50話 また来るという期待
写真の加工が終わってトランプが完成し、いよいよ三郷楽阿自作のソリティアを始める。ルールは既存のものと同じだが、ソリティア自体いくつもの種類がある。これはスパイダーだ。
「難しさを選べる。マウス使って」
ラクアは美南哀月にパソコンのマウスを差し出した。ここからは彼女の操作に任せる。
このゲームには簡単、普通、そして難しいの難易度を用意してある。トランプのマークが一種類か二種類か四種類かで、これも既存のルールでパソコンやスマホのゲームと同じ。さらに遊び方説明も用意しており、これをクリックするとルールが文章で表示され、クリックすると次の文章に変わる。
アイリがクリックして表示した文章は、『カードを動かして一つ大きいナンバーに重ねよう』『タイムアタックではないからマウスを激しくしないでね』『連番は一緒に動かせて同じマークが十三まで重なったら消えるよ』『全部消してクリアを目指そう』『何回連続でクリアできるかな』だった。最後の文章がクリックで消えると、難易度選択画面に戻った。遊び方の選択肢は非表示に変わった。
ちなみにタイムアタックが無いのはゲームのコンセプトと合わないからで、競いたいなら公式の操作性の良いゲームでやればいいと割り切っての判断だ。これはラクアがプログラミングの練習でパソコンで作ったもの。そこに絵柄を彼の同級生の写真で加工して、能力者になった順番をナンバーで覚えられるように付加価値を与えた。だから速くではなく、何連続まで記録を伸ばせるかを測れるようにしてあるのだ。
「簡単がおすすめかな」
「分かった」
最初にルールを確認したことから、ラクアはアイリを初心者と判断し、初級への挑戦を勧めた。初級とはいえ手順を間違えれば動かせるカードがなくなりゲームオーバーとなる。だがこれは彼女の策略。初心者と思わせて実は今日のために特訓しており、彼を驚かせてみたい。だから始めるまでは初心者を演じる。
ソリティアの種類がスパイダーだったことも事前調査済で、上級さえクリアする自信がある。彼のゲームに挑戦するのは今日が初めてだが、トランプの絵柄がオリジナルな点以外は一般的なものと同じ。アイリは通学中や自室で練習してきた成果を見せるときだと張り切っている。ただ、それだけがアイリの目的ではない。ラクア含め小学校の旧友の姿を知りたい。彼のゲームでなければ駄目なのだ。ルールに慣れるので手いっぱいにならないためにも練習は必要だった。
「頑張って。困ったら俺も手伝う」
一方ラクアはアイリのプレイを見守る。ゲームオーバーかはプログラムで判定しない。お手上げと思ったらギブアップをクリックする。隣で画面を見て、まだ打つ手はないか助言して彼女の力になりたいし、クリアしたらおめでとうと言いたい。とにかく、初めて部屋に呼べたチャンスに彼女からの好感度を上げたい。
アイリが初級を選択すると、トランプが動いた。裏向きの百四枚の山札からランダムで五枚または六枚ずつ十列に並び、各列先頭が表になる。これが初期配置だ。
スタート後、連番になるよう動かすと、表向きがなくなった列の先頭が裏から表に変わる。残り五十枚の山札をクリックすると、これまたランダムに列の先頭に一枚ずつ表で並ぶ。なお一度表になったら裏返ることはない。そして列が空いたら、動かせるカードをそこに置ける。初級はマークが一種類なのでナンバーだけを意識すればいい。中級は色、上級はマークが複数になる。
「で、スタートで開始」
タイムアタックは初期配置後、スタートを押して全カードが除外されるまでの時刻で求める。つまり初期の表十枚は、計測前の準備に使える。ラクアのゲームでは時間は関係ないが、アイリはすでに思考に入っている。まずどれを移動するか。それによって何が表になったら次はどうするか、頭の中で考える。そうとバレないよう、手はゆっくりカーソルをボタンに走らせ、何も考えずスタートしたように見せかけた。
スタート後のマウスの動きにラクアは唖然とした。一手目は彼の想像通りだったが二手目以降も迷いがなく、アイリを本当は初めてではないのではと疑った。彼は優しくリードするつもりが、もしかすると彼女の方が経験豊富で、
「……ごめんね、実は初めてじゃないんだ」
「だと思ったよ、手慣れた感じだし」
ラクアから驚嘆ではなくショックのような反応をされたのはアイリにとって想定外だった。ただ裏目に出たとは思わない。このゲームをする約束をしたのは半月前のことであり、こっそり練習する時間はたくさんあった。スパイダーと特定していたのは、連絡先交換をしたときに知った彼のアイコンを観察したからであり、不正や後ろめたい行為には及んでいない。
アイリはカードを動かしながら、絵柄になっているラクアの同級生の写真を見つめる。見覚えのない写真と風貌に、中学生になってから撮ったものだと考えた。彼女だけ私立に進学したから、以降の思い出を知らない。だからラクアに聞く。後でではなく、プレイしながら。
プレイしているとカードの並びが変わる。アイリは何人かとクラスや班が一緒だったことがあり、小学生の頃の面影がある人の写真が並んだことで、当時の思い出が蘇った。小村井珠陽と東戸寿々絵。それとここにはいないもう一人は、校外学習で同じ班のメンバーだった。
「この二人、校外学習で一緒だったの」
「あ、そう」
アイリの手が止まったのはソリティアで詰まったからだと思ったラクアだったが、写真で思い出していたからと聞いて今度は驚いた。そして反応に迷った。今がゲーム中で無ければ迷わず聞き返すが、無関係な話題を深掘りして集中を妨げてしまうのは嫌だから相槌に留めるべきかと思う。
だが話を切り出した彼女自身は気にせず、思考と並行して思い出話を続ける。
「望遠鏡を覗いたの面白かったな」
「俺もやったぜ。並んで順番に……」
ただアイリたちのときとは違う時間帯だったので、彼女らが叱られたのは噂で聞いただけだ。覚えがあるから話に乗ってしまったが、プレイの邪魔をしていないか心配で画面を見る。しかし彼女は平気で淡々と動かしていた。一手一手は的確で、気は散っていないことに彼はまた驚く。
「私たちは当番決めて見たの。スバルの提案で、動かす人と、測る人と、あと記録する人」
「ガチじゃん。スバルらしいけど」
覗く人が目標を確認したら『捉えた』と合図し、測る人が目盛りを『70度60分50秒』などと読み上げる。残りの二人は読み上げを聞き取って手元の校外学習のメモに書いて、二人で見比べてチェック。これをローテーションして、当時の使い方を真似した体験をした。ラクアはスバルが幼い頃から計算や算数が好きと知っているから、彼がそう提案したと聞いて納得した。
この時点でもう楽しい話だが、これが霞むほどの行為に走ろうとしていた。
「で、その後言ったの。あれで北極星を見て地図を書いたって話だけど、昔は星の位置が違ったはずだって」
「へえ……でも見る方向は変わらないだろ? 代わりに違う星がそこにあったとか」
「そう。だからその星を探そうって意見が出て」
地図を作るときに使われた天体観測の装置。校外学習が日中なので星はよく見えないものの、気分だけでも味わいたい。そこで湧いた疑問は、一年中ほとんど動かない北極星でも、それは北極点に近いからで数世紀前はそうでなかったため、目印にならなかったというもの。
けれどもそれなら別の星が今の北極星の位置にあってもおかしくなく、結局今も当時も見る向きは同じだから気にしなくていいと言い、すると今度は当時の目印に望遠鏡を向けようという話になった。
「で、回れ右できないかなって動かそうとして怒られた」
「それで壊そうとしたなんて噂になったわけか」
望遠鏡を回転させられる角度には限度があり、逆方向を観測するため台座を半回転させられないか、力業で試していたら先生に見られて班全員が注意された。幸い破損は無かったものの、後ろの児童を待たせてこともあり、アイリの班は並び直し禁止の罰を受けた。そんな思い出を、ゲームしながら振り返っていた。
一方ラクアは、悪い噂の真相に納得した。そして少し気を逸らしたうちに、アイリのソリティアはクリア目前だった。
「ふう、できた」
「お前凄えな。あんなに余計な話してて」
雑談は仕事のコミュニケーションともいうが、それは緊張を解すアイスブレイクだったり仲を深めるきっかけだったりするもので、仕事に集中したいときにやられるのは嫌になる。けれどもアイリは違う。どういうわけか同時並行で卒なく熟した。ラクアは同じクラスだった小学生の頃は、こんな芸ができるとは思いもしなかった。きっと私立中学で培った実力なのだろうと考え、尊敬した。
ラクアも初級はクリアできることが多いが、途中でチャットが飛んできて返信していると大抵ゲームオーバーになる。
「連続クリア一回……リトライ押すと続行でいいよね?」
「あ、そうだよ。何回続くか試すつもりだな」
カードを十三まで並べるのを八セット。全カードの除外でクリアしたアイリは表示されるメッセージボックスを読んで、次もクリアすると二連続クリアに表示が変わると察した。おしまいを押すかリトライを押すかを念のためラクアに確認し、ゲームオーバーになるまで何回保つか挑戦を始めた。
以降も変わらず、アイリは写真での気づきをラクアに伝えては、振った会話を続けながらゲームも進める。例えばポーズは各々の特殊能力と関係しているのかという疑問に、彼はノーと答える。最大の理由は彼自身の能力は可視化されず写真では表現できないからという私的なもので、他には順番を覚えたいのに名前や能力を写真に追加すると情報過多になる客観的な理由もある。
アイリは、思考優先で会話ストップを言い放つこともなく、ときに会話を優先させる。そのせいでナンバーを見落として違うカードを動かすミスすることもあったが、リカバリーしてクリアした。彼が助言するまでもなく、自力で二連続クリアをした。彼女の読み通りクリア表示の連勝カウントは変わったが、追加で現在の自己ベストが表示された。
プレイヤー名を設定する機能はない。難易度ごとに連勝数を記録するテキストファイルがあり、その数値を表示している。現在の連勝数が上回ればファイルの記録を書き換える仕組みだ。つまり連勝が続けばラクアの記録が更新される。一位がアイリになるのではなく、このパソコンでプレイした中での記録だから、表面上は彼自身による更新と同義。
それが実現されたら一回で負けて悔しい気持ちと、アイリと過ごすこの時間がいつまでも続いてほしい願いが入り混じる。あるいは更新直前でゲームオーバーになったら、リベンジしたいと燃える彼女が後日また部屋に来てくれるかもしれないと期待した。
「はい」
「くっ……お見事」
結果、ラクアの記録は抜かれた。途中で連勝濃厚を確信したアイリは、クリアの瞬間には気持ちが落ち着いており、更新おめでとうのメッセージを目の当たりにしても平然としていた。ラクアは負けを認め、けれども彼女が楽しんでくれたのを喜んだ。記録を更新されたら再挑戦する意義はない。リベンジを目的にまた来るという期待が絶たれたのは残念だった。
「……もう一回遊べるのね」
一回分上回っただけでアイリは満足しなかった。時間も気にせず遊び続け、ラクアもでたらめな理由で帰す形での連勝ストップを図るわけにもいかず、満足するまで見守った。
やるゲームは同じでも、ナンバーの並びが毎回変わる。写真も十四人いて情報量が多いから、アイリとの話は尽きない。彼女も知る昔のこと、ラクアが知る最近のこと。二人とも知ったばかりの特殊能力のこと。ゲームの中で新しい発見が止まらないまま、連勝記録がどんどん伸びていく。
とはいえアイリの集中力にも限界はあった。気づいたときにはもう手遅れで、二人でまだ残っている一手を探すも、もう表にできるカードも除外できるセットもない。ギブアップを押さざるを得なかったが、連勝記録が大幅に更新されたのは事実。この結果に彼女も未練はない。
「残念。じゃあ次は中級ね」
気持ちを切り替えて次の難易度、総枚数は同じでも色が赤と黒の二種類のマークでの中級に挑戦した。難易度が上がり、ここからはマークが違っても繋げることはできるも移動するときはマークで区切る必要があったり、十三まで繋げて除外できるのは同じマークのときのみと制限が入る。普通にやってもクリアに時間がかかるのでアイリはゲームに集中する。こちらも連勝してラクアの自己ベストを更新し、最後は上級。
「よし、こっちも新記録! じゃあ最後に」
次はマークが四種類の普通のトランプでの勝負。これもラクアはクリアしたことがあるが連勝は安定しない。だがここで初めてアイリは、一度もクリアできずギブアップを迎えた。一瞬のミスが招いた事態に、彼女は唖然とする。ラクアも彼女の実力を信頼していたばかりに、肝心な場面で助言を逃してしまい後悔した。
「まあ一回じゃ難しい。俺だってよくこうなる」
「……悔しいけど楽しかったわ」
リトライはしない。長居されてもらってしまったし、満足した点もたくさんある。アイリは自分が帰宅したらこのゲームをラクアが消してしまう、というより絵柄を友達の写真から普通のトランプに戻してしまうのは残念だが、彼の決断はもう聞いているので、今さら止めようとは思わない。




