64話 有利になるように
時は少し遡り、"同期"で集まって課外活動の紹介を終え、美南哀月たちAランクは交流会に行った直後。残り五人は解散の前に川口青空澄の提案で、彼女持参のトランプで遊ぶことにした。
やるのはババ抜きで、まずはじゃんけんで親を決める。グーのアスミの一人勝ちだが、明らかに出すのが遅くズルと指摘される。
「アスミ後出ししたでしょ」
「あのタイミングなら勝てると思って」
「当たり前だろ」
アスミは自分が勝てると直感する瞬間が来るのを待ってから出した。だがそれは皆が出した後で、皆のを見てから出したと疑いを向けられる。他の四人が同じ手を出したのは偶然だが、それを見て有利な手を出せば一人勝ちできるのは当然だ。
仕切り直して正々堂々、じゃんけんの勝者は西浦あかりに決まった。親になったアカリはトランプをシャッフルし、五人に配る。全部で五十三枚だから、三人は一枚多く与えられる。彼女は自分から反時計回りに配り始めたから、自ら一枚多くなるよう仕向けていた。
「隣から配れば一枚少なくできたのに」
配られるのを眺めながら新座黄麟は呟く。アカリは誰から配るか選べる立ち位置で、せっかく枚数をコントロールできるのなら、自分が有利になるようにしてもよかったのではと彼は思った。彼女の右隣りから配っておけば、彼女は一枚少ない二人の方になった。
だが、有利なのは少ない人ではなく奇数枚の人だ。
「親は十枚より十一枚のが有利だぜ。分かっててやったのかは知らんけど」
アカリの配り方は彼女自身に損ではないと三郷楽阿はフォローする。
ババ抜きは前の人のカードを引き、ペアができたら二枚捨てる。次の人に引いてもらい一枚減る。つまり一枚増えて一枚か三枚減るの繰り返しだから、差し引きゼロか二枚の偶数枚ずつ減っていく。だから偶数枚スタートが有利なわけで、唯一ゲームの先頭すなわち親は、一ローテ目で一枚増える工程がないから、逆に奇数枚スタートが有利。
だがそれはラクアの考えであり、そこまでアカリが計算づくだったのか彼には分からない。意図的としても不正ではないし、彼としては、彼女に配り方が悪手ではないのを信じてもらいたいだけだ。
「人聞きの悪いこと言わないで」
「そうか、ごめん」
アカリはにっこりして否定する。だが内心怒っており、こっそり自分を有利にしたことの種明かしをしたラクアには、これ以上余計なことを言わないでほしいと願った。
一方アスミは、アカリは自身にババが来る確率を上げるために一枚多くなる配り方をしたと捉えていた。アカリの特殊能力は感情を偽装して表情に出すことで、それがババ抜きでどう機能するか実験しないかと以前話し合った。その実験は彼女にババが渡らないと始まらない。
つまりこれはアカリにとって、勝つことよりババを手にすることが重要なのだ。
配り終えたら各自手札を確認する。同じナンバーをセットで場に捨て、済んだら引き合いを開始する。なお最初にジョーカーを持ったのはアカリだ。
「早く始めようよ」
「めっちゃ笑顔……」
楽しそうな表情からよほど自信があるのだと水天宮千城は推測したが、アカリの手札は多く、一位抜けの自信を持てる枚数ではない。なぜ笑顔なのかチシロは不思議だったが、むしろ捨てられるペアが少ないから準備が早く終わり、急かしているだけとも思えた。
だがアスミはアカリの意図に気づく。これは彼女の特殊能力、感情偽装。運悪くジョーカーを手にして嫌な気持ちを、裏返しの笑顔で表に出している。早く始めて、隣の人に引いてもらい安心したいのだろう。
チシロはアカリの手札から内容を見ないで一枚掴む。すると彼女は嫌そうな顔を見せた。取られて嫌なカードは少なくともババではない。チシロはこのカードの隣がババで、惜しがる表情と推測して引いた。だがそれはババだった。
「もう最悪」
「声に出てるぞ」
騙されたことに苛立つチシロに、その反応はババが渡ったのが丸わかりだとラクアは釘を刺す。これでは次に引くアスミが警戒してしまう。
「どのみち私はババ引かないからね」
だがアスミも能力者。じゃんけんで一人勝ちしたのと同様に、チャンスの瞬間は直感的に分かる。ババを避けペアになるナンバーを引くくらい動作もない。一位抜けする気満々で、チシロのカードを掴んだ。だが引いてもびくともしない。見るとカードとチシロも鉄化していた。これは彼女の特殊能力で、抵抗の意思だ。
「ちょっとズルよ」
「よく見ろ、一枚だけ違う」
隣のキリンは鉄化していない元のデザインのカードが残っていることに気づく。それを引いたら抜けるはずと考えアスミに促した。それはババと確信するも、他は引かせてくれないので渋々貰った。
アスミの作戦は仕切り直し。まずは次のキリンにババを押しつけて、チシロに戻ってくる前に上がる。
「……ババ抜き苦手でしょ」
しかし前提の、キリンへのババ渡しができない。以前からババ避けが得意なアスミは、ババを手にするのは偶然最初に配られたときだけ。ババがどれか次の人にバレないようにする経験が人より少ないせいで、ポーカーフェイスができないのだ。
「チシロの隣に座ったのが運の尽きだな」
「うるさい! 次こそは……」
引くカードを選ばせないのは理不尽だが、チシロの隣でなければ標的にされずに済んだ。アスミの能力自体も大概ズルいから、相応の報いだとラクアは煽る。しかし彼女はめげず、次はキリンにババを押しつけると誓った。
「さあ気楽に引いて」
「いや、色」
「後で消すから、こうやって」
ババは無いから安心して引いていいとキリンはラクアにカードを向けるが、その裏面は黄色く塗られていた。これが彼の能力で、一時的なマーキング。借り物のトランプだが汚しはしないと、消してまた塗ってみせた。
ラクアが引いた後も塗りつぶしは残り続ける。つまりこれは、キリンにとって最初の手札はどれが誰のどこに渡ったか分かる目印だ。引かれたナンバーを記憶していれば、そのカードが一巡したとき選ぶか避けるかの判断材料になる。
しかし一巡どころか最速でラクアがペアとして場に捨てたので、せっかくの目印も意味が失われた。
ラクアは他の皆が能力を活用するのを見て、羨ましいと思った。自分も何かできないかと考えたが、彼の能力は触れた相手を過労させるものだ。
「……あれ」
そこで彼はアカリに引いてもらうとき力んで抵抗した。思わぬ手応えに彼女は困惑しつつ、けれども彼女も頑固で引く手に力を込める。カード越しに疲労が溜まるり、腕が震えだす。
アカリは動揺した。手口はチシロと同じだが、彼女の場合はババ以外を引かせない合理的な狙いがあった。今のラクアも同じかというとそんなはずはない。そう思う彼女はゲームの流れを振り返る。
ババが彼の手に回っている可能性は、ゼロだ。まだ一巡目で、キリンから引いてペアを捨てたから、少なくともラクアに渡っていない。わざと最初からペアを温存してさも今揃ったように見せかけたとも考えられるが、キリンのマーキングがその説を否定する。
どんなに考えてもラクアはババを持っていないはずなのに、彼の抵抗は何の意図があるのか。得体の知れなさに恐怖するアカリは、思わず笑ってしまった。
一方でラクアは、まさかババを持ってない人に抵抗されるとは思わなかっただろうなと呑気に反応を楽しんでいた。
だがアカリの疲労と恐怖で溢れる吐息に罪悪感を覚え、ようやく手の力を抜いて彼女に掴んでいたカードを引き渡した。
「今の全部フェイクだ。ババなんか持ってねえ」
「びっくりした……」
能力をどう活かすか試したいだけだったラクアは、ババなんて最初から持っていないと告げる。実は二枚あったというゲームが壊れる事態でないと分かり皆は安堵するも、よく分からない動機で誤解を招いた彼に憤慨する。
「紛らわしいことしないで」
「不正行為スレスレの連中に言われたくない」
怒られたラクアだがもっと責められるべき人はいるはずだと反論し、なあなあにして勝負を続行した。
勝負は終盤に突入。キリンはアスミのカードを摘み比べて表情の変化を確認し、わざとババを引いた。ようやく手放せて彼女は歓喜の声を上げる。ラクアは焦った。彼が引くキリンの手札にババが紛れたのだから、気楽に引けなくなってしまった。
だがいざ見てみると、キリンのカードは一枚だけ色が違う。元々彼の手札は全部裏面が黄色く塗られていたから、そうでない一枚は確実に今アスミから引いたもの。キリンが気づいて塗ってシャッフルされる前に他を引こうと急いだが、キリンは何もせず堂々と手札を差し出す。
「……引けばいいんだろ?」
「何で!?」
ラクアはババとアピールされた一枚を引いて、案の定そうだった。今度はアカリがそれを引くリスクに直面し、わざとその状況に追いやった彼に腹が立つ。ババの一巡に一歩近づき、チシロもアスミも焦った。
アカリは引こうとするもびくともしない。今度こそババを渡されると覚悟し、力まず引けた一枚を渋々受け入れた。体力的にも精神的にも疲れの溜まった彼女は、乾いた笑みでチシロに手札を引かせる。
「何で戻ってくるの!?」
「あーあ、ラクアのせいだよ」
一巡目と同じ流れでババは淡々とアスミに渡る。引く前に鉄化するチシロを見て覚悟はしていたが、いざ帰ってくると感情が爆発する。彼女に返す機会を作った元凶はラクアだとキリンは言い放つも、別にアスミに返すことを考えていなかった彼は責任を問われることに異議を唱える。
「じゃあもう一回取れよ。今度は取らねえから」
同じ手でキリンが引けばいい。今度はわざと引かず、自分が上がるまで彼に持たせ続けるとラクアは宣言した。彼はラクアの指示通り、もう一度ババを引いた。だが今度はそのカードを黄色く塗って、違いを分からなくさせた。
「ほら、取らないって証明しなよ」
「チッ……運ゲーだろ」
ここで引く確率の方が低いから宣言を守る自信はあったラクアだが、引いたのはババだった。するとキリンは、他のカードすべてから塗りつぶしを解除した。これでラクアのババだけ、誰にも分かる目印が残っている。
そのことに気づくと一瞬沈黙が流れた。やがてラクアは詰みを悟った。
「俺の隣に座ったのが運の尽きだ」
「あーあ……」
ラクアはアスミを煽ったときの言葉をキリンにそっくり返された。自力では消せない目印のついたババは誰も取ってくれない。アスミ、キリン、チシロ、そしてアカリの順にあがり、彼は負けた。
「ねえ……手に力込めるの止めたのは、時間制限とか?」
「いいや、使わなかっただけ。キリンから渡された時点で俺の負けだ」
勝負中は誰も言及しなかったが、終わってからアカリはラクアに尋ねる。ババが露呈してからでも、他のカードを渡さないよう力んでいたら彼女に強制的に渡すことはできたはず。そうしなかったのはなぜかと聞くと、彼は途中で負けを受け入れていたからだと答える。
「あんな啖呵を切って、運に負けました。だからもう一回チャンスをくださいとか、みっともねえから」
ラクア以外の四人は、相手に確実にババを渡される手段があった。唯一彼は、運で回避できた。キリンにババを持たせたままあがることは可能だったのに、それができなかった運の悪さを、彼は敗北として受け入れていた。だからアカリに渡し一巡させるのは打ち止めにし、最後までババを手放そうとしなかった。
「……ありがとう」
ババ抜きで腕を疲れさせるのを申し訳なく思った、という思いやりではなかったことに落胆したアカリは、逆に笑って、打ち明けてくれたお礼を告げた。勝ちを譲ったことへのお礼と解釈したラクアは、照れくさそうに微笑んで頷いた。
彼は彼女の笑顔を、可愛いを思った。そしてふと、アカリはアイリの同級生だったことを思い出す。彼女の好感度上げておけば、片想い相手のアイリに好印象だ。二人で話すとき、彼は良い人と噂してくれれば、イメージアップに繋がる。
そう思うと、今回楽をして負けたのは良い方向にはたらいたように感じ、判断と結果に満足した。
「今のだけで、皆のことたくさん知られて良かったわ」
「確かに。能力の押しつけ合い、楽しかった」
ババ抜き一回やった割に満足度が高い。それぞれが特殊能力を披露し、予想外の展開と決着となったのがその理由だ。このことは不在のアイリたちにも話して、今度は皆で味わいたいと思い、"同期"交流会は幕を閉じた。




