48話 約束したから
カフェから帰宅後、三郷楽阿は眠気に耐えて自作ゲームのプログラムを修正する。内容はトランプに十四の札を追加すること。数字は同級生の能力者の人数。昨日までは十三人だったのでトランプと揃っていたが、今日一人増えた。
だがあぶれることはない。カードもゲームもプログラミングで作ったもので、数の増減は可能。彼のゲームはソリティアのスパイダーで、クモの名の通り一つの数字につき八枚存在する。マークは四種類だが、ゲームでは二セット使用する。
十四の絵柄の素材として、同級生で十四番目の能力者となった新座黄麟の写真をスマホから探し、加工する。他の絵柄を格納したフォルダに置き、ファイル名を揃えて準備はできた。
後はプログラムを直す。配列や繰り返し処理など十三までと定義している処理を探す。追加や修正をして、出来上がり。
これで終わりだ。保存して新しいゲームを始められる。問題はこれでゲームが成立するかで、従来通り列は十でいいか、山札の枚数を調整しなくていいか、などと見直した方がいいルールがある。
まずラクアは先駆者を探す。十四までのトランプにアレンジしたソリティアを見て、十三までのとの違いの有無を知るために。だがインターネットで検索しても一向に見つからない。逆に一種少ないパターンも検索したが、こちらもヒットしない。
困ってしまうが無いことにも合点がいく。使用枚数が変われば仮にルールは据え置きでも戦略が変わるだろう。列を空けるまでに要する枚数が変わるから、同じ戦略が最適かは、数を熟さないと見えてこない。
大勢のプレイヤーが正規のレギュレーションで競ったり研究したりしているのに、人口を分散させるような独自ルールが定着しないのは自然なこと。だから十四までのトランプの場合の例が見つからないのも仕方ないと受け止める。
ならば自分で何度も挑戦してベストのルールを見つけるしかなく、これが一番大変で時間がかかる。一回のプレイ時間は短いが、いくつものパターンを繰り返し試して成功率を算出する必要があるからだ。
現行のルールでも十回目でクリアはできた。不可能ではないと判明したがこれで楽しめるのかは分かっていない。比較対象として十三枚のときの成功率も数を熟して算出しなくてはならないし、それからルールを少しずつ変えたパターンもそれをやる必要がある。出来たけど果たしてこれで良いか自信を持てないとスッキリしないのだ。
だが疲れ切ったラクアは、膨大な検証を続ける気になれず机に突っ伏した。
ここまで頑張るのは、好きな子に約束したからだ。このパソコンで作ったゲームを遊ばせてあげると。その約束は春休みにしたのだが、いつなら都合が良いか相談する勇気が出せず、同級生で新たな能力者が誕生し、彼のを充てるための十四のトランプが必要になってしまった。こうなる前に勇気を出せていればと後悔しつつ、既読がついて一時間経つ個別チャットを眺めた。
「こんなことならもっと早く動けばよかった」
美南哀月はラクアからの連絡に嫌気が差してどう返信するか迷っていた。連絡の内容は、同級生の能力者が増えたからゲームの修正が必要で、それまで遊びにくるのは待ってほしいという依頼。
修正が十四を追加することだと察しがついた。せっかく密かに正規ルールの練習をしていたのに、数字が増えると努力が水の泡。
ソリティアの種類がスパイダーであることは彼に聞いたのではなく、チャットのアイコンから同じマークと数字のカードが写っているところから特定した。ゲームに無知のように振る舞って実はできるとサプライズを仕掛けるつもりだったのに、モチベーションが折れていた。
ゆえにお互い、十三までのうちに約束を果たせばよかったと項垂れるのだった。
「順番を覚えることが目的なのになんで難しくするの」
アイリはラクアの方針への不満を独り言として吐き出す。彼のソリティアは一般的なルールながら、絵柄を同級生の能力者に加工して覚醒順に数字を割り振ることで、遊びながら彼らの覚醒順を覚えられる独自の良さがある。そう聞いていたから遊ぶのを楽しみにしていた。
普通のルールを無知ではゲームに挑むのに手一杯で、それでは彼のゲームの良さを楽しむ余裕がなくなってしまう。だからそうならないように練習したのに、難しくされたら結局同じだ。
たった半月前、春休みにした約束をラクアは忘れてしまったのかとアイリは落ち込む。能力者に対する知識をゲームで深めるという目的を、彼は見失ってしまった。だから人数が増えたと知って、その人も加えることに囚われてゲームを複雑にしてしまった。
かといってアイリにも代替案がなく、だから返信に困っている。
ゲームの約束以外にも、その日に彼と色々話した。社会人気分を味わいに制服で社員食堂に来たという彼の愉快な動機。小学校の卒業式後に下駄箱に置かれていたラブレターのこと。そしてトランプと覚醒順を照らし合わせるとキングのラクアとクイーンの水天宮千城でお似合いだという気づき。
すると彼女は閃いた。そして能力者の情報を見返し、記憶が正しいと確かめる。十四人を通常のトランプに当て嵌める良い案が浮かんだので、さっそくラクアに返信する。
『ラクアとチシロが二人でクイーンになればいいと思う。同じ日になったんだから』
他は順番通りだが、ラクアとチシロは同日に能力者になった。五十音順と、性別がトランプの配役に合う点から、チシロが十二でラクアが十三番目としている。そう聞いたとき、キングとクイーンは夫婦だから彼も実はそうなりたいと望んでいるのかと冷やかしたことをアイリは思い出した。
二人が十二番目タイなら、それが分かるようトランプに当て嵌めればいい。そうなると以降は十三が欠番となるのが正しい数え方だが、連番の方が前後関係が分かりやすい。そして何より、番号を増やさず修正できる。ルールに影響がないのが最大の利点なのだ。
返信を読んだラクアは納得した。確かにアイリの案なら従来のルールから変える必要がなく、彼とチシロが同日ということも分かりやすい。後で一人また同級生能力者が誕生したときには使えない案とはいえ、猶予ができた。そもそも彼の時点でちょうど十三人だったからトランプを使っただけのこと。次が現れたら、いっそもう使えないものとして元の絵柄に戻してもいいとさえ思う。
だからそうなる前にアイリとの約束を果たす。プログラムは変更前ので上書きし、後は十二と十三のトランプを加工するだけ。それなら一日かからないので、ラクアは迷わず返信した。
『ナイスアイディア。でももう一人増えたときは使えない手だし、そうなる前に遊びにきてくれたらなって』
なるべく早くという要望には、アイリも納得した。いつまでも練習して今日のような事態を迎えては本末転倒だし、もっと前に行けば良かったと反省したのも事実だ。
遊ぶだけなら曜日はいつでもいい。塾で帰りが遅くなっても、数十分寄り道するだけなら平気だ。ただ次の能力者がいつまで眠っていてくれるかは分からない。
『明日はどう? 写真でカード作るところも見てみたい』
今日はもう夜遅いし、明日は時間がある。修正が間に合わないなら、その作業を見学させてもらえばいいと思い、そうアイリは提案した。
すると彼からスタンプで、明日でオーケーと返事があった。彼女は別のスタンプを送り返し、ありがとうと告げた。
こういうスタンプが彼女は好きなのかと思ったラクアはストアを探し、同じのを購入した。
『全然思いつかなかった。ありがとう』
お礼を言うべきは自分だとラクアは気づき、チャットで伝えた。するとアイリは、やっぱり彼は目的を見失っていたのだと察する。
『前にラクアとチシロが王妃でお似合いだって話をしたのを思い出したの』
アイリから閃きのきっかけを聞いたラクアは複雑な気持ちになった。そして彼女の案の通りだと、同日に能力者になった二人は一枚のトランプに収まるように写真を加工することになる。それは擬似的にツーショットだ。どんな形になるか、試しに加工してみた。
思ったより似合っている。カップルがプリクラで撮った写真と言われても信じてもらえそうだ。覚醒のタイミングが偶然同じだっただけとはいえ、女子と近寄って並ぶこの合成写真を好きな子に見せることに彼は抵抗があった。
ただ彼女の方は気にも留めてなさそうに思える。実態とリンクしているとはいえ平然と勧めてくるあたり、本当に脈のない彼からの片想いという現実を実感する。
だがラクアは考え直す。脈がないからこそ、今回で一区切りつけてはいけない。春休みにハーブ園で会ったときこのゲームの約束をしたように、明日遊ぶなかで次に会う口実を作る。ゲームに満足してもらうことがゴールではないのだと自分に言い聞かせる。
とはいえすぐに思いつかない。前回は園の広さで逸れたら大変だと話し、流れで連絡先交換をしたら自作ソリティアのアイコンを見られた。つまりまったく狙っておらず、アドリブで約束を取りつけた。だから参考にならない。それでも思い返すとベストな流れだと自画自賛してしまう。
『そういうのじゃないから。そもそも彼女いたら女子を家に入れないって』
ラクアは返信に否定と遠回しなアピールを込めた。以前二人で植物園でランチしたり散策したりしたときに彼女は周りを気にしていなかったから、今さら意識することではないかもしれない。
だがとにかく好意を誤解されたくないのと、ゆえに気を使わず来てほしいことを伝えるために、そう返信した。確かにチシロは幼馴染で"同期"でもある、一番関わりの深い相手だ。けれども彼女の兄とも友達で、結婚すると彼が義兄になるのが嫌で、異性と意識したことがない。第一ラクアは小学生の頃からアイリ一筋だ。好意を伝えられないまま別々の中学校に進学して二年、長らく疎遠だったが、今も気持ちは変わっていない。
『ところでラクアは制服? 今回も』
『あれはたまたま。いつも制服なわけじゃない』
話は変わった。社員食堂に学生服で行ったことをまだ擦られ、ラクアはムズムズする。服装で楽しみを付加するためだったが、まさか会うとは思わなかったあの一日で彼女から変なイメージを付けられてしまった。
ちゃんと部屋着はあると反論し、けれども揃えようと提案すれば彼女の制服姿を間近で見られると考え、だが提案すること自体が疾しい気がして躊躇う。
『私服にする。俺の同級生たちを見て、自分だけ違う制服だとか思わせるのも悪いし』
同級生を能力覚醒順に覚える遊びに、私立を受験したアイリが挑戦すると疎外感を覚えかねない。そうなるのを避けたいと願うラクアは、気にしなくて済む服装を選択した。
『そうね、お気遣いありがとう』
私立に進学したのはアイリ自身の意思で、後悔はしていない。それに高校をどうするかは迷っており、内部進学を辞退すればラクアたちと同じ高校に通える。一人だけ違う制服とはならない。
けれども気配りしてくれたことは嬉しい。文言だけでは気持ちが伝わらないと思ったので、スタンプを追送した。そしてこれで、事前に聞きたいことは済んだ。当日はよろしくと告げて、チャットを決着させた。
名残惜しいとは思うも綺麗にやりとりを終えたラクアは、いよいよ約束の日を、それも明日に決めたことに緊張する。
まずこうして約束したことも初めてだった。春休みに会ったときは偶然会っただけで、心構えができていないまま接した。それ以前は、別々の中学校ということもあって小学校卒業後は疎遠で、ラクアは他校の能力者とは交流が生まれたもののそうでない彼女とは地元でたまに見かける程度だった。
それが春休みの再会を機に、関わりが多くなった。能力とは関係ないが、それがきっかけで始めた課外活動の帰りに駅に向かったことが再会に繋がったので、あながち無縁でもない。結果的にラクアは、能力者になった今月から、アイリとの距離を詰めつつある。
家に呼ぶのはいつでもいいように準備は進めてきた。部屋や服装に不自然な点がないか、男女問わず何人もこの部屋に招いて遊びや課外活動をした。
特に身だしなみを指摘されることは無かった。不意にクモのぬいぐるみが降ってこないよう整頓した。パソコンの画面を徘徊する本物のクモはどこかに行った。今日来た友達の忘れ物もない。
これで大丈夫だと彼は自信を持ったが、なかなか眠れなかった。落ち着かないので部屋は暗いまま再びパソコンに向き合い、明日アイリにスムーズに教えるために写真加工の手順を頭に入れた。




