を知らない方がコミュニケーションの反応が自然で、ゲームの参考にしやすい。逆に事情を明かしておくと、ゲームらしい反応をした方がいいのかと意識させてしまいかねない。わざとらしくなると却って不自然だ。
だがアイリはメンバー加入という形でラクアのゲームを知ってしまった。もし彼の本来のゲームで彼女モデルのキャラクターがキーパーソンだったら、そのことを知ってしまったばかりに彼のゲームのクオリティを下げてしまう。意図せずして迷惑をかけていないか不安な彼女は、元のゲームでも脇役であってほしい思いで確認した。
「ああ。一番重要なキャラだ」
しかし現実は真逆だった。アイリは最悪の形でラクアの邪魔をしてしまったことに落ち込むが、当の彼は気にしていない。確かに最初は彼女に知られるのはマズいと考え奔走したが、今となっては隠す意味がない。
「お前に嫌われたくなくて嘘ついていた。好きでもない味を好きと言って気に入られようとしたことを白状する。それが本当の物語の結末で、その中心にお前がいる」
本人に隠れてゲームの中で実現するつもりだったことを、本人に向かって現実で実践した。それが今日の、モールでの出来事。だからもうゲームも隠す意味がない。ゲームのトゥルーエンドは現実になったのだから。
「今日伝えたようなことを、ゲームでやるつもりだったんだ。練習の意味でな」
「じゃあ……私が参加しても困らない?」
「ああ、全然。ネタバレした後だし」
「良かった……」
現実で伝える前に、ゲームであらゆるパターンを想定して練習しているのを教えるわけにはいかなかった。だが伝えた後なら、実はこんな練習を計画していたと明かしても支障は来さない。だからラクアは今明かした。
現実での成果を得られたのだから、これからアイリに自然体の反応を求めることはない。彼女の存在が彼に不自由を与えることはないのだ。
「むしろアイリが加わってくれて好都合だ。本人の気持ちを聞いて作った方が、リアリティが出る」
ラクアは以前登場人物の使命を考えた。主人公は彼自身がモデルなので、性格や目標ははっきりする。だが他のキャラクターは、モデルの人の考え方をイメージして、きっとこうだと想像して作ってきた。
だが憶測より本人に聞いた方が鮮明になる。その点で言うと彼はモデルの人物であるアイリがメンバー入りしたおかげで、彼の作品はもっと良くなると捉えている。
明かす真実はラクアのパソコンの中にある。そのパソコンがある彼の家の前に着くと、アイリは足を止めた。その様子から彼は、彼女は前回ここに来たときの嫌な記憶が蘇って、入りたくないと思ったのだと推測した。
「プレゼントのことはごめん。ここ、アイリにとっては嫌な思いをした場所だよな」
「いや……クモがいるって聞いたから」
入りたくないのは当たっていたが理由はハズレだ。アイリとていつまでも拒絶を引き摺らない。前回来たときは何も感じなかったが、実はクモのぬいぐるみがたくさん部屋にあるという話を友達から聞いたのを思い出した。ぬいぐるみゆえ害はないが、不気味だし、何よりラクアは平然としている。
「ああ、春休みに買ったぬいぐるみだ」
バレたことに気づいてもこの落ち着きっぷりだ。ラクアにとっては飾りに過ぎず、そんな彼の感性なら、クモ以外に何か潜ませているかもしれない。
「でもアイリの能力だってクモみたいじゃん」
「そうだけど……」
アイリがラクアのゲームを知ったきっかけは、彼女が彼より少し後に特殊能力者になったこと。そしてその能力は、クモの糸を放って相手の動きを封じるというもの。
「仲間みたいなものだし、見せてやるよ」
「え、遠慮します」
クモに詳しくなれば能力の活かし方も広げられると思ったラクアは、部屋に隠しているぬいぐるみをアイリに紹介してあげようと提案したが、彼女が嫌がるので撤回した。
「ラクアってそういう趣味できたんだ」
「パソコンに嵌まったら、段々とな」
長年アイリに黙っていたことを言えた解放感により、ラクアは自分を曝け出すことにブレーキをかけない。彼女は小学校が同じだった彼の未知の一面に困惑し、そういう人として認識を改めた。
「……嫌なら、今度違う場所で話そうか」
「ううん、大丈夫。せっかくここまで来たし」
クモへの抵抗感があるなら、後日パソコンを持って別の場所でゲームの真相を伝えるのはどうかとラクアは案を出した。だがアイリはそんな手間をかけさせるくらいなら我慢すると決め、彼の家に上がった。
ラクアはまずさっき買ったインテリアフラワーを部屋に飾る。パソコン作業は好きだが、プログラムの誤りでゲーム作りが思い通りに進まなくなるとイライラが溜まる癖があり、そこで心を落ち着かせるために買ったものだ。
「まあ、さっき話した通りの設定をここに書いてある」
来る途中に打ち明けたゲームの真の物語。それは嘘ではなく、これまでに資料も作ってある。それを目で確かめさせるべく、パソコンのファイルを開いた。導入、世界観、主要登場人物。どれもラクアとアイリの過去と関連があるのを彼女は実感した。
「現実と違うのは、中学でなく高校から別々ってところ。今の俺に近い時期の方が、書くのが楽だから」
違うのはアイリが中学から私立に進学したのに対し、ゲームのヒロインは高校からそうする。そして舞台はモデルの彼らと同じ中学三年生で、時期は彼らより未来である卒業の三月。現実通りの設定としなかった理由は、卒業というタイムリミットまでを描くにあたり、三年前の自分たちより今の自分たちをベースに据えた方がイメージを掴みやすいから。
「このゲームを夏休みに完成させて……そのシナリオ通りに、中学卒業前に伝えるつもりだった。もう伝えたけど」
そして現実のラクアたちより少し先の時期をゲームで描くことで、その時期に現実が追いついたときに役に立つ。何を言ったら駄目か、何をしたら好転するか。ゲームを作成して得た知識で、告白を成功させる狙いがあった。
完成を待たずして伝えられたが、目的を果たせた彼は後悔していない。
「じゃあもう役目は果たせたんだ」
「……まあな」
あわよくば恋心を打ち明けようと、ゲームには告白の展開も作るつもりだが、それはアイリには内緒だ。好意はまだ伝えられていないし、実践の予定も立てられていない。それを練るためにゲームを作成するところだったのだ。
結局彼は、まだ隠し事を抱えてしまう。
「これは共有フォルダにアップしておく。見たくなったら好きに見て」
色々と話したラクアだが、アイリには覚えもらわなくても構わない。分からなかったり忘れたりしたら、帰った後に彼女のパソコンからファイルを開いてもらえばいい。打ち明けて隠す必要がなくなったから、メンバーが見られる場所に移した。隠蔽用に直したファイルに上書きして、紛らわしい情報は消した。
そもそも物語もプログラムも作るのはラクアの役目。アイリは自分でゲームは作らずメンバーの手伝いに入る。手を借りるときが来たら、そのときにまた話せばいい。
「これで俺の話はおしまいだ」
「そう……なんか、意外とショックじゃなかったな。ハッカ嫌いなのも、黙ってゲームに使われてたのも」
衝撃の事実の連続だった。アイリは自覚しているものの、どこかあっさり受け入れている自分に戸惑う。ラクアのイメージが記憶からだいぶ塗り替えられたのに、本当はそういう人だったと飲み込めたのを不思議に思った。
それは彼への関心が薄まっていたせいだ。最近の彼には心を傷つけられてばかりだ。助けたときに恋をしたヒロインになれるほどの魅力はないと罵倒されたのもその一角だ。そんな彼に対し、こうであってほしいという願いを持たなくなっていたから、どんな一面も受け入れられる。
「でも、話してくれてありがとう。私、頑張って手伝うから」
「ああ、よろしく。仲間同士、頑張ろう」
ラクアが仲間と呼んだことで、アイリは少し安心した。かつて助けてくれた彼を覚えているから、変わったようで優しい彼のままだと実感できた。
話が済んだのでアイリはラクアの家を出て、自宅へと向かう。玄関を出るとき、前回彼の家に来て帰るときのことを思い出した。
「私この前帰るとき、そこで泣いてたのよ」
「……電話かけたときか?」
思い返せば電話口からの声が震えていたような気がしたラクアは、アイリを泣かせた原因は自分だと察する。電話をかけたのも、彼女のプレゼントを受け取れないと一蹴したことに罪悪感があって、彼女が去った後に急いで代わりの手を考え、似た物を買いたいから付き合ってほしいと頼むためだ。
とはいえ彼女も蒸し返すつもりはない。ただ、ふとしたときに思い出して悲しくなるから、今後他の人がこんな思いをするのを防ぎたいと思って言及した。
「好きな子を連れてくるときは気をつけてね」
ラクアは自分が正しいと思ったら意地になる癖がある。そうなったとき周りへの意識が薄れて、彼の判断を周りがどう思うか考える気がない。彼が作るゲームも、まだ少し知った程度だが、彼がモデルの主人公がどうなりたいか考えてばかりで、ヒロインの気持ちを蔑ろにしているように感じた。
ただその欠点を抜きにしても良い所はあるから、もったいない言動で失恋しないようにと忠告した。
「……ああ、分かった」
その好きな子はアイリなんだとラクアは言い返せなかった。告白するには、彼女との間にまだ溝がある。嘘を明かした素の自分を見てもらい、その自分を選んでくれるかが告白への返事と考える。
好きという感情は封じ込んだまま、彼女を見送った。
アイリは帰宅後、自分のパソコンでラクアのゲーム資料を確認した。最低限ちゃんと見られるかどうかはチェックしておこうと思っての行動だったが、結局気になってじっくり見ていた。
すると彼女はある設定を目にした。中学校の卒業式でヒロインにラブレターが届き、主人公は送り主を知らない。しかし実は送り主は未来から来た主人公だったという設定だ。散らかった部屋の中、ちゃんと保管している手紙がある。春休みにハーブ園でラクアに会い、手紙の話をしたそのときから、彼はゲームの構想をしていたのだと読み取った。この手紙の真相も、彼のゲームのために明かす日は来るのだろうと考え、大事に保管した。




