65話 物足りなさ
ある平日の夕方、三郷楽阿は学校から帰宅して着替えてスマホを持って電車に乗り、改札を出た先で美南哀月の到着を待つ。今日は約束の日。アイリが園芸部で作ったポプリのようなアロマグッズをラクアが買い、選ぶのに付き合ってもらうために店の最寄り駅で合流する。
待っている間、ラクアは改札に置かれた鳥の大きなぬいぐるみを見つけ、寄って眺めてみた。ふっくらした白い鳥。どうも駅のマスコットのようだ。彼は、このくらい大きなクモのぬいぐるみを買って自室に飾りたいと思った。
「お待たせ、ラクア」
「うおっ……やあ、アイリ」
鳥を眺めるのに夢中になっていたラクアは、待ち合わせ相手のアイリがすぐ横の改札を通ったことに気づかなかった。動揺するも本来の目的を思い出し、気持ちを切り替え出発の準備をする。
「ありがとな、選ぶの付き合ってくれて」
「ううん、通り道だし」
「……それと、要らないなんて言ってごめん」
ポプリならアイリがくれようとしていた。けれどもラクアは二つの理由で断った。一つは、香りが合わなくて逆にイラつき、八つ当たりで壊してしまったら申し訳ないからで、それは彼女に伝えている。
もう一つは彼女に、彼を好みの合う仲間と誤認させてしまっていること。本当はそんなことはなく、そうと分かったら彼女はここまで親切にしてこない。嘘ついて彼女の気を惹いて、手作りの品を受け取るわけにいかなかった。
けれども断り方が良くなかったから、会ったのを機に面と向かって謝った。
「気にしないで。……あのおかげでアカリと仲良くなれたし」
「そうか」
どういう経緯で親しくなったのかラクアには見当がつかないが、深掘りしないことにした。もしかしたらアイリも彼と同様、相手の機嫌を気にして嘘をついたのかもしれない。とにかく謝罪は済んだから、本題に移る。
「じゃあ行こうか」
早速ショッピングモールに向かい、目当てのアロマグッズを探しにいった。
「Aランクの集まり、楽しかった?」
「……うん、まあ」
歩きながらラクアは尋ねる。先週末アイリは同学年Aランク能力者との交流会に参加してきた。Sランクの彼は不参加で、参加した同級生から学校で少し話は聞いている。
実を言うと楽しめなかったアイリだが、本音は隠し、当たり障りのない感想を返した。確かに他校生の能力者と集まったのは、新鮮な体験だった。けれども初対面の人に嫌いだと言われたり、レクで味方の足を引っ張ってしまったり、嫌な出来事もあった。
「……気になる人ができた」
相手は男子だが、恋愛感情を抱いたのではない。考え方や立ち位置が特殊で、周りがポジティブに進もうとするなかで逆にネガティブな面をよく見ている。そんな溜池彼方のことが、参加者十八人の内で一番記憶に残ったのだ。
「そ、そうか……良かったな」
なおラクアは恋愛的に気になる相手と勘違いし、酷くショックを受けていた。アイリは彼の片想い相手。彼女が誰に惹かれようと、彼にはとやかく言う権利がない。
きっちり本心を明かして、好きと伝えればオーケーしてくれる。そんな都合の良い展開になるのは、彼が作るゲームに出てくる彼女モデルのヒロインだけだ。
そしてインテリア雑貨店に到着し、アロマグッズのコーナーを探す。ラクアは店の場所こそ下調べしていたが、店の中のどの辺りかまでは把握していない。以前来たこともなく、来て初めて知る情報があった。
「これか。サクラとマーガレット……」
売り場を見つけたが、目当ての品は見つからない。これはディフューザーで、アイリの作ったポプリとは別物。そう感じるのは、形以上に、園芸要素が無い点だ。効果はあるのだろうが、彼女のプレゼントの代わりとしてはラクアは物足りなさを感じる。
すると隣の棚で、容器の部分が駅で見た鳥の形をしている商品を見つけた。ラクアは、ペットと思えば壊さないかもと、アイリは、生き物と思えば彼は壊さないかもとそれぞれ考えて、意見を口にした。
「瓶に私の写真貼ってみるのは?」
「私のって……アイリがペット……」
「え?」
香りが気に要らなかったとき破壊衝動を抑える方法として、アイリは自分の写真を見て踏み留まってくれるのはどうかと提案した。けれどもラクアの脳内では人でなく可愛い小動物をブレーキにするつもりだったので、彼女のアイディアが割り込んだせいで彼女とペットが一体化した。
なお動物という発想のなかったアイリは、ラクアがどうしてその呟きに至ったのか彼の思考が読めず困惑する。
「ああ、ごめん。こういうのみたいにペットらしくすれば、手を出さないと思って」
「ああ、私それペットじゃなく人で考えてた」
アイリは誤解だと気づいた。確かに鳥の絵を見たらラクアの連想は自然なものだ。人をペット扱いしようだなんて、とんだ言いがかりだ。
「ごめん、早とちりして変な想像を」
「お、おう……でも写真は欲しい」
「いいよ? 今送るね」
知らぬ間に誤解され、けれども晴れたようでラクアは聞き流した。それはさておき、彼女は自分の写真をあげようかと言っていた件について、その気があるなら貰いたいと呟く。
するとアイリは嬉しそうにスマホを取り出し、クラスメイトに撮ってもらった写真で正面を向いたものをラクアに送信する。苛立ちがちという彼の助けになれると思うと気が弾む。
「ありがとう……」
なお好きな子の写真が欲しい一心で頼んだラクアは、勇気を出して頼んだこと、そうしたら二つ返事でくれたことに、ドキドキして言葉に詰まる。震える手で保存し、写真を目に焼きつけた。
「見てラクア、こっちにも」
アイリはスマホをしまうと別の棚に、さっきの鳥がデザインされた他の商品を見つけた。皿やマグカップ、箸など色々ある。人気なシリーズ化されていたのだ。アロマとは関係ないが、見てみたり気に入った物は買ってみたくなる。
「へー、人気なんだな。実物見たことないけど」
「シマエナガって、もっと寒い地域にいるんだって」
白い体に黒い目と嘴。アイリは名前で写真を検索すると、実物とそっくりのデザインだった。デフォルメされたのではなくリアルを再現してこの可愛さなら人気なのも頷ける。そして彼らが実物を見たことがないわけは、そのもふもふな羽毛が必要なくらい寒い場所で暮らしているからだと分かった。
「じゃあこれ、雪のマークだな」
「そうかも。雪の妖精とも言われるみたい」
鳥と一緒にデザインされた模様は雪の結晶と推測した。年中この姿ではなく、さらに寒い冬に体温を保持するために空気を含んでこの丸い姿になる。その姿が雪景色に映えるため、妖精の異名があるのだと納得した。
「このマグカップ良さそう。普通のと値段比べてくるね」
「俺も行く」
アイリは持ち手に鳥が付いているマグカップを手に取り、眺めながら呟いた。普通のデザインのと比較してから考えようと思い探しにいくと、ラクアも同行した。他のグッズを見るのは後回しだ。
「ここにもある」
店を見て回ると、その途中で他のコーナーにもシマエナガのグッズがあった。アイマスクや保冷剤、ぬいぐるみと色々ある。こうなると店を一周して全部探したくなり、先々で色々発見した。
「値段同じくらい?」
「だな」
「じゃああっち買おう。でもその前に、他見てきていい?」
「ああ。俺も気になるし」
そして普通のマグカップとを発見。値段は変わらないなら鳥の方にしようとアイリは決めた。棚にはたくさんあったのでキープは後回し。まずは一周して、他に欲しい物がないかの確認を優先した。ラクアを付き合わせるのは悪いと思ったが、彼も見たいと言うので二人で歩いた。
迷った末、今日は二人で同じマグカップを買った。本命のポプリは見つからなかったが、満足している。次は他の店で探すことにし、フロアマップを確認した。
日用品店でハーバリウムを見つけた。細長いガラスの容器に水と枝が入っているインテリアフラワーで、さっきのよりアイリ自作のに近い造形。お試しには適材だと、ラクアは購入を決定した。
「私ついてきた意味、なかったね」
「まあ……でも、来たから色々気づけたし」
たまたま最後の一個だったから、ラクアは悩む余地なくそれを選んだ。他の店を探している間に買われてしまうよりはいい。ただそれではアイリがアドバイザーとして同行してきたのが無駄骨に終わり、ラクアも否定はできない。けれども来てよかったと思うのも本心だ。
それに、彼の目的はこれだけではない。まずは以前アイリに、似合うネックレスをあげると約束した件だ。それを今から、このモールで果たす。
「それにネックレス、選んであげる」
「いいよ、高そうだし」
「見に行ってみようぜ」
店があることは下調べ済だが、アイリが気に入るものがあるか、それをラクアは買えるかどうかは見てみないことには決められない。物色するだけならただなので、せっかく近くに来たから寄ってみることにした。
ラクアは蝶のデザインのネックレスを発見した。クモが良かったが、代わりならこれが一番だと思うも、値段は千円超えで少し躊躇った。
一方アイリは自分にはまだ早いと思う節もあり、真剣に探す気は薄かった。他の店舗を見渡していると、カナタを発見した。先週末に一度会っただけだが、その強烈な出会いから彼の顔は強く印象に残っている。服装はあの日と違うが、人違いではないと確信した。
「ちょっと別行動にしよう」
「分かった」
アイリは行き先も目的も隠してラクアに離れると断りを入れてカナタに会いに向かった。彼はトイレか何かかと思い、聞くのは野暮と捉え二つ返事で見送った。スマホはしっかり持ってきたし、連絡先は交換してある。チャットで楽に再会できるので、深く考えずネックレス探しを続けた。
「……出ていけ、よそ者」
「えっ……私もこの辺に住んでて」
アイリは中学校こそ遠いが家はここと同じ市にあり、カナタと同じ地元民だと答える。彼はまだ彼女のことをよく知らないので、家は近くと言うのなら信じることにした。
「制服のまま何してるんだ」
「ちょっと買い物を……それは?」
「カステラだ。下で買ってこれから帰る」
次にカナタはアイリが学校帰りにモールに来ているのを疑問詞し、目的を尋ねる。彼女は買い物とだけ明かし、そう言う彼はどうなのかと聞こうとすると紙箱を手にしており、中身はモール内で買ったカステラだと答える。
「それで、何の用?」
「話し相手になってほしくて……カナタになら、好きに愚痴吐けるから」
人のことを何だと思っているのかと彼は苛立ったが、周りと違う態度を取っている自覚はある。それでアイリに気に入られたのは想定外だが、却って彼女に興味が湧いた。
「かといってずっと一緒にいるのは嫌だけど」
「あれか。フルーツ飴で途中にハッカ舐めたくなるみたいな」
「違うよ。ずっとハッカだけでも美味しいし」
カナタはアイリがハッカ味の飴が好きと聞いている。それになぞらえて、学校で頻繁に一緒過ごすのは嫌でもたまには刺激が欲しいという意味だと解釈したが、彼女はその例は不適切だと訂正する。さも嫌いでも口直しにと言いたいようだが、彼女の場合は好きで舐めている。
だが今は学校帰り。持ち合わせていない。
「……食うか? ついでに屋上の景色でも」
「行く」
カナタはアイリの話を聞くがてら、カステラをあげようと考えた。食べる場所はモールの屋上、街で一番高くて夕日や星空がよく見える彼のお気に入りの場所だ。
アイリは思いも寄らない提案にすぐ乗り、彼の案内に着いていった。
「ふーん、ラクアに誘われて」
「うん。でもちょっと心苦しくて」
上りながらアイリは来た経緯を明かす。ラクアの提案で一緒に来て、発見に心躍りながらインテリア雑貨店を物色したのは楽しかった。けれども近日の彼とのやりとりが頭から離れない。夢中が収まり冷静になると、彼への嫌な気持ちが頭に湧いてくる。
そもそもプレゼントを拒否されたせいでここに来たのだとか、"同期"としてゲーム作成メンバーに加わったのを彼は嫌がっているかもしれないとか。ラクアは声や態度に出さないだけで、思うところはあるはずだ。
それがいつ吐き出されるか分からない緊迫感に縛られると、そういう負の感情を気兼ねなく吐き出せるカナタに打ち明けるのは良い気持ちだ。
「……はあ。こういうの、人に言いにくくて」
そんな理由で接してくるとは物好きな奴だ、と思うも口に出さないカナタは、自分と居るのはつまらないとアイリに思い知らせてやろうと企んだ。




