51話 思いついた言い訳
美南哀月は三郷楽阿が作ったソリティアを満喫して、パソコンのマウスを返す。またやりたいとは言えなかった。ラクアがトランプの画像を同級生の写真で加工したこと以外は普通のソリティア。その画像もこれから普通の絵柄に戻すと彼は言う。だからわざわざ彼の家に上がって彼のゲームでやる必要がない。
「……いいね、パソコンって。こういうのが趣味だと、部屋が散らからなく楽しめて」
それはそれとして楽しかった。そろそろ帰ろうとして部屋を見渡しても、忘れ物はない。ラクアが彼のゲームを戻すなら好きにすればいいし、いっそアイリ自身が好きなように始める手もある。作業はパソコンの中なので、材料やゴミが部屋に散らばる心配もない。自室を掃除しなくても楽しめる良い案だと実感した。遊んだ後に私物がどこかに行くこともない。
「将来そういう仕事の方が向いているのかも」
「……植物園の職員じゃなくてか?」
小学校の卒業アルバムにアイリはそう書いていたのをラクアは覚えている。彼女は幼い頃から飴はフルーツ味よりハッカ味が好きで、この前の春休みには一人でハーブ園に行ったことを知っている彼は、彼女は将来ミントの栽培をしたいのかと思っていた。
「やっぱりそっちの方が向いてそう?」
「いや、どっちがとか分からないけど……」
その夢は間違いではなく、アイリ自身諦めていない。彼女は思いつきで言って、そのきっかけはゲームをしただけなので、それだけでパソコン業務に向いていると思い上がるのも早計だと察した。
だがラクアは適正を疑っているのではない。彼女の良さをこの目に刻み込んだし、むしろ彼に不安材料がある。
「さっきみたいに、集中しながら全然違う話をできるの凄いと思う。あんな風に雑談しながら作業するの、一緒にやったら楽しいんだろうなって」
授業では私語禁止と注意されるが仕事は違う。周りが相談したり電話したりで騒がしいときは、自分たちが駄弁っても注意されない。ラクアは将来ゲームソフトを作る仕事に就いて、気楽に働きたい夢がある。
ソリティアをプレイしながら攻略に関係ない写真を見て旧友との思い出を語るアイリを見て、彼女が職場の隣の席にいたら、その夢において理想的なシチュエーションだと想像した。
「でも俺はアイリと真逆。作業中イラついて暴言吐くから、直したい」
ゲームを作るのは趣味と将来に役立てたい意思で始めた。けれども制作過程でうまくいかないことがあると感情が乱れて独り言が出てしまう。周囲を不快にさせるから人に聞かれない自室での作業ばかりにした。
そんな彼は自覚している。たとえゲームでも集中したいときに無関係な話を聞かされたら、嫌になって気を乱すと。アイリのように両立はできない。将来隣り合わせで仕事をしようものなら、彼女に雑談を聞かされたら拒絶するにちがいない。
「……じゃあ、これ」
アイリは鞄から、ジャムのビンにミントの葉を詰めて作ったポプリを取り出し、テーブルに置く。ポプリは花に香りをつけて飾る小物。旧友の写真を見にいくなら出すタイミングがあるかもと思って持参してきたものだ。
「香りで気持ちが落ち着くかも」
用途はインテリアと香り。きれいだけど殺風景な部屋に置いて、リラックスできればラクアはイライラを抑えられるかもと考え、試してはどうかと勧める。
「またお土産くれるの?」
「ううん、園芸部で作った。ビンはお土産の奴だよ。見せるだけのつもりだったけど、役に立てそうならあげる」
以前アイリはラクアに植物園のジュースとジャムをあげたが、このポプリは容器はそのジャムので中身は部活動の作品。ソリティアを遊びながら絵柄の写真を通して旧友の今を知り、自分の今を見せるために用意してきた。
葉の育成や飾りつけに力を込めたから手放すのは惜しいが、人の役に立てるのなら構わない。ただ場所を取るし香りを嫌がる人もいるから、配り歩いているものではない。ハッカ味の飴を幼い頃から美味しいと言ってくれたラクアなら、香りの良さを分かってくれると信じられたのだ。
「香りが合わないって人もいるけど……ラクアならきっと気に入ると思って」
手作りと聞いて彼は飛びつきたくなったが、思い留まる。彼なら気に入る。そう思った経緯に彼は心当たりがある。アイリにハッカを美味しいと伝えたことだ。
だが実は嘘。その味を嫌って彼女を泣かせたガキと同じ穴のムジナになりたくないから、見栄張ってついた嘘。本当の彼は、彼女が思っているような味覚の合う仲間ではない。
ラクアはアイリが好きさ。けれどもこれを隠したまま想いを打ち明けるわけにいかない。いつか明かし、騙し続けていたことを謝り、本当の自分を見て返事を聞きたい。
「……ごめん。受け取れない」
「えっ……」
本当は好きじゃないと白状するチャンス。だが彼女を傷つけて、そこからフォローする算段はついていない。言えばそれまでの仲に離れておしまいだろう。それが怖くて今は言えない彼は、貰うのを拒否してただちに言い訳を考える。騙しているばかりに拒まれた現実に落ち込む彼女を見るのが辛い。
「多分壊すから……あと火事起こしたら悪いし、まずは自分で買う」
「そう……香りにも強い弱いあるしね。良いと思う」
思いついた言い訳は、せっかく貰っても壊したくないからというもの。香りでストレスを抑えられるか、逆に気になって払いたくなるか。悪い結果になってもいいように、貰い物を試用したくないと答えた。
ラクアの言い分を聞いたアイリは、納得して彼の考えに賛成した。小声で謝り、手元に戻す。
その直後、ラクアは青ざめた。拒否する必要はなかった。受け取って、保管してから自分で買うなり作るなりして、そっちを実験台にすればよかった。そうすれば彼女を落ち込ませることもなく、平和に解決した。
だが彼は、今のでよかったと思い直す。いつまでも素を見せないわけにいかない。そういう逃げの姿勢が、いずれ取り返しのつかない事態を引き起こしかねない。やっぱり正しかったと受け止め、気を落ち着かせた。
「……じゃあ私、帰るね。今日はありがとう」
ポプリは今日の用事と無関係で、約束通りソリティアを遊ばせてくれたことにアイリはお礼を言う。楽しくなって調子に乗った自分が悪いから、泣いてラクアを困らせる前に立ち去ろうと足早に帰宅の準備をする。
途中まで送ろうかと彼は言ってくれたが断った。そして家を出て、玄関の彼に背を向けた彼女は堪えていた涙が出る。
拒否されたのは事実でも、気を使ってくれた結果なわけで、そうと分かっているのにアイリは心が痛む。確かにあげて、後日感想を聞いたらイラついて壊されたとなる方がずっとショックだろう。そうならないようラクアは優しく拒んでくれたのに、飲み込めない自分が弱くて嫌になる。
一方ラクアも気落ちしていた。静かになった部屋で冷静になって、試用の感触が良かったとしてもあんなこと言われたアイリが今度くれるわけがない。かといって他に良いルートも思い浮かばない。道があるとすれば、それはきっと追いかけた先にしか無かっただろう。
パソコンから徐々に熱が消えていく。普段は一人でそれが当たり前の部屋が、妙に広くて寂しく感じる。ストレスになる要因のない快適な空間が帰ってきたはずなのに、居心地が悪い。その理由は自分にあるとラクアは自覚する。
空気を悪くしているのは自分自身だと自己嫌悪に陥り、決断を無駄にしないためにもアイリから貰わなかった物をインターネットで検索し、購入の予定を立てた。
香りか置き場か見栄えか。重視するものによって買う種類が変わるのを知った。一人でも情報収集はできるが、アドバイスがあった方がありがたい。部屋に呼んだことがあるアイリが一番頼りになる。
だから断ったとき、選びにいくのについてきてほしいと頼めばよかったと後悔する。販売店は地元から二駅先で、そのまた先の私立中学に通う彼女は定期圏内なので気軽に行ける。
まだ手遅れではないと思い、ラクアは電話をかけた。
『はい。どうしたの?』
『さっきのことで、頼みがある。自分で買うと言ったけど、選ぶの手伝ってくれないか』
種類が色々あって迷うとか、店は遠くないとか、まだ話したいことはある。だがまずラクアは要点を伝え、アイリの返事を待つ。さっきのやりとりで嫌われていたらと思うと、断られるのも覚悟していた。
『私で良ければ』
『アイリがいい。詳しいし、俺の部屋も知ってるし』
拒否されなかったことに安堵する。そして彼女に来てほしいと力説した。すると彼女は少し笑った。別れてすぐに考えたり調べたりしたのが感じ取れて、やっぱり彼は優しいと実感する。
『いいよ』
だからアイリは応えた。この道を行きにラクアと歩いていたときに、彼はネックレスを選んでくれると言っていた。そのお返しにできることとして十分であり、仮に彼がネックレスの件を忘れていたとしても、自分が彼に役立てればそれでいい。対価交換とは言わず、あくまで彼に協力する体で応じた。
アイリにとってその約束は破られても嫌ではない。元々つけたいものの自分には似合わないと思っているから、男子に選んでもらったとてファッションで飾れる自信がない。今みたいにネックレス風の懐中時計が身の丈に合っていると覚えば、買ってくれる約束を忘れられても気にならないのだ。
まだ心が乱れていて、声が震えているのがバレないようにするため長々と話せないのが残念に思う。
『ありがとう。店は二つ西の駅の辺りで……学校帰りに待ち合わせとかでもいいかも。後で連絡する』
『うん、分かった』
今度の休日でもいいし、下校中に寄る方が手っ取り早いという考え方もある。どちらにせよ各々の都合次第なので、この電話はここまでとし、続きはチャットで決めることにした。
通話を終えたラクアは肩の力が抜けた。後悔は緩和されたし、アイリは誘いを受けてくれたので、提案して良かったと彼は自分を褒めた。
だが、通話中の彼女に素っ気なさを感じられたのが引っかかる。泣いて震える声を抑えるためだとは思いも寄らず、本当は嫌だったのではないかと勘違いする。だが今はどうこうするときではない。買いに行くときに今日みたいな過ちを犯さなければ、まだ挽回できると信じる。
ラクアはパソコンの片付けを進める。検索でまだ使うが、元々はソリティアに使う画像をトランプの素材に戻すために触った。今の画像は別のフォルダに移動し、空いた所に退避させていた素材を置き直す。これでゲームを起動し、トランプの絵柄が彼や同級生の写真ではなく普通のトランプになった。
これで同級生がどの順番で能力者になったのかをトランプのナンバーと関連して覚えられるという彼の自作ゲームだけの強みは無くなった。とはいえ同じ要領で画像を差し替えればすぐに復元できる。だが当初は能力者の人数がたまたまトランプのナンバーと合致していたから始めた編集。もう一人増えたら、誰かを抜かないといけない。だから覚醒者が現れる前に絵柄を元に戻し、彼独自のゲームを封印する。
それは半月だけだったが、ラクアは満足している。アイリに楽しんでもらえたし、ゲームの中身は変わらないから、彼女に更新された連続クリアの記録は残ったまま。能力者の増加と連動してトランプに十四のカードを作ったらゲーム自体が変わってしまうところだった。
加えてこのゲームをきっかけに、彼女のことを色々知った。さらに目標としていた新しい約束を取りつけることにも成功した。
そしてふと思い出す。彼女がネックレス代わりに持っていた懐中時計。本物のアクセサリーに自信がないから、だったら選んであげると気軽に約束してしまったことを。あれは今日で関係を終わりにしまいと約束を取りつけることに焦っていた節もあり、似合うものを選べる自信がない。振り返ればポプリを選んでもらうためにまた会うという約束だけで十分だったとさえ思う。
彼が彼女に頼むのは合理的な反面、彼女が彼に頼む理由はない。ネックレスに知見がないし、きっともっと詳しい人は身近にいる。かといって彼女の首元や肌を知っているわけでもなく、関係ないかもしれないが部屋を見たこともない。
ただ、今日話すなかでアイリのことを色々知った。その中にヒントがあれば、ラクアは自分にしかできない選び方があるかもしれない。そう前向きに捉え、約束をパソコンにメモとして残した。




