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66話 告白の覚悟

 美南(みなみ)哀月(アイリ)は溜池(ためいけ)彼方(カナタ)に案内されてモールの屋上に向かう。屋外駐車場を突っ切った先、ロープで封鎖された緑のエリアと、その手前に空いたベンチがあった。

 立地といい静けさといい、カナタに会わなければ知らないまま帰っただろう。そう思うアイリは、彼に声をかけてよかったと考えた。


 カナタはベンチに座ってさっき買ったカステラを開封する。隣に座ったアイリに一切れ渡した。


「美味しい」

「幻のカステラだ」

「幻……」


 製法に手間がかかり難しいゆえ幻の味と呼ばれており、そう聞くと余計美味しく感じる。カステラはカナタの好物。気に入ってくれて彼も嬉しかったが、以前別の知り合いにあげたときの嫌な記憶が蘇った。


「元が美味しいのにジャムを塗る馬鹿がいてさ」

「ジャムって……」


 アイリも呆れた。一方で彼女のネックレスを選びに下のフロアにいる三郷(みさと)楽阿(ラクア)がくしゃみをした。カナタの言う馬鹿は彼のことだが名前は出さず、彼女もまさか彼のことだとは思いもしなかった。なおカナタも、そのジャムの送り主が彼女だとは想像もしていない。



 カナタは自分も一切れ食べながら夕焼け空を見上げ、アイリに尋ねる。


「アイリは雪と雷、どっちが好きだ?」

「え……雪?」

「じゃあラクアと合わないな。あいつも俺も雷派だ」


 雲を見てそう聞かれたアイリは、深く考えず思った通りに答えた。するとカナタは、好みがラクアと違うと告げ、ついでに自分も彼女と違うと明かした。


「え、今聞いたの!?」

「いや、前にあいつの家行ったときに」


 ラクアと一緒にいて抱えたストレスを発散しに、黙ってカナタと会っている。だから彼がラクアに連絡をとろうものなら、バレてしまいかねない。しかしそれはアイリの杞憂で、今日偶然彼女に会うのより前から聞いていた話だった。安堵したが、二人の仲が気になる。


「なんだ……というか、仲良いんだ」

「ところであいつは何しているんだ?」


 しかし聞き流された。カナタはアイリがラクアとモールに来たことを彼女から聞いたが、肝心の目的は知らない。何をしにきて、そしてなぜ彼女は嫌になって離れたのかを知りたい。雪と雷のどちらが好きか尋ねたのも、回答後にラクアの選択を明かして、彼の話にシフトする前座だ。

 そして彼が雷派というのは今の質問に対してではない。彼の家で対戦したゲームで、モンスターに雷属性の技を採用していたことが由来というだけだ。編成の都合で雷を選んだだけで、実際はアイリと同様に雪の方が好きな可能性はある。


「ネックレス選んでくれてる」

「へえ、良い奴じゃん。なのにお前は別行動かよ。最低だな」


 おしゃれをしたいが自分に自信を持てないアイリは、懐中時計をネックレス代わりに装飾する。これならなぜ着けているのか聞かれたとき、時計という目的があると堂々と答えられる。似合わないと言われても、用途があって着けていると胸を張れる。

 それをラクアに話したら、人が選んだものなら時計の無いアクセサリーでも自信を持って着けられるはずだと彼は言い、買ってくれることになった。


 そい聞いたカナタは、なぜアイリはラクアから離れて自分の元に来たのかと困惑する。もし彼に見られたら、十中八九、自分が彼女を引き離して連れ込んだと誤解されると思った。

 カナタに責められアイリは唇を噛みしめる。確かにラクアは優しいし、今の話だけ見ると悪いのは自分だ。

 けれども他の諸々で、ラクアへの嫌悪感を抱いている。その積み重ねが、彼との買い物に息苦しさを生み出している。本音を言うと誰かに打ち明けて、気持ちを分かってもらいたい。



「でも選ぶのはラクアじゃなくていいし……他の友達と来た方が、楽しかった」

「他の?」

「うん。……でもカナタは別。多分楽しくないけど」

「まず友達じゃねえし」


 誰でもいいとは思ったが、カナタよりはラクアのがマシと思う。そんな評価を下されたが彼は気に留めず、友達扱いさえ拒んだ。アイリとは同学年の能力者の仲。その中でもAランク同士だが、該当者は他に二十人近くいるから彼女が特別なわけではない。

 考え方を彼女に気に入られたようだが、カナタは人と馴れ合う気がない。


「だいたいなんで楽しい必要がある? 欲しい物を買うのに、つまらないも楽しいも関係ねえだろ」


 それはさておきカナタはアイリの言い分に疑問をぶつける。似合うネックレスを買うという目的を果たせるのに、感情を求める必要性はあるのかと問う。するとアイリは悩んだ。すぐに反論が出てこない。そこへ彼が立て続けに話す。


「それとも楽しさイコール金儲けなのか? 機嫌取れたら金が弾むとか」

「違うよ」


 ラクアとは普通の友達。愛想を良くして奢ってもらおうなんてアイリは考えていない。なら他に楽しさを求める理由はあるのかと聞かれると、彼女は自分の気持ちに気づいた。


「安心したい。怖いのは嫌」


 楽しい方がいいというより、安心したい気持ちが大きい。そのことをアイリは自覚した。だからラクアと過ごす時間から逃げたくなった。彼の圧から解放されたかったのだ。

 彼との会話や買い物は楽しかった。けれどもどこか彼のことが怖かった。

 彼女の好物のハッカ味の飴を、彼は美味しいと言ってくれた。ハーブ園のお土産を、喜んで受け取ってくれた。独特な好みを彼は理解してくれると信じていたら、ハーブの手作りアロマグッズは拒否された。希少な理解者と思っていたラクアへの認識が変わったのはそのときだ。

 だから何かの拍子にまた拒まれる、そんな予感が現実になる前に離れたくて、ちょうどカナタを見かけたから反射的に彼を理由に黙って離れてしまった。


「ごめん。待たせてるし、もう行くね」

「じゃあそこから下りな」


 気持ちの整理がついたアイリはラクアの所に戻ることを決意した。その帰り道にカナタは付き添いしない。彼女一人で駐車場を突っ切るよりは近くの階段を通った方が安全と考え、進路を指差す。


「ありがとね、話聞いてくれて。それとカステラ、ごちそうさま」


 最後にカナタにお礼を言ってアイリは屋内に戻った。一旦見渡して、ラクアに居場所をチャットで伝える。



 ラクアはアイリが離れた理由を聞かない。トイレに行きたいのを言い出せなかったと捉え、探るのは野暮と思ったからだ。それより彼は、もっと重要な話がある。


「ごめん。ネックレス買うってのは嘘で、お前に会う口実作りなんだ」


 彼は謝った。さっきまではアイリに似合いそうなものを探していたが、本当の目的を見失っていたことに気づく。そして彼女が戻ってくるまでに、何と伝えるか整理しておいた。だから買っていないし、買ってもらえると楽しみにしていたのを裏切ってしまと思い、先に謝る。

 口実作りと聞いてアイリは驚いた。買うのは彼の提案だったが、そこには別の目的があったということになる。面食らう彼女に、彼は立て続けに弁明する。


「アイリに伝えたいことがあって、けれども前に会った日にはまだ覚悟できてなくて……また会う日を作るために、選んであげるなんて言ってしまった」

「そう……伝えたいこと……」


 アイリもラクアに伝えたいことがある。好みを理解してくれなくてもいい。けれども敵にはならないでほしい。そんな願いだ。

 だがまずは彼の話を聞くのが先と判断し、耳を傾けた。


「公園で会った日……俺はお前の好きな飴を美味しいって言ったけど、本当はそんなこと思ってない。泣かせたくなくて我慢したんだ」


 小学生の頃、公園で男児に虐められているアイリを助けた日の出来事だ。追い払ったが彼女は好きな飴を酷評されて泣いていた。ラクアは慰めようと味見して、吐き出したくなったが彼女を悲しませまいと見栄を張った。

 その行動を彼は正しいとは思っているが、以来嘘だったと明かさずむしろ好きと振る舞っていたのは良くないと思っていた。そのことを今ようやく明かせたのだ。


「あれからずっと、アイリは俺を味の好みを分かってくれる奴と思っていたよな? だからハーブ園のお土産くれて、手作りのアロマグッズもくれようとして」

「うん……ラクアは分かってくれる人だって」

「それは本当の俺じゃない。だから、これからはそのつもりで接してくれるか」


 ラクアはアイリから好意的に接してもらっている自覚がある。けれどもそれは彼女が彼を仲間と思っているからであり、本性を知ったら態度は変わるはずだ。誤解したまま距離が縮まり、いずれ嘘が露呈して亀裂が生じるのは避けたい。特に彼は彼女が好きだから、偽りの自分を好意的に思い込ませたまま恋心を打ち明けると、素性がバレたとき余計に心を傷つけてしまう。

 だから好きと伝える前に、自分を曝け出した。本当の自分を見て、向き合って、それから受け入れてもらうために。


「だから、プレゼントを拒んだのも……けじめをつけるつもりだった。優しさに甘えちゃ駄目だって。要らないなんて言って、ごめん」


 信念を隠して行動に移した結果、プレゼントを突き返す行為に走った。ラクアとしては正しい選択のつもりだったが、友達に相談したらダメ出しを食らった。所詮は彼の独断で、アイリの気持ちを考えていない。

 そのせいで傷つけたことを改めて謝った。 



「驚いたし、残念。ラクアは貴重な理解者と思ってたから」

「うん……俺もそうなりたかったけど、正直口に合わなくて」

「仕方ないよ。普通そうだもん」


 一番丸く収まる方法として、ラクアがアイリの好みに合わせられるようになるという手があった。成長して味への抵抗感がなくなれば、当時は嘘だったとしてもごまかせる。けれどもその手は無理だった。中学生になった今でも彼女の味覚に共感できない。

 そう言われたアイリは、ラクアも皆と同じだったのだと受け止めた。共感されにくいことだとは以前も今も実感している。彼は特別だなんて幻想に、縋ろうという気は起こらない。



「でも、ありがとう。嘘でも美味しいって言ってくれて」


 けれどもアイリはラクアから優しさを感じた。あの日彼は連中のように、不味くても素直に口に出さなかった。それがきっかけで彼の嘘が始まりそのせいで拗れる出来事があったとはいえ、思いやりが原動力の行動を責める気は起きない。

 そして落ち着くと、彼女も告白の覚悟が決まった。


「私からもいい? 言いたいことがあって」

「……ああ」

「ラクアは好きにならなくていいよ。でも私は好きって気持ちを、分かってほしいの」


 味方になってとは言わない。せめて敵にならないでほしい。それがアイリの願いだ。味の好みを理解してくれなくて構わない。むしろ今の彼の話から、理解できないと聞いたから、それを受け入れる。

 けれども好きじゃなくても、否定はしないでほしい。敵になられるのは怖いから、それなら無関心でいてほしい。


「好きって、俺のことか?」

「ううん、飴の……ハッカ味のこと」

「あっ……ごめん、俺変なことを……」


 ラクアは好きなあまり都合の良い勘違いをして、誤解したと自覚すると恥ずかしさで顔が赤くなった。平静を装い、味の好みの話だと理解する。



 ラクアは言いたいことの半分が言えた。これで心が軽くなって気持ちも楽になったが、もう一つアイリに打ち明けないといけないものがある。それは彼女をヒロインのモデルにした彼自作のノベルゲームの真相で、その話をするには彼のパソコンを見せたい。だが今は持ち合わせていない。ここまで話す覚悟ができるかは不確定だったから、失敗してもいいように買い物に最低限の荷物しか用意してこなかったのだ。

 

「この後少しいいか? 実はゲームのことも、話さないといけなくて」

「いいよ。時間あるし」

「じゃあここは出て俺の家に……あ、でも寄りたい所あれば」


 もしアイリがモールにまだいたいというのなら日を改める。ラクアはまず彼女の希望を聞くと、彼女は少し悩んで、出ると決意した。屋上のカナタは、きっと待っていない。先に帰っただろうから、チャットで一言連絡すればそれでいいと思った。

 なお彼はカステラを買って一人で屋上で食べるつもりで来たのでスマホは持ってきていないので、アイリからの連絡に気づくのは彼が帰宅してからだ。


「ううん、大丈夫」


 このままモールを出て、ラクアの家に二人で向かった。駅に着いてアイリは再び改札に置かれたシマエナガのぬいぐるみを見る。この鳥は雪の妖精と呼ばれており、さっき彼と寄ったインテリア雑貨店でもその鳥がデザインされた商品が販売されていた。彼と買ったお揃いのマグカップが、今日のお土産だ。

 電車を待つ間、アイリはカナタに個人チャットを送信する。帰ったとだけ伝え、他の話は後回しにした。

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